十話
「ど、ど、どうかお許しを! 王女殿下に裁かれるなんて、そんな大事ではないじゃないですか!」
どうも俺が罪を捏造して、罰を与えられるのを恐れている気配がある。
……自分がそれをやるから、他人もやると思い込んでいるようだ。
こいつ、ここに置いていていいんだろうか……。
「いや、門ががら空きなのは普通に大問題だと思うぞ」
ノーウィットでは幸い、これまでその警備が必要とされる事態は起こらなかったのだと思われるが。
居丈高に振舞いたいだけのこいつのやり方はともかく、不審者を見張る必要性は理解できる。貴族が狙われやすい立場にあるのは間違いない。
「まあ、王女の裁きが必要な件ではないだろうというのは同意するが」
多分、警備の責任者とかまでで終わる話だ。
「ともかく異常であったのは分かった。もし当直の人間に話が聞けたら、なぜ持ち場を離れたかを教えてもらえるか」
「はッ。承知いたしました!」
あまりの気合の入りように、逆に不安になった。
「言っておくが、嘘はいらないからな? ついても分かる。心証を良くしようとして、下手な小細工はするな。逆効果だぞ」
「は、はい……」
どうも無難な言い訳を捏造しようとしていたらしい衛兵は、釘を刺すと掠れた声でうなずいた。
まったく。なぜ嘘などつくのか。
一時の保身にはなったとしても、嘘はしょせん嘘。後々何倍もの負荷を背負って跳ね返ってくるだけだ。
大概の場合において、真実に勝るような嘘はない。……一部、人のためにつく嘘はその限りにはないこともあるが。
だが、それでも。どれだけ残酷であっても、いずれは真実を受け止めるべきだとは思う。
境界を後にして、領主館へ向かいつつ思考を切り替える。
彼の話からして、当直の門衛は引き離されたと見るべきだろう。何のためにか。境界を移動した人物を見られないようにするためか?
今の所、境目を越えて移動したのが不自然だったのはマリーエルザぐらいだ。
だが、あいつがどうしたというんだ?
おそらくは貴族として不足がないぐらいに優秀で、いざやらせようとすればそれなりに器用に多くをつつがなくこなす。
しかし、それだけとも言う。事態を決定づけるほどの力の持ち主というわけではない。
そもそも、市民街に行ったのは自分の意思だと言っていたし。衛兵に口止めをして追い払ったのもマリーエルザだとでも?
やれる力はありそうだが、今度は衛兵が喋る気がする。保身のために。
などと首を捻っているうちに、領主館に辿り着いた。
「錬金術士殿。どうされました?」
「火急で相談したい件ができた。リェフマかシェルマに会いたい」
「伺ってみましょう。とりあえず、中へどうぞ」
「すまない。助かる」
領主館に入って、応接室で待つことしばし。衛兵からメイド、侍女へと伝言ゲームが行われ、十数分後には目的の人物二人が揃って姿を見せた。
「ニアの方がシェルマたちを呼ぶなんて」
「珍しい。何があった?」
「力を借りたい。物理的な武力の方だ」
こてりとまったく同じ角度、同じ方向に首を傾けて聞いてくる双子に、直球で依頼をしてみる。
「魔王軍、来た?」
「まだ変な臭い、してないけど」
「おそらく魔王軍だとは思うが、確証はない。二日前、町にスケルトンが入ってきたのは知っているだろう?」
「もちろん」
そうだろう。目撃者もあれだけいたんだ。領主館に報告が行っていなかったら驚く。
「どこから入ってきたのかなら、追った。壊れてたっぽい外壁に行き当たった。ニアの匂いがあって、直されてた。とりあえず塞がっているのは確認」
「壁の強化、急務。でもノーウィット、そんなに税収ない。積み立ててもなかった。国の予算を割いてもらうの、他にも急務な重要都市多くて、難しい。姫様の所領の収益を回すのも同じ」
形あるものはいずれ滅びるのだから、その時に備えておけ……と文句を付けたいのはやまやまだが、いまさら言っても仕方ない。
まともな貴族もいるし、一般市民にとっていない方がいい貴族もいる。まあ、貴族も人間ということだな。
住人が少なくこれといった産業のないノーウィットに、高い税収などあるはずもない。前領主の業突く振りを考えれば、積み立てを出来ていたらそちらの方が驚く。いい意味で。なかったのだから予想通りだが。
いっそ土地を売りに出していて、すでにどこぞの商人に権利を買われていても驚かんぞ。
カルティエラが持つ他の所領からの税を回すのも、難しいのは分かる。
充分に行き届いていれば別だが、まだ充分ではなかった場合。やはり自分の所で生まれた利は、自分の場所に還元して欲しいのが心理というもの。
「少しずつやっていくしかないだろうな」
逆さに振っても、出てこない物は出てこない。
「壁の件はともかくとして、侵入経路を追ったのなら何をしていたのか知っているか?」
「ちょっとよく分からない」
「不気味。分かったことだけ言うと、侵入した後しばらく待機。ちょっとしてから町に入って、人を襲った……らしい?」
「待機、か」
確かに不気味だ。その時間差で一体何を待っていたのか。
「ともかく、そのスケルトン絡みだ。調べたい場所がある。だが戦力が心許ない。お前たちのうちどちらか、一緒に来てくれないか」
「分かった」
「それならシェルマが行く。きっとその方が役立つから」
目的を聞いてからの立候補。ということは。
「二人の能力には差があるのか?」
実力的には同じぐらいかと思っていたんだが。
「ほぼ一緒。でもちょっとだけ違う。シェルマは個人を護るのが得意」
「リェフマは広域でマナ関係の作用を跳ね返すのが得意」
ざっくりと差を説明してくれた。
確かに、これが戦力を分散させる罠だった場合。町への襲撃が近く起こると考えられる。
そのとき残って力を発揮するのはリェフマの方だ。
「なら、シェルマ。頼む」
「頼まれた」
胸を張り、誇らしげに大きくうなずく。
「なら、さっそくカルティエラに許可を得よう」
「伝えておくから大丈夫。何であっても善は急げ。行ってらっしゃい」
「……それは良いのか?」
俺のアトリエに盗みに入った奴を追うときにもそうだった気がするが、あれも一応、ぎりぎり外に出る前にはカルティエラへの許可を取れた。
シェルマたちは王宮騎士で、カルティエラの護衛。主に無断は……まずい気がする?
「駄目?」
「姫様、絶対いいって言う。駄目?」
答えを確信しているから、無駄に感じるんだろう。
俺もどちらかというとシェルマたちに同意する……が、話は通しておくべきだという気がする。勝手に動くのは主を軽視しているように見えないか?
特に今は時間があるし。領主館にいるし。
「駄目な気がする。リェフマ、伝えてきてくれるか」
「分かった。ニアが言うなら」
こくりとうなずき、やや速足で部屋を出て、気配はあっという間に遠ざかっていく。
待つこと数分。
「戻った。姫様の許可、正式に貰った。問題ない」
「よし。行くぞ、シェルマ」
「了解」
後の心配事になりそうな案件は、面倒でもきっちり確認しておくべきだな。気がかりを残したままだと重要なときに集中を欠く危険性がある。
シェルマを連れて自宅へ戻り、ルーと合流を目指すその途中。
「あっ、ちょ、ちょ、ちょ、すみません!」
境界の衛兵に呼び止められた。
「どうした」
「いやさっきのお話で、当直だった奴が巡回から戻ってきまして。話を聞いてみたんです。――って、王宮騎士様!」
「シェルマの事は気にしなくていい。話、続けて」
「は、はい」
俺のみならず、もっと明確に地位を持つシェルマの存在に衛兵は胃が痛そうな顔をする。
「それがその、『そんなはずがない、言い掛かりだ』って。ずっと見張っていたと言っているんです」
「……成程。確認してくれて助かった」
「あの。この件は一体どうなるんでしょうか」
同僚が否定したことで、衛兵自身も俺の話を難癖だと思い始めた気配がある。
友好度の欠片もない俺の言より、一緒に働いている者の証言を信じるのは当然だ。だからだろう、反感と怖れが一層強くなった気配がする。
「どうもしない。せいぜい責任者に話して終わりだ」
「お、俺の対応が気に食わなかったからって、怠慢を捏造して解雇にでも追い込む気か! や、や、やれるもんならやってみろ! 嘘っぱちでクビにされてたまるか! そんな道理、通りゃしないんだからな!」
全員で口裏を合わせる気満々だ。駄目な方向に仲間意識が発揮されている。いや、もちろん本当に全員がやってくるとは思わないが。
「事実を捻じ曲げるつもりはない。ただ俺個人としては、事実はどうあれ当直の奴の責任だとは思っていない」
「は?」
当然、俺も見知らぬ他人の言葉より、自分の目で見た記憶を信じる。ここに衛兵はいなかった。
おそらくだが、証人を探せば『姿を見なかった』という住人の一人や二人はいるんじゃないだろうか。今のノーウィットなら。
その場凌ぎで付いたところで、割とすぐバレる嘘だ。だがもし本人が本気で言っているのなら話は変わる。
自分の意思で市民街にまで足を向けたと言う、マリーエルザの不自然さと合致する気がするんだ。
「確証を得てから、改めて提議する」
防犯上、事実の追及は重要である。
「は、は……?」
「通るぞ」
「お勤め、お疲れ様。でも時間まで頑張って。姫様と町の安全のため、よろしく」
「は、はい……?」
決死の覚悟で食って掛かってきたのに、まるきり肩透かしを食らった気分だろう。
しかし別に衛兵と口論する目的など存在していない。戸惑う衛兵を置いて、シェルマと共に市民街へと下りる。
「どういう事? 見張り、サボった? サボらなかった?」
「いなかったが、サボりではなかったと思う。どこまで可能かは分からないが、他者の認識を改竄できる奴が近くにいる。しかも俺の耳やお前の鼻で異変に気付くことができないタイプだ」
その特性を併せ持っていてもおかしくない種族がいる。
「スケルトン擬きの件と合わせて考えると、おそらく今ノーウィットに仕掛けようとして来ているのは精霊族だ」
その中でも、実態を持たないエレメント系。
「エレメント系……。苦手。アンデット系よりは大丈夫だけど」
「俺も得意ではない」
存在がマナに寄ってる連中だから、物体を持っている生き物より干渉し難いんだ。
知能の高い奴になるとさらに厄介だ。今回のように、相手の恐怖心を利用するために偽装する種を選ぶことさえする。
「おそらくアンデットじみた器を用意してくると思うが、悲鳴を上げて倒れるほど駄目か?」
苦手の度合いがあまりに高いようなら戦力外だ。
「よっぽどじゃなければ、多分平気。苦手なだけだから。あと一番駄目なのは臭い」
「そうか」
だったら平気だろう。
作り物にすぎないから臭いはさほどしないだろうし、ならばシェルマには理性の部分がそうと教えてくれるはず。
そうしてアトリエに着き、ルーと合流。向こうは準備万端だった。
「――少しばかり相手に有利な時間帯だけど……。ま、敵の懐に飛び込もうって言うんだから、時間帯なんて些細だね。早速行こうか」
自分が参加できないことをやや残念そうに、そんな気の滅入ることを言ってきた。
ただ、中身は正しい。
気合を入れていくとしよう。




