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二話

「言葉に甘えて今日は休むけど、明日からどうすればいい?」

「まず確認だが、お前に武術の心得はあるか?」

「我流なら少し。俺が住んでたところはダンジョン多発地帯でさ。中の資源が結構いい金になるから、危なくない程度に潜ってた」


 ダンジョン特需で栄えて、そして滅びた町か。


 今回は魔王軍の干渉があったせいだろうから少し特殊だが、ダンジョンで潤った町ならいずれ迎える結末と言える。


 何にせよ、ユーリが戦う術を持っているのはありがたい。


「ならばあとは実戦を積んで強くなり、時が来れば魔王を討ち倒せばいい」

「平たく言うと、勝手にやれってことか?」

「そうなる。あえて言うなら、相談はルーとするべきだ。あいつはお前を裏切らない。信用していい」


 出会った時期が同じ俺が信用を語ったところで、大した差はないだろうが。


「うーん……」


 腕を組み、ユーリは唸った。素直に考えている気配がする。

 悩むのは無理もない。目的は決まっていても、道程は丸きり無計画だからな。


 それを含めてゆっくり考えるためにここにいるとも言う。


「今後はまあ、そうしてみるけど。とりあえず事情を知っている人の意見として、ニアにも相談していいよな?」

「お前が魔王に負けると困るから、協力を惜しむつもりはないが」

「助かるよ。じゃあ早速だけど。――俺がこの辺に『いる』もしくは『いた』って魔王軍が知った以上、きっとこの辺の魔物は居座り続けるし、何ならもっと積極的に俺を探して荒らし回るよな?」


 気付いたか。


「否定はしない」


 もっと悪辣なやり口になれば、ユーリを誘き出すために大量に、残虐な殺しを見せしめに行うかもしれない。


「どうにかして止められないか」

「絶対に止められると断言できる手段はない」


 なぜならそれは、有効な手段だからだ。


「相手の手を鈍らせる効果を期待できる手段は二つ。お前はもうここにいないと魔王軍が確信する形で離れる」


 情報の伝達速度が限られるので、伝わらない場所で無意味な暴力は振るうまい。……嗜好によるものはもはや止められないだろうが。


「もう一つはこの地に拠点を据え、徹底的に迎撃する。とはいえ一時ならともかく、あまり現実的とは言えん」


 本当にそれをするなら、魔王軍そのものと渡り合えるだけの防衛力が必要だ。残念だがノーウィットにそれだけの力はない。

 設備的にも、人員的にも。


「魔物に襲われ続けるなら、街道の安全も強化しなくてはならない。でなければ人の行き来が滞り、このトリストーマ領が孤立するのは遠くない」


 そうなれば生活が立ち行かなくなり、町としての力が激減する。


 これはノーウィットに限ったことではなく、追われる立場のユーリが存在する場所すべてに言えることだ。


「逃げるにしても上手く行方をくらませないと、行く先々で迷惑をかけるってことか」

「そうなる」

「それは嫌だ……。上手くやらないとだな。本当に」


 眉を寄せ、悩ましげにそう言った。

 こいつは本当に正直者だと思う。


「別に、本当に移動する必要はないからな?」

「へ?」

「相手にそう思われれば充分だ。この場合、実は必要ない」


 魔物退治と鍛錬に集中するためにも、拠点は必須だ。そしてそれは事情を理解して、ユーリに協力できる地であることが望ましい。


 現状、条件を満たしているのはノーウィットしかないと言える。


「行方をくらませるように見せるのにも、準備はいる。少し待て。そしてその間にお前にはやってもらいたいことがある。無防備に近い、あのキャンプ地を護るためにもだ」


 ユーリにも利があるから断らないはずだ――という見込み通り。


「分かった。やる。何をすればいい」


 いっそ見込み以上に身を入れて即答してきた。


「まずはノーウィットにお前がいることを喧伝する。他に魔物を散らばらせたくない」

「でもそうすると、ここが襲われるよな?」

「だから急いで防衛準備を整えている」


 魔物には様々な能力を持つ者がいる。ユーリの足跡を負うのはそう難しくないはず。

 そしてより親しいとされる者を人質として使うことを、思い付かない者もいない。


 非情だなんだと責めたところで、相手にとってこちらは殲滅すべき敵でしかない存在。有効である以上、実行される。必ずだ。


 敵の良心に期待するなど愚かしい。護りたいなら自分で手を打たなくては適わない。


「大丈夫なのか。それで町が壊滅、とかってのはごめんだぞ」

「大丈夫なようにするんだ」


 確信なんかあるわけないだろう。


「……そっか。そうだよな。悪い」


 できるかどうか分からなくても、『駄目だった』などという結末は許されない。そういう理不尽な瞬間もある。


「だから今は休め。そして己を鍛えろ。悪いが、防衛戦のときはお前に前線で戦ってもらう」


 己の命を懸ける行いだ。本来ならユーリには選ぶ権利がある。


 だがここで断るなら、ノーウィットからは出て行ってもらわなくてはならない。まあ、不要な想定だろうが。


「ああ、分かってる。俺がちゃんと目立って勇者? だって魔王軍に納得してもらえないと意味ないもんな」


 やはりユーリは迷わず受け入れた。こいつ自身が護りたい者を護るためでもある。


 答えたとき、ユーリは顔にはもちろん、声にさえおくびにも己の感情を反映させなかった。もし俺がフォニア種でなければ、見えたままの姿を信じただろう。それぐらい、ユーリの仮面は完璧だった。


 しかしどれだけ上手く演技をしようと、俺の耳は誤魔化されない。


「そう気負うな。そして逸るな。勝てる戦いだから仕掛けるんだ」


 でなければ逃げる一択だ。


「――……バレたか」


 気まずそうに笑って誤魔化しつつ、俺の指摘そのものは認める。


「そうそう。わたしたちもできる協力はするし。一人じゃないから、ねっ」


 言いながら、器によそったスープをリージェが運んできて、手早く人数分並べていく。湯気に乗って立ち上る具材の香りが食欲を刺激してきた。


「ルーハーラ様はまだ来てないけど、できたから先にいただいちゃおう」

「異論ない」


 そもそもうちのテーブルはそんなに広くないので、四人は無理だ。三人で限界だろう。

 食べられる者がさっさと食べて、入れ替わった方が効率的だ。


「どうぞ、召し上がれ」

「ありがと、いただきます」


 勧められて、ユーリはためらわずスプーンを手に取った。気持ちは分かる。


「あー、温かい。美味いな本当。あったかい食べ物って本当にすげー」

「冷たい物もね」


 自然界では基本、常温だからな。温かい物、冷たい物は知能の高い種のみが得る贅沢だ。


 スープを啜り、切り分けられたパンにかぶりつきつつユーリは幸福そうに食事を味わう。


 大切であることは同意するが、人が食に対して見せる感情はときとしてなまじの娯楽よりも強大な振り幅となる。


 どうやらユーリにもその傾向があると見た。


「あれ、美味しそうな匂いがしてる」


 と、ここでルーが合流した。


「もう少し時間を掛けてくればいいものを」

「酷い言い様だけど、場所を見れば納得はする」

「あ、えーっと。じゃあわたし……」


 なぜか一番の功労者であるリージェが立ち上がり、席を譲ろうとする。なので止めた。


「お前が場所を移る必要はないだろう。むしろ一番いい位置で食べていいはずだ」


 うちのテーブルにそんな差はないが。


「そうそう、いいよ、俺は後で。用意されてるならありがたく勝手にいただくから。ニア、その間に何か本を貸してくれないか」


 時間を潰すためのような言い方だが、これは割と急務で本当に必要なやつだ。


 今は普通にこちらの言語を喋っているが、降りた直後のルーは音から意図をマナで読み取って、もしくは伝えて会話を成立させていた。当然、地上で独自に発展した文字も知りはしない。


 ここしばらくの交流で聞く、喋るは習得したようだが、文字に触れる機会はほぼなかった。空き時間で学んでしまおうというつもりだ。


「構わないが、うちには錬金術関連の本しかないぞ」

「偏ってるなあ。ないよりいいけど」

「適当に部屋を回って読んでくれ」


 ルーに見られて困るようなものはない。案内するのも面倒だし、何より今は食事中だ。勝手に探してもらおう。


 ついでに家の造りも分かるだろうし、ルーも後で案内をされる手間が省けるというものだ。


「了解。じゃ、適当に」


 リビングを後にして、真っ直ぐアトリエに向かう。マナの雰囲気でそこがアトリエだと察したっぽい。


「……ルーハーラ様って、普通にご飯食べるの?」

「食べるぞ」


 神人は地上に降りると、肉体の能力が制限される。世界がそういう決まりになっているらしい。

 降りたときは元の肉体と比例して、その星の地上種に換算した力になる。


 ルーは神人として高位に位置するので、地上種に抑えられても最強に近い。


 ただしここに、場の属性値による補正が加わる。この星の魔力と神力は丁度半々といったところなので、ルーの能力も同様だ。局地的に神域、魔境というように大きく属性値が変わる場所なら、また違ってくるが。


 魔力に満ちた場所で戦うなら、戦力として数えない方が無難でさえある。


 そういう状態なので、エネルギーの消耗割合、吸収力も落ちているはず。人間よりは燃費がよさそうだが、適度な摂取は必要だろう。


「というか、用意しておいて今更な心配だな」

「だって必要だったらない方が困るじゃない。ただいざその時が近付くと、ちょっと、大丈夫かなみたいな気持ちになって……」


 ユーリがどこまでルーの素性を把握しているかを、リージェは知らない。そのせいでぼかした言い方になったが、危惧は伝わった。


 神々に奉納するのに準じた気分になっているわけだ。それは確かに緊張する。俺だって楽以外を求められたら悩むだろう。


「そんなにうるさくはない奴だから安心しろ」

「っつーか、絶対に必要で、でも自分では手にできない物を厚意で貰っておいて、文句付けるとかあり得なくないか」


 経験があるのか、ユーリが嫌そうな顔をした。


「まあ、道理だな」

「もしルーが文句言ってきたら、俺が道理ってやつを教えてやる。同行者になるなら最低限の良識は共有しとかないとな」

「いやいやいや! っていうかニアもうなずかないで、怖いから!」


 正体を知っているリージェが畏れを抱くのも無理はない。……知っても、ユーリはやはり同じことをする気がするが。


 勢い良く首を横に振ったリージェは本心から言っているが、本気で心配しているわけではない。

 その軽さが伝わって、ついでにリージェの冗談のような挙動に気抜けしたか、ユーリは小さく笑った。


「ああ、なんかさ。凄く思うよ。家っていいよなーって」


 家。家か。


 それそのものはただ場所を示す言葉だが、人々の意識の中で持つ意味合いはかなり深く、大きい。

 最も単純に表すなら、安全で安心できる己の居場所、と言ったところか。


 重要性について否はない。ないと困る。きっと、どんな生物でも。


 自己が希薄なダンジョンの魔物だった頃の俺だって、夜眠る木はある程度一定だった。追い出されたことはあるけどな。


 ユーリは家を失った。だから余計に感じるんだろう。


「落ち着いたらまた作れ。お前ならきっとできる。……失ったものは戻らないが」

「……ああ」


 そう。なくなればもう戻ってはこないんだ。決して。それこそ、時を戻すような奇跡を使えない限り。


「頑張らないとな。一刻も早く、奪わせるのを止めさせるために」

「……そうだな」


 奪われるのを止める。それは現状では、今度はユーリが魔王軍から命を奪うということだ。


 仕掛けてきたのは魔王軍だし、相手が暴力で服従させようとしてきている以上、力で対応するしかない。言葉は聞く耳を持っている者同士でしか通用しない手段だ。


 それ以外の交渉で何とかするには、両者が互いにとって絶対に必要なものを握り合わなくてはいけない。当然、今はそんなものはない。


 ゆえに、ユーリの判断は妥当だ。俺が同じ立場でもそうする。

 ……だが奪い合う行いとは無駄だし、虚しい。悲しみしか生まない。


 同じ結果を求めるにしろ、なぜ別の手段を講じられないのか。近頃はとみにそう思う。

 きっと俺が、大切なものを得たからだ。


「わたしも頑張る。――ということで、頑張るためにも休めるときにはしっかり休まないとね。ごちそうさま」


 食への感謝を述べてから、リージェは立ち上がる。


「そうだ、リージェ。今日はさすがにもう遅い。泊っていけ」

「えっ」

「ルーとユーリがいるから部屋の空きはないが、俺と同室でも構わないだろう」

「ふぁっ!?」


 驚きから驚愕へと上方修正された感情のまま、リージェは片付けようと持ち上げた皿を手から滑り落した。


 まだテーブルの上だったのが幸いで、素早くユーリが受け止めた。素晴らしい条件反射だ。


「え。な、なに。ニアとリージェってそういう関係なのか」

「そうだ」


 気まずそうに訊いてくるユーリに、事実なので肯定する。


「そう……そうだけど、え!? ま、待って待って。一緒に寝るとか、覚悟がいるから!」

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