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二話

「悪習だな。貴族の特権や優遇措置について、見直す必要があるんじゃないか」

「シェルマは同意する。でも、実行は難しい……」


 がくりとシェルマは肩を落とした。


 王宮騎士の肩書を持っていても、あまり待遇もよくないらしいシェルマに求めるのが酷であるのは分かる。むしろそれを成すべきなのは、シェルマの主であり王族でもあるカルティエラだ。


 ……とはいえ、蜂退治のときもリーズロットのダンジョン問題のときも、外に出されて関われてさえいない立場の姫。カルティエラも政治的な発言力は強くなさそうだ。


 そもそも、子どもだしな。


「でも一つ朗報。そんな怪しい風体じゃあ、出るのはよくても入るのは難しい」


 入るならまだしも――と、門衛も言っていたぐらいだ。おそらくシェルマの予想は正しい。だが懸念もある。


「貴族の使いであってもか?」


 また遠慮されるんじゃないか。


「使いであっても、検査される。本人なら分からないけど」


 本当にその貴族の使いかどうかから調べられるわけか。

 盗みの実行犯は貴族ではない気がする。わざわざ使いを名乗る理由もないだろうし。


「ならどこかで立ち往生しているのを期待して、今は追おう」

「それがいいと思う」


 人間の、それも旅慣れない奴なら間違いなく町で宿を取って休もうとする。検問で毎回時間を取られるなら、予想以上に近い場所で追いつけるかもしれない。


「……えっと。その人、なんかやらかしたんですか?」

「泥棒。大量の荷は盗品」

「ええっ!? あ、えっ! もしかして被害に遭ったのが……」


 この話の流れなら、言わずとも分かるだろう。


 門衛はさすがに申し訳なさそうな顔になる――が、彼を責めても仕方ない。一番悪いのは盗んだ奴で、次は国の在り方である。


「そういう訳だ、通るぞ。ついでに人相を覚えていたら教えてくれ」

「三十前後ぐらいの男性です。髪は赤茶で短髪。瞳は青。えらの張った四角めの輪郭で、背格好は中肉中背でしたね。あ、あと『これだから~』が口癖みたいで、よく言ってました。ともかく世の中の多くの事柄が不満そうな人でしたね」

「よく覚えているな」


 すらすらと特徴を上げる門衛に、俺は感嘆した。


 俺も人を覚えるのが苦手というほどじゃないが、一週間も経っていたら忘れそうではある。そもそもあまり興味がない。


「見慣れない上、印象の強い人だったせいですかね。悪印象ですけど」


 ともあれ、有益な情報を得た。これで容姿と口癖とシェルマの鼻が一致すれば、高確率で犯人だろう。


「ニア、急ごう」

「ああ」


 ただでさえ一週間出遅れている。

 だが逃がす気はない。待っていろ、泥棒。




 シェルマの鼻を頼りに向かい、辿り着いた先はグラージェスだった。


「匂い、近い。きっとまだ町にいる」

「ふん。行く先々で怪しまれて足が遅くなったか」


 ノーウィットを出て追いかけ始めてすぐ、差が縮まっていく実感があった。どうやらここにきて追いつけたようだ。


 シェルマや門衛が言っていた通り、不審な点があると町に入るのには時間がかかるらしい。

 加えて。


「きっと目立ちもする。宿で聞き込めばすぐ分かる」


 馬を連れて途中で合流したリェフマのおかげで、こちらは更に足を速めることができている。

 普通の人間より休憩が少なく済むのも時間短縮になった要因だろう。


 少し大きな町にはどこにでもあるらしい、権力者のための別枠の門へと向かう。


 シェルマとリェフマは王宮騎士だし、事情を聞いたカルティエラが便宜を図るよう一筆書いてくれた。

 おかげで俺も労なく町に入ることができている。


 門衛は始め、明らかに魔物の血を引くシェルマとリェフマ、そしてフードで顔の大半を隠した怪しい風体の俺を訝しむ。


 そして二人の身分証、カルティエラの書状を見て慌てて態度を改めて通すのだ。

 グラージェスも例に洩れずで、すんなりと町に入れた。


 上の相手に対しても下の相手に対しても、変わりすぎる対応に思うところはあるが……。今はそれらを追及している場合ではない。


 優遇措置を利用した直後の俺が文句を言うのも変な話であるし。


「まずは宿か」


 これまでの傾向からして、中の上あたりの宿を選んでいるだろう。


 グラージェスには依然来たことがある。おかげで初見よりはまだ歩きやすい。

 記憶を頼りに宿があるあたりに向かうと。


「……?」


 妙に騒がしい。


 近付くと、意匠の凝った鎧姿の騎士たちが宿の入口に立ち塞がっているのが見えた。どうやら人払いをしているようだ。


 王都に行ったから分かるが、あれはアストライトの騎士じゃない。装備も違う。

 装飾という意味だけではなく、質もだ。


 おそらく錬金術で加工されている代物だが、アストライトでの標準よりも高い技術力を感じる。


「そこの三人。この宿に用か」


 立ち止まって宿を眺める俺たちを見咎めて、騎士が声を掛けてきた。それにシェルマが応じる。


「人を探している。宿に入らせてほしい」


 断言した。ここにいるのか。

 騎士はシェルマとリェフマの制服を見て、迷ったようだった。彼女たちの身分を理解している。


「すまないが、今は事情があって通せないのだ。日を改めてもらえないか」

「それは困る。日を改めたら逃げられてしまうかも」

「ううむ……」


 シェルマの答えに騎士は唸る。

 そのやり取りを見守っていたもう一人の騎士が、ふと気が付いたような顔をした。


「待て、もしかしたら同じ件じゃないか?」

「ああ、その可能性もあるか。――アストライトの王宮騎士よ。その制服はカルティエラ王女殿下の近衛の物であったはず。一体何者を追っているか、事情を聞かせてはもらえないか」


 騎士の言葉に俺は驚く。当人たちは明らかに別組織の者なのに、所属まで正確に記憶しているのか。


「姫様の所領で盗難があった。錬金術関連の大切なもので、犯人を逃すことはできない」

「おい、やっぱりそうだ、きっと」

「みたいだな。――どうぞ、通ってくれ」


 納得した様子で、騎士たちは道を開けた。

 ……どういうことだ?


「詳しい話は、中で室長がしてくださる」


「分かった」


 シェルマとリェフマは戸惑った様子もなく中へと入っていく。


 何が起こっているかはよく分からないが、俺の目的に変わりはない。穏便に通してくれるのなら遠慮なく入らせてもらう。


 宿屋に入ってすぐ、少し奥にあるホールに人が集まっているのが見えた。


 左右に広げて置かれた見覚えのある大荷物。それらの中央に陣取るのは、表にいた騎士と揃いの恰好をした数人と、赤茶の髪の中年男。それと紫がかった藍色の髪をした細身の女。年齢は二十の半ば程か。


 閉ざされた空間の中に新たに入ってきた俺たちに、ホールにいた全員が当然気付いて目を向けてきた。


 藍色の髪をした女はシェルマとリェフマを見てどことなく納得の表情を浮かべ、赤茶の髪の男はうろたえた顔をする。


 うん……? こいつ、どこかで見たような。


 ああ、商業ギルドに来ていた奴だ。何とかという伯爵家の者だと言っていたはず。名前は思い出せん。

 だがこれは、どういう状況だ?


「あれ、ニアの物」

「そうだな」


 間違いなく、盗られた品々だ。


「王宮騎士のお二人はよいとして、中央の貴方。この場に同行したということは、これらの品々は貴方の持ち物だということで構いませんね?」


 こちらを見て淡々と訊ねてくる女に、どう答えたものか。

 迷う俺に彼女は首肯した。


「ああ、失礼。自己紹介が先ですね。わたしはユフィノ・アースリィ。帝国錬金術協会にて、権益保護部に勤めている者です」

「権益……何だと?」

「新しく作り出された技術などが誰の功であるかを定め、それによって生まれる利益を正しく作り手に還元させるための部署です。利益なくして技術の発展はありません。成果への褒賞は大切なのですよ」


 重要なのは分かる。だが、それを護る組織があったのは意外だ。

 これまでの俺には縁のない話だったから、耳に入っても来なかった。


「それで――これは一体どういう状況なんだ」


 肩身を狭くして縮こまっている窃盗犯にとって良くない状況、ということだけは分かるが。どういう経緯でこうなった。


「では、事の起こりから説明しましょう。まずはグラージェスの門衛が、荷を取り調べたのがきっかけです」

「だが、それだけなら通れただろう?」


 怪しまれて時間はかかったとしてもだ。これまで経由してきた町でも、男は正規に入ることができていた。


「いえ。所持していた品がおかしいと気付いて、商業ギルドに連絡がいったそうです」

「どのあたりが不審だったと?」

「こちらの品々。ポーション一つとっても大変に素晴らしい」


 ユフィノたち自身も荷を改めはしたのか、置いてある品々の一部を迷いなく示してそんなことを言う。

 口調にも恍惚とした響きがあった。彼女も錬金術に魅せられている類の人物だな。親近感が湧く。


「これほどの完成度を実現できるのは、帝国の誇る皇宮錬金術士の中でも一握りでしょう」


 ああ、やはりできる奴もいるんだな。リージェの祖母もやっていたし。


「つまり、一般的に流通するような品ではない。商業ギルドでは、これらの品々を作った人物に心当たりがあるとのことでした。そしてそれは、この恥知らずではない」


 パシ、と手にした扇をもう片方の手の平に音を立てて打ち付け、嫌悪も露わに言う。ユフィノの憤りに男の方がびくりと肩を竦めた。


「ましてや荷物がおかしすぎる。完成した道具の数々は脈絡もなく、レシピや構想ノートなど、当人が持ち出す理由は限られる」


 まあ、そうだな。俺も外に持ち出そうと思ったこともない。

 持ち出すとしたら、家を変えるときぐらいだろう。


「そしてこれらは盗んででも欲しがる者がいてもおかしくないだけの価値があります。ですので、確認が取れるまで勾留……となっていたのですが、さて」


 そこで不思議そうにユフィノは首を傾げる。


「もし貴方が本来の持ち主であれば、商業ギルドから連絡は来ませんでしたか?」


 どうだろうか。


 こちらもずっと馬に乗って追いかけ続けだった。その間に通知が来ていたら気付かなかった可能性が高い。


 懐を探ってギルドカードを出し、確かめる。

 ……来ているな。通知。


 内容は急ぎ連絡を取るように求めたもの。具体的なことは一切触れられていない。届いたのは二日前。


「商業ギルドに行って、俺の身元を確認してもらった方がいいか?」

「荷物の引き渡しのときには必要になるでしょうが、わたしには証明していただかなくても結構。通りすがりに制作者の権利を脅かす者がいたから口を挟みましたが、正しく法に則って解決されるのであれば、これ以上は差し出がましいというもの」


 言ってユフィノはシェルマとリェフマを見る。王宮騎士と一緒に行動しているから、これ以上部外者である自分が守る必要はない、という判断か。


「ときに、貴方も錬金創造祭(アルケミア・グランド)には参加されるのでしょうか? 今年のアストライトには期待ができそうですね」


 錬金創造祭……?

 聞いた覚えのない催しだ。


 ただユフィノの口ぶりからして、それは常識に入る知識である気配がする。ここで訊ねるのは止めておこう。


「では、失礼。いずれまた会えることを楽しみにしています。――皆、宿に戻ります。出立の支度を始めてください」

「はッ!」


 立ち上がったユフィノに答え、騎士が敬礼をしてから動き出す。

 護衛について共に行動する者。先に走って知らせを伝えに行く者とそれぞれだが、動きは全員機敏だ。


 そうして彼らが去って随分静かになったホールで、改めてシェルマに訊ねる。


「錬金創造祭というのは何だ?」

「年に一回、帝国の帝都で開かれるお祭り。錬金術師たちが作品と自分の技術を売り込む場所。一国三人まで出場が許される。優勝するととても名誉」


 彼女にしては長いセリフを喋ったあと、シェルマは少し大きく息を整えた。

 見た目もそうだが、声帯が多少人間と違うのかもしれないな。


「賞金もすごい」


 そして俗な特典をリェフマが補足。


「帝国レベルの名誉か」


 それは少し、興味がある。


 イルミナの母は帝国の皇女だと言う。属国であるアストライトの地位だけで彼女の周囲を納得させられるかどうか不安だったところだ。


 だが一国三人という制限はきつい。無名な俺では入りようもないだろう。


 いずれは出場して成果を残し、名誉を得たいところだが。少なくとも今年は見送りだな。ユフィノの期待には添えないと言うことになるが。


「とりあえず、リェフマは商業ギルドに行く。色々説明しないと、不義理」


 これが間違いなく盗品で、元の持ち主である俺が王宮騎士である二人と引き取りに来たこと。伝えておいた方がいいだろう。

 窃盗犯を引き留めておいてくれたことにも恩がある。

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