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二十二話

 クゥア!


 周辺の神力へと干渉して、炎の槍を作り出す。それらを一斉に妖精種たちへと放った。

 ほぼ己の頭の真上に、唐突に生じた炎の槍を避けられた者は少ない。目についた奴らは大体討った。


「魔物!? 新手か? しかも、町から――!?」


 俺の姿を見た兵士がそう切羽詰まった表情と声で叫び、上空を旋回する俺に向かって弓を構える。


「待て! あのフォニア種、知っている奴かもしれん。もしそうならおそらく敵じゃない。撃つな!」


 だがその兵士の近くにいた、指揮官らしき騎士が止めてくれた。

 声に聞き覚えがある。蜂退治の時、フレデリカ王女と共に討伐隊に参加していた奴だ。


 あのときは王女やイルミナの指揮下に入っていたが、今は指揮官をやっているんだな。

 そうして、兵士と騎士が話している間に。


「ちょいと失礼っと!」

「!!」


 脇をアシュレイが通り抜けた。そして大将に続いて、一小隊、十二体の魔物が次々外壁の外へと飛び出していく。


「な、な、何だ――」


 どう対応するべきか騎士は迷って、見送ってしまった。無理もない。


 だが、ふむ。考えていなかったが、俺自身が人間に敵対視されていないのであれば――これは使えるのでは。


 戦場の程よく高所に陣取って、歌い始める。聖性の力を増幅し、神力を高め、守護を与える強化の旋律を。


 対象にするのは人間と、リーズロット配下の魔物たち。

 敵対している魔王軍以外を同じ方法で強化する。少なくとも俺の認識はこれで通じるはずだ。


 それにしても。上空からだと戦況がよく分かるというもの。


 始まりは人間側からの強襲だったはずだが、ダンジョンデュエルの決着がついたことで侵略に切り替えたんだろう。魔王軍が前線を押し上げている。


 ただ、ゴブリンやオーガ部隊はもういない。死体となって転がっている奴以外は、そもそも結界の中に入っていなかったと思われる。


 死体の有様を見るに、そちらは幸運な奴らだな。


 それでも今は人間側が押されていると言わざるを得ない。外壁にまで取りつかれたんだ。大分切羽詰まっている。


 脅威の主力となっているのは、やはりダークエルフ――


「!」


 その姿を探した丁度そのとき、寒気を感じて慌てて旋回した。ぎりぎり、翼を掠めて魔力の矢が飛び去って行く。


 飛来した方向へ目を向ければ、いた。あいつだ。確かエイディとか言ったか。

 追撃がなかったのは、直後にフレデリカ王女と切り結んだからだろう。助かった。


 ただし二合打ち合った段階で、フレデリカ王女は弾き飛ばされた。エイディからの追撃が彼女に迫る――が、イルミナが割り込んだ。


 だが、彼女の盾でも剣と魔法の両方は捌ききれまい。

 魔法を構成する魔力に干渉して、構成を乱した。多少なりと威力は減退したはずだ。イルミナの盾が難なく魔法を防ぐ。そして態勢を整えたフレデリカ王女と共に、再度相対する。


「この……ッ。邪魔をするな、フォルトルナー!」


 エイディは俺を殺せない。もっと言えば、傷も付けたくないだろう。先ほど俺が一矢をかわせたのも、あいつの中でためらいが大きいせいもあったはず。


 エイディの叫びにイルミナも上空を振り仰ぎ、俺を見つけて困ったような顔をする。しかしすぐに表情を引き締めてエイディへと向き直った。


 攻撃を通さない、という強い意志を感じる。


「ああ、もうまったく――」


 酷く疲れを宿した女の声が、すぐ近くから届く。漆黒の翼を背に顕現させたステラが俺へと迫ってきていた。


「貴方は本当にはねっかえりね、フォルトルナー」


 こいつはエイディほどには遠慮するまい。多少傷を付けても、己が神罰を受けることはないと分かっている。神々直属の使徒である神人とは、互いにそれぐらいの信頼関係はある。


 やった事実は変わらなくとも、起こした相手への友好度で対応が少し変わる――というのは、神といえども感情を持つが故か。


 自身の攻撃が届く距離へと到達した瞬間に、手の中で弄んでいた短刀をほとんど予備動作なく投擲してきた。神力で障壁を作り、妨害しつつ退避する。


 そうして下がった先で、首に手が伸びてきた。先ほどまでいた場所にはもういない。移動が速い。


「はーい、つーかまーえ、っきゃ!」


 ステラの手は俺に届く寸前に、下から蹴り上げられて大きく逸れる。同時に攻撃を受けた手首を押さえて飛び退いた。


 間に入ってきたのは、地上で暴れていたはずのアシュレイだ。


 背中に蝙蝠の被膜のような形状を持つ翼を広げて飛んでいる。両腕もびっしりと鱗で覆われ、爪も鉤状に太く鋭くなって異形が進んだ。


 むしろ頑張って人化していただけで、本性は正しくドラゴンか?


「地上種ごときがわたしに手を上げるとは。身の程を弁えなさい。貴方は魔物でしょう」

「悪り。俺信心とか特に持ってないんだわ。俺の唯一絶対はマスターだから」


 ダンジョン産の魔物だからな。そうでなくともリーズロットは自身のダンジョンの魔物たちと仲が良いようであるし。


「神罰も恐れず、加護も放棄すると?」

「ああ。マスターが行く道を行くだけさ。それに俺たちなら、ディスハラーク神に鞍替えしても許してもらえるだろ?」


 アシュレイは強いからな。どちらの神々も歓迎することだろう。


「……いいわ。後悔させてあげましょう。仕えるべき主が、いったい誰であったかをね!」

「つー訳だ、フォルトルナー。こいつは俺が引き受けた」

「いいのか」


 俺は助かるが、アシュレイで勝てるかは……それでも難しいだろう。リーズロット自身でさえ、おそらく無理だと判断していた。


「んー。でも人間に合わせてたら立ち合うことさえできないっぽいから。迎撃すんなら俺だけでやった方がいいかなと」


 人間たちに対して力の差の溝を隠すことは諦めてないんだな。見事だ。そちらも助かる。


「地上種風情が、調子に乗るものではないわ!」


 ステラが腕を振るい、アシュレイの周りで火花が散る。攻撃性の何かを防いだ気がするが……駄目だ。付いて行けん。


 これは近くにいたら完全に足手まといになる。離れよう。


「ダークエルフの方を頼む! 見たところあいつが総指揮官だ。あいつを倒せば、軍としては撤退する!」


 ステラは天上の存在。畏敬はあっても信頼はない。ましてステラ本人も地上種を見下しているから余計に育まれないだろう。


 もしエイディが倒れてステラが指揮を引き継いだ場合。ダークエルフたちは従うだろうが、それだけだ。間違いなく動きは鈍る。信じていないから。


 ステラも分かっていて無理はしないはず。彼らは責めてきた側だから、退くことが可能だ。


「分かった。任せる」

「そっちも早めに頼むな!」


 勝つ自信はないか。足止めだな? 

 なら、急いでエイディを討つとしよう。ステラよりは可能性がありそうだ。


 降下してステラと距離を取りつつ、エイディを射程圏内に捉える。


 さて――。せっかくディスハラークの力場になっているんだ。彼の神の属性に頼らない理由はない。

 一声鳴いて、周囲の神力に命を下す。そして意思通りに具現化した光を打ち出した。


 瞬きの間で到達する光。さすがにこれは避けられまい。


 キュン、と空気を焼く音を後に残して、放った光がエイディを貫――けない。当たりはしたが、エイディが纏う魔力障壁に阻まれた。


 こいつを貫くには、もっと大量の神力を凝縮する必要があるようだ。

 その近くにあるものだけではなく、広範囲から集めなくてはならない。少し時間がかかる。


「引っ込んでいろ、フォルトルナー。お前が加わったところで結果は変わらん。無駄に傷を付けさせるな」

「言ってくれるな、ダークエルフ!」


 不愉快そうに抗議したのは俺ではなく、エイディに剣の切っ先を向けたフレデリカ王女だった。ちらりと彼女に視線を向けたエイディは息を付き、腰に差していた二本目の長剣を抜く。


「事実だ。我らの勝利は決まっている」


 左右の手に持った剣を交差させて打ち鳴らし、そのまま目の前の空間を切り裂くかのように振るう。剣先が通った軌跡に魔法陣が生まれた。


 強い輝き。なんだ、これは。

 神の輝きに近しい。神の権能――神呪か!?


「お前がステラの加護を受けた魔王なのか!?」

「残念だが違う。だがお前の認識は正しいぞ、フォルトルナー。見よ、神の輝きの片鱗を。宿れ、不壊の燐光(シュナ・ヴェール)!」


 エイディの持つ剣に、魔光の神呪が宿る。

 馬鹿な、あり得ん。本当に神呪だぞ!?


 神呪を扱えるのは、地上に降りた神人の加護を得たただ一人のみ。そして一人の神人が加護を与えられるのは一人だけだと決まっている。


 ならばエイディの『違う』という発言が嘘になるはずだが……。

 今、エイディの言葉に嘘はなかった。どういうことだ……。


 溢れる神呪の輝きを後に引きつつ、踏み込んだエイディがフレデリカ王女へと剣を振るう。どうにか剣を合わせることだけはできたフレデリカ王女だが、その金属は満足な盾にはなってくれない。


 まるでガラス細工か何かのように、ほとんど抵抗なく切り落とされた。


「!」


 もちろん、王女が持つ剣が鈍らなはずもない。フレデリカ王女は目を見張り、思い切り後方に飛びのく。


 追って振るわれたエイディの左の剣は空を切ったが、まずい流れだ。さらに迷いなく接近し、エイディはフレデリカ王女を剣の届く範囲に収め続けている。


 下がるだけでは限界が来る。だが幸い、フレデリカ王女は一人で相対していたわけではなかった。


 彼らの攻防の中、後方に回ったイルミナがフレデリカ王女とエイディの間に割り込み、攻勢を断ち切るべく立ち塞がる。


 しかし神呪は甘くない。剣よりもずっと強度のみを追及して作られた盾さえも、容易く両断してしまう。

 あいつが掛けた神呪を、奪わなくては!


 ――クゥア!


 俺が上げた攻撃性の高い鳴き声にエイディの耳が反応する。しかし振り向きはしなかった。イルミナを見据えたまま剣を突き出す。


 くそっ。他者の支配下にある魔力は干渉し難いな! 間に合うか!? いや、間に合わせる!


 急ぎ、エイディが形を与えて維持し続けている神呪を解き、ただそこにあるだけの魔力へと戻していく。


 鋭い金属音を立てて、イルミナの剣がエイディと打ち合う。打ち合えた。残った神呪の輝きも、大分儚くなっている。


 間に合った……。


「神呪までもを阻害するのか、フォルトルナー」


 どことなく、エイディの声に恐れが含まったのを感じる。


 だが今のがフォルトルナーの能力かどうかは、微妙なところだ。神呪を解いた技術は錬金術士としてのもの。可能とした魔力操作はフォルトルナーのもの。

 両方が揃って、と言うべきだろう。


 エイディの意識が逸れた瞬間、手近――倒れた騎士が持っていた剣を拾ったフレデリカ王女が、イルミナと共に斬りかかる。

 左右の剣で一人ずつを捌きつつ、初めてエイディが後退した。


「ちぃっ!」


 仕切り直すための魔法も使ってこない。使えないんだ。体内の魔力量が乏しくなっているのが感じ取れる。神呪を使ったせいだな。


 それでも、二人の追撃を肉体の力と技術だけでしのぎ続ける。僅かに周囲の状況へと目を向けるが、今すぐにエイディに助太刀できそうな味方はいない。


 皆、アストライトの騎士とリーズロットの配下の魔物と戦うので精いっぱいだ。その状況を皆で懸命に作ったとも言えるだろう。


 苛立たしげな顔をした後、エイディはフレデリカ王女とイルミナへと集中のすべてを戻した。面倒であろうとも、二人を自分一人で相手取ることを決めたのだ。


 魔力の底が見えつつある今でも、エイディは二人を倒しきる自信があるのだろう。そしておそらく、それは可能だ。


 じりじりと後退していたエイディが、一歩大きく引く。直後、今度は踏み込みに転じた。

 放たれたのは神速の突き。


 狙われたのはフレデリカ王女の右胸だが、これは避けさせることを前提している。彼女は見事に反応して、肺を護る。代わりに横凪に転じたエイディの剣に左肩を大きく裂かれた。


 まずは確実に、力を削ぐことを選んだか。


「――ッ!」


 己の動きが誘導されたことに、フレデリカ王女は悔し気に顔を歪めた。まだ得物は手放していないが、痛みは誤魔化せない。今まで通りには動かせないだろう。


 当然、イルミナが庇いに入る。たとえそれがエイディの予想通りの動きであったとしても、そうせざるを得ない。でなければフレデリカ王女が死ぬ。


 そして彼女の命を繋げるのが数秒であろうとも、イルミナは自らの身を盾にしてしまうだろう。


 ――嫌だ。見たくもない。


 半ば感情的に、しかしもう半分では一応思考はしつつ、急降下する。


 個体数が多くないため明確ではなくとも、エイディはフォルトルナーの能力をある程度知っていると考えた方がいい。何ならステラと共有したはず。


 だから神力操作では、きっと防がれて終わってしまう。分かっていても防げない妨害をしなくてはならない。

 要は、俺自身だ。


 エイディは左手でイルミナの剣を打ち払い、今正に右手で彼女の胴を両断しようとしている。

 その剣を、足で掴んだ。


「!」

「ニアさん!」


 エイディが動揺して息を呑み、イルミナは次に起こることを予測して悲鳴のような声で名前を呼ぶ。

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