二十話
まずは、リーズロットのダンジョンだ。もしかしたらシステム上第三者は侵入できなくなるかもしれない――と思ったが、入れた。
大扉を潜って、三度目となる大広間に出る。この景色にも慣れてきた。
「アラ、いらっしゃい」
そして出迎えてくれたのはいつものハーピィ。
「邪魔をするぞ。そろそろ時間だと思うんだが、部外者でも入れるんだな?」
これだとデュエルのルールに関係なく、戦力を投入できてしまうんじゃないか?
「始まったら弾かれるわよ。それがダンジョンのルールだから。世界のルールを逸脱できるだけの力がないと破れないわね」
世界のルールと来たか。
ダンジョンとは本当に不思議な存在だな。そこで生まれた俺が言うのもなんだが。
「だから用があるなら、急いでマスターの所に行った方がいいわね」
言いながらハーピィは水晶柱に魔力を流し、道を繋げてくれた。
「ああ。行かせてもらう」
ハーピィが繋げた道を通って、リーズロットの私室へ。
戦いの直前だが、慌ただしい気配はない。準備はすでに終えているようだ。
「リーズロット。いいか」
「どうぞ、お入りになって~」
ためらいのない入室許可。ありがたく入らせてもらう。
「ごきげんようですわ~」
リーズロットは優雅にティータイムを楽しんでいた。自身の進退をかけた戦いを控えているとは思えない姿だ。
「お前も無事に戻れたんだな」
「はい~。おかげさまで~」
騒ぎが起こらなかったのは知っている。人間側も無事だったということだ。
そのせいでしばらく厳戒態勢は解除されなかったし、今も警戒は続いている。まあ、もう少しの辛抱だ。
こうしてリーズロットがダンジョンに戻っている姿を自分の目で見られたことで、本当の意味で確信できて安堵する。
「それで、今日はどのようなご用件かしら~。ダンジョンデュエルを見届けにいらしたの~?」
「そんなところだ。だが、部外者だと弾かれるそうだな?」
「第三者の横やりが入ると、公平ではなくなってしまうからですわね~。リズがゲスト認証すればデュエルに参加できないまでもダンジョンに留まることはできますし、何なら参加者コストも多分ニアの分ぐらいなら余ってますけれど~」
外からの助太刀もできるような言い方だった。所属がどこでもシステムに則れば参加できるのは想像していたが。
「コストを余らせてるのか?」
ぎりぎりまで使って何でもいいから用意していた方がいいのでは。いつ何が役立つかも分からないのだから。
しかしそんなことはリーズロットとて考えるだろう。その上の判断だ。俺が口出しするようなことではないか。
「最大数までピッタリ、とは中々いかないのですわ~。それに失礼ながら、フォルトルナーは戦力としてはあまり強くはないので~。上位種であってもコストは軽い方に入りますわね~」
個体として強くないのが幸いしたか。
「なら、加えてくれるか。呪境の香炉の発動を手動でやる」
ディスハラークの神力に触れれば放置していても場を有利にするが、仕掛ける機を調節できるのならより効果を期待できるだろう。
「よろしいですわ~。では、少々お待ちくださいね~」
リーズロットはシステム用の魔法陣を呼び出し、操作。と、手の甲にむず痒さを感じて目を向ける。
そこには黒色で痣のようなものが浮かび上がっていた。多分、薔薇の花だ。
おそらくこれはリーズロットを象徴するものなのだろうが……黒薔薇?
「お前、一体どういう魔物なんだ」
原初の魔物だからそのものではないとしても、似た傾向の何かぐらいはあるだろう。
「うふふ~。内緒ですわ~」
それはそうか。
まあ一つ言えるとすれば、意味ありげに彫刻をしているドラゴン種ではないんだろうなというぐらいだ。
「じゃあ、適当に場所を借りるぞ」
「ええ、お願いしますわね~。でも無理はしないように勧めますわ~」
「だろうな」
余った半端なコスト枠で入れるぐらい、俺のコストは低いらしい。主戦力として投入されているだろうダンジョンの配下たちの戦いになんぞ、手を出せる気はしない。
……まあ、確かに俺自身の力は強くはないが。
補助能力には、それなりに自信はあるぞ。リーズロットの配下が強いのならばなおさら、効果も高くなるだろう。
前回呪境の香炉を設置しに行ったので、待機するべき場所は分かっている。
俺はハーピィ経由で転移しているが、侵入者は通常、歩いてダンジョンを進む。
入り口の水晶広間から曲がりくねった一本道の通路を抜け、馬に乗った勇壮な騎士の像が中央にそびえるちょっとした空間に出る。
基本的に屋内の様相をしているが、この辺りは花などが土の地面を作って植えられていたりもしていて、庭園の雰囲気もある。
樹木までもが所々にあるので、俺はフォルトルナーの姿に戻ってそのうちの一本に留まった。
俺がフォルトルナーだと分かれば、手加減をする奴もいるだろう。
こちらに容赦する理由はないので不公平と言えばそうだが、命と尊厳がかかっている。攻め込んできているのも先方なので、そのあたりの精神は脇に置かせてもらおう。
待機して十数分後――厳かに鐘の音が響き渡る。この階だけではなく、ダンジョン全体に聞かせている様子だ。
そして大きな鬨の声が上がった。同時に交戦が始まる音も。
序盤の戦場となったのは、入り口すぐの水晶の広間。戦況は……目で見ないとさすがに分からん。どちらもダンジョン産の魔物だし。
ただ、その中で異質な輝きを放っている者がいるのは察知できた。多分魔王軍側の原初の魔物だ。
戦場の音は徐々に小さくなっていく。消えた魔力反応から察するに、被害はほぼ同程度だろう。力量も制限されると言っていたから、道理と言える。
侵入した魔力の一団は通路を突き進んでくる。散発的に上がる破壊音は、ダンジョンに仕掛けられている罠にやられたか。
そしてついに、目視できるところにまで進攻してきた。
この広間はドでかい騎士像が中央にあるせいで見通しが悪い。ぱっと見で受ける印象より、少人数でしか展開できないようになっている。
待ち構えられる防衛側と違って、攻略側はどうしても一塊で進まざるを得ない。通路を制限し、罠を駆使して損耗を抑えつつ人員を振るい落とすのは基本と言える。
「後続は待機せよ。後方の警戒も怠るな」
そう自らの配下に指示を与えた原初の魔物は、老年の男の姿をしていた。
目深にフードを被った黒いローブ姿で、顔には深いしわと大きく目立つ古い傷痕が見える。
腰は曲がり、杖を突いてようやく立っているような状態だ。
まあ、見たままではないだろう。宿す魔力が俺には図り切れないほどに膨大だ。
原初の魔物の指示に従い、四体一組に分かれて騎士像の左右から進軍が開始された。
原初の魔物が従えてきたのはどうやらゴーレム。聖職を思わせる格好をした白い石像を自らの傍らに侍らせ、その他、木や金属、様々な質感を持つ人型ゴーレムで軍は形成されている。
ズッ、ゴッ。ズッ、ゴッ。と足取りは重く、しかし着実に進むゴーレム隊へと、天井から降ってきたリーズロットの配下が襲い掛かった。
「あらよっと!」
頭上から飛び掛かって、爪で一閃。頬や腕、露出した上半身に生えた鱗と尻尾がまま特徴を残している。半人半竜の姿をした男女二人。
男は正面から、女は背後から急襲して、ゴーレムたちを手当たり次第に壊していく。
「何と……」
前方で進んでいた部隊と、後方で警戒のために展開していた部隊。原初の魔物から少し離れていたその両翼は急襲した半人半竜二人によって撃破された。
残るは原初の魔物を護るように展開していた中央の部隊のみ。
「その魔力、並々ならぬ。このデュエルのコスト量を考えれば、其方等二体でほとんど上限であろう」
そういう割り振りか。また随分思い切ったことしたな。
「ウチのマスターは人情家なんだ。削り合いで犠牲を出すのを良しとしない。進軍ルートを決められるのはこっちなんだぜ? 数の優位を消せるなら、少数でも問題ないさ」
「わしとて、己で育てた配下共に愛着はあるよ。だが……ふむ。発想が似るのは悪くない。せっかく用意してきた自慢の子を、わしも披露しようではないか」
「何?」
半人半竜の言葉には答えず、原初の魔物は手を叩いた。すると残ったゴーレムたちが一斉に白い石像の方へと体を向ける。
その手には様々な質感の破片を持っていた。ゴーレムの残骸か……?
そして次の瞬間、砕け散る。
「!?」
続いて魔力の風が渦巻き、細かな破片となったゴーレム隊たちが白い石像へと集まっていく。見れば竜の男女が急襲して砕いたゴーレムも巻き込んでいる。
変質と接合を繰り返し、僅か数秒で一つの存在へと錬成し直された。
出来上がったのは装飾の多い聖衣をまとった女性の像だ。
「背徳の聖女モスナじゃ。お主の相手はこれにさせよう」
硬質の輝きを放つモスナ像は、正面に立つ男の方へと向き合った。その動作は滑らかで、まったくゴーレムらしくない。見た目は明らかだから見間違えはせんが。
「わしは、其方を屠ろうかの」
そう言って原初の魔物は、挟撃してきたもう一人、女の方へと身構えた。
これは少し、分が悪い気がする。
相手の原初の魔物は『アイテム枠』も使ってゴーレム素材を持ち込み、モスナ像に使った感がある。ついでに先の水晶広間で壊された分のゴーレムもだろう。
つまり、人員コストで用意された戦力が減っていない。
対してリーズロット側は、単純に戦力を失ったとみて間違いあるまい。
水晶広間での小競り合いはここで隊列を整えさせるための仕掛けに過ぎないだろうから、致命的なコストロスにはなっていないと思うが……。
「其方たちは確かに強そうではあるが、マスター分のコストを考えれば、どう足掻いてもモスナとわしには勝てん」
原初の魔物の分を差し引いた全コストが、モスナ像に投入されているわけだからな。
手が必要な場合に備えてゴーレム隊で部隊を編成して、その実は最大コストを投じた一体の強力な魔物を用意してきていたわけだ。
壊れても回収さえできれば強化素材として活用できるという、よくできた構成だと言えよう。
……手を貸したいところだが。
下手な手の出し方をしたら、瞬殺されるのがオチだ。一応メタモルスライムに学んで自身の魔力を周囲に同調させる膜を作って隠蔽してあるが、どこまで効いているかの自信さえない。
気圧されたように、半人半竜の男が足を引く――ように見えた。が、違う。
引いた足裏に魔力を流し、床を蹴る。目で追うことさえ難しい勢いでモスナ像へと接近し、その凶悪な爪を突き出した。
ギギギギギキィッ!
耳障りな金属音を立てて、モスナ像の表面に浅い傷がつく。
「ッカッ!」
そしてすかさず、高出力のブレス。青白いスパークを生じさせながら放たれたブレスは白色。聖の光神属性だ。
一方のモスナ像は完全な魔力で生成されたゴーレム。属性相性的には特効となる。
体の前で杖を斜めに構えて障壁を張るが、数秒のせめぎ合いののちほとんど威力を減退させることも叶わず正面から食らった。
バキン、と音を立てて表面に大小傷がつく。
「む!?」
予想外だったのか、原初の魔物が戸惑いの声を上げた。
属性効果もあるとはいえ、コストのほとんどを費やしたモスナ像だ。傷一つ付けられないという方がむしろ自然だろう。
だが今モスナ像は間違いなく傷付き、たたらを踏んで後退した。
そのモスナ像は唇を動かし何らかの呪文を唱え、自らの繊手で傷口をなぞる。砕けた破片が浮かび上がって元の位置に戻り、継ぎ目も残さず修復された。
然程の痛手ではなさそうだ。そもそも、生命ではないゴーレムに痛覚なんてものはないしな。動力が尽きて動かなくなるまで戦える。
「なァ、どーもあんたは思い込みが激しいみたいだけどよ。ダンジョンデュエルにマスターが参加しなきゃならない決まりはないぜ?」
「……それは、其方の言う通りよ。だが己の尊厳をかけた戦いであるぞ。それを配下に委ねたというのか?」
「どういう戦い方をするのが勝率高いかって話さ」
「確かに、ダンジョンマスターだからといって戦闘に優れるとは限らんか」
半竜の言葉に原初の魔物は納得した様子を見せるが――俺はむしろ戸惑った。
リーズロットは強い。おそらくダンジョンで一番強いだろう。メンバーから外れる理由がない。
半竜の言動が虚偽だった場合。何だ。何を狙っている。
「其方の言う通り、わしは大層な思い込みをしていたようじゃ」
リーズロットが参加者に入っていないのなら、ここに揃ったドラゴン二体にかかっているコストはモスナ像と原初の魔物とほぼ同等。
油断できる相手ではないと、原初の魔物は間合いを計りつつ身構える。
「……」
しかし――男の方はよくしゃべるが、女の方は寡黙だな。顔も無表情で相対している。
だがその神力の波長は男のものとよく似て……。ん? いや、似すぎている。むしろそのものと言っていい。
これは、擬態か?
そう疑問を覚えた直後、リーズロットが描いた展望が読めた。同時に、遠くて近い場所から神力が膨れ上がるのを感じる。
ディスハラークの神力に違いない。成功したか!
「!」
天井から沁み込む唐突な属性の変化に、原初の魔物は反射的に頭上を振り仰ぐ。
やるならここでだ。




