三話
ただ、俺は所属していない。登録しているのは商業ギルドだけだ。
縁のないそんなところから連絡が来ている、ということは……。
通知を開くと、『地下の件が判明。以下の品を作成した後、王都まで来られたし』とある。
通知は錬金術士協会になっているが、担当者の名前がトリーシアだ。
呼び出しの目途がついたということだ。やきもきし始めていたところだから丁度いい。
ただ問題は、要求されている品だ。
「虹の氷樹……。なんだ、それは」
名称に覚えがない。
説明もなく品名だけ乗せてきたということは、一般的な品なんだろう。
ならばと、国が発行しているレシピ図鑑を捲っていく。――あった。
作成難度は三。概要を見てみると、どうやら氷で作る木の像だ。
魔力や神気で氷像の中に道を作って、美しい光の反射を生み出す程価値が上がる。作るだけなら難しくないが、極めようとしても果てがない類のやつだ。
道具というより、調度品だな。
「なぜ、調度品……?」
地下には一体何があったんだ。意味が分からん。
しかしトリーシアはこの手の悪質な冗談を言うタイプではない。間違いなく、必要だと思って伝えてきている。
「何に使うにしろ、上等な品がいいのはそうだろう」
氷に使う水から厳選していくべきだな。
……しかし。しかし――である。
俺はこの手の、オブジェとしてしか用途のない品を作ったことがない。
「そもそも、美しいってなんだ……」
これが、反射による輝きの数値を明確に指定されたものなら問題ない。
だが『美』とはそんな単純なものではないだろう。
そういえば、イルミナやフレデリカはフォルトルナーの俺の姿を美しいと評した。あとは、声か。
しかし声に形はない。少なくとも俺には形として表現をする感性が備わっていない。
……見本が欲しい。
レシピ図鑑には完成形も載っているが、この本がどれだけ甘い記述によって作られているかはよく知っている。あまり参考にはできない。
「とりあえず、作るだけ作ってみるか」
まずは不純物を徹底的に取り除いた真水を用意する。
それから水を半分凍らせ、魔力を通すための通路を掘る。上からさらに水を加え、境目を溶かしつつ融合させていく。
一塊の柱になったところで、木の形に削り出す。
あくまで試作品なので、枝ぶりも単調に、レシピ図鑑を参考にした。
作成時間はざっと一時間。
「一応、これでいいはずだが」
部屋の明かりを受け、内側で光を反射させながら虹の氷樹は色味を変えて輝く。図鑑の説明書き通りの姿はしていると思う。
しかしどう控えめに言っても、つまらない。
「違う。これは絶対に違う」
トリーシアはもちろん、リージェやイルミナにも見られたくない出来だ。
「やはり、何に使う品なのかを知りたいところだ」
もう少し求めている情報が欲しい。ああ、そう伝えればいいのか。
そう思い至ったものの、これまで受信にしか使ってこなかったカードでの送信方法が分からない。
となると、手紙か? どれだけかかるんだ。
手紙を送るぐらいなら、いっそ直接行って――
「あ」
その手があるか。
人間の『ニア』が王都に姿を見せられないのは少し不便だが、俺本来の翼なら往復でも二日で叶う。
何を目的にしているかぐらいは、音を拾えば分かるかもしれない。
よし。行くか。
納得のいく出来になりそうもない虹の氷樹作りは一旦切り上げて席を立つ。家の中を適当に片付け、外に出た。
そのまま町を出て、素材の収集所にもなっている近くの林へと入り込む。ここならほぼほぼ人が来ないので、姿を変えるのにうってつけなのだ。
まずは邪魔になる服を脱ごうとして――
「あイタタタタタ! お腹が! お腹がいたーい!」
聞き覚えのない声を耳にして、手を止める。
声質からして十六、七ぐらいの娘だ。ただ、言葉の内容と中に宿る感情が合っていない。
出所は林の中ではなく、街道方向。
放置してもいいはずだが、どうにも気になる。
娘の声は身体の苦痛を真に訴えたものではないが、そこには間違いなく必死さもあった。どういうことだ?
奇妙な嚙み合わなさが気になって、様子を伺いに行ってみる。
「サラ! しっかりするんだ、サラ!」
「あぁー。ディラン様ー。アタシもうダメー。一歩も歩けないー」
「気をしっかり持つんだ! 近くに町がある。そこまで頑張れ!」
騒動の出どころは二人の男女。娘の方はやはり外見も十六、七ぐらいで、質素な白い修道服を着ている。
男の方は三十六、七程。娘と違い、やや装飾性のあるケープを肩にかけた神官だ。
男の方は、とても真剣だ。心の底から娘のことを心配している。
だが、娘の方はなんだ?
男の心配する様子を見ていながら、なぜ嘘をつく。
二人の様子を見ていると、気持ちがざわつく。どうにも腹立たしい気分だ。
「あ! そ、そこの方!」
そうこうしているうちに、ディランと呼ばれた中年の男が俺に気付いた。
「申し訳ありません。どうか、手を貸していただけませんか!」
「……できることであれば」
ディランの必死さは、無碍にするのが気が引けるほど真剣だ。
「この子を、町の宿に連れていくのに手を貸してほしいのです」
「必要ないと思うぞ。そいつは元気だ」
事実を伝えてやる。
「な、何を仰るのです! こんなに苦しんでいるではありませんか!」
「ディ、ディラン様。ちょっと大丈夫になってきたかもー」
ディランの擁護を、サラと呼ばれた娘がむしろ慌てた様子でなだめる。
当人は嘘をついている自覚があるだろうからな。声にも罪悪感がにじんでいる。
……どういう心理だ。意味が分からん。
「本当か? 無理はいかんぞ。ほら、掴まりなさい」
「う、うん……」
ディランの必死さに、サラは申し訳なさそうな顔をした。
悪いと思っているのに、なぜ騙すような真似をしている。
サラの行動のちぐはぐさが不可解で、どうにも気になる。
「……町で宿に泊まるなら、道案内ぐらいはするが」
「それは助かります。貴方のご厚意に、深く感謝を」
言った通りディランは頭を下げて意思を表現したが、少しばかり棘があった。サラに手を貸さないでいるせいだと思われる。
とはいえやはり、必要を感じない。
二人を連れてきたばかりの道を戻り、門を潜る。
俺はすでに顔を覚えられている住人のなので、身分証の提示も形式程度。しかしサラとディランは一応身元を尋ねられていた。
「ケセラ村の神官長を務めております、ディランと申します。この子はサラ。同神殿の見習いです」
「確かに。どうぞ、お通りください」
身元確認と言っても、この程度だが。
サラとディランを連れ、町の宿屋に連れていく。俺にとってなじみ深いのでつい、自然と庶民が使う方へと足を向けてしまった。途中で気が付き、一度足を止めて二人を振り返る。
「貴族街にも宿があるらしいが、そちらの方がいいか?」
「いえ! ぜひ、一般的に利用されている方で!」
ディランは即答した。
なんとなく贅沢とは縁がなさそうな気配がしているが、間違っていない気がする。
「神殿もあるが、宿でいいんだな?」
「はい。後程ご挨拶に伺いますが、まずはサラを休ませたいのです」
具合の点においては不要だが、二人からは旅疲れを感じはする。安全な場所での休息は適切だろう。
行き先も確定したところで、案内を再開する。
「聞いた記憶のない地名だが、遠くから来たのか?」
実は知っている地名など元から少ないが、この周辺で聞き覚えがないのも本当だ。
「いえ、そこまで遠くはないのですが。ここからだと……そうですね。徒歩で五日ほどです」
それなりに遠いが、ものすごくという訳でもないか。少なくとも、ノーウィットから王都へ行くよりは近い。
「ただとても小さな村ですので、ご存じないのは無理もないかと」
「村っていうか、ほぼ集落だし……」
成程。
「そんな規模の村で、二人も神殿を抜けて大丈夫なのか?」
神殿とは、病気や怪我の治療を行う施設でもあるのだ。
大きな町の神殿ならば、複数人が勤めているから然程問題はないだろう。しかし村か集落かという規模の神殿だと、いっそ無人になっている可能性さえないか?
「それは、まあ、その……」
ディランは言葉を濁した。やはり神殿はもぬけの殻らしい。
「だって仕方ないじゃない。国から命令されたらさあ……」
「サラ!」
不満そうに唇を尖らせて不服を口にしようとしたサラを、ディランが慌てて諫める。
今のには、止めたディランの方にも命じた者への不満があったな。それと、心配や気がかりといった気配。
彼らの心境はともかく――国の命令とはどういうことだ?
「大切なお役目だ。みだりに口にしてはならないと言われただろう」
「大切、大切って言うわりには、内容は全然知らないけどね!」
理由を語られないまま、村を離れる命令をされたのか?
ふむ。それは確かに不満を覚えるだろう。『それならば』と自分に言い聞かせることさえできない。
俺が個人的に知る何人かはそこまででもないが、権力者とはわりと理不尽だ。受けた者の都合や感情を考慮しないことがままある。
しかし、である。彼らが求められる理由は分からないが、俺には目的だけなら察せられるぞ。
十中八、九、地下の件と関係があるだろう。
ほかにも急を要する問題を抱えているかもしれないから、絶対とは言えないが。
呼ばれた内容が気になる……が、当人たちも知らないのでは聞き出せようもない。
知らせないことも防衛策のひとつであると痛感するな。やられた側は心労がかさむこと間違いなしだが。
だがそうなると、俺としても彼らには国の命令に従っておいてもらいたいところだ。イルミナやリージェの安全に関わっている可能性が高い。
「旅の途中だったんだろう? 目的地はどこだ?」
「王都よ」
現地か。この神官と見習いに、一体何をさせる気だ?
「心当たりはないのか?」
「呼ばれた心当たりはあるというか、逆にそれしか思いつかないのがあるけど。目的はさっぱりよ」
「では、その心当たりというのは?」
俺は彼らより、若干多く情報を持っている。聞けば分かるかもしれない。
「子どもの頃にね、一度、神様から祝福をもらったことがあるのよ。すっごく昔のことだし、それ一回きりだし、今更? って思うけど。それ以外には本当に何もないし……」
神からの祝福、か。
人と親しく接するようになってから知った事実だが、人と神の距離はかなり遠い。もしサラが言っていることが事実なら、稀有な人材と言えるのではないだろうか。
「でも、一回だけなのよ。もし再現しろって言われたら、凄く困る。それでできなかったらどうなるのか、とか……」
ああ、そうか。
ようやくサラの行動に合点がいった。
サラは不安なのだ。王都に行きたくないと思っている。だから嘘をついてまで、足を止めようとしているんだ。
「国を治めている尊き方々が、無体なことなどされるはずがない。安心しなさい、サラ」
「わっかんないわよ、そんなこと。ディラン様だって、国の偉い人となんて会ったことないくせに」
「そ、それは、まあ」
嚙みついたサラの勢いに、ディランの方が負けた。
ディラン自身、そこまで国を信じているわけではないな。まさに気休めを口にしただけだ。
王族の一人であるカルティエラは彼らが心配しているような無茶は言わないだろう。民のために何ができるのかを問う少女だ。
だが、他は知らん。フレデリカ王女とは一応面識はあるが、人となりを語れる程の仲ではない。
「だからさあ、もう逃げちゃってもよくない? 旅の途中で事故に遭って行方不明になるのも少なくないだろうし……」
「何を言うんだ。国からの、大切なお役目だぞ」
「そんなこと言われたって。大切なお役目ならなおさら、アタシに果たすような能力なんてないってば」
呼ばれた理由の想像がつくからこそ自信がない、という感じだな。
……だが、そうか。虹の氷樹の使い道、分かった気がするぞ。
そしてもう一つ。そうとなれば俺としてもぜひ、サラには王都に行ってもらいたい。むしろ行ってもらわねば困る。
もし本気でサラが役目を放棄しようとしているなら説得するべきだろうが、幸い、必要がなさそうだ。
行きたくない気持ちは本当だが、本気で逃げようとは考えていない。逃げることそのものも怖いせいだな。




