その第一皇女、悪役にしてラスボス ~現代で培った“常識”で物語を攻略する~
私こと、ヴァイオレット・メイデンは唐突に覚醒した。
だけどそれは、世界を掌握するような強大な力でも後世に語り継がれるような冴え渡る知識でもない。
まあ、なんてことはない、自身が転生者であるということに気付いたのだ。
それを理解した私がまず思ったことは、輪廻転生……今は異世界転生だっけか。本当にあるんだなぁ。だった。
私の前世は日本の高校生。親の庇護下に置かれ、学校に通い、バイトをして、青春を謳歌する年頃だ。成績は平均的、文系でも理系でもない。どちらかといえば運動能力の方が高かったが特に飛び抜けていたわけではない。インドアよりもアウトドア派。休みの日は部活、無い日は友達とカラオケ行ったり買い物行ったり、普通の女子高生生活を送っていた。読書は漫画、少女漫画より少年漫画とかレディースコミック派だ。
そんな私でも、これが異世界転生という小説を筆頭にマンガやアニメで大人気のジャンルで流行りのワードであることは知っている。友人の文学少女の影響だ。しかし、どこがこうでああだからとっても面白いと力説されていたのだが、流行りものが苦手な女子高生だった私は話半分で聞き流していたので、詳しい話は正直覚えていない。
確か、手違いで死んでしまった代償に与えられた能力とか現代知識とかで色々頑張る話と……。あとは、悪役令嬢を見返したり、悪役令嬢の性格矯正してハッピーエンドになるんだっかな。とにかくそんな感じの話だったよーな気はする。
「……あの、ヴァイオレット様。如何なさいました?」
「……は?」
ヴァイオレットって誰だ? あ、私か。
友人から植え付けられた知識を掘り起こそうと思考に耽ろうとした時に近くから声を掛けられた。
記憶が戻って今の記憶と混濁しているのだろう、一瞬自分がヴァイオレット・メイデンだとういうことを忘れる。
落とした視線を戻せば、白いテーブルクロスの敷かれた丸テーブルの向こうに金髪の美少年が不思議そうな顔をいた。
誰この子? と思ったが、すぐにヴァイオレット・メイデンの記憶が答えてくれる。
ランドルフ・アントニー。今年十一歳を迎えたアントニー侯爵家の長男。めっちゃイケメン。集められた子供たちの中では飛び抜けて整った顔立ちをしている。子供の頃でこんなんなんだから、将来は絶世のイケメンになるだろうね。
そして今は、皇国貴族の子供たちを集めたガーデンパーティーの真っ最中。庭には色とりどりのドレスを着た少女と貴族の子供らしい正装を決めた少年たちで溢れ返っている。パーティーの目的は、未来を担う子供たちの交流会、なんだけど。
ヴァイオレット・メイデン、八歳。パーディーが始まってから今まで、この美少年としか会話してねぇ。
原因は彼女の一目ぼれだ。そりゃあ、こんないかにも王子様風な美少年目の前にしたらテンション上がるだろうけど、交流会でそれは駄目だろう。
貴族社会はよくわからんけど多分現代社会と似たようなもんでしょ。こういう場で伝手を得るのだろうし。
誰か諫めろよ。
いや、無理か。
だってヴァイオレット・メイデン、この国第一皇女にして超我儘娘だ。
メイデン皇国は大陸の統一国家である。
ヴァイオレットは皇帝ザルボア・メイデンの皇女で、母は王妃アンリエッタ・メイデン。兄弟は腹違いだが兄と弟、妹がいる。
ザルボア皇帝は、かつて群雄割拠していた大陸を数年で統一した覇者。
未曽有の統一を為し、様々な改革を幾つも成し遂げた彼は一睨みで人を殺しそうな凶悪な見た目も相まって恐ろしい施政者だと思われているが、ヴァイオレットの記憶にあるザルボアは家族思いの優しい父だ。王妃であるアンリエッタを寵愛し、彼女の一人娘であるヴァイオレットを溺愛している。
娘のお願いは何でもイエス、娘の希望なら喜んで、娘が欲しいなら即購入、娘がしたいのなら即行動。娘に対して怒ったことなど一度もなく、何を言ってもやってもにこにこして受け入れていた。
おいおいおいおいおい。
なんでもかんでイエス? 怒ったこともない? 溺愛だとぉ?
前世にいた家の向かいに建ってたマンションに住んでいた子供を思い出す。
かなり我儘で乱暴者で、よくご近所トラブルで騒がれていた。虫は平気で殺す、小動物や子供老人をイジメる、他人の家に勝手に侵入する、人の物を壊す等々……とにかく色々やらかして、なにをやっても謝らないクソガキだった。
いつだったか、うちの庭を荒らされる被害を被って怒鳴り込みに行った時には頭の悪そうな母親が『すみませぇ~ん☆ 知らない人から怒られちゃうからやっちゃ駄目よ、○○ちゃん☆』って……それで終わらせてんじゃねぇよ! 今思い出しても腹立つわ!!
結局小学校に上がってもクソガキは治らなかったらしく、最終的には万引きで警察沙汰となっていつの間にか引っ越して行っていた。ざまあみろ。
そんなクソガキは、両親と祖父母にまー甘やかされるだけ甘やかされていたらしい。前世社会ではそういうクソガキが増えていて、よくテレビやSNSで騒がれていた。
さて、我が身はと言えば……やはりクソガキだった。
なんでもかんでも欲しがる。時には他人のものを奪ってでも。
我が儘を言って困らせる。時には人が居なくなって新しい顔がある。
地位の低い者に冷たく当たる。時には義兄や幼い弟妹さえも。
人が嫌がることをね、嬉々としてやるわけですよヴァイオレット・メイデンってクソガキは。
しかも人から強制的に奪っておいて飽きたらポイすんだからマジで救えない。目の前にいたら拳骨するわ。いや、目の前どころかゼロ距離にいますけどね。
そりゃあ、皇国の覇者が甘やかすのだから、周りは諫めることなどできるわけがなく。甘やかされるだけ甘やかされたヴァイオレットが我儘に育つのも当然だ。
異世界転生した人間が性格矯正したくなる気持ちがよぉーくわかった。
だってホント、血の気引くよ? 針の筵だもん。陰で嫌味とか言われてんだよ絶対。想像しただけで胃が痛ぇ痛ぇ。
しかも我が身が前世社会にいたあのクソガキと同列……いや、誰も逆らえない立場であるのだからそれ以上か。間違いなくこの第一皇女は周囲の人間から嫌われている。ヴァイオレットの記憶ではそう言った感情は見られないが端からクソガキを見ていたことがある身としては、まず間違いなくそうであると確信している。
うわあ、怖い。マジ怖い。絶対一人で歩いてたら殺される。
「あの、ヴァイオレット様? お体の具合が悪いのですか?」
それはそれは心配そうに伺ってくる。
馬鹿みたいに一方的にお喋りをしていた相手が、いきなり口を噤んで青い顔してお腹押さえてたら心配をしたくなるだろうね。
「ああ、いや。大丈夫。気にしなくていいよ」
……やっべ、しくった。
安心させるために言ったつもりだったけど、途端にランドルフの目が丸くなった。
ヴァイオレット・メイデンは『ナントカですわ!』みたいなお姫様口調かつ甲高い声色の持ち主。それがいきなり年上びった口調になったらその変化に驚くよね。だって幾らイケメンとはいえ相手は私より年下だし、ついつい前の口調が出てしまった。
しかしながら困ったことに私にはもう取り繕う力がない。
幼稚園時代に『ちょっとお芝居は難しいかな~』から始まり『大根かてめえ』と言われた女だ。今更上品ぶった高飛車な物言いとか無ー理ー。
「……ヴァイオレット様、やはりお体の具合が悪いご様子。人を呼びましょう」
「いや、本当に大丈夫。気を使ってくれて有難う」
あ、ランドルフ少年固まった。
多分だけど人に感謝する言葉をヴァイオレット・メイデンが口にしたのが衝撃だったんだろうね。
「君にも付き合いがあるだろうし、もう良いよ。話に付き合ってくれて有難うね。あ、なんだったら私がどっか行くけど」
「そ、その必要はありません! あ、あの、僕は何かヴァイオレット様のお気に触るようなことをしてしまいましたか……?」
「あ、やっぱりそう思ってた? 君は本当に何もしてないから。単に私が喋り疲れただけ。気にしないでいいよ」
「そ、そうですか……? ……それでは、名残惜しいですが、御前を失礼致します。またお時間を共にしていただけたら幸いです」
「あー……うん。都合ついたら、宜しく」
物凄い怪訝な顔をされたけど、すぐに眩い笑顔を浮かべて席を立っていった。多分、幸いなんて全く思っていないんだろうなぁと私でもわかる貼り付けたような笑顔だった。
うーん、気を使ってくれたからワンチャンあるかと思ったけど、やっぱり嫌われてるよなー……。
さてさて、これからどうするか。
目の前の菓子に手を伸ばし、クッキーの1枚を口に入れる。
……パサパサしていてあんまり美味しくない。前世社会で食べたクッキーのサクサク感と程良い甘さを思い出し、前世を懐かしむ。クッキー食べて故郷を懐かしんでそこに気付くって私どんだけいやしんぼだよ。
っていうか、今更だけど転生したってことは私死んだのか?
記憶にある自分は花の女子高生で、それ以上の記憶はないから恐らく十代後半で生を終えたと思われる。
原因はさっぱり思い出せないので、心臓発作とか車が突っ込んできたとか系の突然死当たりが妥当か。
家族や友人のことを思うと少々胸が痛んだが、終わってしまったものは仕方が無い。自分でも淡泊過ぎないかとは思うけど、それよりなによりももクソガキに転生してしまったこれからの不安の方がでかい。
クッキーで水分を奪われた口内を潤そうとすっかり冷めている茶を啜る。なんだこれ、色の付いた白湯か。
元々向上心も野心も無い、平凡と平和を愛する人間なのだ私は。夢も希望もなく、その時が良ければそれでいい事なかれ主義。争いや頭脳戦とかに巻き込まれるのは御免被りたいものだけど……皇女であれば間違いなく何かしらに巻き込まれるだろうし、既にクソガキが自ら面倒事をばらまいている。
なーんでこんな相性の悪い立場に生まれ変わってしまったのか。
前世で何か悪いことをしたか?
親より先に逝ったことか? 賽の河原じゃないのか?
まさかここは地獄? いや、ある意味地獄か、ははは。
……くっそ!!!!!
我が身に降りかかった不幸を嘆きつつ、頭を抱えてテーブルに突っ伏す。
原因がなんなのか知らないけど、マジで日本に帰りたい!!!!
「すーちゃん……?」
「何っ? ……え!?」
反射的に返事をして顔を上げてから気づいた。
今、前世の時のあだ名呼ばれた。
そこにいたのは丸眼鏡をかけた、銀髪おさげのそれなりに見目の良い少女だ。高そうなドレスを着ているので、来客の一人であることはわかるが、それ以外の情報はヴァイオレット・メイデンの記憶から出てこない。つっかえな!
少女は大きな目を更に大きく丸くして、両手で口元を覆う。
「嘘……本当にすーちゃん……!?」
「え、ちょっと待って、君は……?」
「あたしだよ、あたし! 佐倉茉莉!! あなた、篠原菫ちゃんでしょ!?」
「まっちゃん!!!?」
その名は聞き覚えがありあまった。友人で、前世こと篠原菫だった時に異世界転生のことを話していた文学少女だ。
思わず手を取り合って跳ねまわりながら再会を全身で表す。
「やっだー! 久しぶり! 元気してたー?! っていうかなんであたしだってわかんないのよー!」
「元気元気ー! まっちゃんも元気そうじゃん! 前と見た目全然違うんだからわかるわけないっての! 逆に私が菫だってよく分かったね?!」
「うん、なんか分かんないけど、ランドルフ様と無駄話していた皇女様の後ろに透明なすーちゃんの姿が見えたの!」
「なにそれこっわ!」
今さらりと無駄話って言われたよーな気がするけど同意するからそこはスルー。
「そしたらいきなり人が変わったように黙りこくるし、なんか雰囲気違うんじゃん? あれだけランドルフ様を独り占めしてた皇女がいとも簡単に手放すし。性格が変わるの異世界転生のテンプレートみたいなものなの。それに、ヴァイオレットの日本語は菫でしょ。だからもしかして、って!!」
「ほおー、流石文学少女だわ。ってか、まさかまっちゃんも転生していたとはねぇ。あ、じゃあうちらの死亡理由とか覚えてる?」
「それがあんまり……いつメンで帰ってて、カラオケ行こーって歩いてたとこまでは覚えてるんだけど。すーちゃんは?」
「それが私はさっぱり。女子高生だったって記憶しかないのさ。そーか、帰り道に二人で死んだってことかな。事故かなぁ」
「かもねぇ」
端から見れば同じ年の子供が席を囲んでお菓子をパクつく姿はほのぼのとしているが、内容はかなり狂気じみたヘビーな会話である。ヴァイオレット・メイデンが『ランドルフさまと二人きりでお話がしたいんですの!』と下がらせておいてラッキーだったわ。
「あ、そう言えばまっちゃんの今の名前は?」
「ジャスミン・マーノック。階級は伯爵令嬢よ」
「ジャスミンて、まっちゃんの名前まんまじゃん」
「単純思考で悪かったわね」
「え?」
「あ、いや、なんでもない!」
にこーと満面の笑みを向けられたけど、なんか隠してるの丸わかり。
「……ふーん。ってか、伯爵かー。ドラキュラと一緒なのな。1番偉いの?」
「まさか! 五爵で言えば上から3番目くらいかな」
「ごしゃく?」
「公園と書いて公爵、天候の候で侯爵、伯爵、子爵、男爵。他にもちょこちょこあるけど、取り敢えず転生ものでよく使われてる爵位よ」
「ほー? 真ん中って中間管理職みたいなイメージあるわ。実際は違うだろうけど」
「そうなの! ドラキュラ伯爵がかっこよかったものだから、つい……」
「つい?」
しまった!! と顔に出てるよ、まっちゃん。
目を逸らすまっちゃんに対して、テーブルに身を乗り出して詰め寄る。
「まっちゃん、洗いざらい知ってることを白状しいな。その方が気も楽になるで?」
「エセ関西弁で尋問止めて! 『氷の皇女様』のイメージが崩壊する!」
「こおりのこうじょさまぁ? なんだ、その厨二ネーム」
「止めて……これ以上あたしの黒歴史をけなさないで……」
先程の私のように、今度はまっちゃんがテーブルに崩れ落ちた。
ほうほう、黒歴史とな。
まっちゃんはテーブルに突っ伏したまま、恐る恐るといった風に目線だけを向けてきた。
「……笑わないで聞いて欲しいんだけど……」
「おうとも」
「既に顔が笑ってるぅ……」
「元からこういう顔だ。諦めろ」
「ううう……。……あのね、実はこの世界……私が中学の時に作ったものなの……」
「うん、黒歴史って言われた時点でそんな気はしてた」
おお、耳まで真っ赤だ。ワロス。
作者のまっちゃん曰く、タイトルは【メイデン皇国乙女戦記】
当時流行っていた乙女ゲームを自分でも作ってみようと書き出したけど、ゲームを作るほどの技術が無い上、当時の萌ポイントをキャラクターにもりもり盛っていたら収集付かなくなり、お蔵入りした物語なのだそうだ。
「ちなみにジャンルは乙女系RPG」
「作ってもないのにジャンルは決めてるんかい」
平民と貴族が入り交じる学習院に入学してそこで出会う攻略対象たちとの学園恋愛模様をまず一年目に繰り広げる。
二年目になると伝説の魔王が復活した影響で人々に魔力が宿る。勇者候補に選ばれた攻略対象と切磋琢磨しながら恋愛してライバル聖女候補を蹴散らして聖女に選ばれる。
三年目に好感度の高い攻略対象たちとと共に魔王を倒す旅に出てながらドロドロの恋愛して、ラスボス倒して主人公は告白してくる攻略対象の中から一人選び、結婚して幸せになる。
でというものなのだそうだ。
何回恋愛沙汰繰り広げんねん。
「ちなみに、さっきのランドルフ様も攻略対象よ。ヴァイオレット・メイデンの元婚約者で、学習院で主人公と同じクラスになるの」
「だろーね。いかにも王子様って感じのキャラだし」
「ちゅ、中学生の考えることだもん……」
「ジャスミン・マーノックは?」
「主人公のアドバイザー役のつもりで作ったの。好感度調べたり、イベントでよく一緒に巻き込まれたり。サブキャラね」
「で、『氷の皇女様』ってあだ名ついてるくらいなんだから、ヴァイオレットは主要キャラなんでしょ? 聖女候補辺り?」
「あ、う、うん、一応……」
ヴァイオレット・メイデンは入学当初から学習院の女王として君臨する存在なのだそうだ。幼い頃は我儘暴君皇女だったのだが、十代前半の頃に実母である王妃が死亡し、失意の父王がヴァイオレットを嫁に出すのを嫌がってランドルフとの婚約を解消させ……兎に角様々な不幸が重なった結果他人を拒絶する性格に変わってしまったらしい。そこから付いたあだ名が『氷の皇女』なのだそう。
何やってんだ父親。きっもっ。
で、物語では初めは誰にでも好かれる博愛主義の主人公を愚かだと目の敵にしていたけど、彼女の周りに沢山の人々(主にイケメン)が集まることに嫉妬していく。二年目に聖女候補に選ばれたときはあの手この手で主人公を虐げ、聖女候補から追い落とそうとする。二年目は彼女を断罪することがクリアに繋がるらしい。
「ふーん、大変だねぇ」
「いや、このヴァイオレット・メイデン皇女がすーちゃんのことなんだけどなんでそんなに呑気なの? 断罪されたらやばいよ? 父王から監禁されることになるんだから。危機感感じようよ?」
「だって私別に主人公虐めるつもりも聖女候補になるつもりもないし、そーなると断罪される理由がないじゃん」
「あ、そっか、成る程。……」
「ん? どったの?」
納得してぱっと明るくしたと思ったら、すぐに顔を曇らせた。暫く言うか言うまいか悩んでいたようだけだ、決意したように切り出してくる。
「……あのね、異世界転生もののテンプレなんだけど、本人が元々のストーリーから外れようとしても、物語の強制力が働いてしまって、多かれ少なかれそのストーリーの筋に沿ってしまうことがあるの。聖女候補から外れたとしても別の方法で聖女になってしまったりとか、会うつもりが無かった攻略対象と遭ってしまったりとか」
「強制イベントみたいな感じ?」
「そんな感じ」
「まじか……」
流石にそれは焦る。
つまり、恋するつもりなくても恋人に仕立て上げられたり、やってもいない罪をでっち上げられて断罪された上無実の罪で監禁される可能性もあるってことじゃん。やばい、無理。ゲームも漫画もない部屋で監視されながら一日中何してろって言うんだよ。狂い死ぬわ。
「作者の力でなんとかならないの?」
「わかんない。書いたとはいえ、細かいとこは決めてないからもしかしたら大丈夫かもしんないけど、神のみぞ知るって感じ……」
まっちゃんが申し訳なさそうに体を小さくし、泣きそうな顔で私を見てくる。
「ごめんね、すーちゃん。まさかすーちゃんがヴァイオレット・メイデンに転生するなんて思わなくて……重い過去設定作ってごめん……」
「いや、それはまっちゃん悪く無いって。物語には悪役いないと盛り上がんないし、悪がいなけりゃ正義は成り立たないってよく言うじゃん。私は気にしてないし、精一杯フラグ回避して、それで駄目なら……」
「駄目なら……?」
「その時考えよう」
なんてったって後先考えない刹那主義者の私だ。やることやって、その結果起きたことをまたなんとかすればいい。そうやって十数年生きてきたんだ。短い人生だったけど、それなりの経験は積んだつもりだし、現代社会で生きてきた成果を見せつけてやる! ……十数年しか生きてないけど。
「……すーちゃんらしいなぁ」
潤んだ瞳を細め、まっちゃんがくしゃりと笑う。その笑い方は私の記憶にあるまっちゃんの笑顔そのものだった。
「あたしも、この世界を作った者として、責任を持ってすーちゃんを助けるよ。すーちゃんはあたしの大切で大事な友達だもん。友達が苦しむ姿なんて見たくない。今あたしがやれることを、精一杯頑張るからね」
「有難う、まっちゃん。正直言ったら、ヴァイオレット・メイデンは嫌われ者じゃん。独りだと思って心細かったんだ。まっちゃんが居てくれて本当に助かったよ。有難う、これからはヴァイオレット・メイデンを宜しくね」
手を差し出すと、まっちゃんは目を丸くしてからニヤリと笑って手を握ってくる。
これから共に戦場を生き抜く友であり、仲間だ。その決意を示し、改めてこれから宜しくという意味を込めての握手を交わしたつもりだったんだけど……外国映画のワンシーンのようで少し臭かったと恥ずかしくなったのは言うまでも無い。
「こちらこそ……これからジャスミン・マーノックを宜しく、ヴァイオレット皇女様?」
「……皇女様は止めてくれ、寒気する」
「でも、一応皇女様なんどから、呼び捨てなんかしたらあたしだけじゃなく、一族の問題になっちゃう」
「私が許可するって言っても?」
「も。皇族が特定人物を特別扱いなんかしたら、色々大変だよ?」
「めんどくさぁ……。よく分かんないから、後でこういう世界の常識教えて」
「いいけど、ヴァイオレット・メイデンの記憶でこの世界のこと知ってるんじゃない?」
「作者の方からして、ヴァイオレット・メイデンは真面目に勉強してると思いますか?」
「……思わない」
二人で神妙な顔をして、ぷっと噴き出して笑い声を上げる。ああ、この感じ、懐かしいなぁ。
あの頃には戻れないけど、ここでまた作り上げればいいんだ。それに色んな壁が立ち塞がろうとも、人間、やろうと思えばなんとかできるもんだ! 人命を尽くして天命を待ってやる!!
「……実は、もう一個、気になることがあるの。この物語のラスボスなんだけど……」
「魔王のこと? あ、まさか、父王じゃないよね?」
ぷるぷると首を横に振られる。違うのか。見た目も雰囲気もラスボスっぽいのに。
「あのね、魔王がラスボスじゃないの」
「は?」
「だから、魔王イコールラスボスじゃないの。魔王とラスボスはそれぞれ別人ってこと」
「あ、そういう……」
……今この場でその話題を出したことで、いや~な予感がするんだけど、気のせい? 気のせいよな? 気のせいであってほしい。
なぁ、まっちゃん、なんでそんな申し訳なさそうな目で私を見るんでしょーか?
「ラスボスは、『氷の皇女』ヴァイオレット・メイデンなの……つまり、すーちゃんがこの物語のラスボスなんだ……」
前言撤回。天命待ってたら人命終わる。
これは、中身平々凡々で刹那主義である私が、物語の最後を飾るラスボスに転生してしまった物語。




