古代の怪物
魔道具ギルドに泊まった翌日のこと。
食堂で簡単に朝食を済ませたトランは、魔道具ギルドから借りた馬車に飛び乗った。行き先はアービング家で、馬を操るのは案内係のハンスだ。
「トランさん、バイクでは行かないんすか?」
「あぁ。王都でアレに乗ってると妙に目立つからな。急ぐ用事でもないし、のんびり行こう」
カポカポと鳴る馬の足音と、石畳の揺れ。
トランは微睡みながら車窓の外を眺める。
王都の馬車道は、辺境とは比べ物にならないほど人通りが多い。
走り回っている奔放な子どもや、それを叱りつけている女性。大きなあくびをして仕事に向かう事務員や、定時の見回りをしている兵士。その光景は、トランがかつて王都で暮らしていた頃と何ら変わらないものだ。
「あー、トランさん。少し聞いていいっすか?」
「あぁ、どうした」
「あの古代遺物……魔導バイクとトレーラー、ですか? あんなもの、どこで手に入れたんすか。聞いたこともないっすけど」
そんな質問に、トランは苦笑いで答えた。
「古代遺物じゃなくて、自分で作った魔道具だ。バイクもトレーラーも」
「作った……? あれを……」
「まぁ、異質だというのは分かってるさ。一般的な魔道具と比べると複雑さは段違いだし、独自に解析した古代技術も流用してたりするしな」
トランが不在にしている間にも、王都では新しい魔道具が次々と生まれている。しかしそれらは、あくまでこれまでの魔道具の延長でしかなく、トランの技術に追いつくような類のものではないようだった。
街の様子もトランがよく見知ったものである。煉瓦造りの古い建物、踏み固められた石畳、竜や馬に引かれる車。
「そっか……だから師匠は……」
御者席から聞こえる妙なつぶやき。
不思議に思ったトランが問いかけるより先に、ハンスはなにやら弾んだ声で話し始めた。
「あのっすね……。時間がある時でいいんで、後で相談に乗ってほしいっす。魔道具作りの」
「あぁ、それはかまわないけど」
「作りたいモノがあるんすが、ちょっと行き詰まってて……師匠も最近忙しいみたいなんで、なかなか時間をもらえないんすよ」
ハンスの熱っぽい口調に、トランはなんだか懐かしいものを感じた。若者らしいエネルギーとでも言えばいいだろうか。年齢で言えばトランも十分若いのだが、こんな風に生き生きと魔道具作りに没頭していたのは遠い過去のように思える。
「そうだな、今日の午後なら時間があるから、話を聞くよ。どこに行けばいい?」
「本当っすかッ!? 聞いてみるもんすね……そうしたら、僕の研究室に来てほしいっす」
そんな風に話をしながら、トランを乗せた馬車はガタガタと道を進んでいった。ハンスのテンションに引っ張られたのか、トランは気がつくと小さく笑っていたのだった。
貴族街への門を抜け、一気に落ち着いた雰囲気になった馬車道を進むことしばらく。大きな屋敷の前に着くと、ハンスはゆっくりと馬車の速度を緩めた。
「ここがアーヴィング家の執務館っす」
「ありがとう。すぐに戻るから待っててくれ」
ハンスに礼を言って馬車を降りる。
今回の王都滞在中に、ミュカとの結婚絡みで当主との会談をする予定なのだが。もちろん今日いきなりというわけではない。まずはトランが王都に到着した旨を連絡し、執事と相談して日程を調整するのだ。
受付所には、貴族の使用人らしい者が何人か並んで待っていた。トランは最後尾に立って順番を待つ。
手の中の書簡には、宿泊先は魔道具ギルドであることや、会談日程はアーヴィング家の都合に合わせる旨などが記載されている。これを手渡して先方からの返答を待つ必要があった。
「ん? トランの旦那、久しぶりだなァ」
そんな声に振り返る。
そこに立っていたのは竜鱗族のソウリュウだった。辺境の狩人というよりも王国騎士のような出で立ちで、鎧の背中には長い槍が括られている。
長耳族の老人魔術師と虎爪族の女剣士が、彼の後ろからトランのことを無遠慮に観察していた。おそらくは仲間なのだろう。
「ソウリュウ。全然帰ってこないから心配していたが……もしかして、騎士に戻ったのか?」
「ちげぇよ。ちいっと仕事でな。例の魔術師失踪事件を追ってたら、きな臭ぇことになってきやがったんだ」
そう言うと、ソウリュウは声のトーンを落としてトランの耳に顔を寄せる。
「旦那、グリムって怪物の話は知ってるか?」
「グリム……? というと、古代の文明を滅ぼしたとされる伝説の怪物のことか」
それは、古代の文献を読み解いていく中で稀に登場する怪物の名前だ。古い洞穴の壁画にもグリムの姿絵も残っているが、その姿は一言で表せば「異形」だ。体は白い外骨格に覆われ、目玉一つに腕四本。人間をバリバリと喰うらしい。
ソウリュウは真剣な顔でコクリと頷く。
「そのグリムの壁画そっくりの、白い骨みてぇな鎧を着た武装集団がいる。俺たちはグリム・オーダーって呼んでるんだがな……そいつらが、魔術師失踪事件の現場付近で目撃されてやがる」
白骨鎧を着た集団、グリム・オーダー。
それは国籍不明の集団で、このブライアス王国はもちろん、西のニディル帝国や南のジルバニア連合国でも、該当する鎧を採用している騎士団は存在しないのだという。
ソウリュウが言うには、その集団が一連の失踪事件に関連しているらしい。
「そいつらが犯人なのか?」
「確定はしてねぇが、複数の失踪現場で目撃されてるからな。今んところ、奴らの目的も何もかも不明だが……」
ソウリュウは説明を続けながら、地面に簡単な絵を描いた。刺々しいシルエットの鎧は、トランにとっても馴染みのないデザインで、確かに以前資料で見た怪物グリムとよく似ているように思われた。
「俺ァ昔、そいつらと闘ったことがある。白骨の剣で、独特の剣技を操る奴らだった。そして、俺の親友を……キリコの親父を殺した集団なんだよ。認めたくねぇが、とんでもなく強ぇ」
「そうだったのか……」
「今回も奴らとやりあうかもしれねぇ」
彼は口の端を曲げ、トランの肩を掴む。
「……俺にもしもの事があれば、キリコを頼む」
そう言って、トランの背をトントンと叩いた。もちろん簡単に命を捨てるつもりはないだろうが、それだけ強敵だということだろう。
ちなみにこの話は、キリコ本人には一切伝えていないらしい。
話を聞いたトランは、腰の魔導ポーチから一つの腕輪を取り出した。
「ソウリュウ。これを」
「ん? なんだこれは」
「投げた槍を呼び戻す魔道具……必要だろう?」
それは以前、ソウリュウから相談されたものだった。当時はまだ彼のことをよく知らず、依頼を請け負う義理もなかったため断ったが、モノだけは密かに作っておいたのだ。この状況で出し渋る必要もないだろう。
使い方は単純だ。
腕輪から伸びるワイヤーを槍に括り付けておく。投げたあとで腕輪に魔力を込めれば、ワイヤーが巻き取られて槍が戻ってくる仕掛けである。多少の練習は必要だが、実用には耐えうるだろう。
「恩に切る。こいつァいいな」
「試作品だから、使用感を聞いて改良するよ」
「あぁ。さすが旦那だ」
ソウリュウは腕輪を受け取ると、口の端をニヤリと持ち上げて左腕に嵌めた。これで、以前のように高価な槍を失うリスクは減るだろう。
「ところで、キリコのやつはどうしてる?」
「あぁ。里の狩人として立派にやってるよ。極端な無茶をすることもなくなったな」
「そうか……。ん、俺も早く仕事を片付けて、さっさと辺境に戻るとするかね。王都みてぇに人の多い場所は、どうも落ち着かねぇんだよなァ」
そう言って頭をガリガリと掻く。
トランも似たようなことを思っていたので、小さく笑いながらコクリと頷いた。辺境の平和な雰囲気に慣れてしまうと、王都はどうにも忙しない。
「じゃあ、俺ァそろそろ行くわ」
「そうか。ソウリュウ……気をつけろよ」
「旦那もな。嬢ちゃんたちにもよろしく伝えておいてくれ」
ソウリュウは片手を軽く上げると、振り返らずにその場を去っていったのだった。





