トラウマ級の羞恥
「君さ」
「ハイ……」
「なんで病院内で仮面してるの。ほら、外して、お口開けて」
「ハイ、スミマセン……」
「あー、風邪だね。風邪。お薬出しておくからちゃんと飲むんだよ。……で、仮面は付け直すのね」
「ナンカ、オチツカナクッテ」
「そーかい。まあ良いけどさ。お大事に〜」
トラウマ級の羞恥を食らいました。
いやまあ公共の場に仮面付けて行くっていう非常識ムーブをカマしてしまった俺が悪いんだけど、一つだけ言い訳させてほしい。
本当に。
──指摘されるまで仮面を着けてたことを忘れてた。
そんなわけあるか、って思うかもしれないけど、四六時中ずっと同じものを身に着けてたらな。それが最早自分にとっての自然体になるねんな……外す時って大体風呂とか寝る時だけだし……やたらと通気性が良いせいで蒸れないのも、俺の仮面生活を加速させる要因である。
ということは、だ。
俺はずっと待合室から「なんだこのやべーやつ……」という視線に晒されていたわけで、今更仮面を取って待合室に戻るわけにもいかない。恥ずかしいじゃん。
だからこそ俺は医者に適当に嘘をついて、羞恥を堪えながら仮面を再び装着して待合室に戻った。
……確かによくよく辺りを見渡したらみんな俺のことドン引きした目で見てるな……くそ……! しばらく俗世から離れていたばかりに!!
日陰者を自称しているとこういう弊害もあるのか。
シャルミナ含むレギュラーメンバーにはそれとなく身なりには気をつけるように言ったほうが良いかもしれん。
今は俺の羞恥が原因で仮面をつけっぱなしだが、基本的にはTPOは弁えないといけない。
病院内で仮面なんてあかんやろ。
……マジでどの口が言ってんだろ。
ハァ……と全力でため息を吐きながら俯く。
しばらくそうしながら名前を呼ばれるのを待っていると、不意に本名ではない──ここで呼ばれるはずのない呼び方をされた。
「──ボスさん……?」
「……ナイン、か。どうしてここに?」
え、なんでここにいんの??
ちなみに俺は「ボス」と呼ばれた瞬間に、やる気スイッチならぬ人格スイッチがポチッと自動で押されてボスモードに入ることができるので、返答に抜かりはない。
とはいえどうしてナインがここにいるんだろうか……。
流石に病院で会うってことはプライベートだろうし……風邪も流行ってるっぽいから普通に受診しに来たのかな?
「ここ、由美さんが入院してる病院なんです。ボスさんこそどうしてここに?」
……あっ、設定は続けるのね、マジか。
プライベートでも抜かりはないよ、っていうアピールだろうか。いいね、俺的にもすこぶるポイントは高いんだけど、公共の場でそれをやっても果たして大丈夫なのだろうか。
にしてもプライベートだからなのか知らないが、目元も表情も柔らかくなった気がする。少し大人っぽくなった、かな?
デフォルトが無表情に近しいのは変わっていないが、俺を見る視線には熱がこもっているようにも見える。
ふむ……例の事件で俺を完全に信用した……と言わんばかりの視線だな。相変わらず細かいところで演技の技巧が光っているな。ますます尊敬するばかりだ。
「少し、野暮用でね。……それにしてもそうか、彼女が入院している場所だったのか」
「あっ、もし良かったら……ボスさんも由美さんに会っていきませんか……? 由美さんもお礼がしたいそうですから」
──なんや人為的な邂逅かい!!!
全然プライベートじゃねぇやんけ!!
うーむ……ってことは……えっ?
俺はここで恐ろしいことを考えてしまった。
も、もしかして君……病院内の偉い人とかに賄賂渡して健康な人を入院させたりしてないよな……? ここって普通に昔からある病院だし、秘密結社の活動の一環で使えるような場所じゃないと思うんだが……?
い、一体何百万かかったんだ……ガチすぎるだろ!!
……俺が言えたことじゃないか。
とにかく! ナインが正式に入社したら一度給料の相談をしてみよう。もしかしたらシャルミナと違って普通に受け取ってくれる可能性があるしな。
まあ……折角シチュエーションを用意してくれたんだ。
ここは全力で楽しみながら演技をしないと損だろう、と俺はコクリと頷いた。
「ああ、ぜひ。私からもお礼を言いたかったんだ」
「……どうしてボスさんがお礼を?」
「ふふ、君には内緒かな」
そんなことを言いながら、先導するように歩き出したナインの後をついていく。……おお、普通に入院病棟に入っていった……マジか。
戦々恐々としながら歩くこと数分。
"白取由美"と書いてある病室に着くと、ナインは慣れた様子で中に入っていく。
俺も続けて病室に入ると────酷く真剣な表情でコントローラーを操作して対戦ゲームに勤しんでいる女性がいた。
丸メガネをかけた茶髪のショートヘア。上体を起こしてはいるが布団をかけているのでスタイルまでは分からないが、十人が十人"美人"と評するほどには美しい容姿をしていた。
あの時は傷の特殊メイクがあったし、なんか服もはだけてたから見ないようにしていたんだけど、ナインの恩人である例の研究員……白取由美はかなり美人だった。
うーん、マジでどこからこんな逸材を拾ってきてるんだ? もしかして美人の厨二病率が高いとか論文で証明されてたりするんだろうか。
別に俺はどんな容姿をしていようが、活動に対するモチベーションが高ければ誰でも良いんだ。男性でも女性でも犬でも猫でも何でもいいんよ。
とはいえやはり、容姿が整っていると絵が映えるのは事実。
研究員……由美さんに寄り添うナインという構図は、まるで1枚の絵画を観ているかのような美しさの聖域が広がっていて、確かにこれは生半可な人間には出せない雰囲気だ。
俺だって仮面が無きゃ威厳もクソもねーしな。
「もう由美さん、ゲームばっかりしてる」
「良いじゃないか。特異が治癒の異能を持つ医者を派遣してくれたお陰でもう少しで退院できるんだ。傷自体はほとんど治っている」
「そうですけど……」
「わかったわかった。君に心配されながら続けるものでもない。いつもみたいにお話をしようか……と、あなたは一体……?」
仲睦まじい様子で話していたナインと由美さんを仮面の下でニコニコしながら観察していると、不意に由美さんの視線が俺の方向を向いた。
その目にはどこか警戒が宿っているように見えた。
すると慌てたようにナインが俺を紹介する。
「こちらボスさんです」
「あぁ! あなたがナインを助けてくれたという例のボスだね。初めまして、白取由美だ。よろしく頼むよ」
「初めまして。話はナインから聞いているよ。よろしく頼む」
差し出された手を握って挨拶を交わす。
ナインからの紹介というのもあってのことか、すっかり警戒を緩めた様子でにこやかに笑う由美さん。
そして、俺が何か話す前に彼女は俺に向かって深く頭を下げた。
「──ありがとう。不甲斐ない私の代わりにナインを守ってくれて。おまけに私まで助けてもらえるなんてね。感謝してもしきれない。もしもあの場にあなたたちが来なかったら、私は確実に殺されていた。命の恩人だよ、あなたは」
声音からは本当に感謝の想いを感じた。
だから俺は状況に没入しつつも、伝えるべきことを伝えるべく口を開く。
「礼は受け取ろう。だが不甲斐ないという自己評価は正すべきだ。……あなたはナインを守り切ったんだ。あの場には敵しかいなかっただろう。誰かが逃走を手引きしてくれたわけでもないのだろう。それでもあなたは、たった一人でナインを研究所から逃がすことができた。その行動力と想いには驚嘆した。そして、心の底からあなたを欽仰する。
──ありがとう。私からも礼を伝えさせてほしい」
……実際問題、敵だらけの研究所からナインを単身で逃走させた功績がデカすぎないか?? 普通に俺は化け物だと思ってる。
設備的なセキュリティだったり護衛も多かっただろうに、"異能"すらも用いずに爆薬で混乱巻き起こして逃走させるとか思いついても実行できないだろ。
設定的な話だとしても、それを現実として見るのであれば俺が伝えるべき言葉はこんなとこだろうか。
由美さんの動機とかは知らんけど、どんな動機であれナインを守り切ったのは事実だからな。俺はただ保護しただけ。
その後の奪還だって、俺は「ここ進◯ゼミで習った!」的なノリで変な構えしたら勝手に敵倒れて終わったしな。
道中なんて目ん玉にひたすら懐中電灯だし。
そんな自虐から意識を覚まして由美さんを見ると、彼女はハッと目を丸くして俺を見つめると、その瞳はやがて揺れ始め──大粒の涙をこぼし始めた。
「そうか……私がしたことは、決して無駄じゃなかったんだね。……ははは、ナイン。良いボスを持ったじゃないか」
「……うん、ボスさんはこういう人なの」
何やら二人でコソコソ話し始めたんだけど。
俺のセリフがクサイよね、とか言われてる? 泣くぞ。
「……ありがとう。その言葉が私にとって何よりも救いだよ。そんな優しいあなたに少し頼みがあるんだ──私が退院したらナインを任せても良いかい?」
「由美さん……わたしは……」
「自分の気持ちを誤魔化さなくて良い。君はもう、箱の中に囚われる雛じゃないんだから。──行きたいんだろう?」
「……うん」
……ふむ、これは入社フラグか? やるやん。
あまりにもスムーズな流れだ。俺じゃなきゃ見逃す。
とはいえ建築されたフラグはきちんと回収せねばならないだろう……ということで、俺は背を向けると扉に向かって歩き始める。
そして、扉に手をかけながら俺は顔だけ振り向いて言った。
「頼むという言葉の意味が、私の仲間になりたいと言うものであれば歓迎しよう。だが、私が何かしなければ意思決定ができない、という意味であればそれは大きな間違いだ。ナインは強い。そして、これからも立派に成長することだろう」
過保護は良くないっすよ! という意味を伝えるために文字数稼ぎしたらこうなった。だが迂遠な言葉で意味を伝えるのも秘密結社のボスとしての務めだと思うんだ俺は。
そう言い訳をしていると、由美さんが笑いながら言う。
「ははっ、そうだね……ならば前者の意味だ。──任せても、良いかな?」
「ああ。勿論だ」
そう言って俺は病室から出て行った。
ふぅ、何とか上手い具合に話が進んだだろうか。
用事も済んだし思わぬエンカウントも会ったし、今日はゆっくり帰って休むとするか。たまには休息も必要だしな。
そう思い立って足を進めた瞬間、俺はまたも呼び止められた。
「仮面のお兄さん。少し、お話しない?」
「断る」
「えっ……効かない……」
帰りたかったから秒速で断っちまった。
もう少し優しく言ったほうが良かったかな、と振り向くとそこには点滴スタンドを左手に持った、中学生ほどに見える女の子が、酷く驚いたような目で俺を見ていた。
そりゃ仮面の男が目の前にいたら驚くよな。めんご。
書籍化決定しました。いえい。
諸々立て込んでるのもあって、少し投稿遅れるも思います。




