第9話 独裁者は魔族と対峙する
私達が駆け付けた時、件の魔族は大暴れしていた。
瓦礫だらけの開けた場所で王国軍の兵士を薙ぎ払っている。
周囲にはいくつもの死体が転がっていた。
既に結構な被害が出ているようだ。
魔族は筋骨隆々の大男だった。
背中には灰色の骨ばった翼が生えている。
頭部が黒い牛で、装備は腰巻と巨大な棍棒のみである。
かなり原始的な風貌だが、それ以上に着目すべきは戦い方だろう。
魔族はただ叫びながら棍棒を振り回していた。
その殴打が兵士達を即死させる。
掠めるだけでも軽々と吹き飛ばされる威力だった。
人間とは比べ物にならない怪力である。
一方で兵士達の銃撃も魔族に命中していた。
しかしあまり効いていない。
筋肉を抉って貫通しているが、僅かに出血するばかりだった。
傷もすぐに蠢いて塞がってしまう。
常軌を逸した再生力も有しているらしい。
(面白い特性だな。これが魔族か)
一騎当千にふさわしい戦いぶりだった。
見た目に違わぬ力には、戦車にも正面から立ち向かえそうな勢いがある。
私は隣にいるシェイラに話しかける。
「派手にやられているな」
「単騎で襲撃してきたのも納得です。まさしく怪物ですね」
「君なら対抗できるのではないか」
「ご命令とあればすぐにでも」
シェイラは当然のように述べる。
彼女は本気だった。
仮に間違いなく勝てない戦いだとしても、私が頼めば躊躇なく向かうだろう。
もっとも、今回はそれほどの状況ではない。
前に進み出た私は、ついて来ようとするシェイラに指示をする。
「まずは対話からだ。ここは平和的にいこう。君はいつでも仕掛けられるように待機してくれ」
「了解」
私は魔族へと近付いていく。
一度だけ手を振ると、それまで応戦していた兵士達が一斉に退いた。
兵士達は無表情で整列して私を凝視する。
直前までの戦いが嘘のように静まり返っていた。
異様な光景を前にした魔族は棍棒を下げる。
そして歩み寄る私に目を向けた。
不審げな視線を受けつつ、私は気軽な調子で尋ねる。
「君は魔王軍の兵士かな」
「……そういうお前は誰だ?」
「私はアーノルド・ウェイクマン。王国を支配する総統だ。現在は正義のために悪しき盗賊国を滅ぼそうとしている」
自己紹介をすると、魔族が頭を掻いた。
それから何かを思い出した様子で私に問いかける。
「知らねぇ名前と役職だ。ひょっとしてお前が異界の勇者って奴か」
「ほう、召喚を知っているのだね」
「魔王軍はあらゆる不穏分子を警戒している。王国の召喚魔術もその一つだ。最近は情報が入ってこなかったが、やはり勇者を呼び出していたんだな」
思わぬ所で貴重な情報が得られた。
魔王軍の情報網は広いらしい。
しっかりと組織立った行動を取っているようだ。
特に情報収集に余念がないのは評価できる。
今後の計画についても、漏洩には気を付けるべきだろう。
私は引き続き魔族に質問をする。
「ところで君は何が目的だ」
「決まってるんだろ。王国軍の殲滅さ。命じられたのは偵察だけだが、面白い武器を使っているのが見えて我慢できなくなった。勇者もいることだし、殺しちまった方が魔王軍のためになる」
魔族が誇らしげに言う。
それが本当なら命令を無視していることになるが、果たして本人は分かっているのか。
特に後ろめたさは感じられないので、規律を守れないタイプのようである。
(威力偵察……にしては衝動的だ。どんな状況であれ、理由をこじつけて乱入するつもりだったのだろう)
このような性質の者には何度も会ったことがある。
単純明快な戦闘に送り出すには適任だが、それ以外となると途端に失敗する。
あまり信頼の置ける兵士ではないだろう。
この魔族に偵察を頼んだ者は、部下の特徴を把握していない愚か者か、命令無視を前提に偵察をさせたに違いない。
魔王軍について少し興味が湧いた。
最低限の知識は身に付けているものの、帰還後に詳しく調べるべきかもしれない。
新たな予定を決めた私は、さらに魔族に疑問をぶつける。
「確認だが、盗賊国を助けに来たわけではないのだね」
「あぁ? ここの奴らなんてどうでもいい。お前らをぶっ殺した後に始末してやるよ」
「そうか。よく分かった」
頷いた私は拳銃を構える。
優先して知りたい事項は訊くことができた。
あとは戦闘後でいい。
魔族は嬉しそうに棍棒を掲げた。
こちらの殺気を感じて喜んでいるようだ。
膨れ上がった全身の筋肉が熱気を発している。
私は引き金に指をかけて魔族に告げる。
「こうして会えたのも何かの縁だ。存分に殺し合おう」
「ハッハッハ、そいつは話が早い。さすがは勇者だ、ここから存分に――」
「プランFだ。よく狙って撃て」
私は冷徹に命令を発する。
次の瞬間、待機していた兵士達が一斉射撃を開始した。
彼らは魔族の顔面だけに集中砲火を浴びせていく。
命令の際にマインドコントロールを発動させていた。
凝視していた兵士達は重ねがけを施されて、普段以上の力を発揮する。
高度な洗脳は余分な要素を取り除き、彼らを無慈悲な戦闘機械へと昇華させた。
限界以上の精度に引き上げられた射撃は、絶え間なく魔族を狙い続ける。
これにはさすがの魔族も無事ではなかった。
両腕と棍棒で頭部を守り、少しでも被害を減らそうとしている。
既に命中した分で顔面は血みどろだった。
さらには貫通したライフル弾に耕されて原形が崩れつつある。
「ぐぅ、お……ッ!?」
呻く魔族が膝をついた。
反撃しようにも満足に動けないのだ。
頭部を激しく損傷すれば、運動能力に支障を来たす。
優れた再生能力があろうとも、それを上回るダメージを与え続ければいい。
脳の破壊は判断能力にも影響しているはずだ。
私との会話に夢中だった魔族は、まさか不意打ちを受けるとは思わなかっただろう。
そして驚愕する間もなく、頭部への一斉射撃に見舞われている。
連続した状況の急変に対応できていないのは明白だった。
私は控えていた戦力を手招きして呼ぶ。
「今だ。飛び込め」
それに合わせてプラスチック爆弾を抱えたゴブリンが魔族に飛び付いた。
すぐさま大地を揺るがすほどの大爆発が起きる。
直撃を受けた魔族は仰向けに倒れていた。
四肢は根元から弾け飛び、焼けた骨や内臓が露出している。
徐々に傷が塞がろうとしているが、完治には時間がかかるだろう。
或いは間に合わずに死んでしまうかもしれない。
辛うじて無事な魔族の片目が、憎悪に染まって私を睨んでいた。
正々堂々とした戦いかと思いきや、いきなり攻撃されたことに憤っているようだ。
言うまでもないが、相手の矜持に合わせる義務はない。
私は私のやり方で戦争を楽しむ。
必要とあればどれだけ卑怯な手法だろうと迷わず採用する。
良心や常識に囚われて妥協するのは、戦争に対する侮辱と言えよう。
「私はあらゆるトラブルに対応できる。想定外のことが起きるのは日常茶飯事だ。だから君の大胆すぎる襲撃にも慌てなかった。異世界ならこういったことも珍しくないのだと納得した」
「う、く……が、ぁ……っ」
魔族が何かを言う。
内容までは聞き取れない。
裂けて焼け爛れた口では、まともに発声できるはずもなかった。
私は魔族のそばまで回り込んで見下ろす。
「今回の戦いでは、魔王が直接やってくる可能性まで考えていたのだ。君のような単細胞を仕留める術は星の数ほどあるよ」




