第34話 独裁者は異世界戦争を謳歌する
最終話です。
魔王ルベルの死から五年が経過した。
世界規模の戦争は膠着状態に落ち着いている。
小規模な戦闘が頻発しつつ、国家間の問題が燻っていた。
二年ほど前までは激しい戦争が繰り広げられていたのだが、今はどこも疲弊しているのだ。
それほどまでに濃密な日々だった。
戦争の影響により、各国の技術力は飛躍的に高まっている。
もはや銃火器と遜色ない性能の武器もありふれていた。
たった五年にしては驚くべき進歩と言えよう。
それほどまでに人々は必死だった。
銃火器による戦闘がインスピレーションになったのも大きいだろう。
破滅から逃れるため、各国の軍事部門は我々に対抗し得る力を培ったのである。
度重なる戦いによって、大陸の中央部は無法地帯と化していた。
無所属の人間と魔物が常にどこかで殺し合っている。
大部分は元帝国領土だが、戦争のエスカレートに伴って無政府状態に陥ったのだ。
以来、原始的な戦いが延々と展開している。
皮肉なことにこのエリアが壁となり、各国の戦争の抑止力となっている面もあった。
無法地帯は私もたまの休暇で出向いている。
目的もなくただ殺し合うのは愉快だ。
どこかの国が性能実験でも行っているのか、最新兵器や異常進化したモンスターを見かけることもある。
おかげで非常に有意義な時間を過ごさせてもらっていた。
有望な人材が見つかればスカウトもしていた。
相次ぐ実戦で生き残ってきた筋金入りの兵士は即戦力になる。
いきなり幹部候補に抜擢する場合も少なくない。
私は実力主義を徹底している。
国籍や出自などは役職に関係ない。
伝統を重んじて勝てるほど戦争は甘くないのだ。
最近は無法地帯を出入りしつつ、各国の調査や小規模な戦闘に参加している。
国家情勢を変えるほどの戦いができていないのは残念だが、我慢の時期だと捉えていた。
かつて元の世界で私は学んだのだ。
攻め方を誤ると戦争が終わってしまう。
単純に手加減をするのではない。
アプローチ方法を切り替えることで、戦争を長持ちさせられるのだ。
無法地帯はまさにその一環だった。
所有していた領土を切り離す結果となったが後悔はしていない。
今は公国と魔王軍にも繋がりがある。
軍事関連の供給はそこで間に合っていた。
だから特に不自由はしていない。
そんなある日、私は王都の地下研究所に赴いた。
前々から要請していた新技術の開発がついに完了したそうなのだ。
今後の世界を大きく塗り替えるプロジェクトなので、期待はこの上なく高まっている。
私は出迎えの研究者を急かして施設内に入った。
「例の技術はどこだ。さっそく実験をしよう」
「事前説明はよろしいのですか。一応、魔術理論を資料にまとめたのですが……」
「後で読ませてもらう。まずは本当に稼働するところを見せてほしい」
ここでの研究は信用している。
入念すぎる事前検査が行われているのは知っている。
不用意な発言が私の機嫌を損ねることをよく知っている。
だから彼らが完成したと言えば、それは真実なのだ。
私は施設内を進みながら指示をする。
「研究所内の職員は最小限に留めて、それ以外は退避させろ。万が一の可能性がある」
「しょ、承知しました」
「君も逃げるかね」
「とんでもありません。しっかりと間近で見させていただきます」
「よろしい。模範的な答えだ」
私は微笑と共に頷く。
なんだかんだで研究者達は満足している。
資金や倫理を無視してひたすら実験に没頭できるの環境なのだ。
ほとんどが軍事目的ではあるが、自由に研究を進められるのは楽しいのだろう。
フロアを進んでいくと、途中でシェイラと会った。
彼女にも報告があったらしい。
「閣下、おはようございます。いよいよですね」
「そうだね。待ちに待った瞬間だよ」
私とシェイラは並んで歩く。
ほどなくしてダリルと女王にも遭遇した。
二人は研究所と直接的な繋がりがないはずだ。
きっとどこかで噂を聞き付けたのだろう。
私はダリルを見て言う。
「意外だな、君もいるのか。とっくに避難しているかと思ったが」
「女王様がどうしてもって言うんでな。今日だけで三か月分の給料が貰えるって約束で同行したのさ」
ダリルは苦笑気味に答えた。
なんとも彼らしい言い分である。
そんなダリルを連れてきた女王は、頬を膨らませて主張した。
「だって歴史的瞬間なんでしょ。逃げるなんてもったないわ」
「女王の言う通りだ。君は臆病になる癖を治した方がいい」
「あんたらと一緒にしないでくれ……」
ダリルは肩を落としてぼやく。
その場にいる者のうち、研究者だけが彼に同情していた。
しかし発言することはない。
身の程を弁えているのだ。
賢明な判断である。
私達は一緒になって目的のフロアを目指す。
ダリルは各部屋を眺めながら呟く。
「それより新技術ってやつは本当に完成したのかよ。とても信じられねぇが」
「この世界はオカルトで満ち溢れている。今更、そこに何か加わったところで誤差の範疇だろう」
「いやいや、さすがに規模が違うと思うんだがね……」
「心配するな。この施設は世界一の技術力を誇る。失敗はありえないのだよ」
私が断言すると、研究者が嬉しそうに会釈した。
やはり働いている者からすると誇りもあるのだろう。
実に良いことだ。
間もなく我々は目的のフロアに到着した。
そこには黒い魔法陣が敷かれていた。
これが件の新技術である。
例によって勇者召喚の術式がベースなので、所々に類似箇所が見られる。
五年の歳月で私も随分と魔術知識が増えた。
今では魔法陣を一目見ただけで内容が分かるようになっている。
研究者の指示で私だけが魔法陣の一角に立った。
ちょうど術式の軸に組み込まれる形である。
全身を魔力が流れる違和感はあるそうだが害はないらしい。
離れて立つ研究者が私に尋ねる。
「準備はよろしいですか?」
「ああ、いつでも始めたまえ」
私が応じると、すぐに魔法陣が起動した。
どこか禍々しい黒い光を増幅させる。
体内を巡る魔力を知覚した。
血液の循環が速まっていくような錯覚を堪える。
これも必要な工程なのだ。
身動きを取らず、術が滞りなく進む様を観察し続ける。
魔法陣の黒い光が室内を埋め尽くしていく。
その勢いが最高潮に達した瞬間、光が一気に消失した。
魔法陣の上には十数人の男が佇んでいた。
誰もが異なる衣服と武装を携えている。
中には義手や義足、四肢が欠損したままの者もいた。
表情や反応も様々で統一性がない。
ただし、一つだけ共通する部分があった。
それは容姿だ。
召喚された全員が同じ顔――さらに言えば私と同じ顔をしている。
ここにはアーノルド・ウェイクマンしかいなかった。
「ふむ。成功したようだな」
完成した新技術とは、平行世界からの召喚であった。
私の魂の情報を解析して、識別番号を設定する。
その後、並行世界に干渉して同じ番号の人間を召喚するのだ。
つまり召喚された十数人は、私と同一人物でありながら別人とも言える。
私は彼らの前に立って挨拶を始める。
「ようこそ、異世界へ。君達に提供したいものがある。それは戦争だ。最強のアーノルド・ウェイクマンを決めようではないか」
彼らはこちらに注目していた。
一様に驚きと興味が感じられる。
いきなり何らかの行動に出る愚か者はいない。
さすがは私だった。
「戦争のルールは簡単だ。それぞれが手分けして世界各地へと発ち、独自の戦力を集めるのだ。小さな村から始まってもいい。いきなり王となっても構わない。モンスターを率いてもいい。最終的に互いの軍隊をぶつけて殺し合うのだ。無論、私も参戦しよう」
これこそが私の考えた新たな戦争だった。
張り合いのある敵がいないのならば己を呼び出せばいい。
そうして計画したのが、この並行世界からの召喚だ。
複数のアーノルド・ウェイクマンが軍隊を使って殺し合う。
我々は人生最大の敵と存分に戦うことができるのだ。
これほど幸福な出来事はあるまい。
「冗長な説明は不要だろう。なぜならば諸君はアーノルド・ウェイクマンだ。各々が異なる人生を歩んできたはずだが、戦争をこよなく愛する点は共通しているはずだ。そうだろう?」
「君は何者だね。私達の中でも特に奇妙な経験をしているようだが」
迷彩服を着た一人が発言した。
目を細めて興味関心の眼差しをこちらに向けている。
他のアーノルド・ウェイクマンも既に戦意を滾らせていた。
この異常な状況に順応して楽しもうしているのが分かる。
期待通りの反応だった。
世界が異なれど、人間の本質はそう変わらないのだ。
私は後方を見やる。
シェイラは感激のあまり号泣していた。
ダリルは肩をすくめて逃げる準備をしている。
女王は嬉しそうに手を振っていた。
研究者達は話し合って何かの数値を記録している。
私は微笑を深める。
新たな戦いがやってきた。
魔王など比べ物にならない強敵だ。
だからこそ良い。
並行世界の自分を見回して、悠々と名乗る。
「――私は魔王総統。戦争を愛するアーノルド・ウェイクマンだ」
最後まで読んでくださりありがとうございました。
新作も始めましたので、よければそちらもお願いします。




