第30話 独裁者は絶体絶命の危機に陥る
私は機能しなくなった指輪を外した。
少し観察してポケットに収める。
次にいつもの感覚で前方の魔王軍を注視した。
やはり洗脳できない。
彼らは勝ち誇った様子で私を眺めている。
(徹底した無力化だ。よほど銃火器を嫌っているらしい。ここまでの犠牲で学習したのだろう)
私は魔王ルベルのやり方に感心する。
敗戦を重ねながらも、王国軍の力の源を突き止めていたのだ。
そして得意な術で封じ込めてきた。
彼の能力自体が回避困難なのが厄介さに拍車をかけている。
魔王ルベルは高笑いした。
ひとしきり満足した後、彼は両手を広げて私に告げる。
「どうだ、総統。これで貴様の手札は無くなった。無力な人間となったのだ!」
「ふむ。君の作戦は評価に値するな。ただ敗北するのではなく、そこから対策を講じて私の能力を潰してみせた。これほど有利な状況を作り出す手腕はさすがと言えよう」
冷静に意見を伝える。
皮肉などではなく素直な称賛だった。
魔王軍は魔術の罠で私を隔離し、孤立したところで能力を取り上げた。
鮮やかな手口に非の打ちどころはない。
実際にこうして追い込まれているのだから認めざるを得ないだろう。
(魔王ルベルは封印能力に特化している。相手を弱くして戦うことに優れているようだ)
事前調査で知っていたのだが、ルベルの戦闘能力はさほど高くない。
盗賊国で戦った魔族と同等か一段階ほど強いレベルだ。
人間と比べれば凄まじいとは思うものの、所詮は通常火器で圧殺できる範疇である。
魔族の王を名乗るには些か不足しているように思える。
そんなルベルの本領は封印魔術であった。
自己強化ではなく、敵の弱体化によって優位を取るのだ。
汎用性も非情に高いそうで、様々なバリエーションがあるという。
私を隔離したこの闇の結界も何らかの封印魔術なのだろう。
さらに現在のルベルは、元魔王の力を奪うことで成長している。
洗脳と遠隔召喚を持たない私が真っ向から立ち向かえば、まず勝てない相手と言えよう。
能力的な相性では最悪に近いかもしれない。
ルベルは意気揚々と笑う。
そして、尊大な態度で私を指差した。
「あとは貴様を嬲り殺すだけだ。魔王軍に盾突いたことを存分に後悔するがいいッ!」
彼の言葉に合わせて配下の魔物が一斉に飛び出した。
雪崩れ込むようにして接近してくる。
その光景を前にした私は微笑を湛えて呟く。
「これは豪勢だな。隔離処置も悪くない」
ルベルは私に絶大な苦痛を与えたいようだった。
だから封印魔術で仕留めるのではなく、原始的なリンチを選択した。
本人はその場から動いていない。
私が絶望して死んでいく様を悠々と見物するつもりなのだろう。
「いいだろう、相手になってやる」
背負っていた銃剣付きのライフルを構える。
他にもナイフや手榴弾といった武器を携帯していた。
別に特殊能力を抜きにしても私は戦えるのだ。
元の世界では鍛え上げた肉体と技術で生き延びてきた。
この程度の状況で命を諦めるほど脆くはない。
私は膝立ちでライフルを撃ち始めた。
銃弾は魔物の頭部を的確に穿って即死させていく。
一発も無駄にはできない。
いつもよりも神経を使って引き金に力を込めた。
こちらに接近する間に十数体の魔物が死んだ。
しかし、向こうは総勢数百の軍勢である。
仲間の屍を踏み越えて魔物が接近する。
彼らのぎらついた目には、いくつもの欲が染み付いていた。
きっと私を殺した者には褒美でもあるのだろう。
だから多少の恐怖など打ち消して進むことができる。
ルベルは徹底して私の命を尊厳を踏み躙ろうとしていた。
「上等だ。かかってこい」
私はライフルを再装填しつつ、魔物達に向かって駆け出した。
放たれた矢や槍を避けながら距離を詰めると、至近距離から掃射を見舞う。
血飛沫が散る中で銃剣を一閃させた。
首を掻き斬られた魔物が崩れ落ちていく。
私は魔物達の只中に飛び込んだ。
彼らを蹴散らしながら常に動いて反撃を妨害する。
僅かな殺気を逃さずひたすら攻め立てていく。
ライフルが弾切れになった。
銃剣でオークの胸を刺して斧を奪い取る。
その斧で魚人の額を叩き割った。
背後からの槍を避けると、切っ先が別の魔物に突き立った。
弾切れのライフルでゴブリンの鼻面を殴り飛ばす。
(問題ない。十分に渡り合えている。白兵戦は得意分野だ)
死体を盾に突っ込む。
拳銃で乱射で脳漿が飛び散った。
ナイフで臓腑を抉り、さらに眼球を抉り抜く。
私の腹に槍が炸裂したが、防刃性が高い軍服なので大丈夫だ。
穂先が生地の上を滑っていく。
ローキックで転倒させたスケルトンの頭部を踏み砕きつつ、ピンを抜いた手榴弾を投げ転がす。
すぐそばで爆発が起きた。
普通なら負傷する距離だが、立ちはだかる魔物が壁になって助かった。
逆に魔物達は悲惨な状態だった。
悲鳴と怒声が混ぜ合わさって混沌としている。
私はその隙に攻撃の勢いを強めた。
奪った武器で彼らを滅多打ちにして、弱った者から惨殺する。
少しでも時間を短縮したいのでひたすら急所狙いだ。
なるべく即死させられる攻撃方法を選んで使う。
視界の端で何かが光った。
真っ赤な火の球だった。
魔術だ。
飛び退いたが肩に熱さを感じた。
焼ける音がする。
避け切れなかったらしい。
オカルトを使ってきたのか。
卑怯な。
いや違うそれでいい。
持てる力をすべて振り絞ってもらわねば。
そうでないと面白くないのだから。
魔物達は絶えず襲いかかってくる。
怯える者もいたが少数だった。
たった一人の敵だから簡単に始末できる。
そう考える魔物が大半だろう。
彼らは仲間を囮にしてでも命を奪おうとしてくる。
そうだ、それでいい。
遠慮なんていらないのだ。
殺し合いに倫理や良心など持ち込むな。
私だけを見ろ。
この命を狙うことだけを考えるのだ。
気が付けば私は全身が血みどろだった。
どさくさで何度か負傷した気がするが、致命傷ではないはずだ。
まだまだ動くことができる……いや、むしろ加速していた。
敵を殺すたびに力が漲ってくる。
断末魔が活気を与えてくれる。
脳髄まで侵蝕するような血の臭いが心地よい。
己の出血する感覚さえ愛おしかった。
戦争だ。
濃縮された戦争がここに満ち溢れている。
この絶望的な状況を私は心の底から楽しんでいた。
痛みや疲れはほとんど感じられない。
大量のアドレナリンと事前に施していた自己催眠が、限界以上の身体能力を引き出している。
魔王ルベルはなんと気の利く男なのだろう。
逃げも隠れもできない場所で数百の敵を殺し尽くす権利を与えられたのだ。
素晴らしいサプライズである。
これほど嬉しいプレゼントは類を見ない。
不満があるとすれば、彼自身が戦いに参加していないことだ。
何をしているのだ。
早く来い。
高みの見物など決め込むな。
お前も当事者なのだ。
さっさと無価値な命を賭けろ。
仕方ない、拒むなら私から出向くしかない。
どうせすぐに片付くのだ。
楽しみが少し後回しになっただけなのだから問題ないだろう。
今は眼前の敵に集中しよう。
私は狂った戦いに没頭していた。




