第29話 独裁者は殺戮を振る舞う
王国軍は瞬く間に侵攻を進める。
あらゆる戦場で勝利を重ねていった。
私とシェイラも参戦し、都市の制圧に加担した。
そうなればもはや魔族に形勢逆転の手段は残されていない。
ただ無力に殺されるだけの存在と化していた。
元魔王はただ悲しそうに見ているだけだった。
何もできない彼女は傍観者に徹する。
マインドコントロールで強制的に行動させることもできたが、別にそこまでやる必要もない。
彼女には考える時間が必要だった。
これから再び魔王になってもらうのだ。
己を裏切った者達が殺され続ける光景を目の当たりにして、今後のために役立ててもらおうと思う。
私は捕虜の魔族を洗脳して使い捨ての兵力に加える。
必須ではないものの、こちらの損害を少しでも抑えるためだ。
数を揃えて突撃させるだけでも一定の効果はある。
魔族達は味方への攻撃は躊躇する。
その心理状況を利用させてもらった。
弾薬の消費については考えない。
私の指には、遠隔召喚の指輪の完成版がある。
王国と帝国と公国の技術が一つにすることで、試作品の欠点を解消したのだった。
連続使用でも破損せず、大規模な召喚も可能だ。
魔力消費が数倍となったが、今となっては誤差の範囲と言える。
エネルギーは魔力工場で十分にカバーできるため、特に問題はなかった。
この指輪のおかげで弾薬だろうが軍用機だろうが自在に召喚できるようになった。
温存を考えずに攻めていけるのは非常に痛快である。
私は夢心地のまま魔王軍の本拠地を目指す。
そして三週間後。
我々はとうとう魔王軍の支配地の中心部まで到達した。
尚も続く蹂躙によって、魔族に壊滅的な被害を与えている。
彼らの敗走を嘲笑いながらも、攻め手を緩めることは決してない。
むしろペースアップして着実に追い詰めていく。
中心部は荒野に広がる黒い都市だった。
魔術で築いたと思しき土の建物が無数に並んでいる。
ただし最奥にそびえ立つ城だけは艶やかな金属質の輝きを帯びていた。
あそこに魔王がいるのだろう。
試しにミサイルを撃ち込ませてみたが、強固な結界に阻まれてしまった。
何度か攻撃しても同じだった。
さすがに厳重な守りを敷いているらしい。
強引に破壊することは可能だが、ここまで来てそれはナンセンスである。
やはり魔王と対峙して殺してやりたい。
方針を定めた私は、軍を散開させて都市から城へと攻め始めた。
中盤からは私も軍用トラックを降りると単独で進む。
「進軍だ。戦争だ。奪え。殺せ。薙ぎ払え」
現れた魔族を撃ち殺す。
差し向けられた槍を躱して、相手の首筋にナイフを突き立てる。
死体を盾に進み、逃げようとするその背中に銃弾を浴びせる。
私は鬼神の如きスピードで殺し続けた。
銃剣付きのライフルを振り回して獲物を求める。
時には遠隔召喚による爆弾投下で建物を吹き飛ばした。
屍を踏み越えながら空弾倉を捨てる。
「素晴らしい。これが私の戦争王国だ」
鼻腔を血と臓物と硝煙の香りが突き抜ける。
あちこちから銃声と爆発音が絶え間なく響いていた。
怒声と断末魔も加わって唯一無二の大合唱を奏でている。
この戦争は私のものだ。
本能が滾り、脳髄は泡を立てて沸く。
心臓が激しく脈動し、五感は新たな死を求めて研ぎ澄まされていた。
「――獣め。貴様には檻がお似合いだろう」
嫌悪に満ちた声がした。
気が付くと私は漆黒の空間にいた。
何も存在しない宇宙のような場所である。
戦場から隔離された。
その事実が私の精神に冷や水をかける。
理性が戻ってくると同時に、私は通信機を手に取った。
何度か応答を求めるも、ノイズばかりで何も聞こえない。
(通信が遮断されている。何らかの魔術で閉じ込められたのか)
私は周囲を見渡す。
やはり黒一色で些細な変化も見受けられない。
しばらく歩いてみたが、果ては確認できなかった。
指輪を使うと拳銃を呼び寄せられた。
遠隔召喚は有効らしい。
ただし、いつもより召喚に時間がかかった。
体感としては数秒か。
多少ながらこの空間の影響が出ているのかもしれない。
遠隔召喚による爆撃で外への脱出を試みたが失敗した。
今度は三十秒ほどのタイムラグがあった。
召喚する物体の体積が大きくなると悪影響も強まるのか。
辺りには依然として深い闇が広がっている。
物理手段による破壊は難しいようだ。
(外の状況が分からないのは面倒だな)
解決策を考えていると、遥か前方に魔族の集団が出現した。
闇から湧き出した彼らは数百体規模である。
真ん中に立つ黒い鎧を纏う男が私に問いかけた。
「貴様が王国の総統だな?」
「いかにも。君は誰かね」
「魔王ルベルだ。貴様が保護した腑抜けとは違う、真の支配者である」
黒鎧の男――魔王ルベルは嫌味を利かせて名乗った。
どうやら彼が反乱のトップらしい。
ルベルは足元を蹴って説明する。
「この結界は特級の術で構築されている。物理的な破壊は不可能だ」
「なるほど。魔王軍の結界技術は随分と進んでいるようだ」
「あの女の魔力がなくては成立しなかった術だがな。その点については感謝せねばならないだろう」
ルベルは尊大な態度でそう述べた。
口調からして本心から感謝していないのは明らかである。
彼の数百名の部下達は愉快そうに笑っていた。
圧倒的に優位な状況で油断し切っている。
私は小さく嘆息すると、彼らのもとへ歩き出した。
指輪を撫でながら話しかける。
「ところで、魔王ルベル。君は私の戦争を妨害しているが、その自覚はあるかね。ちょうど気分よく攻撃していた最中だったのだよ」
「貴様の事情など興味ない。魔族の領土を荒らしておきながら、よくもそのような口が叩けるものだ。只人風情が舐めた態度を取るな」
「その只人風情を孤立させた挙句、大勢の部下を連れていないと強気になれない理由を訊いてもいいかな。まさか私を恐れているとか――」
発言の途中、ルベルの手元が輝いた。
私は反射的に姿勢を低くする。
針のような形状の光弾が頬を掠めていった。
手を当てて出血具合を確かめていると、ルベルが苛立った様子で反論する。
「黙れ。貴様に絶望を与えて嬲り殺したかっただけだ。なぜ魔族が只人を恐れる必要がある」
「誤魔化さなくてもいい。私には分かる。君は精神的に小者なのだ。魔族の王を名乗るには力不足だと思うがね。やり直してはどうかな」
「挑発ばかりしおって……すぐに抗えない現実を突き付けてやろう」
ルベルの手元が再び輝いた。
先ほどの数倍の速度で赤い光弾が迫る。
光弾は回避行動を取る私の手前で破裂した。
特に外傷は負わなかったが、両目が妙に疼く。
視覚に影響がないことを認識した私はルベルに問う。
「何をした」
「貴様の目に宿る力を封印した。奪うことはできなかったが、当分は使えないだろう」
どうやらマインドコントロールを封印されたらしい。
魔王ルベルは私の能力を調べて、その対策を打っていたのだ。
余裕綽々とした態度から察するに、今の光弾以外にも用意していたに違いない。
目の前に堂々と登場するという行動がそれを示していた。
私は指輪で遠隔召喚をしようとする。
ところが、いち早く察知したルベルが先手を取って動いた。
「それも厄介だな。封じさせてもらう」
ルベルの手から紫色の光弾が放たれた。
私は素早く回避するも、光弾は正確に追尾して指輪に命中する。
指輪に紫色の光がこびり付いていた。
遠隔召喚を使おうとしても反応しない。
この瞬間、私は二つの武器を失ったことを悟った。




