第28話 独裁者は魔王領へ侵攻する
魔王軍との戦争が始まった。
王国軍を連れた私は軍用トラックで移動する。
他国の抑え込みと牽制は帝国と公国の戦略に任せた。
既に十分すぎる装備と人材を揃えているので、突破されることはまずないだろう。
そもそも他国は私と魔王軍の衝突を望んでいる。
互いに消耗して潰し合う展開を願っているはずだ。
下手に隙を突こうとして我々が帰還しても困るため、当分は大人しくしているのではないか。
今頃は大急ぎで軍拡を進めているに違いない。
帰還したらその成果を確かめようと思う。
軍用トラックは私が運転していた。
荷台にシェイラとは数人の部下が乗り、助手席には元魔王が座っている。
先ほどからシェイラの気配が鋭い。
位置的に目視できないが、荷台越しに散弾銃を元魔王に向けているようだ。
不審な動きをした瞬間に撃つためだろう。
シェイラは元魔王を毛嫌いしていた。
直接は言わないものの、態度からして明らかであった。
向けられる銃口にも気付かず、元魔王は私に疑問を呈する。
「なぜ我を同行させた。魔王の座に置くにしても、戦後に連行すればよかったのではないか」
「かつての配下が惨殺される光景を見せたくてね。君を裏切った者達があっけなく死んでいくのは爽快だろう」
「そんな風には思わぬ。謀反を起こしたのは一部の幹部だ。それ以外に罪はない」
元魔王は非難を込めた目付きで睨んでくる。
殺気に近い感情が滲んでいるも、恐れるに値しないものだ。
仮に攻撃されたところで容易に対処できる上、反撃する前にシェイラの散弾銃が火を噴くだろう。
ハンドルを握る私は淡々と述べる。
「甘い考えだな。幹部連中が提案したとしても、普通は反乱に加担などしない。君のカリスマ性が足りなかったから、そういった誘いに乗ったのだ。魔王が圧倒的な力をかざしていれば、幹部の戯れ言に耳を貸す者はごく僅かだろう」
「そ、それは……」
「魔王軍の内乱について調査させたが、なんとも酷い有様だったそうではないか。君は演説中に封印魔術で力を奪われたそうだね。そして一人の支持者も得られずに逃亡を強いられた。私の部屋まで辿り着けた潜入能力は大したものだが、それくらいしか取り柄がない。憐れなものだね」
元魔王は散々な扱いを受けていた。
今の彼女にはほとんど力が残されていない。
能力の大半は封印魔術で奪われて、現在の魔王が利用している。
かなり周到な流れなので前々から計画が立てられていたのだろう。
それに気付かない元魔王の自己責任である。
元魔王の表情が露骨に曇っていた。
まさか当時の状況を事細かに知られているとは思わなかったらしい。
苦痛に歪む顔のまま、彼女は私に問いかける。
「我を蔑んで楽しいか」
「暇潰しにはなる。没落した支配者ほど情けないものはないからな。つい説教したくなってしまった」
私が喜々として答えると、元魔王の表情がますます歪んだ。
涙でも堪えているのだろうか。
本当に情けない姿である。
魔王時代から様々なトラブルに頭を悩ませていたのだろう。
ここまで追い詰められているのなら、反乱がなくともいずれ精神的に破綻していたと思う。
車内に沈黙が訪れた。
暫し道なりに運転した私は、前方に視線をやったまま語る。
「召喚される前、私は一つの世界を征服した。最新兵器が飛び交う時代に、ただの人間である私が核弾頭の雨よりも恐れられた。なぜか分かるかね」
「……分からぬ」
「独裁者としてほぼ完璧な振る舞いができていたからだ。人心掌握を徹底することで、誰も逆らうという発想すら思い浮かばなかった。恐怖と懐柔による支配はバランスが肝心なのだよ。極めればどれだけ荒唐無稽な主張だろうとまかり通る。たとえどれほど無計画な平和主義であろうとね」
私は薄く笑って断言する。
元魔王は懐疑的な声音で私に尋ねた。
「貴殿なら平和な世の中を実現できるというのか」
「元の世界は平和になった。私がすべてを征服したせいでね。少なくとも数十年は大きな争いは起きなかったろう。所詮は私の存命している間に限るが、世界に平和が訪れてしまったのだ」
「貴殿にとっては不本意な平和だったのだな」
「その通り。戦争のない世界など気が狂いそうだった。だから召喚されたことについては感謝している。おかげでこうして戦いを満喫できるのだから」
私はこれまでの日々を振り返る。
たった一人で召喚されてから現在に至るまで、それなりに長い道のりだった。
我ながらよくも全盛期を超える戦力を手にできたものだ。
元の世界での経験が活きたのは言うまでもない。
一度はすべてを征服したからこそ、異世界でも再び戦うことができたのだ。
そして今は魔王に挑もうとしている。
先代を裏切って力を奪い尽くした悪しき魔王だ。
実に丁度いいターゲットである。
きっと私の心を満たしてくれるだろう。
迫る決戦を想像していると、元魔王が小さな声で言った。
「後悔は、しないのか」
「逆に訊くが、悔やむことなどあるかね。支配者は常に堂々とすべき存在だ。反省はするが後悔は不要だろう。悩む暇があるなら進むべきだ。無意味な停滞は人生を濁らせる」
「前向きなのだな」
「効率を求めただけだよ」
私は鼻を鳴らす。
大義など建前に過ぎないのだ。
ただ戦争がしたい。
その狂しい衝動のためにあらゆる準備を行ってきた。
目的が戦争という行為に集束しているからこそ、私は迷わず突き進むことができる。
「今や私も、第二の魔王と呼ばれる身だ。こうして出会ったのも何かの縁だから、支配者のノウハウをしっかり学びたまえ。君には魔王軍を任せるつもりなのだ。また反乱を起こされて失敗するようでは困る」
「貴殿に従えば、魔王軍の平穏は約束されるのだな?」
「ああ、そうだ。多少の技術提供は頼むが無駄な戦いは避けられる。私が圧力をかければ、他国もそう簡単に手出しできない。好戦派の魔族はこちらで引き取るか、洗脳で平和主義者に変えてやろう。喜んで君の下僕になるはずだ」
そんなことを話していると、前方が騒がしくなってきた。
先遣隊が魔族と交戦を始めたようだ。
銃声と爆発音が連鎖し、上空の攻撃ヘリが大地を耕していった。
私は備え付けの液晶画面に注目する。
それは上空から届いた映像だった。
我々の攻撃が魔王軍を蹴散らしている。
血飛沫と肉片が散って屍が量産されていた。
些細な反撃はすべて銃撃に呑み込まれる。
圧倒的な破壊が魔王軍の全存在を否定していく。
元魔王は苦い顔でうつむいている。
私は画面を指さして笑った。
「ほら、見たまえ。壮観だぞ」
「……少し眠る。放っておいてくれぬか」
「乗り物酔いかな。まだまだ先は長いのだ。今のうちに慣れた方がいい」
私は車を止めて液晶画面に注目する。
移動を再開するまでまだ時間がかかるだろう。
それまでは優雅に観戦するつもりだ。
私が最前線に出向くのはまだ先だ。
楽しみは後に取っておきたい。
兵士達にも蹂躙の快感を味わわせておくべきだろう。
仲間と共にこの素晴らしいひと時を共有したい。
液晶画面を見つめる私は、戦争の幕開けを視覚で満喫した。




