第23話 独裁者は理想の戦争国家に迫る
研究者から能力付与の魔法陣について聞いていると、出入り口からシェイラが現れた。
彼女は素早く私の前に来て手本のような敬礼を披露する。
「お待たせしました、閣下」
「覚悟はできたかな」
「元より不要です。この身は閣下のためにあります。ご命令とあればどのようなことでも確実に実行致します」
「模範的な答えだ。さすがは私の側近だね」
シェイラは能力付与の魔法陣の被験体を希望していた。
計画の初期段階から立候補しており、今回はその任を果たしてもらう手筈であった。
普段の雰囲気からは想像もつかない熱意だったので、よほどこだわりがあったのだろう。
私は二つ返事で承諾した。
能力付与においてシェイラほどの適任者はいない。
素のスペックが抜群に高く、能力に依存する心配がない。
私への忠誠心も完璧で、洗脳した者よりも信頼できる。
本当は団長ダリルのような実力者にも能力を与えたいが、今回の術式には制約が存在する。
魂に細工をするという特性上、強い魔力を持つ者には能力が上手く付与できないのだ。
何も起こらないだけでなく、習得していた魔術に支障が出る恐れもあった。
ダリルは部位強化という得意技を持つ。
あれも魔術の一種となる。
不具合のリスクを考えると、能力付与は推奨されないのである。
ベースである勇者召喚の魔法陣は、魔力の存在しない世界から呼び寄せた人間に能力を与える。
魂の空き容量に魔術的な要素をインストールする形だ。
そのためスペースのない領域――既に魔術的な力を持つ人間に無理やり能力を押し込めば、元の力にバグが生じるのはおかしな話ではない。
この世界の人間に能力を付与するならば、魔力が微弱な者や魔術に使わない者を選ばねばならないだろう。
私はシェイラの肩に手を置いて本心からの言葉を伝える。
「君ならば特殊能力を使いこなせると信じているよ」
「閣下のご期待に添えるように尽力します」
シェイラは力強い頷きで応えると、躊躇なく魔法陣の上に立った。
私は準備を進める研究者に質問する。
「確認だが、どのような能力を得られるかは指定できないのだね」
「はい。勇者召喚と同じく、本人の魂に応じて能力が定まります。こちらからの干渉は不可能です。なのであまり強くない能力になる可能性が……」
「そこは心配していない。彼女ならばどのような能力でも最大限のパフォーマンスを引き出すことができる」
シェイラは頭脳明晰だ。
戦闘における知能も非常に高く、咄嗟の場面の対応力に関しても申し分ない。
たとえ弱い能力を獲得したとしても、創意工夫で己の武器にできるはずだ。
もっとも、心配せずともシェイラは純粋に強い能力に目覚めるだろう。
私がマインドコントロールを会得したのだから、彼女も才覚に合った代物に仕上がるに違いない。
数分後、準備が整った。
私は通常召喚と同じ要領で魔法陣の縁の円に手を置く。
研究者が術式を起動させると、青い光が室内を満たした。
光はシェイラの体内へと浸透し、彼女の中でゆっくりと脈動する。
光の脈動は一定の速度まで上がると、あるラインを超えてからは緩やかに遅くなっていった。
そのまま光は消失する。
魔法陣の上には何の変哲もないシェイラがいた。
ひとまず無事らしい。
私は彼女に話しかける。
「どうだ。変化はあるかね」
「分かりません。特に何も感じませんが――」
魔法陣から退こうとしたシェイラは、近くの手すりに触れる。
次の瞬間、異音と共に手すりが潰れていた。
シェイラが手を離すと、指の形に沿って大きく変形している。
私はそれを見て感心する。
「ほう、怪力か」
「どうやらそのようですね。少し検証してもいいでしょうか」
「構わない。存分に試したまえ」
我々は研究所内の模擬戦闘向けのフロアに場所を移す。
そこでシェイラと捕虜の魔族を戦わせてみた。
さらに解析能力に長けた魔術師を呼び、獲得した能力の詳細を調べさせる。
結果、シェイラは十数体の魔族を肉塊にしてみせた。
格闘術だけで圧倒してねじ伏せたのだ。
想像を超える凄まじい力である。
解析担当の魔術師は、驚愕に固まりながら私に説明する。
「どうやら身体強化の亜種のようですが、性質が大きく異なります。具体的には、総統の近くにいるほど能力の強度が高まっているのです。おそらくは忠誠心の高さも影響していますね。前例のない能力です」
「なるほど、面白いな。シェイラらしい力だ」
ようするに私の近くにいるひど強くなる能力だ。
状況によっては効果が小さくなるも、それを補って余りある強みがある。
単独で魔族を殴り殺せるのは、誰が敵でも相当なアドバンテージと言えよう。
側近としてこれほど適切な能力はないと思う。
返り血まみれのシェイラは、私の前に戻ってくると、いつもの様子で敬礼する。
「素晴らしい能力をありがとうございます。今後も閣下のために尽力します」
「ああ、頼りにしている。君は最高の右腕だ」
「ありがたきお言葉です……!」
シェイラは感激で目を潤ませる。
私は驚異的な強さを手に入れた部下に満足した。
◆
数週間後、円卓の席に着く私は大臣に命じる。
「各国の動きを報告しろ」
「帝国は完全統一に向けて戦争中です。共和国は合議を続けているようです。公国からは三日前に抗議声明が為されました。他の国々でも意見が分かれており、決定的な行動に出た勢力はいません」
「妙に消極的だな。魔王軍はどうだね」
「複数の地域で破壊工作が確認されています。大々的な攻勢には出ていません」
「そうか」
未だに世界は大人しい。
水面下はともかく、表向きは波風が立たない動きを各国が心がけていた。
王国や帝国との敵対を発表する勢力もない。
すぐにでも応じられる準備を整えているのだが、決定的な出来事は起きていなかった。
(どこも戦力強化を進めているのだろうな。そして、他の国々が先陣を切って消耗することを望んでいる。世界全体が情報戦の段階に至ったようだ)
私は手を組んで天井を仰ぐ。
大臣が遠慮がちに話しかけてきた。
「兵は総統からのご指示を待っています。どうされますか……?」
「戦禍を拡大させるぞ。腰の引けた情報戦はさっさと終わらせる。王国の影響力をさらに高めていこうではないか」
戦争の準備など後でいくらでもできる。
我々はかなりの猶予を与えた。
そろそろ本格的に動いてもいい頃だ。
魔王軍も同様である。
巨悪の根源のような扱いをされているが、私からすれば敵対勢力の一つでしかない。
現時点でささやかな破壊工作しかできないのならば、さっさと叩き潰して魔力工場に輸送するのが一番だった。
私は同席している側近に視線を向ける。
「シェイラ」
「何でしょう、閣下」
「能力者の部隊を編成しようと思う。君の意見も参考にしたい。少し時間をくれないかな」
「了解。異世界人の特殊部隊ということですね」
「いや、元の世界の部下も混ぜようと思う。召喚を多用できる環境なのだから、出自で区分する必要もあるまい。存分に理想の戦力を育てよう」
特殊能力という武器を与えることで芽吹く才能もあるはずだ。
過度な期待はしないが、新たなプラジェクトとしては上等である。
その後、私達は組織の編成のための会議を数時間に渡って行うのであった。




