第22話 独裁者は帝国を支配する
我々は十万の帝国軍を引き連れて進む。
彼らは強固なマインドコントロールで縛っている。
自我は消滅し、従順な下僕と化していた。
たとえ半身が爆弾で吹き飛んだとしても、彼らは私のために戦い続けるだろう。
(ライダンは良いプレゼントを残してくれた。おかげで様々な戦略を取れるようになった)
銃殺した英雄の姿を思い出す。
彼はそれなりに強かった。
帝国最高峰の戦力と評しても過言ではない。
大剣の技量と炎の魔術が組み合わさり、得意な間合いでは絶対的な優位性を築いていた。
しかし、私には及ばなかった。
ただそれだけの話なのだ。
ライダンの戦法はすぐに分かった。
だから私は彼の嫌がる展開に持ち込んだ。
指輪の遠隔召喚で変幻自在な攻撃ができたのも大きいだろう。
結果として有益な検証ができたので、ライダンには感謝しなければならない。
ちなみに洗脳した帝国兵に聞いたのだが、ライダンは決闘で契約魔術を使っていたらしい。
一定の条件下で絶大な拘束力を発揮する術で、最初のやり取りの時に発動させたそうだ。
彼はただの口約束に意味を持たせていたのである。
もしあの戦いで負けていれば、王国軍はライダンに逆らえなくなっていたという。
契約魔術が私の敗北を根拠に縛り付けるのだ。
一方でライダンが負けた場合は契約魔術が効力を失うように細工が為されていたらしい。
なんとも不平等なやり方だが悪いことではない。
帝国軍は手段を選ばず我々を陥れようとしていたのだ。
その姿勢は評価すべきである。
様々な観点から私を負かそうとするのは大歓迎だ。
(私が完敗するほどの敵はいないのか。もちろんそれでも勝つつもりだが)
軍用トラックの中で私は考え込む。
元の世界は征服してしまったが、この世界でなら見つかるかもしれない。
理想の戦争は未だ存在しない。
終わらない戦場を己の手で形成し、骨の髄まで味わうのが私の生涯の目的であった。
その後、一週間ほどかけて帝都を滅ぼした。
手に入れた帝国軍をただ真正面から叩き付けただけである。
策も何もあったものではない。
原始的な暴力が首都に襲いかかったのだ。
洗脳を施された兵士は、恐怖も痛みも忘れてゾンビのように帝都に雪崩れ込んだ。
激しく抵抗するかつての仲間を惨殺して進み、恐慌状態の皇帝を城から引きずり出した。
そこに私が現れてマインドコントロールで安寧を授ける。
忠実な配下となった皇帝は、私のために働く傀儡となったのだった。
特筆するような出来事は起きなかった。
ライダンの契約魔術による決闘が最後の望みだったのだろう。
それが瓦解したどころか、十万の味方が的になってしまったのだから、彼らが抵抗できるはずもない。
あっけなく侵略完了するのは明白だったので、私も下手に引き延ばそうとせずに攻め続けた。
腑抜けの弱者を痛め付ける趣味はない。
それから何事もなく王都に帰還した。
我々は歴史的な大勝利を掴み取り、近隣の勢力図を劇的に塗り変えた。
間もなく帝都敗北の報は知れ渡る。
周辺諸国は驚愕し、今後の対応に戸惑うことだろう。
水面下で王国に接触してくる勢力もいるはずだ。
さらなる戦争の始まりである。
帝国を支配したことで、我々の力が数倍にまで跳ね上がるのは確実だった。
もはや召喚魔術のコストなど気にする必要もない。
すべての資源をいくらでも補充できるのだ。
それらを持て余さずに運用する計画を練らねばならない。
(ああ、楽しみだ。戦禍が世界に広がっていく。誰も他人事とは思わせない。凄惨な争いが新たな争いを生み出すのだ)
私は玉座で微笑む。
まずは帝国の完全統一からだろう。
皇帝を洗脳しているが、広大な領地には数多くの貴族連中がいる。
彼らは王国への服従に反対しているはずだ。
さらなる発展のためにも、今のうちに処遇を決めねばなるまい。
◆
帝国統一に向けて動き出したある日、王都の研究者から報告が。
なんでも召喚魔術に関する成果が出たらしい。
重要事項なのでさっそく地下の研究所へと向かう。
度重なる改築により、研究所は当初の数倍もの敷地面積となっていた。
今もさらにスペースを広げるための工事が行われている。
支配した帝国から人員や技術を奪うことで、全体の質も飛躍的に高まっていた。
大陸で最高峰の軍事施設であるのは間違いなかった。
私は研究者の案内でフロアを進む。
各実験の進捗を聞きつつ、最も下層にあたる階に到着した。
ここには限られた者しか入室できない。
危険度が高いので厳重な警備が敷かれている。
前方の床に青い魔法陣があった。
複雑な紋様の集合体で、仄かに光が灯っている。
私は案内役の研究者に問う。
「これが例の魔法陣か」
「はい。術式の抽出に時間がかかりましたが、なんとか形にすることができました。帝国の技術力を導入できたのが大きいですね。それがなければ数年はかかっていたかもしれません」
「素晴らしい。戦争の勝利が技術発展を促したわけか」
私は笑みを浮かべる。
話が聞こえたのか、帝国から連れてきた研究者が頭を下げた。
その顔には誇りが感じられる。
ただし帝国に対するものではない。
忠誠を誓う私に向けた誇らしさだった。
しっかりと洗脳が効いている証拠である。
青い魔法陣は、能力付与の機能を持っている。
ベースは勇者召喚の術式で、特殊能力を付与するという部分に着目して改造した。
魔法陣に乗った者の魂に干渉し、特殊能力を授けるのだ。
もはや召喚魔術ではなく、まったくの別系統の術と言えよう。
それがこのフロアで研究されており、今朝に完成したのだった。
能力付与の魔法陣には安全装置がかかっている。
マインドコントロールと連動しており、私しか起動できないのだ。
そして対象者は能力付与と同時に私の洗脳を受けることになる。
つまり能力を得た者が裏切る可能性はゼロだった。
徹底的に悪用できない仕組みとなっているため、敵の手に渡る可能性は皆無に近い。
研究に関わる者も残らず洗脳しているので、流出のリスクもまずないだろう。
(能力者を増やすのは望ましくないが、手札として持っておくのは良い。限られた者の特権としては上等だ)
私という実例で有効性は証明されている。
一人の能力者が国単位の影響力を持つことがあるのだ。
軍隊規模で能力を授けるのはナンセンスだが、たとえば専用の特殊部隊を設けるのは良いかもしれない。
そろそろ水面下で活動する有能な手駒がほしいと思っていた。
王国には元から密偵部隊がある。
彼らを魔改造して運用するのは良いのではないか。
能力にもよるだろうが、唯一無二の活躍を期待できる。
それと黄金獅子だ。
現在はダリルだけで空席だらけとなっている。
兵の中から精鋭を集めて能力を付与すれば、世界一の騎士団に仕立て上げるのも夢ではなかった。
国内外へのアピールとしてはちょうどいい。
依存すべきではないが、活用せずに腐らせるのはもったいない。
私にとって能力付与の魔法陣とは、そのような立ち位置の新兵器であった。




