第20話 独裁者は決闘に挑む
翌朝、街の外周に帝国軍が集っていた。
魔族がいなくなったことを察知して駆け付けたらしい。
そして現在は王国軍の出入りを塞いでいる。
シェイラと共に外壁の上に赴いた私は、眼下に並ぶ帝国軍を見下ろす。
「ほう、壮観だな。我々を包囲したつもりか」
「愚策ですね。この程度で優位に立ったと勘違いしているのならば、救いようのない集団です」
シェイラは冷淡に言う。
彼女の言う通りだ。
帝国軍は十万ほどの軍勢でやってきたようだが、王国軍は過剰な戦力を保持している。
ここまでの連戦を経ても、まだ武器弾薬に余裕があった。
十万の兵を殲滅するなど造作もない。
きっと帝国軍は、こちらが魔族との戦闘で疲弊していると思い込んでいる。
だからこうして大胆な攻勢を選んだに違いなかった。
結果として大きな過ちを犯しているわけだが、それを丁寧に指摘する義理もない。
しばらく眺めていると、軍の中から鋭い声が上がった。
「将軍は誰だ! ここで名乗り出ろッ!」
声の主は屈強な体格の男だった。
他の兵士と装備が異なり、身軽そうな革鎧を着けている。
武器は背中に大きな剣を留めていた。
刃が極端に分厚く、ほんのりと血に染まっている。
人間相手にしてはサイズが大きすぎるので、魔族との戦闘を想定しているのだろう。
「早く出て来い! 王国軍は臆病者なのか!?」
男は挑発してくる。
それに合わせて帝国兵が笑った。
刹那、隣に立つシェイラが絶大な殺気を発する。
彼女は散弾銃とククリナイフを構えて、外壁から飛び降りようとした。
「閣下、よろしいですか」
「駄目だ。素直に出向くべきだろう。彼らは面白そうなことを考えているようだ」
私が首を振ると、シェイラは大人しく構えを解く。
しかし殺気は微塵も散っていない。
何かの拍子で刺激が加われば、途端に飛び出していきそうな気迫だった。
私とシェイラは外壁から街に戻り、門を開いて帝国軍の前に現れた。
彼らは緊張感を保ったまま動かない。
迂闊に突撃しないように命令されているのもあるのだろうが、こちらの兵士達が銃を構えているのが大きい。
私が命令をすれば、瞬時に一斉射撃が始まる。
射線上の人間は例外なく蜂の巣になることだろう。
まさに一触即発の状況だった。
私は堂々と前に進み出ると、帝国軍の面々に尋ねる。
「将軍ではないが、私が責任者だ。何か用かね」
「俺と決闘をしろ! それで互いの軍の勝敗を決めるぞ!」
応答したのは先ほどの大剣の男だった。
彼は兵士を押し退けて前に出ると、こちらを指差して宣言する。
決闘で王国と帝国の戦争を決する。
男が要求するのは、つまりそういうことらしい。
向こうは事前に計画していたのだろう。
兵士達は示し合わせたような顔をしている。
提案を聞いたシェイラは即座に囁く。
「こちらに得のない誘いです。問答無用で迎撃するのが最善かと」
「分かっている。それでも私は乗らせてもらう。決闘とは素敵な響きではないか」
「……閣下がそこまでおっしゃるのでしたら」
「我儘を言ってすまないね」
私は部下の銃を下ろさせると、帝国軍を街の中に招いた。
困惑する彼らを言葉でも促す。
「決闘をしよう。早く来たまえ」
その後、我々は街の中の開けた区画に移動した。
岩の巨人が荒らしたエリアで、辺り一帯に瓦礫が散乱している。
付近に建造物はなく、決闘を実施するにはちょうどいい場所だろう。
私と大剣の男は少し離れて対峙していた。
我々の周りには互いの軍が集まって睨み合っている。
決闘の勝敗次第で何もかもが決定するのだ。
気楽な心持ちでいられる者の方が少ないだろう。
男は大剣を手に取り、刃で地面を削りながら構えを取る。
彼は油断なく五感を研ぎ澄ませながら私を見た。
「俺の名はライダン。帝国軍の将軍で"轟炎"の英雄と呼ばれている。お前も名乗れ」
「アーノルド・ウェイクマン。王国の総統として軍を率いている。こことは違う世界だが、そこでは"二十一世紀の悪魔"や"有史最悪の独裁者"、"第三次世界大戦の狼煙"といった通称があった。主に敵国で広まった悪名だがね」
私は拳銃とナイフを手に取って語る。
戦争中は様々な呼ばれ方をしたものだ。
それだけ目立っていたのだろう。
一部の敵兵などは、私の名を聞くだけで三日三晩は寝込んでしまったという。
トラウマになるような作戦は何度も指揮した覚えがある。
彼らにとっては死よりも恐ろしい時間だったのだろう。
戦場から生還したのはある意味では不運だったのかもしれない。
それよりも、大剣使いのライダンは帝国の英雄らしい。
確かに他の兵士とは風格が違う。
目付きや体格、僅かな重心移動等でおおよその実力は分かる。
彼がかなりの力を有しているのは間違いない。
ライダンは私のことを入念に観察している。
強気な態度とは裏腹に、相当な警戒心を抱いているようだ。
彼の視線に込められる感情が徐々に変容していた。
私が口だけの指導者ではないと気付き始めたのだろう。
それでも弱腰にならないのは、己の実力に絶対的な自信があるからだと思われる。
私は特に構えも取らずに訊く。
「ルールはどうする。何か制限があるなら従うが」
「どちらか一方が死ぬまで戦うだけだ。禁止行為は何もない。勝者の陣営に敗者の国が降伏する。それでいいな?」
「私は構わないとも。単純明快で良い設定だ」
微笑を湛えて頷く。
スポーツじみたルール設定なら異議を唱えていたところだ。
やはり命が懸かっていなくては面白くない。
外野もそれくらいシビアな戦いでなければ納得しないだろう。
ライダンは大剣を後ろに引いた。
切っ先が地面を削って緩い弧を描く。
刃が赤熱して煙を上げ始めた。
どうやら魔術的な力を発動したらしい。
二つ名の"轟炎"とはこれが由来となっているようだ。
ライダンは大剣をゆっくりと掲げながら述べる。
「言っておくが、俺は帝国最強の戦士だ。お前みたいな男には絶対に負けない」
「御託は結構。さっさと仕掛けてくるといい」
私が応じた次の瞬間、ライダンが跳びかかってきた。
身体強化の魔術を用いているらしく、異様な加速で迫ってくる。
「ウオラァッ!」
ライダンは大上段から大剣を振り下ろしてきた。
重量をものともしない速度の斬撃だ。
私は軌道を見切って横に躱した。
大剣が地面に炸裂して深々と突き刺さる。
素早く引き抜いて追撃するには不可能だろう。
私は若干の距離を取って拳銃を発砲する。
ライダンは大剣の盾に弾を凌いでみせると、地面を割りながら大剣を振り上げた。
礫が散弾のように襲いかかってくる。
私はナイフで弾いて防御する。
一部が手足や胴体に命中するも、大したダメージではない。
精々が痣になる程度である。
(大剣の欠点を把握しつつ、それを囮に攻撃を畳みかけてくる。愉快な兵士だ)
ライダンはひたすら休まず仕掛けてくる。
そこに焦りや動揺はない。
まだ色々と戦い方がある証拠だ。
己の底を見せずに、逆に私の限界を引き出そうとしている。
その上で抹殺して王国軍を屈服させるつもりなのだ。
(面白い、上等だ)
繰り出される斬撃を避けながら、私は不敵に笑う。
軍隊同士の戦いも良いが、こういった趣向もたまには悪くない。
この決闘を制して、帝国軍を支配してやろうではないか。




