第16話 独裁者は戦争国家を完成させる
王国の支配は順調だった。
洗脳した貴族が、己の領地で戦争の準備を進めてくれていた。
加えて召喚魔術に必要な材料を献上してくるので、それによって軍備を拡張できている。
王都の戦力は凄まじい速度で強化されていた。
これで召喚魔術の材料に困らなくなった。
運搬を円滑にすればまず枯渇しない。
しかし、召喚のための魔力不足は未だネックだった。
材料ばかりが集まっても、燃料となる魔力がなければ持て余すことになる。
このままではいけない。
私は会議を開いて対策を募った。
そして特に有効と思われる案をすぐに実行する。
まずは各地に収容された犯罪者を集めると、急造した倉庫に押し込んだ。
次に拘束された彼らからマインドコントロールで自我を奪い取る。
そして専用の装置で魔力を徴収できるようにした。
犯罪者達は身動きが取れないまま、家畜のような扱いで魔力を吸われ続ける。
それを苦痛に感じる心も失っているのが救いだろうか。
一人から確保できる魔力は微量だが、数を揃えることでカバーする。
倉庫は魔力工場と名付けて本格運用を開始した。
軍事施設の一つに位置付けて立ち入り禁止にすると、完全武装した部隊を常駐させておく。
これで不埒なことを考える者がいたとしても、簡単には侵入できないはずだ。
毎日のように犯罪者が運び込まれてくる。
それに合わせて魔力工場を大きくしていった。
召喚に使える魔力が各段に増えたが、それでも今後を考えるとまだ足りない。
供給源が犯罪者だけというのも不安定だ。
いくつもの手段を確立するべきだろう。
そこで王都の民からの魔力を集めることにした。
見返りとして少額ながら金を渡すと、人々は喜んで魔力を提供してくる。
初日から長蛇の列ができるほどだった。
基本的に魔力は用途が限られている。
日常生活では大して役に立たず、素質がある者でなければ微量すぎて使い道がない。
利用するにしても魔術を学ばなければいけないため、大抵の人々からすると無駄なエネルギーなのだ。
それを私が有効活用させてもらうことにした。
魔力募集の成果は上々だった。
常に人気なので国の資金がどんどん減っていく。
もっとも、それは些細な変化に過ぎなかった。
様々な権力者をマインドコントロールで手駒にしたので、いくら浪費しようと底を突くことはない。
放出した金は人々が使うので経済も回る。
このシステムを発表した女王の評価は露骨に上がっていた。
満足した人々は国に従順な態度を示す。
協力的になれば、ほぼ無償でメリットを享受できると知ったのだ。
今後も必要に応じて力を貸してもらうつもりだった。
他の魔力確保の手段として、私は国内の鉱山地帯に目を付けた。
魔力を発する鉱石を奴隷に掘らせて、それを王都に運ばせるようにしたのである。
既にその一部を召喚の魔法陣に使って効率化を図っている。
これだけやれば、さすがに魔力不足には陥らない。
女王による傀儡政治が始まってから二カ月が経過して、ようやく召喚魔術の安定化を達成したのだった。
無論、私は満足していない。
現時点でスタートラインに立ったようなものだ。
戦争を楽しむための工夫は無限にある。
ある日、私は地下の研究所に赴いた。
大幅な改築が為された研究所では様々な実験が行われている。
今や軍拡の要とも言える施設であった。
私は所内の各エリアを見て回っていく。
通常召喚の魔法陣は増設されていた。
材料と魔力の供給量が十分な域となり、現在は五つの魔法陣を稼働させている。
そのうち四つは通常召喚で、一つは勇者召喚――つまり特殊能力を持つ人間を呼ぶための設備だ。
召喚魔術の研究は最重要事項である。
正直、勇者になど興味がないが、術式としては最新型にあたる。
私が通常召喚と呼ぶのは旧型の没案だ。
召喚魔術のさらなる進化を考えると、勇者召喚を復元する必要があったのだった。
ただし勇者は一人も召喚していない。
無駄にコストがかかる上、混乱を生む危険性が否めないからだ。
特殊能力を持つ人間は何をしでかすか分からない。
即座に洗脳できればいいものの、失敗することも考えられた。
そもそも特殊能力を持つ軍隊などナンセンスだろう。
私はオカルト集団を作りたいわけではない。
銃火器や兵器で戦うことにこだわりたかった。
少人数での運用なら悪くないが、私が勇者召喚に依存することはまずない。
(そういえば、シェイラは能力を欲しがっていたな)
勇者ではない彼女は、元の世界と同じスペックで召喚されている。
自己主張が控えめで余計な感情を表に出そうとしない彼女が、最近は能力を求めていた。
ダリルに格闘術で負けたのがよほど悔しかったのだろう。
私もマインドコントロールには幾度も助けられているので、特殊能力の利便性はよく知っている。
もしもシェイラが何らかの能力を手にしたら、もはや敵無しではないか。
どんな力でも彼女のならば最適な形で使いこなせるに違いない。
色々と想像しながら歩く私は、探していた研究者を見つけて呼び止める。
「例の進捗はどうだね」
「ちょうど先ほど試作品が完成したところです」
「ほう、見せてくれ」
研究者は厳重に警備された一室に私を案内した。
分厚い扉を開くと、研究者は中央の台座を指し示す。
「こちらです」
台座には金色の指輪があった。
表面と裏面にそれぞれ複雑な術式が刻まれて、小さな宝石がはめ込まれている。
これは私が研究させていた武器の一つで、通常召喚の魔法陣と連動した指輪である。
遠隔で召喚魔術を行使し、その場に呼び出せるという代物だ。
今まではこの研究所で揃えた武器弾薬を兵士に運ばせる必要があったが、この指輪を使うことで場所を問わない大量召喚が可能になる。
戦場での物資不足を解消し、最前線で追加戦力を補充できるのだ。
これほど素晴らしいことはない。
そろそろ出来上がる頃かと思っていたが、ちょうどいいタイミングで訪問できたらしい。
研究者は指輪を持ちながら説明する。
「試作品なので回数制限があり、およそ十回の使用で破損します。肝心の効力も弱く、大きな物体や人間は召喚できません。まだ実戦で使うのは厳しいかと……」
「いや、上出来だ。遠隔召喚ができるだけで戦術の幅が広がる。多少の欠点も我慢すればいい」
私は指輪を受け取って人差し指に着ける。
望む機能をすべて搭載しているわけではないが、そんなことはどうとでもなる。
試作品でこのレベルならば文句はない。
改良次第で欠点を減らしたバージョンも作れるはずだ。
指輪を台座に戻した私は研究者に命じる。
「七日後に出発する。それまでになるべく多く用意しておけ。私が実戦でのデータを取ってこよう」
「戦争に向かわれるのですか?」
「そうだ。王国軍は万全の状態だ。手にした力を世界中に知らしめなくてはならない」
私は微笑のままに頷く。
胸中から溢れるこの喜びは隠しようがない。
こうして自由に敵を選んで戦争ができる状況は、何よりも幸福であった。
私にはそれを満喫する権利がある。
骨の髄まで存分に味わっていこうではないか。




