五一話 究極のイエスマン
『おいっ、茶を持ってこい!』
今は亡き店主の声が廊下に響き渡った。
もちろん店主が生き返ったわけではなく、ルピィが店主の声を出して店員を呼びつけただけだ。
今となっては、部屋の中に争いの痕跡は残っていない。
椅子に座って瞑目している店主の姿は、眠っているだけのようにも見える。
そう――これこそがルピィの妙案だ。
店主の死亡を偽装することにより、〔僕たちと別れるまでは生きていた〕というアリバイを作るわけである。
切断した首は治癒術で仮止めしているだけだが、一時的に店員の目を欺く程度なら問題は無いはずだ。
時間的余裕があれば、店主の顔の型を取ってルピィに変装してもらうという手段もあったが、遅々としていると本物の視察官が来訪してしまうかも知れないのだ。
「――失礼します」
お茶を持ってきた店員。
この店員は、商会を訪れた際にウルちゃんに掴みかかろうとしていた男だ。
あの様子からすると、この男もウルちゃんを日常的に虐めていた可能性が高い。
ウルちゃんにだけお茶を出さないことにも苛立ちを覚えるが、これ以上事態をややこしくする訳にはいかないので手出しは厳禁だ。
「ゲック様……?」
むっ、これはいけない。
黙ってお茶を置いてくれれば問題無かったのだが、ピクリとも動かない店主に不審感を持ってしまったようだ。
当初の計画では、店員が退室する際に僕たちも席を立ち――『おい、客人をお見送りしろ!』と店主の生存を印象付けつつ退散する予定だったのだ。
店主が全く動かない上に顔色が悪いことがいけなかったのか。
そう、まるで死んでいるかのようだ……!
……さて、怪しまれている以上は仕方がない。
もしもの時の為に準備しておいた、第二プランに移行するとしよう。
この第二プランは僕の発案によるものだが、ルピィも『アイス君は目の付け所が違うね!』と絶賛してくれたプランだ。
僕は店員に気付かれないように、テーブルの下で合図を送る。
合図を送った相手は他でもない、僕の足元に隠れ潜んでいたマカである。
マカは了解を伝えるように――ビシッと僕の足を尻尾で叩く。
正直ちょっと痛いのだが、マカに働いてもらう以上は文句など言えない。
「どうしたんですかゲック様……?」
店員の不審感が高まっていく中、テーブルの下でマカが動き出す気配がした。
ふふ……男の不審はすぐに拭い去られることだろう。
要するに、店主の死体が微動だにしないから怪しまれてしまうわけだ。
ならば解決策は簡単だ――そう、死体を動かしてやればいい!
――ビクッ!
「うぉっ!?」
店主の身体が突然ビクッと動いたことで店員が驚きの声を上げた。
死体が動いたカラクリは単純だ。
他でもない、テーブルの下でマカが〔雷術〕を行使したのだ。
雷術を検証した結果、電気刺激で筋肉が収縮運動を起こすことは分かっていた。
そこで、マカが死体に電撃を流して筋収縮を起こさせることで――店主が生きているかのように見せかけているというわけだ。
死後硬直が始まっているような死体なら難しいかも知れないが、今回は死にたてホヤホヤの死体なので問題は無い。
荒業であることは否めないが、実際のところ期待以上の成果が上がっている。
電気刺激により店主は『うんうん』と頷くように首を動かしているので、とても死体であるとは思えない。
――ビクッビクッビクッビクッ!
んん?
ちょっと動かし過ぎではないだろうか……?
少し動かすだけで良いと伝えたはずなのに――過激なコンサートのファンのように激しくヘッドバンキングしている!
まさか、あのニャンコ……死体を動かすのが楽しくなっているのか!?
「ブフッッ……」
ルピィが堪えきれなくなったように吹き出した。
何がそんなに面白いのか、女性らしからぬ笑い声を上げて爆笑している。
「ゲ、ゲック様!? だ、大丈夫ですか?」
ま、まずい……これはまずいぞ。
うんうんと高速で頷いているが――この店主、同意し過ぎである!
「身体が……いてっっ!?」
激しくノリノリな店主を心配したのか店員が店主の身体に触れるが、電撃の洗礼を受けて手を放した。
絶え間なく電撃が流れているので感電するのは当然だ。
しかし店員が痛みで手を放した直後――コロン、と店主の首が転がり落ちた!
「うわぁぁっ!」
突然のポロリに驚いたのだろう、店員は店中に聞こえるような絶叫を上げた。
うむ、あの首の揺れ方はおかしいと思っていたが、やはり軽く仮止めしただけでは耐久性に問題があったようだ。
ルピィは笑い過ぎて呼吸困難になっているが、これは笑っている場合ではない。
早急に手を打たねばならない緊急事態だ。
かくなる上は、あの手を取るしかない。
僕は大きく息を吸い込む――
「人殺しだぁぁ……!!」
僕は殺人現場の目撃者よろしく大声を上げた。
そしてそのまま――店員に向けて指を差す!
殺人犯扱いされた店員は「えぇっっ!?」と動揺して固まるが、その間にドタドタと店の人間が集まってきた。
絶叫を聞いて駆けつけた彼らは絶句している。
首がポロリンしている店主、そんな店主の近くに立っている店員、そして店員を糾弾するように指を差している僕。
僕は駆けつけた人間の意識の空白を見逃さない。
「この人が店主さんに触れたと思ったら首が落ちたんです!」
当然、正直者の僕は嘘を吐いたりはしない。
ありのまま起こったことを正直に話すのみである。
意識の空白地帯に僕は一方的に情報を送り続ける。
「この首の鋭利な切り口……もしかしたらこの人は切術が使えるのではないでしょうか?」
無論、店員が〔切の加護〕を持っていることは僕の眼で確認済みだ!
清廉潔白な僕は、嘘を吐くことなく男を追い詰める。
実際のところ、切術は紙を指で綺麗に切断するくらいのことしか出来ないのだが、わざわざそんな事を口に出したりはしない。
『たしかアイツ切持ちだぞ』
『ゲック様の悪口をよく言ってたな』
実際に男が〔切持ち〕だったことが僕の発言の信憑性を高めているのか、人々は口々に男を追い詰めるような証言をしている。
うむ、犯人だと思って見れば犯人に見えるということだろう。
まったく……思い込みの力とは恐ろしいものだ。
もはや切持ちの男は立派な殺人鬼へと成長を遂げてしまっている。
「ま、待っ……」
切持ちの男が弁明の言葉を発しようとしたのか、人々に近付いた直後――ルピィが男に襲い掛かった。
笑い転げていたルピィだが、いざ動き出してしまえばその動きは迅速だ。
疾風のような動きで距離を詰めたかと思えば、男が戸惑っている間にロープで身体を拘束している。
あっという間に、口に猿ぐつわまで噛ませているという早業だ。
「危ないところだったね。コイツは捕まえたからもう安心だよ」
「は、はい、ありがとうございます!」
ルピィが人懐っこい笑みで女性店員に声を掛けると、顔を赤らめた女性が嬉しそうにお礼を返している。
ルピィは中性的で容姿が整っているせいか女性にモテる傾向がある。
そんなルピィが颯爽と助けてくれた上に親しげな笑顔なのだから、女性店員の心がガッチリ掴まれているのも無理からぬことだろう。
しかしルピィの人心掌握術は仲間ながらに恐ろしい。
冷静に考えれば猿ぐつわまで噛ませる必要は全く無いのだが、自然な流れで男の反論を封殺していることも恐ろしい。
だが、感心してばかりもいられない。
このまま僕らがここに残っていると、じきに本物の視察官がやって来るはずだ。
それに殺人犯を警察に引き渡したとしても、司法機関が正常に働いていれば〔裁定術〕による真偽判断が行われることになる。
ウルちゃんを苛めていた人間がどうなろうとも興味は無いのだが、遠くない未来にこの男の冤罪が晴らされることになる可能性は高い。
ここは場が混乱している内に立ち去るのが賢明だ。
「これでは視察どころではありませんね。日を改めて出直すことにしますよ」
大騒ぎしている店員に声を掛けて、僕は相手の反応も待たずに歩き始める。
店の人間としては警察が到着するまで関係者を帰してはいけないはずだが、僕たちが大商会の人間のように振る舞っていたこともあって呼び止める声はない。
もちろん、「彼女からは聞きたいことがあります」と告げて、さりげなくウルちゃんを連れ出すことも忘れない。
それにしても……魔大陸に上陸した初日から波乱万丈な一日だった。
今日は働き過ぎたので、商会を出たら宿を取ってのんびりするとしよう。
明日も夜に投稿予定。
次回、五二話〔次なる一手〕




