百十一話 伏魔塔
西塔の中は想像より整然とした空間になっていた。
第五軍団の本拠地らしいが、研究所という単語に嘘偽りはないみてぇだ。
なんだってこんな所を軍団の本拠地にしてやがるんだ……?
あちこちに用途がよく分からない器材や、資料の束が積み重ねられているが、見渡す限り、一階には人っ子一人いない。
「上の方で大勢の人間がいる気配がするね。戦いやすい場所で待ち受けてる、ってトコかな。西塔の外で待ってなかったのは、屋内の方が〔影術〕を活かしやすいからだろうね。ふふっ……ムダなことをするなぁ」
たしかにこの場所は、戦闘に向いているとは思えねえ。
そして上に敵がいることが分かってるなら、西塔に火を点けるなんて手もある。
だが無関係な人間が、捕まっている人たちが、西塔にいるかもしれないのだ。
軽率なことはできねぇ。
なによりルピィの姐さんたちは、アイスの兄さんを暗殺しようとした連中に激怒している。
直接手に掛けなければ、気持ちが収まらねぇことだろう。
「……ん? この塔、地下に空間があるね。どれどれ…………うん、ここに隠し階段だ」
ルピィの姐さんは塔に入って五秒も経たない内に、隠された地下室に気付く。
いったい何処に気付く要素があったんだ?
〔盗神〕の姐さんは知れば知るほど底知れねぇ人だ……。
――上層階に大勢の人間がいる気配がするという話だったが、まずは地下から探索することとなった。
地下に伏兵が隠れていれば、上で戦ってる最中に背後を突かれる可能性もある。
団長や姐さんがそれぐらいでどうこうなるとは思えないが、油断して得することは何もねぇ。
一階のどこか清浄な空気から一転して、地下へ降りる階段はジメジメしていて空気が腐っているような印象を受けた。
吸い込む空気にも毒があるような気がしちまうのは、薄暗い階段にわしが不安を感じているからだろう。
階段を降りた先の地下には、予想以上に広い空間が存在していた。
ぱっと見の印象では、〔診療所〕のように見える。
地下ということもあり、薄暗く湿気が高いので、非合法な闇医者の診療所といった雰囲気だ。……職員らしき人間の姿はない。
だが、地下室の奥には牢屋があった。
それを最初に見た瞬間、牢屋には生きている人間が一人だけで、あとはそれぞれの牢屋に死体がみっつ転がっていると思った。
だが……その死体は生きていた。
わしらが地下に降りてきても一顧だにしない。
あまりにも無反応だったから、死体だと錯覚しちまったんだろう。
まだ若い少女とも呼べる女性たちだが、まるで生気が感じられない。
……この子たちの境遇を考えると、胸の内に怒りとやるせなさが湧いてくる。
「――あんたら、この塔の人間じゃないね? 外で何か起きてんのかい?」
牢屋の四人の中の一人、元気そうなやつが声を掛けてきた。
伝法な口調だが、どうやら女のようだ。
厳重過ぎるほどに手足が拘束されている所からしても、捕まっていると聞いていた〔神持ち〕だろう。
一人だけ身動き一つ取れないくらいに拘束されているが、皮肉なことに一番生きているように見えるのが、この女だ。
「ボクらは反乱軍、かな? キミたちを助けに来たんだけど……無事なのはキミだけみたいだね」
「……おめぇさん、目ん玉ついてんのかい? 両手両足拘束されてんのに、どこが無事なんだよ」
体格の大きな女だ。
どこか既視感を覚えると思ったら、そうだ――ナスル王に似ている。
ナスル王、つまりは熊のような外見なので、猛獣が捕獲されているように見えちまう。
ルピィの姐さんは会話をしながらも自前の道具を駆使して――牢屋、手枷、足枷の錠前を次々に解錠していく。
その手際たるや、専用のカギを使って開けてるのと遜色ないぐらいだ。
「話が出来そうなのはキミ一人だけだってことだよ。……神持ちの女の子が子供を産む道具にされてるって聞いてたけど……この様子だと本当だったみたいだね」
「ああ……そういうことね。アタイも来たばっかりの頃、組み伏せられそうになった事はあったけど、喉笛を喰いちぎってやったらそれ以降は手を出してこなくなったよ」
喉笛を喰いちぎる……両手足が使えずとも、さすがは神持ちってところか。
それともそんな事をしたから、これほど念入りに四肢を拘束されたのもしんねぇが。……どっちみち男の方に同情の余地はねぇな。
「……ふぃーっ、ひっさしぶりに動けるようになったよ、あんがとさん。カギも使わずに大したもんだな、おめぇさん」
「これぐらいは大した事ないよ。捕まってたのはこの四人だけなの?」
「……他にも大勢いたんだけどな。自殺しちまったり、変なクスリ打たれたりして死んじまったよ。アタイはほとんど拘束された状態で、血ぃ抜かれて検査されたり、クスリ打たれたりしてたけどさ。あの子たちに比べれば幸せなんだろうね……」
牢屋から出されても、人形のように表情一つ変えない三人の少女たち。
わしはその子たちを見ていると、悔し涙を止められなかった――
――畜生どもがっ……なんでこんなひでぇことが出来るんだ!
こんなのは、こんなことは……同じ人間の所業じゃねぇ……!
「にゃぁぁ……」
不意にマカが寂しそうに鳴く。
わしはその鳴き声を聞いて無性に恥ずかしくなった。
こんな外道な真似をする連中と同じ人間だと思われることが――わしはたまらなく、嫌だった。
野獣の方がよっぽど上等なイキモノだ。
ここのやつらとは比べるにも値しねぇ。
わしだって褒められた人間じゃねぇが、この研究所の連中は外道だ。
……そうだ、こんな真似は人の道に外れている。
――わしは不意に気付く。
この研究所の存在にシーレイの姐さんは薄々感づいていた。
姐さんなら、もっと早くこの醜悪な所業を止められたんじゃねえのか?
……いや、疑惑だけで確証は無かったんだ。
それに……安全な場所にいるわしが、どのツラ下げて「他人の為に命を賭けろ」だなんて破廉恥なことが言えるのか。
しかもわしは、かつてそれと知りながら外道な盗賊団に在籍していた。
そのわしがシーレイの姐さんを非難するなんざ、考えるだけでも恥知らずなことだ。
「……そっか。慰めにもならないだろうけど、この塔にいるヤツラはこれから叩き潰してくるから安心してよ」
「えっ!? まだここに第五軍団がいるのかい? ……てっきり、もう全部終わったかと思ってたよ。もう三日もここに誰も降りてきやしないしね。悪いことは言わない、第五の軍団長たちとは戦わない方がいい。あいつらは、ろくでなしどもだが……強いよ」
捕まっていた姐さんの話では、研究所にいた神持ちのほとんどは第五の団長〔影神〕に捕らえられたらしい。
わしは直接見てねぇが、アイスの兄さんを襲撃しておきながら逃げおおせている男だ。
一筋縄ではいかない相手なのは間違いねぇだろう。
「大丈夫だよ〜。影神の手品のタネは割れてるし、なんといってもボクらはアイス君に鍛えられてるからね。…………本人は無自覚だけど、アイス君の訓練はとんでもなくスパルタだからねぇ……」
「んにゃぁ……」
姐さんの言葉に同意するように鳴くマカ。
その瞳は虚ろで虚空を見詰めている――マカにいったい何が……?
「そのアイス君ってのが誰だか知らないけど、アタイらは抜けさせてもらうよ。……まともに戦えるような身体じゃないしね」
「オッケ〜〜。別に戦力はいらないから問題無いよ」
ルピィの姐さんは軽く了承する。
捕まってた姐さんの言葉が嘘じゃねぇのは分かる。
年嵩の姐さんは受け答えするぐらいの元気はあるが、他の三人については歩くのもやっと、ってくらいに疲労困憊としている。
それも無理もねぇ。
……わしたちがここに来るまでに、三日も放置されてたらしいからな。
わしの部下たちが娘たちを王城の外へ連れ出して保護することに決めて、わしらは階段を登り始めた。
その最中、団長に疑問の声が投げ掛けられる。
「――さっきから気になってたんだけど、アンタひょっとして……クーデルンの関係者かい? アタイの知ってる〔王都の神官長様〕に瓜二つじゃないか」
団長が無視しそうな気配を感じ取ったのだろう、ルピィの姐さんがすかさず代わりに応える。
「関係者もなにも……ボクらのリーダーはアイス君、武神の息子――アイス=クーデルンだよ。ちなみにこの子は妹のセレンちゃん」
「なんだって!? ……ちょいとアタイらにも状況を説明しておくれよ」
西塔の一階まで戻ってきたが、敵側の動きがないということで――ナスル軍の事、武神を救う為にアイス=クーデルンがそれに加担している事を、ルピィの姐さんがざっくりと説明した。
「へぇぇ、そんな事になってたんだ、あの武神がねぇ……。それにしてもあの子、アイスちゃんはやっぱり生きてたんだ。カワイイ子だったけど、あれから十年以上か……いい男になってそうだねぇ」
王都出身らしい年嵩の姐さんは、当然のようにアイスの兄さんのことを知ってるみてぇだ。
「……ふふっ、キミが会う必要はないよ」
「なんだい……ツバ付きか。恩人の言葉なら仕方ないね」
あっさりと引き下がってくれた姐さんに、わしは心底から安堵した。
姐さんがアイスの兄さんに興味を示しただけで、団長とシーレイの姐さんから不穏な気配がしていたのだ。
ルピィの姐さんも笑顔で流しているようだが……目が笑っちゃいねぇ!
「第二の軍団長〔斧使い〕がさ、ボクらに向かって『お前らは王城で飼ってやる』とか、のたまってたんだよね。神持ちの女の子たちが拘束されてなかったって事は、あの子たちを慰み者にしてたのは……神持ちの軍団長たちって事かな?」
言われてみれば、今は虚脱した抜け殻みたいになっている子たちも〔神持ち〕だ。
ルピィの姐さんの言葉に唯々諾々と従っている様子を見れば、研究所に反抗する気力も無さそうだが、腐っても〔神持ち〕だ。
年嵩の姐さんみたいに拘束されてないのは不自然じゃねぇか。
神持ちを相手に力ずくで襲えるようなのは神持ちしかいないと考えれば、ルピィの姐さんの推測は的を外しちゃいねぇだろう。
「そうさね。……神持ちを掛け合わせた子供が欲しいとかでね。地下室に来てたのは、第二、第四、あとはこの西塔を根城にしてる第五の団長どもだ」
当然と言えば当然だが、〔剣神〕のネイズ=ルージェスは来ていなかったようだ。
あの人がそんな事をするような人には見えなかったが、少しホッとした。
剣神がここで行われていた所業を知っていたかは定かではないが、これ以上アイスの兄さんを悲しませるようなことは、断じてあっちゃあならねぇ。
――おそらくルピィの姐さんの質問も、剣神の関与を懸念してのことだったんだろう。
第三の〔剣神〕の名前が挙がらなかったことで、胸を撫で下ろしているように見える。
「その四人の内の二人はもう死んでるよ。第ニの斧使いは、盾で三十分くらいボコボコに殴られた後に死んだけど……第四の軍団長はジーレちゃんとフェニィさんが瞬殺しちゃったからなぁ……もっと苦しめてやれば良かったね」
「……そうか、死んだかい。アタイゃこんなナリしてるから見向きもされなかったけど、あの子たちにとっちゃ仇敵だったろうからね、少しは救われるだろうよ」
年嵩の姐さんは熊のような外見をしているだけじゃなく、襲ってきた相手を返り討ちにするくらいの人だ。
わざわざ危ない橋を渡ってまで手を出したくないと考えたのか。
姐さんはともかく、外道の神持ちたちが死んでいることを聞いても、他の三人には反応が無い。
得体の知れないクスリも投与されてたって話だ。
……人間らしい感情を取り戻すには時間が掛かるかもしれねぇ。
そんな抜け殻みたいな子たちを見ながら、ルピィの姐さんが提案をする。
「う〜ん、もう王城から避難してもらおうと思ってたけど、せっかくだし影神たちの最期を見てく? この子たちの気持ちに区切りをつけるのに良いかもよ」
『近くまで来たし、家に寄っていきなよ』ぐらいの気軽さだ。
当然のように年嵩の姐さんは難色を示す。
「アタイは良いけど、この子たちに戦力として期待してもらっちゃ困るよ? ……アタイだってまともに戦いの役に立てるとは思えないね」
「ふふっ、熊のお姉さんたちに戦ってもらう気は無いよ。ボクらだけで十分すぎるくらいだからね」
傲慢とも言えるくらいに自信を隠さないルピィの姐さん。
しかし……わしも似たようなことを思っちゃいたが、本人に直接『熊のお姉さん』呼ばわりは失礼過ぎるだろう……!
「ちょっとアンタ、誰が熊だよっ! 失礼な子だね、まったく……。まっ、たしかにこの子たちも、影神たちがくたばるところを見といた方が安心出来そうだ。あのアイスちゃんが王城に来てるなら、アンタたちが不覚を取っても何とかしてくれるだろうしね」
この姐さんに限らず王都出身の人間は、アイスの兄さんをまるで信仰対象かなにかのように、その強さを信頼している人間が多い。
ナスル軍に加入した兵士たちもそうなのだ。
アイスの兄さんは六歳の時には王都を離れたらしいが……そんなに小さいうちからそれほどの印象を植え付けるってのは只事じゃねぇ。
その頃の逸話を王都出身の兵士たちに聞いたが、どれもこれも信じがたいようなものばかりだった。
噂に尾ひれが付いてる気もするが、あの人のことだから有り得る気もしちまう……。
「――アイス君を介入させるつもりはないよ。研究所のことも話すつもりは無いから、熊姉さんたちも弁えておいてね」
冷然と断言するルピィの姐さんに、思わずわしも背筋を伸ばしてしまう。
だが、わしも思いは同じだ。
……この子たちには悪いが、人形のように生気を無くした悲惨な子たちを、アイスの兄さんに会わせる訳にはいかねぇんだ。
――そしてついにルピィの姐さんは『熊姉さん』と略してしまった。
そのうち『熊』とか呼びだしそうで不安が募る……。
「……アイスちゃん大事にされてんだねぇ。研究所のことは言わずに、ただ幽閉されてたって事にするからさ、この一件が片付いたらアイスちゃんに会わせてよ」
ルピィの姐さんの冷淡な態度に気を悪くした様子も見せずに、熊の姐さんは諦めきれないようにアイスの兄さんへの紹介を頼む。
「――さて、それじゃそろそろ、上の階にゴミ掃除にいこっか」
もちろんルピィの姐さんは取り合わない……!
事情説明に時間を食っちまったが、あまりのんびりもしていられない。
アイスの兄さんがこっちに来るかもしれねぇんだ。
向こうには、事情を把握しているレットの兄さんやフェニィの姐さんもいるから、多少は時間を稼いでくれるとは思うが……二人とも誤魔化すのが得意な人たちじゃねぇ。
期待はしない方が良いだろう。
あっちにはジーレ嬢もいるが、あの小さな子にはさすがに事情は伝えていない。
ジーレ嬢はアイスの兄さんと一緒なら何一つ不満は無いって子だから、あえて研究所のことまで伝える必要もなかったのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、百十二話〔風前の灯火〕




