中二の妹が、警察官に手を出した件
「ちょっと欲求不満なので、男の人狩ってきます」
「普通、それを兄に宣言する?」
三月の下旬。
春休みを満喫していた俺に、妹の柊木ましろは言ってきた。あたかも「ちょっと散歩してくる」みたいな平然とした声で。
「防犯ブザーは?」
「えーっと……はい、持ちました!」
ポケットの中からピンクの防犯ブザーを取り出して見せてくる。
いや、まあ、だから良いってわけじゃないが。
「そもそも行くな」
「えー、イヤですよ。だって私、欲求不満ですから」
便利な言い訳みたいに使う言葉じゃない。
薄い胸を張って、ちょっと自慢げな顔してる。でも、兄としてはよろしくない申し出だ。
「俺はましろの将来を心配して言ってるんだ。ましろがひどい目に合うのは嫌だし、逆に、ひどい事をする人になるのも嫌だ」
「こう見えても私、学校じゃあ優等生なんですよ?」
だからそんな心配はいりません、と元気いっぱいに続けた。
その笑顔に俺は言い返す。
「外国へ仕事に行った母さんと父さんは、帰ってきた時もましろに優等生でいて欲しいんだよ。男タラシじゃなく!」
「わ、私だってそんなバカじゃありません。少なくとも、兄さんと違って、お母さんたちがアメリカに行ったってことくらい覚えています」
外国ってぼかしたのにお見通しかよ。
しかし、困ったな。
このまま話し続けてもましろは一歩も引かないだろう。ただでさえそういうことに興味を持ち始める中学二年生。
俺だったら、可愛い子を探しに近所の女子はコンプリートしてくると思う。
まあ、実際はましろが可愛くて満足できたんだけど。
ましろが学校でも大人気なほど可愛いのは、兄としてよく分かってるつもりだ。
だからこそ、変な男を釣ってきそうで怖い。
「ううん……」
唸り声をあげながら色々考えた末、俺はいくつか制限を設けることにした。
俺がついていくって言っても断られるだろうからな。
安全、安心を第一に。
「わかったよ。行っていい。が、ルールがある」
ルールですか? と首をかしげるましろに向かって、俺は二本指を立てて突き出し、順に折っていく。
「一つ、俺より年下に限る」
「兄さんは高二なので、十六歳までですね」
「ああ」
こうして普通の会話をしていれば、かなり可愛いやつなんだが。
男を狩りに、ね。
胸中でため息をつきながら続ける。
「二つ、俺より良いやつに限る」
「そ、それは中々難しいですね」
「ましろお前……嬉しいことを」
「兄さん優しいですからね。でも、わかりました」
「守れるか?」
「もちろんです!」
「よし、じゃあ行ってこい」
「はい、いってきます、兄さん!」
いつものように元気いっぱいで俺の部屋から飛び出して行ったましろ。
静かになった部屋で呟く。
「大丈夫かなぁ……」
まあ杞憂に終わると信じて、俺は宿題でもやっていよう。ましろに勉強を教えるのに、俺ができないなんてことがあったら笑えないからな。
昨夜確認した限りだと、ましろの成績は全部5だ。
嬉しいような困ったような。
そんなことを考えつつ、机に座る。
ノートを開き、問題集をその上に。
さらさらとペンを走らせ、気がつけば半分以上終わっていた。
「ふぅ……」
壁時計を確認すれば、もうお昼過ぎだ。
早い。
勉強をしていると時間があっという間に過ぎる。
「そろそろ安否確認の電話を──」
ピンポーン
スマホを手に取ったところで、チャイムが鳴った。
鍵でも忘れてったのか?
まあ無事なら良いんだけど。
立ち上がって部屋を出る。早足で廊下を過ぎ、玄関のドアに手をかけたところで固まった。
あれ? 鍵しまってるじゃん。
もしかしていきなり家族に挨拶したい系の男でも連れてきたか。いやいや。ましろに限ってそんなこと。
すー、はぁ。
胸に手を当て深呼吸。
ガチャ、と鍵を開ける。
ドアノブを握る手にぐっと力を込めて、一息に捻る。
「妹に手を出したらタダじゃ──」
「柊木和人さん、ですか?」
「え、あ、はい。そうですけど」
俺を迎えたのは変な男……ではなく、どちらかといえば優しそうな男の人。
「あの、どちらさまで?」
本当は想像がついている。
青い制服。胸元のバッジ。無線。
マジであいつは……!
「申し遅れました。私、警察官の村瀬といいます。ましろさんを保護いたしましたので、交番まで引き取りに来てもらえますか?」
快晴の下を、村瀬さんと歩く。
通りすがりの人から「あの人なにやったの?」みたいな目で見られるが、やめてほしい。
やらかしたのは俺じゃない。ましろだ。
「着きましたね」
村瀬さんの言葉にただ頷く。
交番。
家から徒歩十分くらいの場所にあるここは、俺とは無縁のはずだった。学校の成績がどうあれ、捕まって連絡されたら終わりなのだ。色々と。
こんなところに保護されるなんて。
家に帰ったら説教だな。
と、そこまで考えて思い出す。
「あ、そういえば村瀬さん。ましろは何をやらかしたんですか?」
「それはですね」
ドアの前で立ち止まって尋ねてみる。
村瀬さんは、優しい風格のイケメンだ。
歳もそこまで行ってないように見える。
俺の質問を受け、困ったように頰をかく村瀬さん。
「ましろさん、私に対する接触……わかりやすく言えばボディタッチがかなり激しくてですね」
「……はい?」
思わず聞き返してしまった。
待て待て。
ボディタッチ? ましろが? 警察官に?
「抱きついてくるところまでは子供ですし、気にしてなかったんですけど、そこからさらにエスカレートしていって、色々とよろしくないことをですね……」
「も、もう大丈夫です。ありがとうございます」
バカなのかあいつは!
警察官にボディタッチとか頭どうなってるんだ!
「どうぞ……」
ドアを開けられ手で促される。
「ど、どうも」
頭を下げてから中に入る。
「あ、兄さん」
入ってすぐ、やばい妹がいた。
男狩ってくると言って警察官にちょっかいを出すようなやばいやつが。
とりあえず、
「バカやろう」
「痛てっ!」
脳天に軽くチョップ。
強めにできないあたり、俺もまだ甘い。
「ひどくないですか!?」
「どこもひどくない!」
「まあまあ、落ち着いてください」
苦笑いでなだめられ、俺は深くため息をついて落ち着いた。
しかしましろは目を輝かせ、
「あ、村瀬さん!」
「ど、どうも」
「懲りろお前は。もう嫌われてるから」
「うそ!?」
「そこまでは言ってませんよ」
またもや苦笑い。
いや、そこまで言わないとこいつは多分諦めないと思う。村瀬さんがいいなら別にいいんですけど。
視線を戻すと、小柄な妹は可愛らしくイスから身を乗り出してきた。
黒のセミロングが、ふわりと揺れる。
となりで村瀬さんが笑った気がしたのは気のせいか?
「でもでも、私兄さんとの約束、ちゃんと守りましたよ!」
「いやどこが!?」
俺より年下で良い人。
後者は当てはまるだろうが、前者は仕事についている時点で絶対に違う。
「どう考えても働いている村瀬さんと俺じゃ、俺の方が年下だろ」
「そうですか……? 昨日私に夜這いを仕掛けようとした兄さんと比べたら、村瀬さんの経験はまだ若いと思ったんですが……十二歳くらいかな、って」
「お前なんて失礼な……本当にすいません村瀬さん」
急いでましろを押しのけ、村瀬さんに頭を下げる。
しかし、返事がこない。
何かと思って首だけ上を向けると、そこには目を見開いた村瀬さん。
「あ、あの……?」
「夜這い……」
「ちが、あれは昨日の夜、こいつの成績を確認しに行っただけです!」
成績を訊いても、いつも通りでしたよ、としか言わないので実際に確かめに行ったのだ。
襲いに行ったわけじゃない。
「あ、もしかして村瀬さん興奮──」
「黙れっ!」
「痛てっ! 力入ってますよ兄さん!」
再びチョップ。
反射的だったので思わず。まあいい。
「ちょっといいですか」
村瀬さんに腕を掴まれ、外に引きずられる。
さすが警察官。俺と同じで力んでるのか、ちょっと強い。
「あ、村瀬さん……」というましろに俺は心配されてなく、寂しく数秒前に潜ったドアをまた通る。
「な、なんでしょう?」
天気は晴れ。
ただ、いつの間にか流れてきた雲が太陽を遮って、俺と村瀬さんを曇らせる。
さっきまでの苦笑いとは違い、なんとも言えない表情をしている。なんだ?
いや、きっと俺とましろに対する呆れの顔。
兄妹そろってどうしようもないなっていう。
その歪な笑みが呆れ──ではないと。
気づくのに時間はかからなかった。
「あ、あの……和人さん」
右手を下にして抑え、なんとも丁寧にお辞儀される。
「さっきは一人の警察官として保護しましたが、私の心はもうましろさんに奪われてます! だからどうか、彼女をください!」
「………………」
二十歳過ぎてるような人が、十四歳の女子を?
な、何を言ってるんだ村瀬さん。
「いや……あ、お断りします」
確かに優しいしかっこいいが、俺の直感がダメだと言っている。
その笑みが、怖い。
「そう……ですか。私、諦めませんので」
決意に満ちた眼差しを向けてくる村瀬さんに対して、俺はただ妹を守ろうと心に誓った。
好き同士の二人を、どんなに邪魔したとしても。




