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異界より流れ着きし嬰児《みどりご》達よ、衰えし皇国の新たな血になり給え

 日本で少子高齢化が重大な社会問題として持ち上がってから、既に三十年以上が経過した平成末期。

 僕は当時、県庁に務める地方公務員で、所属は「少子・高齢化対策室」だった。

 予算はそれなりにつく物の、取る施策はどれもこれも空回りの情けない部署だ。

 少子高齢化の原因は多岐に渡るが、バブル崩壊以後の経済の斜陽化、価値観の変容による未婚・非婚化の進行等が、代表的な物としてよく挙げられる。

 勿論、少子化は困るからといって、女性に出産を促す圧力をかけるのは論外だ。

 よって行政に出来る事は、出産・育児の環境を出来るだけ整える事位であった。

 当然に、目に見えた効果は乏しい。

 出生率向上とは別の対応策としては、移民の本格導入を提唱する意見が主に財界から挙がっていた。しかし、既存の日本人と、移民との間で発生するであろう文化摩擦を懸念する声も大きい。

 入れ替わり立ち替わりに対策室へ訪れる偉い人達の声は、どれもこれもとけどげしい物ばかりである。彼等に共通する認識は、我が対策室が「金食い虫の役立たず」という事だ。

 勝手な事をわめき散らす連中から責められ続けた職員は、次々と心を病んで休職状態となり、いつの間にやら、室長が空席のまま、採用から五年に満たない僕が室長代理になっている始末である。

 正直、僕も、いつまで保つか解らなかった。



 あの日、午後十一時にようやく仕事を終えた僕は、ガード下にあるおでんの屋台で、コップ酒を飲みながら愚痴を漏らしていた。


「何とかならんもんかねえ…… おかわり」

「お役人は大変ねえ」


 三十過ぎ位のおかみが、コップに酒を注ぎながら応じてくれる。

 頭は長い金髪で、顔立ちはハーフっぽく、割烹着が全く似合っていない。口調は静かで、落ち着いた雰囲気の女性だ。

 いつ来ても、客は他にいない。これで商売になっているのかと不思議に思うが、僕としては居心地がいい。

 半月ほど前に偶然見つけてから、仕事帰りにはここへ立ち寄るようになっていた。


「子供が生まれてこないと、県どころか国が滅んじゃうのは解ってるんだ。けど、どうしろと……」

「よその国から連れてくるのじゃ、駄目なの?」


 おかみが、首を傾げて僕に尋ねる。


「移民の事? あれは反対が多いんだ」

「どうして? 真面目に働いてくれるならいいじゃない?」


 外観通りに彼女がハーフなら、日本の移民導入には恐らく賛成の立場だろう。

 だが政府はともかく、世論はそれを警戒する論調が強い。


「まず、日本語を学んでもらう必要がある。生活習慣や倫理観も違う。昔から住んでいた人達とのトラブルは、どうしても出てしまうからね」


 互いの文化を尊重した上で受け入れよ、という「多文化主義」が、この国に限らず先進国の知識層が唱える主張だ。しかし、綺麗事ではなかなか済まないのが実情である。

 移民との摩擦で苦労するのは、共生を求められる末端の庶民なのだ。


「それなら、身寄りがない赤ちゃんを、よその貧しい国から引き取って来るとかどう? 子供が出来ないけど欲しい人が養子にして、日本人として育てれば大丈夫じゃない?」

「国際養子? 個人レベルや小さな団体でやる人はいるけど…… 大規模には難しいね」


 海外からの養子受け入れもまた、人身売買の恐れ等があり、積極的には行われていない。

 そも、国内の恵まれない子すら、養親は応募条件が厳しい事もあり、需要と供給のマッチングが順調とは言えない。

 また、容貌から一目で血が繋がっていない事が解る外国人の養子を、受け入れる人がどれだけいるのだろうか。

 環境さえ整えば、少子化対策と人道支援を兼ねた、悪くない案とは思うのだが……


「そうだなあ…… 子供が満載された、国籍不明の船が日本に漂着でもすれば、人道面から、否応なく受け入れざるを得ないとは思うけどね……」


 移民反対論者であろうと、送還先の不明な子供が大量に来れば、日本で受け入れて育てる事には反対しきれないだろう。

 また、施設で養育するというのも限度があるから、養親募集は条件を緩和して広く行う事になると思う。

 子供達に向けられる偏見に対しても、政府は必死に啓蒙せざるを得ない。


「それ位の事でもなければ、この国は変わらないよ」

「面白い事を考える人ね、あなた」


 荒唐無稽な空想に、おかみは感心した様子で、相づちを打ってきた。



 そんなやり取りがあった翌々日。

 あの事件は、何の前触れもなく起こった。

 全国各地にある神社仏閣の境内に、多数の乳児が遺棄されていたのである。

 一箇所につき数十名から百数十名で、人種的には白人と思われる。

 さらに、いずれの場所にも、頑丈そうな風呂桶ほどの大きさの木箱が置かれており、中には金塊が詰まっていた。形状はバラバラで、現在鋳造されている規格品ではない。養育費の趣旨と思われ、経済的に窮した末の棄児ではない事は明らかだった。

 乳児達は直ちに保護されたが、その数の多さから、乳児院や産婦人科/小児科病院では収容が間に合わない。各地の行政は、体育館や公民館といった公共施設を臨時の保護施設とし、また、保育士や看護師の有資格者をボランティアとしてかき集めた。

 処遇への不満や家庭の事情等で職を離れていた人、あるいは定年で引退していた人が大半なのだが、事態が事態なだけに、厚生労働省が有資格者の名簿を片っ端からあたり、何とか必要最低限の人数の確保は出来た。

 差し当たりの保護が一段落した頃、各地からの報告をとりまとめた政府からの発表を聞き、国民は改めて事態の異常さに驚く事となる。

 出現した乳児の総数は、全国でおよそ十万人というのだ。

 そもそも、どの様にこんな事が行われたのか。対象となった神社や寺院の一部では、防犯カメラが設置されていたのだが、録画には信じがたい光景が映し出されていた。

 地面に突如、多数の乳児達が現れたのである。

 防犯システムへのハッキングによるニセ画像への差し替えを疑う声もあったが、旧式のビデオテープによる防犯カメラを使っている処もあったので、その可能性はすぐに打ち消された。

 未知の自然現象か、SF的なテクノロジーによる物か。

 人為的な物なら、その目的は何なのか。

 乳児達は日本人ではない様だが、どこから来たのか。

 欧米や豪州等の白人主体の国からは、自国の行方不明者が含まれていないかという問い合わせもあったが、DNA照合でそれは完全に否定された。

 多くの謎が解消されないまま、人道上の観点から、子供達の保護体制については異例のスピードで整えられた。

 そして事件の発生から一週間後、政府による事態への対策が発表された。


 いかなる事情であれ、子供達の保護は、事件の発生国である日本が責任を持たねばならない事。

 全国に多くある、少子化による統廃合で廃校となった学校施設を、乳児院として活用する事。

 乳児院の従事者はボランティアではなく公務員として採用し、相応の給与を支払う事。

 子供達と共に置かれていた金塊は拾得物扱いとし、持ち主が現れなかった場合は、保護・養育の原資として活用する事。

 今回の事態に対する調査は、刑事事件、自然現象等、あらゆる可能性を想定して、警察、各省庁等、公的機関が連携して行う事。

 以上の対策は、自治体ではなく、国が直轄して行う事。


 方針が示された事で、奇怪な出来事に不安を募らせていた世論はひとまず落ち着きを取り戻し、様子をみようという雰囲気となった。

 ここまでの時点では、僕は屋台で話した事をすっかり忘れており、妄想が現実になったという想いは全く抱いていなかった。



 政府による方針公表の翌日。

 出勤した朝一番、知事室へ呼び出された僕は、唐突に、目的を説明されないまま、すぐに東京へ出張せよと命じられた。内容は機密という。

 先日の乳児大量遺棄に関わる何かのスタッフとして、僕が選ばれたのであろう事は察しがついた。機密と聞いて何をさせられるのかと思ったが、知事から直々の業務命令には従うしかない。

 新幹線で品川駅まで出て、ロータリーで待っていた迎えの公用車に乗り込む。一時間半程かけて連れて行かれたのは、郊外にある学校らしき施設だ。

 ここも、子供の保護施設として転用された、統廃合された学校の一つだろうか。

 ただ、そういった用途にしては警戒が物々しい。SATの様な黒い戦闘服に、短機関銃を携えた警官が立っていた。

 建物の中で出迎えて来たのは、奇妙な格好をした集団だった。

 総勢で十三名の彼等は、紅一色のローブに、顔を完全に覆うかぶり物という、アニメのコスプレの様な服装である。

 世界中で大人気の超大作SF映画に登場する、邪悪な皇帝の周囲に侍る親衛隊に似た感じだ。

 何かの冗談か、新興宗教関係者か、それとも最新の科学的な装備だろうかと、僕は思わず身構えてしまった。


「ようこそ、御待ち申し上げておりました」


 横一列に整列した彼等の中心にいた一人が、挨拶と共にかぶり物を脱ぐ。

 現れた顔には見覚えがあった。何と、おでん屋台のおかみである。


「あなたは…… 何故、ここに?」

「子供達を日本へ連れて来たのは、私ですの」

「まさか……」


 僕は、呆然と立ち尽くすしかなかった。

 彼女の正体が、小惑星の激突を間近に控え滅亡寸前の異世界から、せめて幼子だけでも安住の地へ逃がそうと疎開先を捜していた、有史以来最高の賢者と称えられる大魔導師だとは、この時の僕は夢にも思わなかった。

 そして、屋台での僕の言葉こそが、彼女の決断を後押しし、日本、そして僕自身の運命を大きく変えてしまった事も……

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