霊感があるせいで、異世界賢者に取り憑かれました
秋葉原ならいざ知らず、埼玉のド田舎の駅前で宝塚の王子みたいな恰好したじーさんが立ってたら見ちゃうよね?
『おや、私が見えるのか?』
幽霊だと気が付いて、慌てて見えないふりをした時には遅かった。
『では、特別に招待してさしあげよう』
招待って、死者の国?やばいんじゃ……!
『開け、異界への門』
異界への門?
毒々しい紫色の高さ5mもあろうかという巨大な両開きの扉が現れ、あっという間に私の体は扉の中へと吸い込まれた。
「助けてー!」
という私の声は、埼玉には届かず。
「どうしたんだ?こんな森の奥で迷子か?」
見知らぬ幽霊に届いた。
見えない。聞こえない。関わらない。
声のしたほうを見ないように気をつけながら周りの状況を確認する。
森。
はい、駅前だったはずなのに森です。
「どこ、ここ……」
思わず漏れた独り言に、幽霊が反応する。
「うむ。本格的に迷子のようだな。ここはサンテラート王国の最南部に位置する幻魔の森と呼ばれるところだ」
聞こえないふり。聞こえないふり。
でも、しっかり聞こえた。サンテラート王国って何?!幻魔の森って何!
っていうか……。ちょっ、目の前の、目の前のぬめッとした濁った水まんじゅうみたいな質感の犬……何?
動いてるんだけど……っ!
「おや?スライムドッグか」
スライムドッグ?何の話よぉ!
まさか、異世界モンスター定番のスライムの、スライム?それが犬の形してるからスライムドッグとでもいうつもりなんじゃ……。
「嬢ちゃんは見るのは初めてか?犬みたいにかみついてくるから気をつけなさい。スライムといえども、犬のように走れるから逃げるなら」
スライムドッグとやらが、口をパカリと開いて地を蹴った。
「いやー助けてーっ!」
もう、この際幽霊だってなんだっていいよ!
助けてぇ~!
「逃げるなら木の上だよ」
木の上?
まじかぁ!木登りなんてしたことないのにっ。でも、人間必死になればなんとかなる……。
はぁ、はぁ、はぁ。
1mも登ればスライムドックから逃げられました。
ちょろいな。スライムドック……。
……いえ、嘘です。囲まれました。木の根元にスライムドッグが5匹もいるんだけど……。どうしたらいいの……涙目。
それにしても……。あの王子の恰好したじーさんっ!異界の門って、本気で異世界とか!ありえない!
日本に帰るにはどうすればいいの?やっぱりじーさん探して、もう一度異界の門とやらを開いてもらわないと駄目ってこと?
じーさん探さないと。
って、その前に、私、生きてスライムドッグから逃げられるんだろうか……。
「賢者と呼ばれていたころの私なら、魔法でちょいちょいと蹴散らすことができたんだが」
賢者?
「ワシ、ある時から仙人にランクアップしたようでね。空腹を感じなくなった。仙人は霞を食べて生きているっていうだろ?」
いえ、仙人じゃなくて、幽霊ですよ。
……もしかして、自分が死んだことに気が付いてない?
「食べなくても生きていられるのは便利だが、魔法が使えなくなって」
生きてないですから。
って、魔法も気になるけど、それより今は、
「魔法以外で、スライムドッグを倒す方法はないの?」
自称仙人な幽霊が小首を傾げた。
くぅっ。役に立たないっ!賢者とか言ってませんでした?賢者って賢い人だよね?いろいろ知ってるんじゃないのっ!
と、油断した一瞬。
1匹のスライムドッグが地を蹴り飛び上がった。
大きな口が、斜め掛けのカバンの底に食いつく。
「あー、カバンっ!」
慌ててカバンを引っ張ると、ビリリと嫌な音がして、カバンに小さな穴が開いた。
やだー、もうっ!
急いでスライムドッグがジャンプしても届かなさそうな高さまで木を登る。
「あれ?」
木の下を見ると、さっきカバンに食いついたスライムドッグが苦しそうに地面を転げまわっている。
「嬢ちゃんのカバンには毒でもいれてあるのか?」
失礼な。毒薬持ち歩くアラサー女子なんてどこのサスペンス女王だよっ!
「入れてあるのは塩だけですっ!」
あ、しまった。思わず幽霊に返事しちゃった。いや、もうとっくに会話してたっけ?
まぁ、どちらでもいいか。本人死んでる自覚ないから、取り殺されるだとか呪われるだとか大丈夫だよね?
「おお、塩な。塩。旅するときには必ず持ち歩くもんじゃからな」
いえ。お祓い用です。
低級霊なら塩巻けば寄ってきません。
のたうち回っているスライムドッグ、体から大量の汗を出して動かなくなりましたよ?
……えーっと、これは、まさか。
カバンの穴から塩を少し手に取り、ぱらぱらと他のスライムドッグに振りかけてみる。
全滅ですね。はい。
どうやら、スライムドッグはナメクジ系だったようで……。
「こ、これはすごいぞ!嬢ちゃんや!スライムドッグは火魔法もしくは物理攻撃で倒すというのが常識だったんじゃ。それが、塩で撃退できるとは!長年生きて来たが、初めて知ったぞ」
もう生きてないですけどね……。
「もしかして他のスライム系モンスターにも同様の効果が?実験せねばならぬな。そして研究成果をまとめて発表せねば。嬢ちゃんの名前も世に知られるぞ」
世に名をとかどうでもいいです。
「森を出るにはどちらへ行けばいいですか?」
「おお、そうだった。嬢ちゃんは迷子だったんじゃな。森の外まで送っていこう」
「ありがとうございます」
いくら相手が幽霊でも、害がなければ普通に接します。お礼もちゃんと言いますよ。
「ワシの名はヘルムガルドじゃ」
「私はアカリです」
本名は、佐倉野茜璃。
「アカリはどうして幻魔の森に来たんじゃ?」
「知らないおじいさんに、飛ばされました」
嘘じゃない。
日本からここまで飛ばされてきた。
知らないじーさんの幽霊に、異界の門とやらで。
「なんと、転移魔法の暴走かの?それは災難じゃったな」
転移魔法というのがあるのか。
「ヘルムガルドさんは、転移魔法は使えるんですか?」
「使えるぞ。いや、使えたな。仙人になってからは魔法が使えなくなって」
そういえば、そういっていた。あれ?でも、異界の門を開いたのも幽霊だったよね?魔法じゃないの?あれはなんなの?
「そういえば、魔道具や魔法陣はどうじゃろうな。試したことがなかったな」
あれ?
もしかして、転移魔法というものを使えば、あのじーさん幽霊じゃなくても、日本に帰してもらえるんじゃない?
「試してみてくださいっ!あの、ヘルムガルドさん、私、家に帰りたいんですっ!」
「ふむ。じゃぁ、森の外へ送る前に、ワシの家にちょっと寄るかの。こっちじゃよ」
まさか、幽霊に手招きされて素直についていく日が来るとは思わなかったなぁなんて考えながら、ヘルムガルドさんについていく。
「そこじゃ。小さくてちょいと汚い家じゃがな」
ヘルムガルドさんにはどのように見えているのだろう。
そこには、朽ち果てた何かの跡があるだけで、家なんてない。
かつて家だったのだろう土台のようなものはすでにつる草に覆われている。
国破れて山河ありってことばをふと思い出した。人の営みの跡が月日とともに自然に帰っていく……。
って、いったいヘルムガルドさん……亡くなってからずいぶん時間がたっているみたいだけど、ずっと死んだことに気が付かずに森の中をふらふらしてる……んだよね……。
ドアを開けるしぐさ。棚なのだろうか?何かを探すしぐさ。
「ないのぉ。おかしいぞ」
うん。私の目にはドアも棚も何も見えない。見えるのは、地面に転がっているぼろ布。
へ?
ぼろ布の塊が、動いた?
「ああ!やはり、やはりここが大賢者ヘルムガルド様のお住まいで間違いなかったんですねっ!」
ぼろ布の塊からぬるりと汚い顔と手が突き出した。
うわっ。人かっ!
「おおそうじゃ。お前は何者じゃ?」
ヘルムガルドさんがぼろ布から現れた木の枝のようにやせ細った男に問いかけた。
……うん。もちろん聞こえてないよね。
霊感の強い私だから、ヘルムガルドさんの声が聞こえてるんだもん。
「それにしても、さすが大賢者様。もっとお年を召した方だと思っていましたが、このように若々しい姿をしていらっしゃるとは」
あー、それね。
確かにね。賢者だとか仙人だとかいう言葉や「ワシ」って言葉遣いには合わない容姿だなぁとは思っていたのよね。どう見ても20歳前後の青年の姿してるもん。幽霊だから姿が若返っている可能性もあるけど。
「そうじゃな。魔力が強いと肉体の成長が止まることがあるからの」
でも寿命はあったみたいですよ。
……でもって、二人は会話してるようで、会話は成立してませんからね?
男の目は私しか見てない。……つまり、さっきからこの枯れ木のようにやせ細った男は……。
「しかも、男性だとばかり思っていましたが、まさか女性だったとは……」
「いや、ワシ、男だけど?」
うん。だからね、ヘルムガルドさんのことじゃなくて……。
「私、ヘルムガルドじゃないですよ?」
そう。男の人には私しか見えてない。すべての言葉は私に向けられている。
「え?あ?ここは大賢者ヘルムガルド様の屋敷跡ではないのですか?」
「あー、間違ってはないです」
「では、ヘルムガルド様はどこに?」
『ここじゃよ、目の前におるではないか!』
ヘルムガルド様がちょっとすねたようにほほを膨らました。
「もう、何年も前にお亡くなりになっています」
『「死んだ?!」』
男とヘルムガルドさんが驚きの声を上げる。
『いや、ワシ、こうして生きているじゃろう?死んだ?……いや、何か忘れているような……』




