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荒野の復讐者

―――この国で生きなければならない者は悲惨だ。

 央歴一八九五年、レグノの戦史研究家シモネッタ・ガリバルディは自身の著書でそう述べている。二〇〇年前の内乱によって誕生したレグノの軍閥(ぐんばつ)による支配はかつて貿易と漁業で栄えた国を、その言葉に相応しいユーロネシア最悪の国家へと変貌させた。

 街の広場では毎日のように人間が吊るされ、白昼の街道では軍閥同士の紛争が起こり、深夜には(まつりごと)に携わる者が射殺された。

 この甚大な混乱を法喪失者(アウトロー)が見逃すはずもない。表舞台で居場所を失った者はそれぞれの目的のため、狂乱の土地に足を踏み入れた。



◇ ◇ ◇



 央歴一八九三年二月。彼がレグノで見せた最初の足跡はノルボ山脈がブースルスト村の小さな酒場だった。


 ある雪の降る夜、彼は国境を越えて酒場の扉を開いた。普段は閑散とした酒場だが、この日はちょうど降雪によって足止めされた人々で溢れかえっていた。

 彼もそのひとりであり、空いたカウンター席に腰掛けると、帽子にはりついた雪を叩き落としながら言った。


「適当な飲み物と食事を頼む」


 この手の酒場で提供される飲食物は、度数の高い蒸留酒を水と唐辛子エキスで薄めた『酒もどき』と、マカロニのトマト和えが相場だ。

 バーテンダーの手で置かれたショットをちびちびやっていると、新顔に目をつけたアウトローの一人が彼に語り掛けた。


「あんたも流れ者か?」


 彼は大きめのコートの袖でショットを持たない手を隠し、安っぽい革の帽子を深々と被っている。そして腰のホルスターに納まっているリボルバー。過酷なノルボの山岳地帯をこの軽装で抜けてきたのだから、同じく国を持たないアウトローだと推測するのは難しくない。


「俺はパラソ。あんた、名前は?」


 答えるまでもない。彼はそう言わんばかりに血のように赤い酒もどきを一気に飲み干した。馴れ馴れしい態度に気分を害し、肩掛けの鞄に手を突っ込むも折り悪くパスタが来てしまった事で退散するタイミングを逃してしまった。

 左手を袖に戻すと、フォークを掴む。

 彼がパスタに手を付けてもパラソは離れず、図々しくも隣の酔っ払いを蹴飛ばしてスツールに腰掛けた。


「礼儀がなってねえな。名前だよ名前! 聞かれたら答えろと親に習わなかったのか?」


「はぁ」

 ため息を一つ。彼は窓の外に視線をやった。


「ジョン・スノービレッジ(ユキムラ)


 リールランドの言葉を知っていれば偽名なのではないかと疑問に思っただろう。しかし、男は異国の言葉を知るはずもない。


「ジョン・“クソタレ(チューロ)”・スノービレッジ! スカした野郎め、ここいらはドン・アラゴギャングの縄張りだ。穏便にここを通りたきゃ、通行料を払うんだな」


 パラソが本性とリボルバーを見せると、背後に控えていたもう一人もまた拳銃を手にジョンを囲んだ。


 ドン・アラゴギャング。北部レグノに拠点を構える軍閥、ガリバルディ家が用心棒として雇っているギャングの一つだ。彼らに対して酒場の残飯を漁るネズミ以下の興味しかなかったが、その名乗りが幸か不幸か彼の興味を惹いた。


「ちょうどいい、聞きたいことがあるんだ」

「金の方が先だ」


 ジョンがナプキンでトマトソースを拭うと、その瞳に雪が降る外気よりも冷たい光が宿った。


「金を出せ!」


 撃鉄が起きる音と同時に銃声が轟いた。崩れ落ちたのはパラソの相方。ジョンが袖に隠している左手からは硝煙が立ち上っていた。誰が撃ったのかは明白だ。


「この野郎ッ!」


 パラソが咄嗟に引き金を引くが、弾は発射されない。それもそのはず、彼の獲物は引き金を引くだけで弾が出る最新のダブルアクション方式ではない。撃鉄を起こさなければ高価で短い棍棒だ。


 脅すだけで撃つ必要はないと慢心した結果、最悪の状況を生み出してしまったのだ。


 ジョンは軽々とパラソの手からリボルバーを奪うと、硝煙の臭いが漂う左手を向けた。袖の中の暗闇からは二つの銃口が顔を見せていた。


「デリンジャー……!」

 拳の内側に収まる文字通りのハンドガン(拳銃)。その小ささからくる劣悪な精度と射程も、この距離では問題にならない。パラソは理解した。あの瞬間、ジョンが鞄に手を伸ばしたのは財布を開くためではない。これを取り出す為だったのだ。


 カチリ。小さな悪魔が笑みを浮かべる音がパラソの耳にはっきり届いた。


「話を聞きたい」

「もっ、もちろん。問題は話し合いで解決するべきだ。な?」

 形勢逆転。銃を向ける側から向けられる側となったパラソは、ジョンの言葉に頷くよりほかなかった。


 屍が他の客に略奪される様子を横目にしながら、ジョンはカウンターに二枚の紙を置いた。魔力投影によって作られた写真だ。紙にはそれぞれリールランド系の男が描かれており、パラソの目には貴族の類が好んで投影させる肖像画の切り抜きに見えた。


「こいつらを知らないか?」

「単に知らないか? なんて聞かれても……」

 そう言うとジョンが左手を向けるのだから、パラソは生きた心地がしない。


「なっ、名前! せめて名前を教えてくれたら、何かわかるかも!」

「もう私が知る名は名乗っていないだろう。ただ、こいつは……」

 ジョンは貴族らしく整えられた立派な口髭を持つ男を指差した。


「アダム・リンカーン。口がうまい大ぼら吹きだ」

「いや、知らねえ」


 その程度で彼は表情を変えたりはしない。続いてもう一人、寒気のするような笑みを浮かべた痩せ型の男を指差した。


「ヘンリー・ルメイ。殺すことだけが趣味の異常者。のたれ死んでいなければ、奴は必ず殺しをしているはずだ」


「……知らない」

 写真の顔と殺しというワードがパラソの脳がある人物を導き出した。しかし、言えない。言えるはずがなかった。


「答えろ」

 再びジョンの瞳に殺しの光が宿る。今撃たれて死ぬか、あとで八つ裂きにされて殺されるか。どちらにせよ殺される事に変わりはないが、人間は確定していたとしても死から一秒でも長らえようとする生き物なのだ。


「キル・カーチス、『(からす)の息子達』の用心棒だ」


 『鴉の息子達』。その名はジョンの旅路でも耳にする機会が多かった。ある時は自分達以外を殺す略奪集団。またある時は儀式に処女の腹わたを食らう異常者集団。聞くたびに噂の内容は違い、共通点といえばレグノを支配する軍閥の一つであるという点と、どの噂も常軌を逸した話ばかりという点だけ。ジョンも尾鰭(おひれ)のついた噂話と聞き流していた。


「『鴉の息子達』とやらはどこにいる?」

「勘弁してくれ、あいつらの話はしたくない」

「もう一度だけ聞く。『鴉の息子達』はどこだ!」


 立ち上がったジョンの袖がずれ、撃鉄の起きたデリンジャーが露わになった。引き金を撫でただけでも弾が吐き出される状態。小心者のパラソはついに口が滑ってしまった。


「奴はついこの間ラルゴに現れた! 殺しだよ、五人殺してドロンしやがったんだよあいつは! ……勘弁してくれ、連中とは関わりたくねえんだよっ」

 研ぎ澄ました(やじり)のような眼光がパラソを貫く。用済みとあらば撃たれるか? 永遠にも感じられる五秒が過ぎた。


「ありがとう」

 ジョンはそう言って鞄の財布から飲食物の代金と迷惑料含めたチップをカウンターに叩き付けた。


「毎度」

 パラソが真横を通り過ぎたジョンを振り返ると、外の雪は止み、窓からは朝日が差し込んでいた。


「くそっ、なんてこった」

 助かったのだ。ふと自分の獲物を探してみれば、いつの間にかスツールの足元に転がされていた。油断している今が好機とその背を追おうとも考えたが、あの狡猾な男だ。返り討ちに遭うかもしれない。そう考えると、小心者が飛び出せるはずもない。怒りを心に、拳銃をホルスターに収めた。

 そんな負け犬に出来るのは、やけ酒ぐらいなものである。


「くそったれ、酒を出せ! 薄めるなよ!」

 バーテンは無言で頷くと、望み通り混ぜ物なしの蒸留酒が注がれたショットをパラソに寄越した。彼は一息にそれを胃に流し込む。


「災難だったな」

 その時、背後から馴れ馴れしく声を掛けられた。すこぶる機嫌の悪い彼が癇癪を起こさないはずもなく。


「黙れ! 俺は今……!」

 彼の言葉はナイフによって遮られた。腎臓に突き刺さった一〇センチの刃はパラソに激痛と出血、そして死を与えた。

 血に汚れたシャツ以外剥がれた冷たい体の隣に、新鮮な死体が転がされた。


「おい」

 農民風の男がバーテンに言われると、はっと気付いたようにパラソの死体からガンベルトごと拳銃を奪い、カウンターに置いた。


「毎度。畏怖の父の導きあれ」


 音もなく男が立ち去ると、客達が我先にとパラソから服や持ち物を奪い取った。まるで糞に群がるハエのように。


 レグノ。かつて隣国の支配から解放された国は、先人の意志を継ぐ者達によってこの世の地獄と化していた。

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