聖剣探しの剣聖と偽聖剣十五号
剣聖スヴェンの目覚めはすこぶる悪い。前の晩に呑んだ時は尚更だ。
「……ぅ、あーーーー」
ベッドに射し込む日光を受けながら、呻く。無精髭を生やした顔の血色は悪い。ボサボサの黒髪と生気の抜けた表情は、アンデッドのようにも見えた。
「ようやく起きましたか、剣聖さま」
その姿を呆れた表情で見下ろす少女が一人。
「ぁ……おはよぅ、イコちゃん」
「おはよう、じゃありません。もうお昼です」
「えー、このくらい、まだ朝でしょお……」
イコと呼ばれた少女は問答無用、と布団をひっぺ返す。
部屋に風が巻き起こり、イコの煌びやかな銀髪が靡いた。窓から射し込む柔らかな日差しが、その青い瞳を淡く輝かせる。
「ほら、朝ごはん出来てますから。顔洗って来てください」
「ふぁ……はいよー」
まだ子供らしさを残す少女に窘められ、どう見ても三十過ぎの中年がのそのそと身体を起こす。その光景は、母と息子のやりとりに、よく似ていた。
「ぷはーーーー」
どうして呑んだ翌朝のシジミ汁はこんなにも美味いのか。スヴェンは思う。
一口啜るたびに、頭の中に巣食う重たいものが洗い流されていく。道場でやらされた精神統一よりも、余程冴えるような気がした。
「いやー、コレ飲むたびにイコちゃんいて良かった、って思うよ」
スヴェンの心からの笑みを、しかしイコは冷たい顔で返した。
「私はコレ作るたびに何で剣聖さまについて行っちゃったかな、って思いますよホントに」
溜め息を吐くが、スヴェンの笑みは崩れない。それどころかご機嫌な様子であった。
「それ食べ終わったら出かける支度してくださいね」
「え、何で? 今日はフリーでしょ?」
「今朝、予定ができました」
あれだけご機嫌だったスヴェンの顔が、一気に苦い表情に変わる。
「『勇者』を名乗る男が、国王陛下に謁見を求めています」
「俺、今日酒場のケリーちゃんとデートなんだけど」
「ご安心を。昨晩断っておきましたから」
「……わー、優秀な従者を持ってボク幸せだなあ」
「それほどでも」
「皮肉だよ!?」
「ご覧下さい、この刃の輝きを!! これこそまさに、噂に名高い伝説の聖剣そのものなのです!!」
王宮に男の芝居掛かった声が朗々と響く。豪奢な鎧に身を包む、金髪の青年。その手には、白銀に煌めく刃と青い宝玉を持った一振りの剣が握られている。
玉座に座る王は、その剣を冷ややかな眼差しで見つめた。
「見た目だけなら、幾らでも作りようはある」
「この輝きを偽ることなど、不可能です」
「輝きの真贋など、この眼に見分けることはできぬ」
歌劇のような、空虚な言葉の応酬だけが何度も繰り返される。停滞した雰囲気が、玉座に満ちようとしていた。
「だから、分かる者に見極めさせるのだよ」
その停滞を破ったのは、門の開く音だ。
「剣聖スヴェン様、ご到着です!!」
現れたのは、一枚の布を帯で結んだような、奇妙な白い装束に身を包んだスヴェンだった。
東方の伝統的な衣装をモチーフにしたというそれは、剣聖の正装となっているものだ。
そしてその隣には、神官服に身を包んだイコが並ぶ。
「あ、どもっすーってガハァ!?」
「王の前ですよ」
その気品をぶち壊すようなスヴェンを、イコは盛大にスパーン! と引っ叩いた。跳躍からビンタまでの流れるような動作は、無駄に美しい。
「国王さま、失礼しました。このアホ剣聖さまが御無礼を」
「ははは、二人とも壮健なようで何よりだ」
張り詰めた空気が一気に弛緩した。男も自分が緩むような感覚を覚えて、慌てて取り繕う。
「これは珍しい。ここ数年は聖剣探しに奔走されていたと伺っていますが」
男は笑みを浮かべる。ニヤリ、と意地の悪い、侮蔑の混じった笑みだ。
「あーうん、そうなのよ。もうじき魔王復活するでしょ? なのに勇者も聖剣も見つかってないいもんだから大慌てでさ。この前も噂を聞いてフランベルまで行って、帰ってきたの昨日よ」
まるで世間話のような気軽さで、スヴェンが答える。挑発を完全に受け流された男は少しムッとした表情に変わった。
「……では、おめでとうございます。聖剣と、それを手にする私がここにいるのだから。貴方のお役目は、終わりです」
ふーむ、とスヴェンは顎に手を添えた。髭ひとつ無いつるりとした感触に、少しだけ違和感を感じる。しかし隣のイコが「せめて王様の前くらいはしっかりしてください」と言ってくるのだから仕方がなかった。
「まあ、取り敢えず『権能』見せてよ。聖剣なら、あるでしょ?」
男は待ってましたと言わんばかりに、口を大きく歪ませた。
「ええ、いいでしょう!! 刮目してご覧あれ、我が聖剣の力を────『聖剣よ、その身を二つに分かて』!!」
その瞬間、手に持つ聖剣の刀身が眩ゆい光を放った。陽の光とも灯火の明かりとも違う、白く強い光だ。
そして、玉座を包んだ光が収まった瞬間、男の両手には、それぞれ同じ姿の聖剣が握られていた。
「これぞ我が聖剣の力──『分身』の権能で御座います」
王は少し考え、横の家臣に目を向けた。そこに、喜びや驚愕の感情は見えなかった。
「今の権能、聖典にあるか」
「はっ。英雄聖典三章二節に「『その身を二つに分かて』と勇者が願うと、たちまち聖剣は二つに分かれ、勇者の両手に握られた」との記述があります。聖剣の権能に間違い無いかと」
「ふむ。剣聖スヴェンよ。そなたはどう見る?」
勝利を確信した男に対し、スヴェンは相変わらず気の抜けたような顔付きだ。
しかし、眠たげな瞼の裏から見える眼光は、鋭い。
「あー、じゃあ質問だ。そのパチモン、誰から貰った?」
「なっ──」
男は絶句した。
「き、貴様は何を見ていたのか!? 今の光! この手にある二振りの聖剣!! 間違いなく聖剣の権能だ!!」
「ああ、見せてもらったよ。『ひとつだけ』な」
「ひとつ、だと?」
「聖剣の権能は全部で九十九あるんだよ。どうせ、その剣『分身』しかできないんだろ?」
「ッ!!」
「何で知ってるかって? 同じようなのを幾らでも見てきたからだ」
スヴェンが目配せすると、兵士達が壁に掛けられたヴェールを取り除いた。そこに飾られていたのは、
「これまでに発見された、ひとつの権能しか使えない偽物の聖剣どもだ」
男の握るものと全く同じ見た目の剣だった。それも、何十も。
その光景は、男の言葉を奪うのに十分すぎる程のものだった。
「この十年で発見されたのは……あれ、イコ。何本だっけ」
「四十五本です、剣聖さま。ちゃんと覚えてください」
「そうそう、四十五本。だからお前のやつは、さしずめ偽聖剣四十六号ってとこだな」
「偽聖剣……この剣が、偽物……だと…………?」
がくり、と男が膝から崩れ落ちた。
「はーまたハズレだ」
「やはりこちらから探していくしか無さそうですね」
「すまぬな。面倒をかける」
「いえ、大丈夫です。私が責任を持って剣聖さまを連れて……ん?」
イコは男から、奇妙な気を感じた。それはスヴェンも同様だった。
「おーい、どうした?」
「……ぬぞ」
「あ?」
「信じぬ──信じぬぞぉおおおおおお!!」
男は、狂った。
「真贋を見抜ける者さえいなければっ!! この剣が唯一の本物となるのだぁああああああ!!!!」
男は獣のように叫びながら、右手に握る聖剣を大きく振り上げて、投擲した。
回転しながら飛んでいく刃は、正確な軌道でスヴェンに襲いかかる。
「剣聖さま!!」
その軌道に、イコが割り込んだ。
両手を広げた少女の白く細い首筋に銀の刃が滑り込み、そして、
──ガキィイン!!!
王座の間に甲高い金属音が響いた。
「な……ッ!!」
カラン、と剣がイコの足下に転がる。スヴェンの、そしてイコの身体に、傷は一つも付いていなかった。
「どうして、死んでないんだ、この女ぁ!!?」
「当然でしょう。剣に剣が、切れますか」
剣が粒子となって消え、その光を塗りつぶすように、イコの身体が光に包まれた。
強い光が少女の姿を塗りつぶし、輪郭を奪う。瞳の青い煌めきだけが、消えずに残り続ける。
そして、光が収まった時、スヴェンの手には剣が握られていた。白銀の刀身と両翼をかたどった鍔、そして青い宝玉を持つ、男のものと全く同じ見た目の、剣が。
「「聖剣が言う。『勇者よ。私はあなたのそばにいましょう。手となり、足となり、知恵となり、あなたを支えましょう』そして勇者の手から聖剣が消え、代わりに美しい乙女が隣に立っていた」……英雄聖典一章五節だ」
「では、その剣は! あの女はっ!!」
『はい。私の名は偽聖剣十五号。『管制人格』の権能を持つ、紛い物の聖剣です』
本物と違わぬ煌めきを刃に携えて、イコ──否、偽聖剣十五号が答える。
「ま、待て。偽聖剣はひとつしか権能を持たないと言ったな。ではその剣は、ただ喋って女の姿に変わるだけの、何の力も無い剣ってことじゃないのか!!?」
「何の力も無いとは何だ。イコは最高だぞ。自分で動いてくれるから俺は身軽だし、家事はやってくれるし飯も美味い。特にシジミ汁は絶品だ」
スヴェンはイコを中段に構える。最も基本的なその姿勢は、しかし寸分の隙もなく切っ先を男に向けていた。
「それにまあ、なんだ。力だの権能だのまどろっこしいものは好かねえ。この身ひとつと、折れぬ剣さえあればいい。──剣聖っていうのは、そういうモンだ」
刹那、男の視界から剣聖が消えた。
「『いざ、参る」』




