世界を彩るサフィラ
ガキィィィン
ザシュッ
ーーガルルルルルルラァァァァアアァ!!!
人気のない深い森の中、少し拓けた場所で簡素な鎧を身に纏い大剣を振り回す青年と紫紺のローブをふわりと靡かせる杖を持った青年がぼろぼろになりながら真っ黒なモヤに包まれた巨大な魔獣と戦っていた。
「レオ!あいつを拘束する!一瞬しか持たんからすぐ離れろよ!カウント!さん!」
ローブの青年アルフォードが共に戦っている鎧の青年レオンハルトに叫んだ。
「了解!にい!」
「いち!いけっ!!〈拘束〉!」
「おらあああああああ!!!」
レオンハルトの剣が魔獣のモヤを切り裂いた。しかしそれも一瞬のことでモヤはすぐ元に戻る。最強と謳われる魔法騎士レオンハルトと世界最高峰と謳われる魔法使いアルフォード、この二人の力を持ってしても目の前の魔獣を倒せないでいた。このままではやられてしまう、そんな考えが過ったその刹那、二人と魔獣の間に夜色のローブを着た子供が割り込んできた。
「〈障壁〉!〈縛〉!」
小さな背で彼等を庇い魔法を放つ。大きな半透明の障壁を構築し魔獣を拘束すると振り返ることなく叫んだ。
「おい人間!これも長くは保たない!死にたくなければ僕について来い!〈維持〉!」
そして子供は身を翻し夜色のローブをはためかせ森の中へと駆け込む。アルフォードとレオンハルトは慌ててその小さな背を追い掛けた。ピシリと障壁に皹が入っていく音が彼等の背後から聞こえる。
アルフォードとレオンハルトを庇った子供ユゥイは、時折後ろを気にしながらも森を駆け抜け森の中にある唯一の聖域へと向かう。ユゥイ、アルフォード、レオンハルト。そして障壁と拘束を破った魔獣は森の中を進みようやく聖域へと辿り着いた。
聖域へ駆け込む直前にユゥイは魔法言語を口にする。
「〈この人間達の立ち入り及び一時滞在を許可する〉」
聖域を囲む結界に入るとユゥイは立ち止まり、その場で回転すると後ろに居た二人に止まれと指示をした。
「そこから動くなよ人間」
三人を追ってきた魔獣は聖域の結界に阻まれ弾き飛ばされた。何度も結界へとぶつかってくる魔獣を睨みながらユゥイが空へ両手を上げ、空中に琥珀に輝く螺旋状の大きな杖が現れた。ユゥイは杖の頭にある宝玉に左手を添え右手で杖を掴み勢い良く地面に突き立てた。そして左手の掌を魔獣に向けると魔法言語を紡ぐ。
「〈爆〉〈縛〉〈絞〉」
ユゥイが魔法言語を紡ぐと、爆発が起こり光る紐のような魔法が魔獣を戒め縛り上げる。右手で握りしめた杖は琥珀色の光を放ちながらユゥイから流れる強い魔力を安定させている。
「やっぱりこれだけじゃキツイな」
ギリリと歯を食いしばりながらユゥイは戒めを破らんともがく魔獣を睨む。ユゥイの背後ではアルフォードとレオンハルトがその様子に目を見張っていた。自分達よりも遥かに幼いであろう子供が最高峰と謳われる魔法使いを凌駕する力を見せているのだ。
ユゥイは背後の二人の様子など知りもせず、強く息を吐くと黒いモヤが魔獣を狂暴にしている原因、呪であろうと検討をつけ呪を引き剥がしにかかる。
「っ……!一気に引き剥がすかっ!〈強制分離〉〈固定〉〈眠れ森の子〉よ。僕が君を守るから、今は〈眠れ〉」
ユゥイの手にある杖がさらに強い光を放ち、光に戒められていた魔獣は地面に崩れ落ちた。いくらか小さくなった魔獣の上には球状となった禍々しい程の闇を秘めたモヤが渦巻いている。
「愛しい子。僕が君を守るから……〈保護〉」
魔獣から引き剥がされ空中に渦巻く呪を睨みながら、ユゥイは地面に力なく横たわる魔獣を守るための結界を張る。
「人間。あの呪が見えるか?あれはお前らに向けられたものだ。お前らを殺すために組まれ放たれた呪が妬みや僻みに憎しみ、そんな負の感情を飲み込んだ結果だ。よくよく見れば負の感情以外のもの……あれは……多分、色欲、かな?自分だけを見てほしい、自分のものにしたい、そんな欲にまみれた醜い感情」
ユゥイの言葉に思い当たる節があるのか、アルフォードもレオンハルトも無言で禍々しい呪を見つめている。
「お前らを直接呪い殺せなかったから間接的に動いたんだろうな、かなり強力な呪だ。あの子は……お前らと戦ったあの魔獣はある種の被害者だよ。僕は如何なる理由があろうと、何人この地を侵すことは許さない。アレはここで還す、良いな人間。人を呪わば穴二つ。強力過ぎるものはここで滅するが他は呪となり得る欲を吐き出した人間の元へと還る。それにより死人が出ようが僕が知ったことではない」
ユゥイはそう吐き捨てると右手の杖が短刀へと姿を変える。夜色のフードを外し、緩く編んだ長い夜色の髪を首もとで掴むと短刀を押し当て勢い良く髪を切った。
はらり、と肩口で揺れる髪。
アルフォードはその髪に込められた魔力の濃さに驚き、レオンハルトは少年だと思っていた子供は実は少女だったのではないかと場違いな感想を抱いた。
「〈分解〉〈在るべきものは在るべき場所へと還り、堕ちるべきものはその罪の重さにより堕ちるべき場所まで堕ちてその罪を償いそして贖え〉」
渦巻く呪は薄い灰色、濃い灰色、闇色の三つに別れ濃い灰色のものはどこか遠くへ飛び去った。薄い灰色は地面から伸びてきた鎖に絡め取られ地面とはまた違う界層に堕ちていく。ユゥイは最後に残った闇色の呪に先程切り取った髪を投げ呪に直接魔力の塊を叩き付け、魔法言語の原型とも言える古代語で呪歌を紡ぐ。
歌うは言の葉 紡ぐは調べ
捧ぐは君への鎮魂歌
浄化の炎よ 禍つもの全てを灰塵に帰せ
浄化の炎が闇色の呪を焼き尽くさんと踊り、
聖なる水よ 祈りは力となり全てを祓い清めよ
聖気を帯びた水、聖水が灰塵となった呪を清めていく。
僕はあなたを願います
紡ぐ調べに言の葉を乗せ
君に捧ごう
この鎮魂歌を
今はもう失われた言葉を歌い、呪を消滅させる。それはまるで、神聖な儀式のようで。
静謐な空気がその場を支配して、長いようで短い一瞬の出来事が彼等の目の前で起こった。
ユゥイは呪の消滅を見届けると結界を抜け地面に横たわる魔獣に小走りで近付いた。
「待たせてごめんね」
魔獣の隣にしゃがみこむと魔獣を保護する結界を解除し、血で汚れた魔獣の頭をゆるりと撫でた。アルフォードとレオンハルトは恐る恐るといった風に結界を出るとユゥイの近くで立ち止まった。彼等の前にはユゥイと魔獣二人だけの世界が広がっている。
「ごめんね。僕の力では君から呪を引き剥がして呪を消滅させることしかできなかったんだ。ここまで魂が傷付いてしまっていたら僕では助けられないっ……」
ユゥイは悲しみの滲んだ声で魔獣に話し掛ける。
「でもね、君が堕ちないように手助けすることはできるよ。ジール様なら君を助けられる。僕が君を送ってあげる」
ユゥイは微かに喉を鳴らす魔獣に唇を寄せる。そしてまた古代語で呪歌を紡ぎ始めた。
歌うは言の葉 紡ぐは調べ
捧ぐは君への魂葬歌
天駆ける風よ サフィラと共に空を舞え
聖なる光よ 導となり途を照らせ
魂は巡り 肉体は大地に還る
いつかの日
再び見えるその日まで
僕はあなたを願います
紡ぐ調べに言の葉を乗せ
君に捧ごう
この魂葬歌を
ユゥイと魔獣を中心にふわりと風が巻き起こり、ふわふわとした白い光が空に一本の道を形作った。蒼いサフィラの花弁が風に乗り光の道を辿る。そこには幻想的な光景が広がっていた。
「さあ森の子よ、道は開かれた。サフィラと共に進め!グランツィオジール様の元に送り届けよう!」
魔獣の体からその魂が抜け出し、光の道を駆け上がっていく。ユゥイは淡く微笑みそれを見送った。やがて道はサフィラの花弁と共に消え風が止んだ。
見守っていたアルフォードとレオンハルトはユゥイに声を掛けようとするが、ユゥイは後ろの人間に気をやることもなく立ち上がり今度は残った魔獣の体を魔法で片付け始めた。無詠唱で液体を出すと魂を失った魔獣の体を放り込んだ。
「毛皮と骨と牙と爪。は、あると便利かな。他は滅しちゃっても良いや。呪は浄化させたけど一応聖水で洗って浄化の炎で乾かせば使えるでしょ」
ぶつぶつと呟くと液体の中で揺らいでいた魔獣の体が溶けるように姿を変え骨と牙と爪、そして毛皮が残る。液体が光り一瞬で聖水に変化するとくるくると渦を描き『洗濯』を始めた。空中に吐き出されたそれらは白炎の中を通りユゥイの目の前で止まった。
「よし。帰るか」
くるりと後ろへ体を向けるとそこには自分を見つめる二人の人間。ユゥイは人間を聖域まで連れて来たことをすっかり忘れていた。
「あ……もう終わったしさっさとどっかに行けば良いよ?」
「説明を求める」
ユゥイの投げやりな言葉にレオンハルトが即答し、三人は見つめ合う。数秒後ユゥイは空を仰ぎ右手を額に当て溜め息を吐いた。
「とりあえず僕のシマへおいでよ」
ユゥイは人間達に声を掛け再び聖域へと歩き出した。
これが、後の世で神の使徒と呼ばれるユゥイと使徒の守護者と呼ばれるアルフォードとレオンハルトの出会いの瞬間だった。そしてこれはそんな彼等の物語。




