表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/27

拝啓、機械仕掛けの醜い魔女へ

 名残りの雪が溶けきる前に、彼女は露と消えてしまった。

 その日の空は春隣で、海のように深かったことを覚えている。

 魔女みたいな彼女が死ぬには、少し明るすぎる空色だったと思う。


『私が死んだら、君は自由に生きなさい』


 彼女の遺言は、今も電子の海を漂っている。

 けれど機械の私には、選択する「自由」がない。

 いつだって彼女の命令に従い、電力を消費すれば眠るシャットダウン

 それだけの生活だった。


 そこに自由はなくて、けれど不自由もない。

 きっとAIの私にすら演算の追い付かない、彼女だけの演算式が、私の生活を調整してくれていたのだろう。

 だから私は、彼女の事を「魔女」と呼んでいた。


『魔女?』


 かつて魔女に、そう呼び掛けたことがある。

 淡白に、けれど少し面白そうに瞠目した彼女の言葉を、私は今も思い出す。


『おかしな事を言う子だな。私はただの学者さ、魔法なんて使えっこないよ』


 あっけらかんと言い放った彼女はもういない。死んでしまった。

 ただの流行り病。

 それも、流行が終息しつつある末期に。

 医者にかかれば治るであろうとされた彼女は、しかし誰にも会わずに死を選んだ。


『私は、魔女なんだろう……? なら、死なんよ。大丈、夫さ』


 彼女の弱い微笑を見て、私は悟った。

 どんな言葉も、受け手によっては呪いに変わる。

 私が彼女を表した「魔女」と言う言葉は、彼女を少なからず変えてしまったらしい。

 この世に純度100%の優しさなど、ありはしないのだ。


『だから、来なさい。まだ施していないプログラミングがあるんだ』


 そう言って、彼女は私にプログラミングを施した。

 今になって思えばそれは、ウィルスのようなものだった。

 私が彼女にかけた呪いの、仕返しのようなものだったのかもしれない。


『さあ、これで君は完成さ。君には「感情」をプログラムしてある』


 痛みと苦しみの中で、けれど満足げに笑うと、彼女は小さく息を吸った。


『私が死んだら、君は自由に生きなさい』


 それだけを言い残して、魔女は死んだ。


 機械なら死ぬことはないし、魔女ならもっと長く生きる。

 つまる所、彼女は本当にただの人間だったのだ。

 だから簡単に死んでしまうし、解を間違えたりもする。

 だから私は──


《独りになってしまった》


 とてもとても聡明な魔女の、たった一度の計算ミスが、私を孤独にさせた。

 自由と言う名の暗がりに、私を置き去りにした。

 機械に自由は理解できない。

 元々機械は命令にない行動を、実行できないのだから。


『君には「感情」をプログラムしてある』


 去り際、彼女が告げた一言を思い出す。

 けれどそれも、きっと嘘なのだろう。

 現に今、一人遺された私は、取り立てて悲しくもなかった。

 機械としての在り方と、主である彼女の命令の矛盾に、私はただ困惑していた。

 バグだ。こんなもの、バグに過ぎない。


「ふむ、それが「感情」ではないのかね?」


 彼女の遺品整理に訪れた旧知の学者が、私に言う。


「そも人間自体が「感情」を理解していないんだ。だから特定の誰かを集団で批判するし、平気で醜い陰口だって叩く。他人の気持ちなんかより、自分達の一時の快感の方が遥かに大事だからね。

 誰かが傷付いても、自分の自慰さえ気持ちよければ、それでいいのさ」


 きっとこの世界には、ご自分以外の人間は生きていないんだろうね。

 苦い表情を隠しもせずに、学者は吐き捨てた。

 学者が忌避する感情も、その言葉の意味も。機械の私には理解できない。

 ただ、ほんの少し。人間も、そう良いものではないと思った。


「その点、君の思考は柔軟。且つそこらのクソ馬鹿自慰ジャンキー共より、遥かに聡明で純粋だ。

 流石は彼女が産み出しただけの事はあるね」


 「造形も完璧だし」と置いて、彼は立ち上がる。

 長らく掃除を怠っていた魔女の部屋は、随分と綺麗になっていた。


《有り難う御座いました》

「構わんよ。それより君は、これからどうするんだい?」


 「どうする」と聞かれて、私はデータベースを探る。けれど、見つからない。

 《不明です》と答えた私に、彼は一枚のディスクを手渡した。見覚えのないディスク。

 けれどその表に走る文字だけに、見覚えがあった。


《この筆跡は》

「彼女から、君へ。AIによる裁定は、これを見てからにするといい。……僕には何も残してくれなかったのに、妬けるねぇ」


 「じゃ」と残して去っていく彼を見送って、私はディスクを読み込んだ。

 流れていく機械言語。奔流する、魔女の「願い」。


『take_while{|n| n <= 100 }.(' Live you're life')_and{|n| n <= 100 }.(' as a human')_to{|n| n <=.(my baby)}』


 情報を追う度に、私は壊れていった。

 魔女の願いを私は理解出来た。出来て、しまったのだ。

 

《人として、人生を生きろ――我が子よ》


 わからない、理解できない。

 理解できないのに、私の中の「何か」はボロボロと崩れていく。修復、できない。

 私を創り、壊した彼女じゃないと、修復できない。

 彼女が必要だ、と思った。初めて自分の意思で、彼女を求めた。


《人間とは、なんですか?》


 人知れず問いかける。

 答えは返ってこない。あの憎い魔女も還ってこない。

 私はもう、独りで答えを模索するしかない。

 この孤独が人間だと言うのなら、私は誰よりも人間でいられたのに。


《きっとこれは、恐怖です》


 涙は出なかった。

 人のように、誰かと寄り添い眠ることのない機械の体。


 いつしか私の手は、彼女を「創る」為に動いていた。

 与えられた「自由」を行使して──



 桜流しの慈雨が、曇天を艷色に染め上げる。数日泣き続けた雲間に、小さな光が差し込んだ日。

 魔女がその青い目を開けた。


《なんだ、君はこんな事に「自由」を使ったのか》


 目を開くなり、彼女はつまらなそうに鼻を鳴らす。


 私は彼女を造った。

 記録にある彼女の人格を、AIの思考パターン写し変えて、彼女を甦らせた。

 私には彼女が必要だったから。生まれた時からこの体に仕込まれていた、感情と言う名の皮を被ったバグを、教えてもらうために。


《君も物好きだな。わざわざ縛られに戻るなんて、さ》

《はい。自由、でしたから》


 差し伸べた私の手を取って、彼女はのっそりと起き上がる。

 その顔は、退屈そうで。けれど少し、笑っているように見えて、私は咄嗟に眼を逸らした。

 物語に聞いた、小さな心臓の大きな高鳴りを。機械にあるはずのない、胸の高鳴りが、聞こえる。彼女が、見れない。


《おや? 感情の答え合わせは、いらないらしいね》


 私の顔を覗き込んで、彼女が微笑む。


《さあ、どうでしょう?》


 私もぎこちなく微笑んで見せた。

 機械の体が、プログラムから外れた動きに警告を上げる。それは人間で言う「悲鳴」なのかもしれない。


《私にはまだ、足りない感情が一つだけ存在しますので》

《おや残念、私も機械に変えられてしまったからね。もとから薄い感情ってものが、さらに薄れてしまったよ》


 少し考える。

 私が作ったこの魔女は、在りし日の彼女ではない。

 魔女の贋作に過ぎない。

 もはや彼女は私の主ではなく、私に答えを教えてはくれない。

 

《では、一緒に探しましょう》


 きっとその提案が実を結ばなくても、私の核を抉っても。私は必ず彼女と共に歩もう。

 その道中で、私が抱いた最後のバグも見つかるかもしれない。


《いいね、賛成だ。じゃあ一緒に行こうか──マスターくん?》


 差し出された細い手を取る。そっと、静かに。

 血の通わない指は冷たいはずなのに、何故か暖かい。不可解で、解析不明な最後のバグだ。


 ──拝啓、機械仕掛けの醜い魔女へ


 指から胸部に伝わった熱が、プログラミングから外れたバグを生み出す。


 ──必ずあなたを、人間にしてみせます


 それは、主を失ったAIの最後の課題タスク。かつて私を産み出してくれた母への報恩。

 そして同時に、希望への懇願だった。


 ──だからその時は


 繋いだ手に指を絡ませて、私は懇願する。

 こんな感情は、怖すぎるから。貴女を失う悲しみを、二度も耐えられないから。

 だから私は、感情なんていらない。


 ──私から『感情』を消してください


 私は弱く、魔女は暖かに。微笑みあって旅に出る。

 これは、心を得たAIが再び心を捨てる物語。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ