土竜鴉と迷宮童子
剣を執れと、始まりを手にした者は言った。
ーー呪いの霧など臆することは無いと。
生が驕るその在り方に何があるか。
ーーそこには何も無いと、彼らは言った。
始祖達は言われた。
ーー光が満ちぬ最奥に奇跡は存在すると。
故に彼等は死を恐れず、探窟に生涯を捧げた。
その血脈は今もなお、形や意思を、歴史までもを変革させ受け継がれている。
より深き闇を踏破していく者を土竜と呼び、
宝を持ち帰り糧とする者を鴉と尊んだ。
これは世界唯一の大穴に挑む者達の冒険譚。
土竜鴉たちの物語であり、
そして、成れ果ての物語でもある。
*
仄暗い部屋に落ちていたのは塵まみれの本だった。紙質は最悪で触れれば散り散りになるほど風化している。内容を読むために工匠の義眼を起動。眼孔内部で発生した機械的な音が骨に響き、薄闇が陽光の下にいるかの様に明るくなる。
「ん〜〜??」
内容は子供向けの本の様で探窟家ーー土竜鴉の歴史を描いた内容らしく、続く頁には魔石灯を掲げる男の一枚絵と始祖の一人、迷宮王アステリオスの名が記されていた。
「なぜここに?」
元々、人が住んでいたとはいえ今現在ここは一般市民が入れる様な所ではない。この地下都市は隔離蓋で地上と分断され、迷宮都市と呼ばれるような魔境になっており、ここに子供が迷い込む事などそうそう起こりえないはずだ。
「どしたよ、リュー」
……あぁ、そういえば一人居ましたね。僕の名を呼んだ声が飛んできた方向へと振り返る。その視界の先には巨大なバックパック、ではなくそれを背負う相棒、クロ君が立っていた。
彼の見た目は十代の半ばに到達するか否かという所で、身長は低く手足も細くて短い。顔立ちは整ってこそいるがその見た目から幼いという印象が先行するし、薄青い瞳と少し長めの白金色の髪のせいで男か女かも判別し辛い。
「クロ君向けの本を見つけまして」
「ほ〜〜〜〜ぉ〜〜う!?」
それを聞いた途端嬉しそうに寄ってきた彼の顔は、二六歳のして良い笑顔では無い気がした。
近づくなり僕の手から本は奪い取られ、クロ君の右眼孔に埋め込まれた識神の義眼が微かな駆動音を響かせ、薄青色の瞳が白銀の燐光を纏いだす。
「鑑定の必要も無い無等級の児童書です、お似合いですよ、ふふっ……」
「……ブッ殺すぞ」
暴言が吐き捨てられると同時に本は彼の手から離れ、真横へと放り捨てられた。
「勿体ない。低級拾いのクロ君ならお気に召すかと思ったのですがねぇ〜」
猫撫で声で挑発した。その瞬間、クロ君はパックパックを背中から降ろして…………当たるはずもない短い足を精一杯伸ばした蹴りが飛んできた。
「ほいっ」
足首掴みとって宙に吊るし上げると、天地が反転した彼の背中から滝の如く大量の遺物が溢れ出す。
「ォァァァァーーーー!!! オオオレの遺物ゥゥ!!! がぅぁ!!!」
獣の様な唸り声をあげながら泣き叫び手足をバタつかせ、その反動で隠していた遺物が射出されていき更に涙が生成されていく。積み上がる遺物に比例して彼の体重は軽くなっていくと終には片手で持ち上げられる程になった。
「予想以上の充実っぷりですね……」
硬化酒の瓶、刃の欠けた断骨剣、用途不明の逆廻時計、枯葉色のボロマント、銀の鉄杭、無装飾の金槌などなど。迷宮都市の上層にゴロゴロと転がっている五等、四等の低級ばかり。つまりはゴミ同然の遺物。しかも身体に隠していた分であってパックパックの方も……無駄な物が詰め込まれてるとしか思えない。
「仕方ないだろ、バァカ! リューがいつも中層には留まらないから良いモン手に入らないんだよ!!」
「はやく降りられれば、おのずと良い物も見つかりやすくなります。そんな事もわからないのですか?」
はぁ。これだから遺物遺物なクロ君は……。目先の欲に眩んでたら、超級遺物になんて一生巡り会えないでしょうね。
「なぁ、お前の所為だって理解してるか?」
「いえ、全然?」
「お前の方が脳筋説あんなぁ!???」
はて、何を言っているのやら。ちょっと言葉の意味を理解するのに時間がかかりそうですしスルーしておきましょう。
「とりあえず今日はもう少し深域に行きましょうか」
深度計を懐から取り出して開く。針は深度《121m》を指している。ここはまだ他の探窟家にも遭遇しやすい。遭遇しやすいという事は遺物の取合いも盛んという事で、良い遺物は軒並み取られている可能性だってある。
「おい、ちょっ、いや待て。迷宮童子共呼び寄せる気か? 遺物拾いもできないからな? お前に脳みそって付いてるんですか!? えぇ!?」
「ちょっと静かにしてください。……そんな楽器みたいに大音量で喋ってた方が呼び寄せますよ?」
自らのパックパックにぶら下げていた白銀の棍棒を外し、握りしめる。
「虚構なる工匠の鶴嘴ーー《仮想顕現》」
体内を廻る魔力の一部を掌から棍棒へと送り込む。次第にソレは熱を帯び、先端部に青白く半透明な鳥の嘴を創り出す。左右に現れた嘴は魔力を送りこむ程に肥大化して、少しずつ見た目が変化していく。
「よし。これくらいで」
少々小ぶりだが床をブチ抜くには充分。
鶴嘴を振り上げる。ーー次に起こる事を阻止しようとクロ君が手を伸ばす。だけど遅いし、腕が短い。
刹那も経たぬうちに床は鶴嘴によって穴が穿たれた。できたのは蟻の巣の入口が如き小さな穴。だがそれは渦を巻き、周囲の床を構成する物質を飲み込み、自分達の足下一帯が虚空へと変わった後、周囲を充す薄闇を搔き消す光が波となって爆ぜた。
「……Vuu……Raaaaaraaa……!!!!!!」
クロ君の叫び声、爆発音に混じった別の音、遠く、微かに聞こえた獣の如き呻り声。
「おらぁ、迷宮童子に見つかったじゃねぇか!」
「遅かれ早かれじゃないですか? 探索してれば出会うもんですって。というか早く逃げましょう。近場に見廻童子がいたら厄介ですし」
落ちた先も小部屋で、四方に別の部屋、別の建物への入口出口が作られていた。迷宮都市という名の通り流石に行ってみないと、どうなっているかは不明なのだけど。
クロ君はせっせと身から落ちた遺物を拾い直し、衣服の裏側に詰め込んでいく。パックパックを背負い直し、この場から離れる準備を急ピッチで進めている。そんなに焦らなくても、
「HuuuSuRuaaaHua……!!!」
「いんじゃねぇか!!! ほんんっと後先考えねぇ!」
彼が指差した方向へ視線を向ける。確かに一人、いや死体が一つ、この部屋への入口の一つを塞いでいる。僕たち探窟家の成れ果て、この大穴に魅入られた奈落の傀儡が立っていた。
頑丈に作られている筈の衣服はボロボロで至る所を隠しきれていない。表情は無く、痩せこけた骨身は薄気味が悪い。半開きの口から覗く黄ばんだ歯と黒く変色した歯茎。
「あぁはなりたくですねぇ。ねぇ、クロ君?」
「悠長な事言ってる場合か! アイツの獲物見ろ!」
獲物? 獲物も何も、この深度なら大抵は大工童子か見廻童子で……ん? 長い。それに、よく切れそうだ、僕たちくらいならスパッと。刀、刀ですかねアレ。
「って武者童子じゃないですかぁ!!」
咄嗟にクロ君の首根っこを掴み、武者童子へと投げつけた。
「おまっ、マジ死ね!」
武者童子がクロ君に向かって刀を振り回す。クロ君はその一刀を咄嗟に空中で身を捻り、パックパックで受け止めると、服の下に仕込んだ断骨剣を腿に突き立てると、腐りかけた肉は簡単に千切れ飛ぶ。
「ヒューっ! クロ君格好いいですよ!!」
「歳上への敬意ってのが無いな!?」
僕の言動にツッコミが飛んでくる。なんだ、結構余裕ありそう。
流れる様に断骨剣を閃かせ、二の腕を断ち、刀を奪う。肋骨を叩き潰し、手の内で刀を反転させると、勢いを殺さず再び振り抜き武者童子の首を断つ。
「死、死ぬかと思った……」
「なーんでここにいるんでしょうねコイツ」
普段はもう少し先、中層辺りが住処のはず。ここで見る事なんてかなり希だけど。
「知るか! さっさと逃げるぞ直降竜バカ! 早くしろ!」
遠くから複数の唸り声。確かにクロ君で遊んでる暇は無いようだ。
既にクロ君は部屋の入口から出ていっている。その背中を追いかけ、僕も部屋から抜け出す。廊下、階段が続いている、上の方から連続的な足音。上に逃げた様なのでそっちへ向かうと、クロ君の背中が見えた。
「てか何ですかバレットって」
「あぁ!? 真っ直ぐにしか降れねぇからって理由らしいぞ!!! なんで知らねんだ!!」
「いやぁ、蔑称はクロ君のしかリサーチしてないですし」
聞いたことはあったが、まさか自分のだったとは。世の中って狭いんだなぁ。
「で、どっちに逃げますか?」
この階段を登った後も結局は知らない道でしない。この都市は、一月、いや一日でも構造が変わっていく迷宮だ。だから地図はない。
「知るかよ、出たとこ勝負、行き止まりだったら運の尽き」
「そしたら僕がまたブチ抜きますよ」
くっ、とクロ君が小さく笑った。
「あぁ、頼むよ相棒」
壁に反響して聞こえてくる他の探窟家、迷宮童子の声。なすり付けようか、加勢して恩を売って手伝ってもらおうか。
「やめとけ、また評判下がるぞ」
……確かに、じゃあまた出たとこ勝負になるのか。どう転ぶか楽しみで仕方ない。




