エデンには恵みを。裏切り者には破滅を……
降りしきる雨の中、少女は緑髪を濡らしながら、呆然と灰色の空を見上げていた。しかし、打ちつける度に、白い頬が赤く染まっていく。そして、顔を正面に戻すと、所々に屍が転がっている異様な光景が、目に飛び込んだ。
「見つけたぞ! こっちだ!」
「ひぃ!」
すると、黒ローブを羽織った大きな集団が、殺気を立てながら追いかけてきたのを視界に捉えてしまった。なので、咄嗟に灰色のフードを被ると、その場から全速力で逃げた。
(殺される!)
しかし、泥で足元が抜かるんでいる為、思うように上手く走れない。
「きゃぁ!」
その為、屍につまづいてしまい、派手に転んでしまった。
「おいコラァ! 裏切り者! 待ちやがれ!」
「あ……い、や……」
徐々に迫り来る集団に、彼女は泣き顔で声を震わせながら、目を瞑ろうとした時だった。
――少女よ
「……えっ」
突如、足元から変な声が聞こえてきたので咄嗟にぬかるんだ地面を見ると、屍が手にしていた杖から、白く眩い光が放たれた。
――貴様に問う
そして、蒼い片目をまん丸くしながらも、茶色くて白い結晶が付いた杖に視線を向けると、低い声でこう問いかける。
――貴様は枯木と共に、朽ち果てたいか?
「突然何を……」
しかし、少女は言葉を失ってしまった。只でさえ、大切な人を目の前で亡くしたばかりで、気持ちの整理が追いついていない状態だ。
――でもな、貴様に眠る才能は、朽ち果ててしまっては惜しいんだな。そこで。だ。
「ん?」
――我の力を使え。但し、生き延びたいなら、な
そして、杖はそう言い残すと、徐々に光が小さくなってきたので、固唾を飲み、静かに手を伸ばした。
「きゃぁ!」
杖を握りしめた瞬間、目の前で眩しい光が全体を覆い……
***
「はっ!」
女性は悪夢を振り払うかの様に思いっきり目を覚ますと、直ぐに周囲を見渡した。左側の大きな窓からは、外を眺めることができたが、空は灰色の雲に覆われている。原因は10年前に突如、黒い雨が島中に降り注ぎ、大地は勿論、恵みの全てを腐らせたからだ。その為、彼女は太陽という存在を文献でしか見たことがない。
「レイア!」
「あっ……」
「お前、大丈夫か? かなり魘されていた様だが……」
白い魔導服の袖で片目を擦るレイアの右横には、赤の軽装で両腰に剣をぶら下げた獣耳の美青年、アレスが驚いた顔をしていた。ちなみにアレスとは小さい頃からの馴染みで、よく夢に魘される彼女を心配しに来るのだ。
「うん。一応……」
どうやら彼女は、テーブルに突っ伏した形で眠っていた様で、机の上は文献や依頼書の山で、隙間が無いほど散乱していた。
「やれやれ。依頼を受けるのもいいけど、程々にしろよな」
「えー。小遣い稼ぎでやっているんだし。これぐらい、いいじゃん! ねっ!」
「ったく。お前って奴は……」
レイアは呆れ顔で肩をすくめるアレスに小言を言いながら、錬金術で完成した物と共に、依頼書を持って椅子から立ち上がる。
「そーいや、ウラノスさんが呼んでた」
「えっ!? 父さんが? 珍しい。何だろう?」
「ってな訳で、俺は先に下で待ってるわー。んじゃ!」
しかし、アレスは金色のくせっ毛を掻きながら気怠そうに言うと、颯爽と出て行ってしまった。
「はぁ……」
彼女は出ていく彼の姿を見送ると、近くに置いた杖を手にし、大きな釜を覗き込んでは、水面に移る自身の憂鬱そうな顔を眺め、本日2回目の溜息を吐いた。
(そういえば、あの時も雨が降っていた様な。ま。気のせいか)
なので、レイアは重い足取りで部屋を出て一階に降りると、店内は陽気な音楽に包まれていた。カウンターでは、ヒゲが男前の男性がシェイカーを振りながら、愚痴を言う彼の話に耳を傾けては相槌を打っている。
「父さん。あのさ……」
「おお! レイアか。ちょっと話があってな」
「そっか。まずこれね」
レイアは先程手にしていた依頼書と共に、沢山の瓶をカウンターテーブルに置くと、椅子の脇に杖を置いた。
「おー! もう作ったのか!」
「うん」
「おや? なんか元気無さそうだな。どうしたんだ?」
「べ、別に」
彼女は素っ気なく答えると、緑色の酒を淡々と飲むアレスの隣に座って頬杖をつき、店の扉に視線を向ける。
「でもまぁ。急ぐのも無理ないよな」
「え?」
「ほれ。カクテルと報酬だ。疲労や魔力の向上に効くぞ」
すると、彼はアレスが飲んでいたのと全く同じ物と、札束一つを彼女の目の前に差し出してきた。
「あ、ありがとう。父さん」
なので、お礼を言って2つ共受け取ると、緑のカクテルを軽く飲んだ。ちなみにカクテルにも使われているエテリア草は、主に枯木の森周辺に生えている草で、雨の耐性がある為、回復薬として需要がある代物だ。
「さて。本題に移るが、二人とも良いか?」
そして、店内が陽気な音楽から、落ち着いた大人の曲へと変わるタイミングで話が切り替わった。
「いいよ。父さん」
「あっ。大丈夫ですよ」
「分かった。今から話す事はかなり重要な事だ。よく聞いておくれ」
二人はコクリと首を縦に振ると、彼は神妙な面持ちで静かにこう話を切り出す。
「このエデン島にはかつて、4つの種族が先住民として住んでいたのだ」
「4つの種族?」
「あぁ。錬金術が扱える人型のアルケー族と、武術が主流で獣耳型のホムラ族。あとは魔道が盛んで肌が異色のソウ族に、機械が得意なアイアン族だ。そのおかげでこの島は、豊かな自然や文化を生み出すことができ、楽園の島を築く事が出来たのだ」
「えっ!? この泥臭い島が?」
「あはは。驚くのも無理ないな。まぁ落ち着け」
すると、レイアが唖然とした顔をしていたので、ウラノスは笑顔で答えると続けて話し始めた。
「だが、島の中央に聳え立つ鉱山都市ゴルドの創始者、ゴルド・メーガンがここの鉱山に目を付け、私欲に溺れたのだ」
「そう、なんだ」
「あぁ。その為にアイアン族を利用し、鉱山を掘るのに必要な化学兵器を作り上げると、自然を壊し始めたのだ。勿論、残りの3種族は猛反対したさ。そのせいで『アイアンの裏切り者』と言うレッテルを貼られ、10年前には『種族狩り』と言う内部紛争が始まってしまった」
「だからあの時……」
「そのせいでガイアは、はぁ……」
しかし、ウラノスは自身の妻を亡くした悲しみに耐えるかの様に、唇を思いっきり噛み締め、体を震わせていたのだ。
「気にしないで。父さんのせいじゃない。だから……」
「あぁ。ありがとな。お前はやっぱり、母さんに似て、強くて美しいな」
「えへへ」
「それと、アイアン族の長、ゴルドが推奨する種族狩りも再び活発になってきている。だから、3種族共滅ぶのも時間の問題だ。そこで……」
『……』
「レイア。お前にしか出来ないお願いがあるのだ。勿論、親としての最後の依頼。だ」
「最後って、どういう……」
そして、彼はふぅ。と一つ深呼吸をし、こう切り出す。
「この荒廃した世界を壊し、新しく恵みを創ってくれ」
「ええっ!?」
「ちょっ! ウラノスさん! あまりにも壮大過ぎません!? レイアはまだ……」
すると、ずっと静かに聞いていたアレスが驚いた顔で反論し始めた。
「んー。そうやって心配してくれるのは嬉しいが、レイアも『シヴァの杖』を持ったからに、覚悟は決まっているんだよな?」
「うん。そうだよ」
しかし、レイアは寂しげに言うと、隣にかけていた杖を手に取り、カクテルを飲み干すと、そっと席を立った。
「もう行くのか?」
「うん。貴重なお話、ありがとう」
「あぁ。また帰って来いよ」
「うん」
「それと、アレス」
「ん?」
そして、彼女は先に店を出たが、ウラノスは彼を止め、こう一つ頼み込んだ。
「娘を、頼む」
「は、はい!」
彼らはお互い、満面の笑みで答えると、アレスは彼女を追うかの様に、曇天の空が広がる外へと旅立った。
***
「ここか? 枯木の森っつーのは」
「そうだよ。まずはエテリア草だけ拾っとかないと」
「そだな。一応ウラノスさんからは幾つか回復薬貰ってきたけど、次の街に着くまで何あるかわかんねーもんな」
「うん」
幾度か歩いた頃、枯木の森へと着いた二人は早速、エテリア草を集めることにした。
「でも、懐かしいな……」
しかし、レイアにとっては思い出の場所でもあり、悲しき跡地でもあったのは言うまでもない。
「そうか。ま。集めるぞ」
「うん」
なので、彼が気を紛らわすかの様に声をかけ、再度集めようとした時だった。
『裏切り者には破滅を!』
「なにっ!?」
誰もいなかったはずの森に突如、黒い集団が二人を囲ったのだ。しかも、手には鋭利なナイフと拳銃が握られている。
「アイアン! 貴方達が裏切ったのに! 絶対に……、許さない!」
すると、彼女の怒号と共に杖が眩く光り出し、地面から十字架の形をした魔法陣が浮かび上がる。
――ふははは! 雑魚は片手で十分だ!
そして、魔法陣から飛び出してきた巨大な白い掌は、バンッと思いっきり地面を叩くと、周囲に衝撃波を発生させた。と同時に、黒い集団も悲鳴をあげながら次々と吹き飛ばされていったのだ。
「おっと! 10年経ってもシヴァは相変わらずだね!」
「全く。お前って奴は、こんな怪物よく手なずけられたよな」
「当たり前よ! シヴァは最強の恩人だし!」
レイアは笑顔でそう答えると、双剣を構えるアレスと共に、腰に巻いた黒いポーチから、瓶と小型爆弾を取り出した。




