第1話:第一の試練だろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
遥斗と政宗が喧嘩し、呼びにきた恭弥が仲裁した。
海原恭弥、伊佐敷遥斗、須賀政宗、山川太一、雷堂修の五人は今、マーリンが個有能力『迷宮創造』で造りだしたダンジョンの中にいた。
というのも、恭弥達が借家に帰ってきた途端、マーリンは五人全員がいることを確認すると、有無を言わさずその場にダンジョンの入口を出現させたからだった。
この場には恭弥達とマーリン以外にソフィアの姿もあるが、彼女は何か葛藤しているようで、会話の意思を見せない。
先程、遥斗が相談に乗りますよと気さくに行くも、少しの間話しかけないでくださいと撃沈したばかりだ。
恭弥はダンジョンの内装を見渡し、すぐに気付いた。
「ここって一ヶ月前に来たダンジョンだろ? なんでダンジョンモンスターとかいう奴らがでないんだ?」
既に一階層も終わりだと言うのに、ダンジョンに出没するとされるダンジョンモンスターの出現は一度もない。
前回は一階層を攻略するだけで二十回はダンジョンモンスターとの戦闘を行った。
それが一度もないというのだから、恭弥が疑うのも無理は無かった。
「今は出ないようにしてるんだよ。目的の邪魔でしかないし」
「目的? ここで修行する訳じゃないのか?」
「違うよ。ここでの修行は君達に『鎧武装』を習得してもらう為だ。だから既に習得している君達がここで得られるものは無いよ。君達には会ってもらいたい人がいるんだよ」
マーリンはそこまで告げると、それ以上説明する意思を見せないまま、歩を進めるのだった。
結局、ダンジョンモンスターと遭遇することはなく、五階層のボス部屋まで着いた恭弥は、ふと何かの気配に気付いたのか、目を細めた。
「邪魔になるだけ、じゃなかったのか?」
「流石に気付いたみたいだね」
マーリンはそう言うと、ボス部屋の扉を開くと、そこには、見上げる程の巨体を持つサイクロプスが金棒を振り回し、挑戦者を待っていた。
一つの目はまるで灯台のように光り、蟻のように小さい恭弥達を見下ろす。肌は岩のようにごつごつしており、筋肉はまるで石の塊のように堅く、彼の一歩一歩は地鳴りを起こし、彼の声は雷鳴のように轟く。
そんなサイクロプスを指差し、マーリンは言った。
「わたしもこんな雑魚に敗れる冒険者に彼女は預けられないからね。海原恭弥、こいつは君一人で倒すんだ」
その無理難題に驚いたのは、ソフィアただ一人だった。
ソフィアは約二ヶ月前に恭弥がサイクロプスに勝てなかったことを知っている。その圧倒的な体格差に一度は倒れ、なんとか速さで善戦するも、最終的には同行者であるフェンネルが討伐し、恭弥が一度は苦渋を飲まされた相手。
あれから『鎧武装』は習得したものの、まだ勝てるような相手では無い。
「制限時間は?」
「一時間」
「そんなにいらねぇよ」
自信満々な恭弥に、マーリンの口角が吊り上がる。
「それじゃあ始め」
マーリンがその言葉を言い終えると同時に恭弥はスタートしたはずだった。
だが、次の瞬間には、恭弥の姿はサイクロプスの眼前だった。
顔をそらした訳でも目を瞑った訳でも無い。
まるで瞬間移動でもしたかのように、恭弥は平然とした様子で宙に立っていた。
一閃。恭弥の拳がまばたきをしようとするサイクロプスの目を捉えた。
その威力は凄まじく、圧倒的な巨体を誇るサイクロプスを地面に叩きつけ、その瞬間、サイクロプスの巨大な体は黒い靄となって空間に散っていった。
後に残るのは、平然と佇む恭弥だけだった。
◆ ◆ ◆
六階層のボス、九つの炎の尾が特徴的な魔物、炎狐を遥斗が、七階層のボス、サイクロプスと肩を並べる程巨大な魔物、猿翁を政宗が、八階層のボス、マグマをも喰らうとされるトカゲ、サラマンダーを修が、そして九階層のボス、そのマグマの如き炎に覆われた岩壁の肌で、幾人もの冒険者を泣かせてきたゴーレム、マグマゴーレムを太一がそれぞれ『鎧武装』を使いこなし、さしたる傷もなく突破。その結果、恭弥達は疲労の色を見せることなく、十階層についていた。
「やるね〜君達。鎧武装を使えるようになったとはいえ、流石にもうちょっと苦戦してくれるとおもったんだけどね〜」
十階層の途中で、マーリンが感心したように告げるが、恭弥は不機嫌さを隠せなかった。
「俺一人でもいけたがな」
「それじゃ他の子たちの実力が測れないでしょう?」
恭弥はマーリンの返しに舌打ちだけをし、黙り込む。
その姿にマーリンは、まだ若いね〜、と楽しそうに笑った。
「まぁ、君達の実力はわかったが、それでも次のボスはそう簡単にはいかないよ。かつて、勇者達が苦戦したと言われているドラゴン、そのドラゴンがあのボス部屋の先にいる。君達五人がかりでも気を抜いたら死ぬから気をつけなよ」
「へぇ、そいつは面白そうだな」
興味を持った恭弥が、ゆっくりと重い扉を開けていく。
そして、扉の先には荒涼とした大地が広がっていた。
だが、そこには存在すると言われていたドラゴンの姿は無かった。
「おい、ドラゴンなんてどこにもいねぇぞ?」
恭弥がマーリンに不満を漏らしたその時だった。
突然、荒涼とした大地を断つような炎の壁が下から噴き出した。
「エンラ!」
今まで見せる事の無かったマーリンの怒声。
「そう怒鳴らないでよ、マーリン」
それはこの場にいる誰のものでも無い少女の声だった。
突如、炎の壁から、小さなきらめきともに現れたその姿は、温かさと可愛らしさでいっぱいだった。
彼女の髪は情熱的な火の輪を描きながら、空気中を軽やかに舞い、あたたかみのあるオレンジと赤のグラデーションで染め上げられていた。
透き通るような純真な瞳は、火花のように輝き、じっと見つめると、心の中まで暖かくしてくれるような気がした。
小さく華奢な体は、つぼみのようなフレームの中に繊細な輪郭を持っていて、彼女が一歩足を踏み出すたび、火の粉が舞っては消え、まるで花びらが風に運ばれるかのように優雅だった。彼女の衣は灼熱の火炎から生まれたとは思えないほど、柔らかくサラサラとした布に見え、ゆらゆらと揺れる炎のパターンが美しく、まるで日暮れ時の夕焼けがそのま形を変えたかのよう。
だが、彼女はどこか怒っているような雰囲気を醸し出していた。
「まさか……炎の大妖精エンラ? ですが、伝承とは姿形が……」
驚いたように呟くソフィア。そんなソフィアにエンラは子供っぽいむっとしたような表情を見せた。
「伝承なんて関係無いでしょ! アタシはアタシ! 炎の大妖精エンラ様よ!」
無い胸を張り、堂々と告げる言葉に、恭弥達はポカンとするが、ソフィアだけはその言葉を信じ、彼女に向かって片膝をついた。
「失礼しました。私はソフィア・ベルド・ファルマイベスと申します。ノースルードの大地に位置する……」
「あなたになんて興味無いわ。この世界の人間なんてもっと信用できないなんだから!」
自己紹介を途中で遮られたうえ、信用できないとまで言われ、ソフィアはそれ以上言葉を発することができなくなってしまった。
そんなソフィアに興味を失ったエンラの目が、マーリンと恭弥達に向けられる。
彼女の目には確固たる意思が宿っていた。
「マーリンには悪いけど、やっぱりアタシはこの人間達と契約なんてしたくない。アタシの契約者はあいつだけだ」
彼女の言葉で炎の壁は更に圧を増す。
「ふ~ん。なぁちびっこ」
「ちびっこって言うな!」
「ちびっこは大妖精って奴なんだろ? お前の協力さえあれば日本に帰してくれんだろ? 俺っちさ、バイク無いこの世界飽きたんだわ。さっさと帰してくんない?」
修の遠慮が無い言葉を聞いた瞬間、遥斗は、また怒るんだろうな、と思ったが、意外なことにエンラの表情には罪悪感のようなものが浮かんでいた。
「……諦めなさい。百年前だったらその言葉に折れ、アタシも力を貸したかもね。でも、あの頃とはもう違う。確かに魔王を倒せば、あなた達は元の世界に戻れる。その為にはアタシ達の協力が不可欠。わかってる。わかってはいるわ。でも、それでも、アタシはもう誰とも契約をしない!! それでも諦めないって言うのなら、実力で示しなさい!」
エンラが小さな指を鳴らす。
すると、突然炎の壁から人間のような形をした炎が現れた。
その姿はオレンジ色の炎一色ではあったが、その見た目はどこか政宗を彷彿とさせる。
そして、炎の剣士は腰に差していた一振りの刀を抜いた。
その刀は、どこからどう見ても、日本刀だった。
「アタシはあなた達と契約したくない。でも、しなければいけないということはわかってる。だから、アタシがあなた達を試す。アタシを納得させてみなさい!」
エンラの言葉で、炎の剣士は恭弥達に襲いかかるが、彼女の言葉はどこか悔しさを感じさせるものだった。
◆ ◆ ◆
それは恭弥達がエンラの炎の剣士と戦う少し前、ファクトリ村の一角での出来事。もうすぐ茜色の空が終わりそうな頃、事件は起こった。
「おい、なんであんなやべぇ剣士に声かけたんだよ。本当は英雄様に行ってもらう予定だったじゃん!」
「仕方ねぇだろ。村の英雄を乗せて腕立て伏せするような人だぞ。凄く強い人だと思ったんだよ!」
「その結果があれじゃん! いきなり、一人相手に四人で戦うのは嫌いだからまず自分達で戦えって静観したあげく、言い争いだけして結局戦ってないじゃん!」
三人の青年が傷だらけの状態で言い争いをしていた。だが、それを止める者はいない。周りに人はおらず、集落もない。
そこは、村の出入口から非常に近い場所だった。
三人は苛立っており、その声はどんどんうるさくなっていく。そんな時だった。
「おい、うるせぇぞ。もうちょっと静かにできねぇのか?」
突然、横からその言葉が言い放たれた。
何事かと青年達がそちらへ向けば、いつの間にか一人の男が立っていた。
まったく気配を感じさせなかったその男は無精髭とボサボサの黒い髪が特徴的で、腰には一振りの剣を差していた。
そんな男を見て、青年達は鴨だと思った。
「おいおっさん、死にたくなかったらその剣を置いていけや」
青年達の偉そうなその言葉を聞いた瞬間、男は無精髭を撫で、ぼやいた。
「めんどくせぇな〜」
そして、次の瞬間、青年の一人は気付く。
世界が反転していることに。
だが、不思議なことに地は地面についている。おかしいとは思ったが、彼自身の視界にはちゃんと足が地面についている姿が見えているのだから仕方ない。
(……あれ?)
ふと、気付く。
何故、自分の体に首がついていないのだろう。
何故、自分の体は真っ赤に染まっているのだろう。
何故、自分は浮いているのだろう。
その答えは、あまりにも残酷で、簡単なものだった。
(俺、死んだのか……)
彼の目が瞑ると同時に、彼の首は地面へと落ちた。
三人を一瞬で葬った男は、退屈そうな欠伸をした。
そんな彼の元にぞろぞろと屈強な男達が現れた。
「ボス、もう決心はついたんで?」
「あぁ、ここの近くの洞窟は居心地が良かったんだが、貴族様に長期滞在されたんじゃいずれ見つかるだろうからな。衛兵呼ばれるのもかったりいから、さっさとずらかる……が、その前に祭りをするのも一興だよなぁ?」
ボスと呼ばれた男は振り返り、何百人といる部下達に向かって手を広げ、こう告げた。
「護衛は殺してもいいが、お貴族様は人質にするんだからちゃんと生きて捕らえろよ! それから、金、飯、酒、好きなもん持って来い! 今夜は宴だ!」
彼の言葉で男達は猛り狂ったように声を上げ、まるで獣のように走り出していくのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。




