第6話:巨大な蛇だろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)
前回のあらすじ。
恭弥と遥斗がマーリンに挑むも、その圧倒的な実力を前に、辛酸を舐めさせられることとなった。
血のように真っ赤な空。
何時間経とうが沈むことのない青い月。
木どころか草一つ生えていない荒れた大地。
そこに一つの巨大な白い城があった。
周りにはけたたましい声で鳴き続ける黒翼の怪物が何十とおり、まるでその城を警護するかのように飛び回っていた。
そんな怪物達の騒々しい声に眉を顰める男がいた。
ゆらゆらと一定間隔で置かれた燭台が炎を揺らめかせ、石畳の廊下を歩く人物を照らす。
ただ、それを人と呼ぶにはいささか婉曲した二本の角が余計だろう。
モノクルを片目にはめ、黒い執事服を違和感なく身に纏い、何物にも興味がなさそうな眼差しで石畳を歩く男。
そんな彼の目が、微かに右へと向く。
直後、右側面から槍が現れ、男を貫かんと飛来した。
しかし、当たるかと思われた槍は男に届く直前に静止し、男が何をするでもなく勝手に翻り、まるで敵意を宿したかのような挙動で、持ち主の元へと戻っていった。
「おっとっと。相変わらずあぶねぇ能力してんねぇ~、オニキスよ〜」
槍の戻っていった方向と同じ右側の通路から見知った男のものと思しき下卑た声が聞こえ、オニキスは眉をひそめた。
「随分なご挨拶じゃないですか、トパーズ」
苛立たしげに放たれた言葉を聞いてか、下卑た笑い声と共に一人の男性が左側の通路から現れた。
「ギャッハッハッハ〜、思ったより元気そうじゃないか〜、オニキス〜」
黄色の逆立った髪と上裸の筋肉質な身体が特徴的なその者にも、人間には無い一角の角が生えており、その左手には先程飛来してきたものと同じ槍が握られていた。
鋭い目付きとは裏腹に、機嫌の良さそうなトパーズは、空いている右腕をオニキスの肩に回してきた。
その腕をオニキスはすぐに振りほどいた。
腕を振りほどかれるも、トパーズはたいして気にしてないかのように振る舞ってきた。
「相変わらずだね~、お前は」
「貴方こそ相変わらずですね。もう少し落ち着いてみたらどうです?」
「あ〜うるせぇうるせぇ、人間に負けておめおめ帰ってきた敗残兵が偉そうに説教かよ」
「それは違いますよ、トパーズ」
その声はトパーズが現れた通路の奥から放たれたもので、その声の持ち主もすぐに現れた。
それは白衣を身に纏った知的な雰囲気を持つ、眼鏡をかけた水色の髪の男性だった。
「オニキス君の任務に新しい勇者の抹殺は含まれていません。彼は限られた時間の中で最低限の任務を果たし帰ってきたのですから、敗残兵は正しい表現と言えないでしょう。まぁ、魔王様の命よりも命令を遵守するその姿勢だけは、僕もどうかとは思いますが」
「嫌味な言い方をしますね、ベリル。しかし、魔王様の命令は魔人として絶対です。私は魔王様の傍付きとして、魔王様に顔向け出来ない真似だけは出来ません」
「そうでしょうね。まぁ、オニキス君ならそう言うと思ってましたよ。だからあの方もオニキス君に命じたのでしょうね」
「私もそう思います。他の魔人達では魔王様への忠誠のあまり、ひ弱な勇者達を殺してしまうでしょう。それはあの方の目的とも反するものであるが故に、私がこの任務に選ばれたのでしょう」
「チッ、あんな雑魚共、さっさと殺しちまえば良かったのによ〜」
「トパーズの言い方は不愉快極まりないですが、僕も大方同意見ですね。あの方の話によれば、彼らはまだこの世界に来たばかり。慣れない環境の中、周囲の手を借りなければ生活もままならない貧弱な連中と聞きます。大精霊と契約してしまえば、百年前と同じ轍を踏みかねませんよ」
悪態をつくトパーズに同意するベリルを横目に見て、オニキスも確かにと思った。
百年前の戦いで、大精霊と契約した勇者達によって魔王軍は大きなダメージを負った。
(百年前、大精霊と契約した勇者達の手によって、多くの上位魔人は死に、魔王軍の八割は壊滅してしまった。あの方がいなければ、私や魔王様ですら殺されていたでしょう。あの方もそれをよくわかっているはず……)
顎に手をあて逡巡するオニキス。そんな彼にベリルが声をかけた。
「そろそろ行かなくていいのですか? あの方がお待ちでは?」
「そうですね。あの方は時間にうるさいですから、急ぐとしましょう。それではトパーズ、ベリル、ここで失礼します」
小さく頭を下げて丁寧な仕草で一礼すると、オニキスはまるで何事もなかったかのように身を翻し、再び目的地へと歩きだした。
時間にして五分程歩いた先に、その部屋はあった。
他の部屋とは扉の大きさすら違う仰々しい部屋の前に立ち、オニキスは部屋を軽くノックした。
そして、すぐに、入れ、と低い声が室内から響いた。
「失礼します」
入室の許可を得たオニキスは部屋に入ると、その仰々しい扉を自らの手で開けた。
部屋自体は大して広いものではなかった。
二十畳程の広さで天井もそう高くない。
壁一面を埋め尽くす魔術書も、既にオニキスは見慣れていた。
だが、何度見てもそれだけは慣れなかった。
中に入れば嫌が応にも目に入る二つの祭壇。
部屋の角に置かれたその祭壇の大きさは二メートル程で、その台座には人の骸が置かれていた。
そして、部屋に入ったオニキスの横にも祭壇は存在し、その全てに人の骸が置かれている。
だが、オニキスの顔色はそれらを見ても一切変わらない。
嫌悪するでもなく、喜々とするでもなく、ただただ無表情のままかしずき、頭を垂れた。
オニキスが頭を垂れた先、部屋の中にある赤い仰々しい椅子に座っていたのは、目深に被り顔一つ見せない黒ローブの男だった。
その手には白い手袋を、足には革製のブーツを身に着けており、肌を一切見せない服装でその男はオニキスを出迎えた。
「任務ご苦労だった、オニキス」
荘厳な声に労われるが、オニキスの顔は屈辱に歪んだ。
「滅相もございません、閣下。人間如きに遅れを取り、一発どころか二発も攻撃を受けてしまった私に労いの言葉など相応しくありません」
未だにあの屈辱を、オニキスは忘れられないでいた。
敵意や害意に反応して、物理どころか魔力を使った攻撃すら弾き返す無敵な防御能力と、敵意に反応して追尾し、当たった相手の意識を昏倒させる魔力弾。
相手を無力化することに特化した無敵な能力だった。
その自負がオニキス自身にもあった。
それなのに、まだ大精霊と契約すらしていない人間に、突破された。
屈辱以外の何物でもなかった。
「大精霊との契約も無しにオニキスの壁を打ち破った勇者か……。どうやら今度の勇者達は百年前よりも優秀なようだな」
「失礼ながら。私の壁が破られたのは、あの時、あの者に意識が無かったが故です。確かに、意識を失いながらもあの威力の一撃を放つあの者の実力には驚かされましたが、所詮あの程度であれば中級の魔人で圧倒できます。むしろ、厄介なのはもう一人の方です」
「ファルベレッザ王国の騎士団長か。国宝の使い手にして、長距離移動を可能とする個有能力を持つ男……まさかあの女の特殊能力まで使えるとはな。思っていた以上に厄介な男だ」
「命令さえあれば、私があの場で殺してきましたよ? なんなら今からでも勇者共々殺してきましょうか?」
「いや、いい。あの騎士団長はともかく、勇者五人を殺すのはまだ時期尚早というものだ。それよりも目的通り例の勇者達にマーキングは出来たんだろうな?」
「つつがなく。現在彼らは……? ノースランドの大地にいない? ここは確か……ウエストランドの大地のラウルスト山岳地帯だったと記憶していますが……ファルベレッザ王国からはかなり距離が離れているはず……いったいどうやって……」
「ラウルスト山岳地帯か。なるほど、あの騎士団長の仕業だな。あの女の特殊能力を使っていたことから察するに、あの女の弟子。もしくは門弟といったところなのだろう。オニキスの襲来で手一杯になり、あの女に勇者達を託したといったところか。まったく、厄介なことをしてくれる」
「あの女というのが誰かはわかりかねますが、やはりあの勇者達はあの場で殺すべきだったのではないでしょうか? 何故殺すなと命じられたのですか?」
「……今殺したところで、どうせ新しい勇者が現れるだけだ。この世界の人間共は別世界の人間など湯水のように出てくると勘違いしているからな。だが、奴らが生きている限り、次の勇者は喚べない。だったら替えのきかない大精霊と契約した後に殺したほうがよかろう?」
確かにと、オニキスは素直に感心した。
百年前、魔王と勇者の戦いにおいて、大精霊の存在は非常に大きく、魔王を封印するはめになったのも、結局大精霊の力が殆どだ。
しかし、戦いから五十年が経ち、大精霊達はそれぞれの住処に戻っていった。
百年前と同じ造りの住処であれば叩きに行くのは物資と魔力の無駄だろう。
「叩くのであれば、大精霊の一人目と契約した直後、そこに戦力を注ぎ込んだほうがよかろう?」
そう言った彼の表情は見えなかったが、オニキスには不思議と笑っているように思えた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
・リアルで色々あって、小説の投稿が遅れてすみませんでした。




