第5話:騎士団全員だろうがなんだろうがかかってこいや!!(3)
前回のあらすじ。
牢屋に入ってきたフューイはフェンネルの仕込みだった。
フューイの手には牢屋と鎖の鍵があったが、恭弥はフューイに疑いがかからない形で牢屋から出ることにした。
牢屋をぶっ壊した恭弥達六人は三階にある団長室を目指すのだった。
騎士団本部全体に鳴り響く警報によって、地下一階の階段には多くの騎士達が集まっていた。
彼らの中に甲冑騎士団名物の甲冑装備をつけている者はあまりいない。
それほど、脱走の報せは急なのであった。
「いいか、お前達。これは訓練では無い。この中には隊が違う為、あまり面識の無い者もいるだろうが、力を合わせ、甲冑騎士団の名誉にかけてなんとしても脱走者を捕獲せよ!」
重装歩兵大隊の小隊長を務める壮年の男が、集まった騎士達に力強く声をかけた。
だが、その声に応と返す者もいれば、不安の色を露わにする者も少なからず存在した。
いつ来るかもわからない脱走者。
僅かな音も聞き逃すまいと静寂が辺りを支配する。
やがて、なにかがこちらに向かって走ってくる足音が石造りの廊下で反響し、騎士達の顔が強張った。
「いたぞ! 取り押さえろ!!」
走ってきていたのはたった一人の青年だった。
頭に白い手拭いを巻き、二メートル程の棒を持った青年が、ものすごい速さで近付いてきていた。
「いいな! 隊列を乱すなよ! 射程に入ったらまずは魔法部隊が魔法で攻撃し――」
「へいへいへ〜い! そんなに大勢で歓迎なんて俺っち張り切っちゃうな〜!!」
隊長の男が指示を終える前に、雷堂修の足は一人の青年騎士の胸を捉えていた。
その青年騎士の身体は大柄であったにもかかわらず、やすやすと蹴り飛ばされ、指示を出していた壮年の騎士に激突。結果、指揮系統を失った彼ら騎士達は困惑した。
その隙を修は見逃さなかった。
状況の事態を把握しようとして意識がそちらに向いていた五人の騎士がその不意をつかれ、一瞬のうちに地面を転がった。
「……わ……我は乞い願う……」
「バカッ! こんなタイミングで魔法を使ったら敵どころか味方ごと吹き飛ぶだろ!」
慌てて魔法を使おうとした騎士を別の騎士がなんとか止めるが、その間に一人、また一人と騎士が修によって一撃で石畳に叩きつけられていった。
「そんな馬鹿な! こっちは毎日鍛錬した騎士なんだぞ! こんな若造如きに倒されるなんてあってなるものか!」
「ははは〜またハズレ〜。そんなんじゃ俺っちには掠りもしないよ〜」
また、騎士の一人が鉄格子を巧みに振り回す修の手によって石畳に叩きつけられた。
「せっかくならもっとゾクゾクするような悲鳴を聞いて楽しみたいんだけどさ〜。うちの参謀君が早く終わらせてこいって言うからさ。悪いけどぱぱっと終わらせてもらうよ」
それから一分と経たず、一階に上がる階段前のエリアは、修一人の手によって制圧されたのだった。
◆ ◆ ◆
修による制圧後、一分程で、海原恭弥、伊佐敷遥斗、山川太一、須賀政宗、フューイの五人は修と合流した。
「お疲れさん。シュウが素早く制圧してくれたお陰でだいぶ余裕できたわ」
「おっ、じゃあちょっと遊んでっていい? 最近閉じ込められたせいでストレス溜まりまくってたんだよね〜」
「駄目に決まってるだろ。さっさと上に行くぞ」
「チェッ、ケチンボ」
遥斗に諭され、修は不貞腐れたように騎士の持ち物漁りに戻った。
「それで? こっからどういう感じで行くんだ?」
「それはですね」
「正面突破一択でしょ。敵に準備する時間すら与えず正面から最短ルートで団長室に殴り込み。単純明快だけどこれが一番手っ取り早い」
「ルートは?」
「シュウが目覚めて一日目で探索しておおまかな間取りと部屋の大きさを調べてくれてるよ。なっ、シュウ」
「団長室って三階にあるんでしょ? だったら間取り的におっきな部屋があったしそこなんじゃない? 部屋の文字も見てちゃんと確認したかったんだけど俺っちにはあの文字は解読不可だったわ」
「あの〜」
笑う修と遥斗のやり取りを聞いて、フューイが恐る恐るといった様子で手をあげた。
「えっ……と、わかっているみたいなので言いますが、多分シュウさんが言ってたその大きな部屋で合ってると思います。俺がフェンネルさんから聞いていた団長室も三階奥の大きな部屋だとおっしゃっておられましたし。てか、捕まってたのに探索って凄いですね」
「まぁ、そのせいで寝心地の悪い地下牢に移動になっちゃったんだけどね。いや~ここの監視カメラが目に見えないタイプだとは思わなかったよな〜」
「あれも魔法とか魔道具の類いなのかな。まだ他にも見えないトラップが仕組まれてるかもしれないし、ここからは用心して進もうか」
遥斗の意見に反対の言葉は出ず、六人は一階へと続く階段をのぼるのであった。
◆ ◆ ◆
階段を登りきると、一階では既に多くの騎士達が待機していた。
その数は百を有に超えており、綺麗な隊列を組んで恭弥達を待ち構えていた。
そして、その先頭には見覚えのあるグラマラスな女性が立っていた。
遥斗が飛び出しそうとしたタイミングで政宗が後ろ襟を掴むと、それによって視界の開けた恭弥の視界にその女性の姿が映った。
「あれ? サキュラじゃねぇか。こんなとこでなにしてんだ?」
恭弥が気軽に声をかけると、サキュラもつられて笑顔で手を振ってしまいそうになるが、笑顔になったところでハッとなり、一つ咳払いをした。
そして、サキュラは震える指で遥斗の方を指差した。
「あっ……あの人です! あの人が私に乱暴なことをしようと!」
叫ぶように発されたサキュラの言葉により、明らかにサキュラの後ろにいる男性騎士達の殺気が膨れ上がった。
指を差された遥斗はまるで濡れ衣を着せられた被害者のような反応を見せており、訳がわからないとでも言いたげにサキュラの方を見る。
「いきなり手を掴んできてっ!! 結婚しようとか訳わからないこと言ってきて!! 私をいきなり脱がそうと!!」
「ちょっ、そんなことしてなっ――」
遥斗の言葉など騎士達の耳に届くはずもなく、騎士達の怒りの炎が更に火力を増していく。
「ねぇ、皆も説得してよ! 僕がそんなことするはずないって!」
遥斗は後ろの五人に対して説得するようにお願いするが、フューイを含めた五人全員が遥斗に軽蔑の眼差しを送っていた。
「ちょっ、何その目は! 僕がそんなことしないって皆知ってるよね!!」
「遥斗ならやりそうだなって」
「いや流石にしないから!」
「いや、遥斗君ならやるっしょ」
「いやいや野外プレイなんて女の子の許可無しにする訳ないじゃん!」
「許可があったらするんですね。ドン引きです」
「僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよフューイ君んん!!」
「拙者、短刀を持っておらぬゆえ、これで」
「……おいマサムネ? 僕にその鉄格子でなにしろって言うんだ? まさかとは思うが切腹しろって意味じゃないよな! ふざけんなそんな長い棒で切腹なんてできる訳ないだろ!」
「遥斗君……」
「タイチ! お前ならわかってくれるよな! なっ!」
「女の子泣かせちゃ駄目なんだよ」
「タイチなんかに女心を諭されたぁあああ!!!」
膝をついて絶叫する遥斗の頭を恭弥の平手が襲う。
「仲間になんかって言うな。とりあえずサキュラに謝ってこいよ」
「いや~どうやら、もうそういう問題じゃないっぽいよ、恭弥君」
修の言葉で恭弥が騎士達の方を見てみれば、そこには般若のような形相になった騎士達が殺気を尖らせ、恭弥達の方を見ていた。
そんな中で、一際目立つ巨体を持つ男が、誰かに指示をされるでもなく前に出てきた。
「ぐふぇ、ぐふぇ、僕のサキュラたんに手を出すなんて許さないんだな!」
太一と比較しても見劣りしないその大きな男は、片手斧を軽々と持ち、恭弥達の方へと歩いてくる。
「あっ、あれは! 自称サキュラ様親衛隊隊長のバルゴ!!」
「やべぇって! バルゴが出たんじゃやっこさん死んじまうんじゃ!」
「別にいいだろ。サキュラ様に手を出す奴なんだから」
「それもそうだな。やれーバルゴー! あのイケメンの顔をお前の斧でズタズタにしてやれー!!」
後ろの騎士達の声援で、バルゴというその男は調子に乗ったように片手斧を振り回し始めた。
そんな彼を見た恭弥達の様子は、特に怯えることもなく、平然を絵に描いたような状態だった。
「なんか太一君みたいなのが出てきたね〜」
「面倒そうな相手だな。おい遥斗。お前が撒いた種なんだからお前が行ってこい」
「うぇ……あんまり男の身体に触りたくないんだけどなぁ……」
やる気のやの字も見えない様子でとぼとぼと前に出る遥斗。
そんな遥斗を前にして、バルゴの目が光り、彼は高らかと振り上げた片手斧を一切の躊躇もなく振り下ろした。
しかし、振り下ろした片手斧は床に深々と突き刺さっただけで、その後、動く兆しを見せることすらなかった。
当然だろう。
なにせその片手斧は誰にも握られていないのだから。
「……タイチと同じくらいだし、ちょっと苦戦するかなって思ったけど見かけ倒しだったな」
つまらなそうなものでも見るかのような目で騎士達の方を見る遥斗。その視線の先には仲間を押し潰した状態で気を失ったバルゴの姿があった。
「お〜。見事に吹っ飛んだね〜。毎度の事ながらなんであれだけの一撃であんなに飛ぶんだか」
「別にこれくらいたいしたことないでしょ。なにせうちには僕なんかじゃ足下にも及ばない怪物が四人もいるんだからね」
「あっはっは〜。それなら俺っち達も、少しは怪物らしく暴れちゃうとしますか〜」
「そうだな。フェンネルとの戦いの前の準備運動だ。とりあえずてめぇら、悪いが道を開けてくれや」
恭弥の挑発的な言葉と笑みが開幕の合図となり、圧倒的な数の差による戦いの火蓋が切って落とされた。
サキュラ・シュテリングスは甲冑騎士団第三部隊の隊長を務めている幹部クラスであり、騎士団長フェンネル・ヴァーリィの信頼出来る部下の一人だ。
サキュラは今回の恭弥達脱走作戦の概要をフェンネルから聞かされており、武装させた騎士達をここでスタンバイさせておくように指示を出されていた。
異世界から召喚された勇者という話は眉唾ものだったが、フェンネルから気に入られている彼らが少し気に食わないというのも事実。
その実力をここで見定めさせてもらおう。
そんな軽い気持ちで了承したサキュラだったが、戦闘が始まった途端、ただただ唖然とすることしか出来なかった。
恭弥達と騎士団の戦いはそんなに時間がかからなかった。
恭弥の目で捉えられぬ高速ジャブは怒りで冷静になれていない騎士達の顔面を捉え、一撃で闇へと沈めていき、一人、また一人とまるでドミノが倒れるかのように連続で倒れていく。
戦闘時間は約五分程度、その僅かな戦闘時間で恭弥が屈強な騎士達を倒した数はチーム最多の五十四人だった。
恭弥が辺りを見れば、サキュラ以外の騎士達は床に倒れているが、『ステラバルダーナ』の面々は疲労の色すら見せなかった。
「……いや~マジか〜。うちの子たち全然敵わないじゃん。せっかく盛り上がるように被害者演じたのにな〜。やっぱり支援魔法とか使うべきだったかな〜」
「なんだ演技だったのか? あと少しで遥斗をボコるところだったじゃねぇか」
「ん? あれれ〜? もしかしてキョウヤっちも私に惚れちゃった系? 悪いけど私ってば団長以外の男の人は眼中にないんだよね〜」
「そりゃ残念。それで? 俺達はもうここを通っていいのか? それともサキュラも一戦やっとくか?」
「あはは〜。無理無理。私は魔法がメインで火力もバカでかいからごめんけどそういうデートはまたの機会にね~。じゃあここ通っていいよ〜。あっ、そうだったそうだった。二階にはあの頭カチカチ陰湿眼鏡がスタンバってるからあのすました顔ボコボコにしといてね~」
「おいおい、それ言っていいのかよ」
「いいんじゃね? 私的にはキョウヤっちの方がお気にだからキョウヤっちに勝ってほしいんだ〜」
「そりゃ、ありがとよ」
「そんじゃ頑張ってね~」
今度は満面の笑みで手を振って送り出してくれたサキュラに背を向けると、恭弥達は長い廊下を走っていくのだった。
◆ ◆ ◆
甲冑騎士団本部は不思議な造りになっており、地下と一階を繋ぐ階段と一階と二階を繋ぐ階段は真逆の位置にあり、長い廊下を走って二階への階段をのぼりきる頃には太一はヘトヘトになっていた。
「もう駄目〜。一歩も動けない〜! お腹減った〜!! 修君おんぶ〜」
「あっはっは〜。俺っちを殺す気か」
そんなやり取りをしている彼らの目にたった一人の青年が映る。
それは青いサラサラヘアーの真面目そうな青年だった。
当然、恭弥はその男に見覚えがあった。
「あんた確かフェンネル迎えに来たメンバーだったよな。確か……ウィル・マフィン?」
「フィル・マーフィンです。よく覚えておいてください」
眼鏡の奥から鋭い視線を飛ばすフィルに、恭弥は悪かったなと素直に謝罪した。
「それで? 他の騎士はどうした? まさかあの戦いの時みたいにどっかに隠れてんのか?」
「いえ、ここには私一人です。安心しなさい。これは嘘でもはったりでもありません」
「どういうつもりだ? 俺達は一応脱獄囚だぜ? まさかあんた一人で俺達を捕まえるつもりか?」
「いえ、それは不可能でしょう。ですが、こんな茶番に部下達を巻き込みたくないというのも事実。なので、私と決闘をしてはいただけませんか?」
「決闘だ? いいぜ。乗った」
「よろしい。私が勝てばおとなしく全員牢屋へと戻ってください。逆に私に勝てばこの道は譲りましょう。どうです?」
「いいぜ。乗ってやるよ」
恭弥は拳を前に出し、ボクシングの構えを取った。しかし、何故かそれを見てフィルは首を横に振った。
「貴方とじゃありませんよ。私が戦いたいのは後ろの彼です」
フィルが指を差した先、そこにいたのは政宗だった。
「あの日、弾かれたものとはいえ、団長の聖剣の一撃を打ち消したその剣技。こことは異なる世界の剣技! 是非ともお相手していただきたいのです!」
「だってよ、政宗はどうする?」
「拙者としてはその勝負を受けたいでござるが、拙者の愛刀である雷蔵は今この場にはござらぬ故、期待には――」
「そう言うと思って貴方の剣はこちらに用意しております」
フィルの左手には日本刀があり、それを見た政宗はその場から消えるように走りだし、フィルの手にあった刀をひったくるように奪い取った。
「これは紛うことなき拙者の愛刀雷蔵!! もう二度と離さぬでござるよ〜!!」
渡すつもりだったとはいえ、一瞬で持っていた剣を奪われたことに、驚きながらも感情が昂ぶっていくのをフィルは感じた。
「他に欲しい荷物があれば言ってくだされば――」
「ご飯!!!」
フィルの提案は政宗に対してのものだったのだが、何故か食い気味に答えたのは太一だった。
ここまで平静の顔色を崩さなかったフィルの眉がひくつく。
「すまぬ。太一殿はあれでふざけているつもりではござらぬ。もちろん、拙者はこの雷蔵一本で充分でござるよ」
「そうですか。では、始めましょうか」
フィルがレイピアをゆっくりと引き抜き、戦いは静かに始まった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
・最近風邪でダウンし、投稿が遅れてしまいましたが、もう治りましたので、遅れを取り戻す勢いで頑張っていきたいと思います。




