第3話:魔人だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
遥斗とシャルフィーラの二人がいるところに突如として魔人が出現し、その魔人はシャルフィーラを空中に飛ばし、そのまま地面へと激突させようとした。
寸でのところで遥斗が救うも、シャルフィーラの意識は既になく、遥斗は近くで聞き耳を立てていたフューイにシャルフィーラの身を任せ、遥斗は魔人との一騎討ちに挑むのだった。
甲冑騎士団第二部隊、通称第一特殊部隊隊長フィル・マーフィンは人一倍時間に厳しい男である。
ただでさえ騎士団長であるフェンネル・ヴァーリィのいつもの失踪事件のせいで時間が押しているというのに、友人として紹介された海原恭弥を彼が滞在する宿屋まで連れていかなくてはならなくなり、現在、大幅な時間ロスが発生している。
本来であれば激しく反対するところだが、フェンネルの我儘で無理矢理連れ出した挙句、腕を負傷させてしまったという話を聞いた以上、彼を一人で帰らせる訳にはいかなかった。その為、渋々ではあったが、恭弥を送り届けることにフィルも賛同した。だが、流石のフィルもそろそろ堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
大臣の長い話でイライラしていたサキュラ・シュテリングスが遠くから様子を窺っていた魔物達相手に強力な魔法をぶっ放したり、頼みの綱だった副団長のソフィア・ベルド・ファルマイベスまでもが、物凄く苛立っているようで魔物相手に過剰攻撃を行い、全然前に進まないという事態に発展していた。
おまけに無駄話まで始め、フィルの怒りは最高潮に達していた。
それもようやく終わると、フィルはカルファ村の入口を見て安堵した表情を見せた。
その時だった。
彼の耳に子どもの悲鳴のような声が聞こえた。
「副団長、今の声は」
「マーフィン、行って様子を見てきてください。私も皆を連れてすぐに参ります」
声が聞こえた状況で傍にいたのは副団長のソフィアだけで他の四名は少し離れた場所にいた。
状況も状況な為、フィルはその命令に否を唱えず、自分に出せる全速力でカルファ村へと向かった。
カルファ村で少し前まで発生していたとされる誘拐事件。犯人と思われる男爵は捕まえたが、彼の背後には何らかの組織が関連していたと目されており、まだその全貌は見えていない。
事件解決によって子ども達が解放されたことで、その組織が動き出したのかもしれないと、フィルの足が加速する。
そして、フィルがカルファ村に到達すると、背格好や顔立ちのよく似た少年少女が、かなり太った巨漢に追いかけ回されている現場が目に入った。
その光景を見た瞬間、フィルは自分の腰に差したレイピアの柄に手をかけ、引き抜こうとした。
「動くな」
突然、横から殺気を感じ、フィルは引き抜こうとしていた手を止めた。
これ以上一歩でも動けば殺される。
そう思わせてくる殺気に、フィルは目だけで声のした方を見た。
そこには白い手ぬぐいを頭に巻いた青年が、岩に座りながらフィルに対して小型の拳銃を向けていた。
「もしその剣を引き抜けばお前のかっこいいお顔に風穴空けるよ」
脅しとしか思えない文句でありながら、その言葉の重みはそこらのごろつきとは比較にならなかった。
緊張感が走り、フィルの額に汗が浮かぶ。
「……誇り高き騎士である僕に子どもが襲われる現場を黙って見てろと?」
「なに言ってんの? よく見なよ」
疑い半分で指差した方を見れば、子ども達の表情からは恐怖というよりも楽しそうな様子がありありと伝わってきた。
その表情を見て、自分の早とちりだと理解したフィルはレイピアの柄にかけていた手を自由にし、拳銃を向けていた青年に頭を下げた。
「どうやらこちらの早とちりだったようだ。どうか謝罪を受け入れてほしい」
「いいっていいって、はたから見りゃあどう見たって子ども襲ってるようにし見えないもんな。まぁ、抜いてたら指一本は覚悟してもらってたけどな」
岩から立ち上がり、その青年、雷堂修はフィルに気さくな笑みを向けた。
すると、フィルに遅れてやってきた騎士団の者達が続々とカルファ村に入ってきて、その内の一人が修を見つけて近寄ってきた。
「あれ、修じゃん。こんなところでなにしてんの?」
驚いたように声をかけてくる恭弥。そのボロボロな格好を見て、修は溜息を吐いた。
「はぁ……また派手に遊んだね。そんなに服を駄目にして、また遥斗君に怒られるよ?」
「わりぃわりぃ、今日のはなかなかやばくてな」
「そう言って、どうせ恭弥君の悪い癖が出たんでしょう。せっかく良い目を持ってるんだから活かさなきゃ駄目じゃん」
「いやいや今回のはまじでヤバかったんだって。見上げるくらいの巨人が相手だったんだって」
「巨人って。そんなん御伽話だけの話じゃん」
恭弥の話を一笑に付す修を見て、恭弥は信じてもらうのを諦め、キョロキョロとなにかを探すように辺りを見渡した。
「ところで遥斗と政宗は?」
「遥斗君はデート。政宗君ならそこら辺でどうせ修行でもしてんじゃない?」
「デート?」
「そうそう、宿屋の女将さんと一緒に森の中に入ってったよ。だからこうして俺っちと太一君でガキ共の相手してるって訳」
「森の中ね〜」
恭弥の表情に不安の様相が浮かぶ。
特にこれといった雰囲気を感じる訳でもないのに、恭弥は無性に嫌な予感がしてならなかった。
遥斗の実力を、幼馴染であり、いつも隣にいた恭弥はよく知っていた。危険な肉食の魔物が蔓延る区画に一人で入るような奴じゃないこともよく知っている。
それなのに、どうしてもその嫌な予感が拭えずにいた。
そんなタイミングだった。
「君! 大丈夫か!」
メフィラス・アドマレークの焦ったような声が入口の方から聞こえ、恭弥は反射的にそちらへと顔を向けた。
そこには気を失っている様子のシャルフィーラを背負ったフューイの姿があり、恭弥は急いで彼らの元に駆け寄った。
「キョウヤさん……大変です。ハルトさんが……ハルトさんがっ……!!」
「遥斗がどうかしたのか!」
「母さんが魔人に襲われて……僕らを逃がす為にハルトさんが一人で……」
目に涙を溜め、悔しそうに訴えてくるフューイの言葉。それは恭弥の表情に怒りを宿すのに充分だった。
「おいフェンネル、魔人ってのはなんだ?」
低く怒りに満ちた恭弥の声が、フェンネルの表情を真剣なものへと変える。
「リオリス海を挟んだ大陸に住む厄介な人種だな。残しておいた遠征部隊から連絡がないところを見ると、全滅したか、それか気付かれずにやってきたか……どちらにしろ相当厄介なレベルだろうな」
「それはどれぐらい強いんだ?」
尋ねてくる恭弥の目を見れば、それが興味本位でないことくらいすぐにわかった。だからこそ、フェンネルは答えを渋り、少し間の空いた後、恭弥の目をしっかりと前から受け止めながら、その言葉に答え返す。
「少なくとも今日戦った一つ目の巨人……中級の魔人でもあれとは一線を画すレベルだ。一応これは親切で言っておくんだが、ここは俺達に任せておいた方が良い。お友達も俺が絶対無傷で連れて帰るからキョウヤはここでおとなしく待ってろ。その怪我作った原因の俺が言うのもなんだが、怪我してんだから無理すんな」
恭弥自身もわかっていた。
一週間前の怪我が治りきっていないにもかかわらず左腕を酷使したことで傷が開き、なおかつ、まともな治療を受けていない為、左手はボロボロだった。
しかも、体力は広大な大地を走ったりサイクロプスと戦ったりで、とうの昔に底をつき、今も立っているのがやっとの状態だ。
まともに戦える訳が無いと、自分でもわかりきっていた。
それでも、彼の瞳に揺らぎは無い。
諦めるつもりなど、ましてや、家でおとなしく無事の報せを待つ気など毛頭ないかの如き目で、恭弥はフェンネルを睨んだ。
その目が、その顔が、フェンネルの表情に笑みを作らせる。
「おい、そこの坊主、魔人の位置は!」
「も……モダン湖です」
「よし。キョウヤ、フィル、サキュラは俺と一緒に来い! メフィラスさんは村の人達の避難誘導、ソフィアは今から飛ばすから騎士団を率いて万が一に備えてモダン湖に来い」
「だから団長の個有能力は国家機密――」
その言葉を言い切る前に、近寄ってきていたソフィアの姿が跡形もなく消え、それを見ていた修の目が丸くなる。
そんな修に、フェンネルが話しかけた。
「君もキョウヤの仲間だな?」
「……だったら?」
「君も一緒に来てくれないか?」
「言われなくてもそのつもりだって。恭弥君、俺っちと太一君は政宗君と合流してから行くよ」
「そうしてくれ。場所は知ってるのか?」
「モダン湖でしょ? ガキ共と釣りに行ったことあるから場所は大丈夫」
「そうか、だったら後でな。行くぞ、フェンネル。道案内を頼む」
そんなことを言いながらも、恭弥はフェンネルよりも先に走りだし、それに少し遅れてフェンネルとフィルの二人はモダン湖に向かって走りだした。
そんな三人の後ろ姿を見て、サキュラが素っ頓狂な声を漏らした。
「えっ、まさか私にあれについて行けと? 転移するんじゃなくて? 普通に嫌なんだけど……」
ぼやくサキュラ。そんな彼女の肩にメフィラスの手が置かれた。
振り向いたサキュラに、どんまいとでも言いたげな眼差しを向けるメフィラス。その眼差しを見た瞬間、逃げ場が無いことを察したサキュラの目に涙が浮かんだ。
上官の命令は絶対。それがどんな無理難題であろうと、遂行しないは通らない。
「うわ〜〜ん!! 今日はとんだ一日だぁああああ!!!」
木霊のように声を響かせ、サキュラは先に行った三人の跡を必死についていくのだった。
◆ ◆ ◆
恭弥はモダン湖という湖がどこにあるかを知らない。
そのような場所があるということもついさっき知った程だ。
だから、本来であれば道案内に従い、後をついていくのが正しいのだろう。
しかし、恭弥には不思議と、仲間である伊佐敷遥斗がそちらへいるような気がした。
それはただの直感で、確たる証拠がある訳では無い。
説明を求められても、ただそう思っただけと答えるしか出来なかっただろう。
しかし、恭弥の足に迷いはなく、恭弥の目は確信を持ってそちらを見ていた。
そして、恭弥の視界を邪魔していた木々が無くなり、彼の視界が晴れた。
「おや? これは思わぬ援軍……いえ、先程の者達が呼んだのでしょうね。ですが、既にもう、手遅れですよ」
埃一つついていない綺麗な執事服を身に纏った異様な存在。
その存在にも目を引かれたが、恭弥の目はすぐにあるものを探した。
そして、それは程なくして見つかった。
「遥斗!!!」
幹が折れた木に背中を預け、額や口から血を流して動かない遥斗の姿を見た瞬間、恭弥は喉が張り裂けんばかりの声量で遥斗の名を呼んだ。
しかし、遥斗は恭弥の声に反応を示さない。
見れば、戦闘の跡があちこちに見られ、そこかしこに赤い液体がばらまかれたような痕跡が窺えた。
魔人の姿を見れば、怪我をした様子も、ましてや息が上がってる様子も見られない。
「お初にお目にかかります、異世界より参られし勇者様。私めは――」
人のように深々とお辞儀をし、自身の名を魔人が告げようとした。
その瞬間、まるで時間が抜き取られたかの如きスピードで間合いを詰めた恭弥の大きく振りかぶった拳が魔人を捉えた。
いや、捉えたかのように見えた。
頭を下げ、完全に油断しているようにしか見えなかった。
だが、次の瞬間、恭弥は背中に意識を失いそうになるほどの猛烈な痛みを覚えた。
(なにかに攻撃された!?)
恭弥は目だけで振り向き、自分の背中に今も当たっているそれを確認した。だが、確認すると同時に恭弥の表情に驚きの色が浮かぶ。
そこにあったのは幹の太い木。折れた木ではなく、根が張ったれっきとした木が、そこにはあった。
そして、先程まで拳の届く間合いにいたはずの魔人は、不可思議に思えるほど離れていた。
「改めまして自己紹介を。私、魔王クリスタ様に遣える十二の上級魔人『貴晶鉱爵』が一人、【反射】のオニキス。以後お見知り置きください」
自らをオニキスと名乗ったその魔人は、まるで貴族を相手にしているかの如き丁寧な所作で自身の名を名乗り、そして、ほくそ笑んでみせた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。




