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第2話:サイクロプスだろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)


 前回のあらすじ。

 フェンネル・ヴァーリィのユニークスキルによって一瞬でウィール平原に辿り着いた恭弥は、一つの手掛かりによって、ウィンリン商会の荷車を襲ったのがサイクロプスという一つ目の巨人だということがわかったのだった。


 海原恭弥(かいばら きょうや)は日本から来た青年だ。

 漫画や小説を読むことよりも身体を動かすことを好み、高校は中退したものの、それなりの一般常識は持ち得ている。

 そんな彼の知識は非常に偏っており、魔法や亜人、魔物に関する知識は無いに等しい。

 だからこそ、恭弥は知らなかった。

 自分よりも何十倍も大きい巨人の存在を。


「おいおい冗談だろ……」


 川のほとりで、鹿によく似た魔物を生でむさぼり食らう一つ目の巨人(サイクロプス)を確認したのはつい先程。多少の窪地とはいえ、その大きさは十階建てのビルと比べても見劣りしないだろう。

 これまで魔物と一括りにされてきた動物達を見ても、日本でも似たような動物がいるし、自分が知らないだけで何処かには生息しているんだろうと特に気にしてはこなかった。

 だが、流石の恭弥もこの巨人を見た時だけは自分の目を疑った。

 映像の(たぐ)いでは無い。人為的に作られた人形でも無い。

 生きている。

 生きて鹿を食らっている。

 恭弥の目は、その巨人をそう判断していた。


「……流石にあれはやべぇな……」

「あまり喋らない方がいい。サイクロプスは目が発達していない代わりに耳で獲物を察知する。気付かれれば、流石の俺でも面倒な相手だ」


 隣で腕を組みながら忠告してきたフェンネル・ヴァーリィの言葉で、堂々と姿を晒していながらもこちらに気付かないのはそういう訳かと、恭弥は独りでに納得した。


「サイクロプスの特徴として挙げられるのはあの巨体ならではの脅威的な攻撃力、それと厚い皮膚からなる圧倒的な防御力だな。生半可な攻撃じゃダメージは入らないと思った方が良い」

「スピードは?」

「一歩はでかいが、俺よりかは速くないな」

「大概がそうだよ」

「だが、あそこに倒れている棍棒による攻撃には注意した方が良い。……ん?」

「どうかしたのか?」

「いや、あそこ」


 フェンネルに促され恭弥が指の差された方へ視線を向けると、そこには弓を構えている青年の姿があった。

 恭弥の目は遠目でありながらも、その青年の胸に銀色のバッジがついているのを見つけた。


「ありゃAランクの冒険者だと証明するバッジだったか?」

「ほう、Aランクの冒険者か。となれば相当な手練だろうな。ここは様子を見るか」

「行かないのか?」

「俺達は正規の手続きを踏まずに俺の個有能力(ユニークスキル)で跳んできたが、向こうは正規の手続きを踏み、色々と情報を掴んで出向いたのだろう。それなのに獲物を横取りするのは彼に失礼というものだ」

「確かに獲物横取りされるのは俺も好きじゃねぇな。しゃあねぇ、譲るとするか」

「本当は戦わずに済んでホッとしているのではないか?」

「あぁ? 代わりにお前を捻り潰しても良いんだぞ?」

「ふっ、帰りの転移はどうやら一人分で済みそうだな」


 笑顔でありながら、周囲を圧倒する雰囲気を出していた恭弥とフェンネルの拳が構えられた次の瞬間、ぐちゃりと肉を潰すような音が二人の耳に届き、二人の動きは止まった。

 そして、恭弥の目はそれを視認した。

 先程まで隠れて弓を構えていた人の姿はどこにもなく、ただ、振り下ろされた棍棒の下に血溜まりが出来ていた。


「……どうやら横取りの心配をする必要は無くなったみたいだな」

「……冒険者とはいえ、これで死者が出た。完全な討伐対象だ。どうする? 俺も手伝おうか?」

「……いや……」


 フェンネルの言葉にそう返すと、恭弥は目の前にある下り坂を滑り降りていった。

 そして、サイクロプスの正面に出ると、サイクロプスに向かって構えを取った。


「俺一人で充分だ」


 ◆ ◆ ◆


 サイクロプスを発見する直前、フェンネルは恭弥にこう提案していた。


『サイクロプス如き、俺一人でも余裕で勝てるが、せっかくだ。キョウヤがどれほどの実力者なのか見せてくれないか?』


 その言葉は、恭弥のプライドを逆撫でするのに充分な効果を発揮し、恭弥は一人でサイクロプスと戦うと断言したのだった。

 だが、フェンネルは今になってその提案を後悔していた。

 いくら()()()()()()()()()とはいえ、来たばかりの者に任せるような案件では無い。

 初めて見た時から感じていた恭弥の強さ。それは誰もが持っているような代物では無い。

 これでまだ来たばかりだという話だから、更に驚かされた。

 だからこそ、フェンネルはつい実力が見たいと思ってしまった。

 しかし、目の前にいるサイクロプスが一瞬にして、Aランク冒険者を殺した現場を見て、痛感した。

 彼にサイクロプスの相手は荷が重いんじゃないか、ここで勇者の一人を失うのは世界の損失なのではないか、と。

 だが、その迷いは一瞬にして吹き飛ばされてしまうこととなった。


 高々と振り上げられた棍棒が力いっぱい振り下ろされる。

 人を殺すには充分な威力を誇っており、うち貫かれた地面には巨大なクレーターが出来ていた。


「よくこんなでっけぇ棒をぶんぶん振り回せんな〜」


 関心したように木製の棍棒をパシパシと叩く恭弥の表情には恐怖や焦りといった色は無く、むしろ笑みすら浮かべていた。


「キレた太一なら行けるか? いや、流石の太一もこんだけでけぇと難しいか? いや、太一ならやれるかも……おっと」 


 どうでもいいことを考えている恭弥の顔を狙った横薙ぎが放たれるものの、恭弥は身体を低くして躱してみせた。

 そして、巨大な棍棒が恭弥の上空を通りすぎると、そこに恭弥の姿は無かった。


「鬼さんこちら〜ってな!」


 強烈で速い右フックが巨木のように太いサイクロプスの右足に直撃した。

 それはこれまで多くの()()を薙ぎ倒してきたまさに必殺の一撃。だが、サイクロプスは何かしたかと言わんばかりに右足

をポリポリと掻いた。

 これまでなら倒せないまでもぐらつかせることは出来た。

 だが、サイクロプスにはまったくもって効果が見られない。

 圧倒的な攻撃力と圧倒的な防御力を誇り、見上げなければ胸すら見れない巨体を誇るサイクロプス、それを前にして、普通の人なら絶望しただろうか?

 圧倒的な戦力差に愕然とし、いずれ来る絶望的な未来を見て逃げ出すだろうか?

 もし、そんな考えが()ぎらない人間がいれば、それは余程のバカか頭のネジが飛んだ異常者くらいだろう。 


「ハハッ! いいねぇ! そうでなくっちゃ面白くねぇ!!」


 海原恭弥は、かなりのバカだった。

 圧倒的な体格差によるハンデ。そんなものは理由にならない。

 人など容易に叩き潰す巨大な棍棒。そんなものは理由にならない。

 相手が銃を持っていようが、人数不利だろうが、そんなものは関係ない。

 恭弥にとって必要な情報は、相手が自分を楽しませる相手かどうかただ一つ。

 恭弥が再び拳を構える。

 そんな恭弥の身体を狙った棍棒が襲いかかるも、その棍棒が恭弥に当たることは無かった。


「どうやって倒すかな〜。こういう時は遥斗がアドバイスくれるんだが、あいつ帰ったしな〜。……まっ、なんとかなんだろ」


 恭弥の右手に力がこもる。

 それは多くの人間を地に伏させてきた必殺の一撃。


「ハイパー最強右ストレート!」


 サイクロプスの死角である足元に潜りこみ、恭弥の右ストレートが炸裂した。

 その一撃はサイクロプスの右足の脛を抉るが、たいしたダメージになっていないことは目に見えて明らかだった。

 だが、恭弥に悔しがっている時間は無かった。

 恭弥の目は捉えた。

 右足が微かに後ろヘ下がったことに。

 それはダメージによるものでは無いと、恭弥はすぐに判断し、急いで右に跳ぼうとした。

 だが、サイクロプスの足は巨木のように太かった。


「ぐっっ!!」


 真芯ではなくともその太い足に込められたエネルギーは並では無い。なんとか腕で防ぐも、恭弥の身体は地面に何度もぶつかりながら、川の中へと落ちていった。

 大きな水飛沫が上がり、暫く水面は静かになるが、すぐに恭弥は顔を出した。


「ぷはっ! くそがっ! いつものようには行かねぇか……」


 その川は思ってた以上の浅瀬で、恭弥の腰程までしか浸かっていない。そんな状況で悪態をついていると、どこからともなく、フェンネルが川べりに現れた。


「おっ、ちゃんと生きてるな? そりゃ良かった」

「うっせぇ、笑いに来たのかよ」

「いやいや、もしもの時の為に引き上げに来ただけだ。それで? 俺も手伝ってやろうか?」

「いらねぇっての! 黙って見てろ!」

「見れば魔法も使えず武器も拳のみ。速さはかなりのものだが、威力はいまいちのその攻撃で……キョウヤ、君はいったいどうやってあのサイクロプスに勝つつもりなんだい?」


 腕を組みながら見下ろしてくるフェンネルの放つ威圧感を前に、恭弥はただ歯を軋らせることしか出来なかった。

 自慢の一撃は威力足らず。いくら先が見えてカウンターを放とうとしても、面の広い攻撃をゼロ距離で避けることはかなり難しい。

 今までは通じていた攻撃がまったく通用しない未知の感覚に、恭弥は歯噛みすることしか出来なかった。


「自分の弱さが理解できたか? 今のお前はまだまだ弱い。平和で魔物すらいない君の世界でならそれでも通用したかもしれないが、この世界じゃその程度じゃ通用しない。そのことをよく胸に刻んでおけ」


 恭弥は反論することなく、静かに顔を下に向けた。

 その姿がそのまま答えだと思ったフェンネルは恭弥に背中を向け、苛立っている様子のサイクロプスを視界におさめた。


(流石にサイクロプスは無理だったか。だが、この敗北は彼に強さを追い求めるきっかけになる。今は通用しないかもしれないが、いずれはこの俺をも超える男に――)


 突然、何かが横を走りぬけたような感覚で、フェンネルは我に帰った。

 そんなフェンネルの視界に、恭弥の背中が映った。


「なっ!」


 声をかける間もなく、恭弥はサイクロプスの方へと駆けていき、その隙だらけの右足に再び右ストレートを放った。

 だが、今度はその一発だけでは終わらなかった。

 左の拳が続けざまにサイクロプスの右足に叩き込まれ、引っ込めると同時に右の拳を叩き込んだ。


「バカがっ! そんなに近付けばまたっ!」


 フェンネルが恭弥を安全な場所に転移させようとした次の瞬間、視界の中心にいたはず恭弥が消え、その残像をかき消すようにサイクロプスの右足が空を切った。


「どこに?」


 フェンネルの視界が恭弥の姿を捉えた時、彼は既にサイクロプスの左足を殴り始めていた。

 何度も何度も、それは嵐の如き怒涛の連撃。

 そして、サイクロプスが痛みを訴えるようにうめき、遂にその膝が地面についた。

 だが、サイクロプスもただで勝利を諦めるつもりは無かった。

 膝が崩れ落ちるのを避けた恭弥の身体を目掛け、サイクロプスは棍棒を振り下ろした。

 地面にクレーターが出来る程の一撃、当たれば間違いなく即死だっただろう。

 だが、恭弥の無事はすぐにサイクロプスにもわかった。

 何故なら彼は、ただ静かに棍棒の上に立っていたのだから。

 その目に睨まれた瞬間、サイクロプスは猛烈に嫌な予感を感じ取り、蠅を振り払うように振り回そうとした。

 だが、それより先に、恭弥は動いていた。

 棍棒の上を駆け上がり、恭弥は跳んだ。


「最強右ストレート」


 恭弥の強烈な右ストレートが、サイクロプスの急所(一つ目)に深々と突き刺さり、サイクロプスは血を噴き出しながら、地面へと倒れていった。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。

 その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。

 こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。

 もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。 


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