第8話:魔法だろうがなんだろうがかかってこいや!!(7)
前回のあらすじ
政宗とファジマールの戦いに決着!!
ユニークスキルを巧みに操るファジマールに対し、政宗の七天抜刀流が炸裂。
見事勝利を手にした。
サッカーボール大の炎の塊が一人の青年を取り囲むようにいくつも漂っている中で、ローブを纏った青年は愉しそうな笑みで手に持つ杖をその青年へと向けた。
「炎弾の魔法の舞、とでも言うべきっすかね? その炎弾の魔法は俺の指示で常にあんたの死角に回りこんで不可避のタイミングで襲いかかってくる一つ一つが一発即死の中級魔法。正面からの攻撃は避けれても四方八方から撃ち込まれれば、流石のあんたも完全には避けられないっしょ?」
直後、杖の先端が光を発した。
その合図により、ゆらゆらと浮かんでいた炎の塊が中心にいた青年、海原恭弥を焼き尽くさんと襲いかかっていく。
しかし、その炎の塊が恭弥に着弾することはなかった。
「すごい……」
部屋の端でその光景を目の当たりにしていたフューイは思わず呟いた。
なんの前触れもなく不規則かつ多角度から襲いかかってくる炎の塊を、恭弥は全て顔色一つ変えずに紙一重で躱しており、まるで後ろにも目があるのではないかと疑ってしまう程の身のこなしだった。
舞うように動くのではなく、ただ単に恭弥が避けるまでもなく外れたのではないかと錯覚させる現象を前にして、バジルは苛立ちを露わにしていた。
「これならどうっすか! 風刃の魔法」
炎の塊を全て避けられて尚、バジルは次の魔法を放った。
指で空中に魔法陣を描くという詠唱を省いた工程で作られた魔法は、風の刃を形成し、恭弥を斬りつけんと襲いかかる。
見えない何かがくるということを瞬時に察知した恭弥は、横にスライドする形でその見えない魔法を回避した。
次の瞬間、恭弥の後ろにあった肖像画がびりびりに斬り裂かれた。
「俺様の肖像画がぁあああ!!?」
目の前で自分の肖像画が斬り裂かれたショックからか、エルロッド・ディルマーレ男爵は頭を抱えて悲痛の声を上げた。
だが、その声にバジルが耳を貸すはずもなく、次の魔法を作り上げていく。
「い……今のも避けるんすか!? だったら……あの男を叩き潰せ!! 召喚の魔法!! ウッドゴーレム!!」
バジルが召喚の魔法の掛け声をすると同時に発生した魔法陣から召喚されたのは恭弥よりも一回り以上大きい木製の人形だった。だが、それは普通の人形と違い、ひとりでに動きだし、高そうな絨毯を踏み潰しながら恭弥へと近付いていく。
「俺様の超高級絨毯がぁあああ!!?」
またもや悲痛の叫びが上がるが、ウッドゴーレムにその声が届くはずもなく、ウッドゴーレムは恭弥を叩き潰さんと右腕を振り上げた。
「だからすっとろいって言ってるだろ……更に遅くしてどうすんだよ」
そう言いながら恭弥がボクシングの構えを取ると、ウッドゴーレムはその重そうな右腕を振り下ろした。
しかし、ウッドゴーレムの腕が撃ち抜いたのは絨毯の敷かれた床だけで、恭弥は既にそこにはいなかった。
次の攻撃を仕掛けるべく、ウッドゴーレムの顔と呼ぶべき部分が横に避けていた恭弥に向けられる。
次の瞬間、ウッドゴーレムが見ていた恭弥がぶれた。
だが、ぶれたのはその一瞬だけで、すぐに画面は定まった。
ただ、不思議なことに、全ての物が反転しているようにウッドゴーレムの画角には映った。
人ならばその状況に違和感を覚えただろうが、ウッドゴーレムには意識など存在しない。
ただ、与えられた命令を忠実にこなすべく、ウッドゴーレムは反転した恭弥を叩き潰さんと体を動かそうとした。
だが、不思議と体は動かない。
与えられた命令を遂行するべく、ウッドゴーレムは何度も何度も試みるが、変わらず体は動かない。
そんなウッドゴーレムの視界の端にあるものが映った。
それは、崩れ落ちた首の無いウッドゴーレムだった。
そこでウッドゴーレムは全てを理解した。
自分にはもう、体が無いのだと。
そこで、ウッドゴーレムの魔力は尽きた。
「いやいや、ウッドゴーレムをパンチ一発で破壊とか、本当に人間っすか? 実は新種の人型魔物とかだったりしないっすか?」
そんな冗談を言いつつ、バジルは次の魔法を組み上げていた。
バジルの個有能力は『呪言』、言葉に魔力を宿し、本来必要なはずの詠唱を省く事が出来る能力で、これによりバジルは、喋っている間に魔法を造りあげることができる。
元来、魔法の詠唱にはそれなりの時間を要すが、彼はその個有能力を用い、相手の油断をついて倒すことを得意としていた。
だが、恭弥に対してだとその能力はうまく機能しなかった。
会話に付き合う様子がまったく見られず、おまけにこちらが喋りかけるとすぐに視界の外に消えてしまう為、魔法をせっかく組み立てようとしても、すぐに意識をそちらへ割かざるをえなくなってしまう。
その上、例え魔法を組み立てることに成功したとしても、その人間とは到底思えないスピードのせいで意図も容易く躱されてしまう。
フェルネがこの場に居てくれれば足止めを頼めたが、無い物ねだりをしていても仕方ない。
バジルはどうしたもんかと横目で周囲を確認した。
横には自分同様強固な防御壁に守られながらも何故か激昂している雇い主、そこから視線を外せば、風の刃や炎、氷の礫で滅茶苦茶になった装飾品も見えるが、戦闘に使えそうなものは見当たらない。
そして、バジルの目にそれは映った。
映った瞬間、彼の口角は釣り上がり、言の葉を紡がせる。
「当たらないなら、当たりに行かせればいい」
バジルの傍らに魔力で作られた風が集結していく。
しかし、今度は先程と違い、渦巻く風が密集しているせいで恭弥にも可視化できるようになっていた。
それは一本の槍を思わせた。
当てる為ならば視界に映らない攻撃の方が厄介なのは恭弥にもわかる。恭弥自身は好まないが、戦闘である以上、それが理に適っていることも理解していた。
だからこそ、バジルの行動の真意がわからなかった。
「あんた、相当強いっすね。元Aランク冒険者である俺の魔法を躱せる奴はそうそういないっすよ。……でも、他の奴はどうなんすかね?」
その言葉を聞いた瞬間、恭弥は嫌な予感を覚え、フューイを見た。
本棚の前で呆然と立ち尽くし、自分同様バジルの言葉に動揺を隠せないフューイを見て、恭弥はすぐに行動に移した。
「風槍の魔法」
意地の悪い笑みでバジルは魔法を飛ばした。
当然、その魔法が向けられた先は恭弥ではなく、呆然と立ち尽くしていたフューイだった。
まったく眼中にないと言わんばかりに無視され続けてきた自分に魔法が飛んでくるとは微塵も思っていなかったのか、フューイはその場から逃げることが出来ず、その場で目を瞑らせることしか出来なかった。
恭弥と違って何の力も無い自分じゃ避けることすら出来ない。
フューイはすぐに自分の死を悟った。
だが、不思議と風の槍が自分の体を貫く感覚は感じなかった。
視界に映った風の槍は間違いなくこちらに向けられており、すぐにでも届きそうな距離に存在していた。
(……外れたのかな?)
違和感を覚えながらも、フューイは目を開けた。
その視界に映ったのは、風の槍でもなく、ましてや憎たらしげに笑うバジルの顔でも無かった。
波立つ海を背に三叉戟を握った男の彫り物がされた力強い背中が、フューイの目に映った。
威圧的でありながらも、かっこいいと素直に思わせたその背中の持ち主が振り向いた。
「わりぃな、危うくお前に当たっちまうところだった」
目の上を切ったのか、恭弥の顔には赤い血がついていた。
それどころか、体の節々にはさっきまで無かったはずの傷が見え隠れしていた。
(また……またキョウヤさんに怪我を負わせてしまったッ! 俺が不用意についていくなんて言ったせいで……)
フューイはすぐに謝ろうとした。
だが、そんな時間をバジルが待ってあげる理由は無かった。
今度は強烈な爆発が恭弥に直撃した。
「キョウヤさん!!!」
涙目になりながら、フューイは恭弥の名前を叫ぶ。
あんな大きな爆発を貰って生きているはずがない。
フューイの目から涙が溢れ出し、滴り落ちていく。
自分のせいで彼を殺してしまった。
自分がついていくなんて言わなければこんなことにはならなかったんだと、フューイは強く自分を責めた。
「情けねぇ声出すんじゃねぇよ、馬鹿がぁ……」
黒煙が晴れると、そこにはガードの構えを取る恭弥がフューイに背中を向けたまま立っていた。
倒れる兆しも見えず、一目で無事だとわかったが、それでも安心とは言えなかった。
(そうだ。俺がここにいるから駄目なんだ。俺がこの部屋から出れば……)
フューイが立ち上がろうとした時だった。
「動くな!!!」
こちらを振り向かぬ恭弥に突然激昂され、フューイは行動に移せなかった。
「余計な気ぃ回してんじゃねぇ。言ったろ? お前は俺が守るって……漢に二言はねぇ!!! だからお前は、安心して俺の背中だけを見てりゃぁいいんだよ!!!」
このままでは足手まといになるのはわかっていた。
外に行くことが、一番の解決策であるということも理解していた。
それにもかかわらず、フューイは目元を強く拭って、はいと、力強く返事をした。
「かっこいいっすね〜!! でも、そのやせ我慢がいつまで続くんすかね~!!」
バジルの杖から多種多様な魔法が恭弥に向かって放たれていく。
しかし、恭弥は避ける素振りすら見せず、全ての攻撃魔法を耐え続けていた。
軽いはずが無い。常人ならとっくに死んでいてもおかしくないダメージだろう。
だが、恭弥は立ち続けていた。
倒れるかもしれないという不安を一切感じさせないその様を見て、先に痺れを切らしたのはエルロッド男爵だった。
「バジル貴様!! 早く倒さんか!! これ以上時間をかけては衛兵の連中が――」
「そんなことわかってるっすよ!!!」
バジルが怒鳴ると、エルロッド男爵は二の句を告げられなくなっていた。
そんなエルロッド男爵にバジルは苛立った表情を向ける。
「普通あんなん耐えられる訳無いっしょ!! それなのに死ぬどころか倒れないとか……こんなん化物すぎるっしょ! ……っ!?」
突然、バジルの魔法が完成を前にして霧散した。
それが意味するところはただ一つ。
「やばっ……まさかの俺が魔力切れっすか? チッ、調子に乗って撃ちすぎたか……」
これまで使ってきた魔法の数々を思えばとっくに魔力切れを起こしていてもおかしくは無かった。
バジルの表情がしくじったと言わんばかりに歪む。
そして、一つの声が室内に響く。
「……もう、終わりなのか?」
体全体を震撼させるその言葉に、エルロッドの表情が真っ青になっていく。
「は……早く殺せ! そいつを殺せ!!」
「無理っすよ! 魔力が尽きた以上俺は攻撃出来ないんすから!」
バジルの表情が、言葉とは裏腹に余裕を取り戻していく。
確かに魔力が尽き、これ以上の魔法は使用出来ない。
だが、序盤で展開していた説対防御壁には何の影響も無い。
再展開はできなくなったが、魔法以外の攻撃では絶対に破れないその防御壁がある限り、こちらに負けの目は無い。
ましてや相手はこちらの攻撃で虫の息。
絶対に勝てる自信があった。
だが、黒煙の中、一歩、また一歩とこちらに近付いてくる恭弥の姿を見ていると、畏怖の感情に呑まれそうになってしまう。
「おいお前」
「な……なんっすか? まさか魔力が切れた俺になら勝てるとか残念な妄想でも抱いたんすか? だったら無駄っすよ。俺の説対防御壁は既に独立した魔法。俺の魔力が切れようと俺が解かない限りは存在し続けるんすからね! 魔力の無いあんたじゃ絶対に俺の説対防御壁は破れないっすよ!!」
「絶対、ねぇ……」
体の節々に見える火傷や切り傷の痕は致命傷になりえていないことは目に見えて明らかだった。
それでも魔法を鎧や防具の無い生身で受け切るなど、元来ありえない。
(絶対にダメージが蓄積されて倒れる寸前に決まっている!)
そう思わないと、腰が抜けそうになるのを抑えられなかった。
そんなバジルの前で、恭弥は突然その場で跳び始めた。
何がなんだかわからないバジルの数歩先で、恭弥はただただその動作を繰り返す。
「絶対っていい響きだよな。だって絶対無理ってことはあれだろ? 誰も成し遂げた事が無いってことだろ? そんなのすっげぇ燃えるじゃん」
「……は?」
バジルはその言葉に戸惑った。
彼の左の拳は不意打ちの説対防御壁で血塗れになっている。
どっからどう見ても、武具すらつけてない拳如きじゃ魔法に敵わないと思えた。
しかし、恭弥の自信ありげな表情が、バジルを徐々に不安にさせていく。
「正直失望してたんだ。この世界には俺達を楽しませてくれるような奴はいないんじゃないかってさ。でも、それはまだ俺が本当の強者に会えてないだけだったんだなって、今ならわかるよ」
恭弥がニヤリと笑う。
すると、数歩分の距離は一瞬で無くなり、気付けば目の前には拳を今にも振るおうとしている恭弥が立っていた。
「それじゃあ、歯を食い縛れ! ハイパー最強右ストレート!!」
絶対に壊せない。大丈夫だと思う反面、バジルは心の中で思った。
(これ死んだわ)
恭弥の右ストレートがバジルを防護する説対防御壁に向かって放たれると、説対防御壁は一瞬で粉々に砕け散り、光の粒子となって消えていった。
しかし、恭弥の右ストレートはそこで止まらなかった。
恭弥のパンチが説対防御壁で守られていたバジルの横っ面を捉えると、その身を後方の壁に叩きつけた。
「お前の魔法、遅いが威力はなかなか面白かったぜ。またやろうな。今度はお互い気兼ねなくタイマンでさ」
その言葉が、壁に埋め込まれたバジルに届くことはなかった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
恭弥に入れ墨入れるか悩んだ結果、ポセイドンの入れ墨を入れてみました。
ポセイドンにした理由は恭弥の名字が海原だからですね。




