第8話:魔法だろうがなんだろうがかかってこいや!!(6)
前回のあらすじ。
ユニークスキル『影狩り』を前に、修は苦戦を強いられる。
しかし、修は『影狩り』の弱点を見抜き、迫真の演技で相手を油断させ影から追い出すことに成功。結果、フェルネVS修の戦いは修の勝利とフェルネの悲鳴によって幕を閉じた。
一方その頃、政宗は敵の主力であるファジマールとの戦闘中、突然ファジマールの手によって謎の場所に飛ばされてしまう。
高価な木製の椅子が立ち並び、中央には長方形のテーブルがあるこの部屋が、食事をする部屋であることはすぐに理解できた。
だが、自分が何故このような場所にいるのか、須賀政宗にはまったく理解できなかった。
「拙者は先刻まで確かに遥斗殿達と同じ部屋にいたはず……」
自分の身に何が起こったのか政宗は考えるが、まったく何がどうなってこうなったのかはまったくわからない。
最後、突然剣を手放したファジマールに体を触れられた瞬間、視界が一転したような感覚はあるが、こんな体験は初めてだった。
「これが世に聞く手品という奇術なのでござろうか?」
そんな混乱している政宗の前に、突然ファジマールが出現した。
歩いて現れた訳でも、ましてや落ちてきたという訳でもない。
何もない空間だったはずのその場所に、なんの前触れもなく、一瞬で現れたのだった。
政宗はファジマールの姿を確認した瞬間、疑問を全て頭から追いやり、刀の柄に手を置いた。
そんな政宗の姿を見て、テーブルを挟んで立つファジマールは少し嬉しそうに笑った。
「戦意を喪失してくれなくて何よりだ。大抵の者はこの時点で私の力に怯えて顔を真っ青にするからな」
「……拙者に何をしたのでござるか?」
「それを聞くのは野暮ってもんさ。お前はわざわざ敵に自分の個有能力を教えるのか?」
「ユニークスキル……とはなんでござるか?」
「…………は?」
深刻な表情をしていたはずの政宗が突然首を傾げてそんなことを言ってきたため、ファジマールは思わず思考が真っ白になってしまった。
「いやいやいやいやいや、個有能力だぞ、個有能力! 選ばれた実力者しか持っていない唯一無二の特殊なスキルのことだ! 普通常識だろう!!?」
大層驚いたのか早口で問いかけてくるが、異世界である日本で暮らしていた政宗にそんな異世界の常識がわかるはずもなく、ピンときて無さそうな顔で首を傾げ続けているだけだった。
「……本気で知らないのか?」
「そのような常識は知らぬが、もしや山籠りの時期が長かったゆえ、拙者の知識不足なのやもしれぬ」
「こちらを動揺させる為の嘘……には見えないんだよなぁ……」
政宗の曇りなき眼を見てファジマールはガシガシと頭をかくと、大きく息を吐いた。
「まぁいいさ。だったらその身でとくと味わうといい」
そう言ったファジマールの雰囲気が一瞬で切り換わった。
先程まで一切感じなかった殺気や敵意が伝わり、政宗もすぐに気を引き締め直した。
「これが私の個有能力だ」
ファジマールが構えた剣を振るう直前、政宗は猛烈に嫌な予感を感じ取った。
このままでは何もできずに死ぬ。
幼き日、祖父にこれでもかと感じさせられた死の直感。
ここ数年はまったく感じなくなっていたあの直感を、不思議と今、この場で感じ取った。
敵であるファジマールと自分の間には大きなテーブルがあり、例え一足跳びでとび越えたところで返り討ちにする自信はあった。
だが、直感が告げている。
後ろに退け、と。
ファジマールが双剣の内の一振りを横に薙ぐのと同時に、政宗は後ろ足を引いて顔を後ろにそらした。
その瞬間、政宗は確かに剣圧を感じた。
それと同時に前髪が斬られたのかパラパラと床に落ちていく。
「……よく避けれたな。初見でこれを避けられたのは初めてだ」
ファジマールはこれでもかと言わんばかりに目を見開いたままの表情でそう告げるが、政宗もまた、内心では目の前で起こった現実味の無い出来事に戸惑っていた。
斬撃を飛ばす。
その程度なら政宗にだって可能だ。
だが、事はそう簡単な話では無かった。
そもそも斬撃を飛ばすのであれば、不可視の刃が迫りくる感覚を察知し、避けることなど造作もなかった。だが、先程の一撃に関して言えば、政宗が避けなければファジマールが剣を振るったのと同時に政宗の首は斬られていただろう。
政宗の額から汗が滲み出た。
先程のように直感で全てを避けられるとは限らない。
今まで戦ってきた相手とは何かが違うのだろう。
戦いにくさだけで言うならば祖父以上の相手と言えた。
だが、政宗の表情に絶望の色は一切見られなかった。何故なら、避けられない攻撃では無い以上、政宗にはそれで充分だったからだ。
「申し訳ないことをした。素直に謝罪させていただきたい」
突然、目の前で頭を下げてきた政宗を見て、次の攻撃を繰り出そうとしていたファジマールは攻撃の手を止めてしまった。
「なんのことだ? 私の攻撃を避けたことを謝罪しているのか? それならば私の方が謝るべき事柄だと思うが?」
「いや、そのことではござらぬ」
「だろうな。では、なんのことを謝っているのかな?」
時間稼ぎをしているかのようにも見えたが、ファジマールは直感的に政宗がそういう男ではないと判断し、彼の言葉に耳を傾けた。
「拙者はお主の力を見誤っていたでござる。お主は拙者の想像以上の剣士でござった」
「そりゃどうも、とでも言えばいいのかな?」
「だから、拙者も本気でやらせてもらうでござる」
その言葉を告げると同時に、政宗の雰囲気が変わった。
一回り以上年上のファジマールが思わず後退りしてしまう程の威圧感に、不思議とファジマールの口元が笑みを象る。
そんなファジマールの前で、政宗は突然構えを変えた。
下に向けていた鞘をゆっくりと上に上げ、握る柄を下にし、体を異様に折り曲げたその構えを見て、ファジマールは驚きで絶句してしまった。
(なんだあの構えは……あれじゃ前が見えないのではないか?)
ファジマールの疑問通り、政宗は目をつぶり、視界を完全に閉ざしていた。だが、例え目を開けていたとしても、せいぜい見えるのは自分の足だけだっただろう。
「ふざけているのか?」
苛立ちからか、ファジマールの口調は語気の強いものだった。
「視界も狭く、剣も引き抜きずらいその体勢で、私の座標変換を防げるとでも?」
「例えお主の剣がどれほど優れていようと、例えお主の技がどれほど優れていようと関係ござらぬ。祖父から受け継がれし、七天抜刀流に、敵は無し!!」
「ほざけ!!!」
ファジマールが目にも止まらぬ速度で正面に向かって剣を振るった。
それと同時に、政宗は大きく後ろに跳んだ。
その状況を見ている者がいたならば、誰もが二人を見て何をしているのだろうと思ってしまうだろう。
だが、次の瞬間、政宗が先程までいた場所の足元におびただしい数の斬撃が発生した。
「馬鹿な!! 私の座標変換による斬撃は不可視の直接攻撃なのだぞ!! そもそもこちらを見てすらいない癖になんでタイミングまで……こうなったら」
テーブル越しに立っていたファジマールの口からその言葉が出ると、ファジマールの姿が忽然と消えた。
しかし、次の瞬間には政宗の目前まで迫っており、諸手に握った双剣を政宗に向かって振るおうとしていた。
素早く移動したと言うにはあまりにも速く、一瞬という表現の方が正しいだろう。
しかし、政宗は避けるどころか、柄を掴んだ右手に力を込めた。
「七転抜刀流、雷天の型、神速迅雷」
冷静かつ静かな声が、ファジマールの耳に届いた。その瞬間、ファジマールは自分の死を直感した。
刀が引き抜かれた。
その事象をファジマールは認識出来なかった。
刀で斬られた。
その事象をファジマールは反応することすら出来なかった。
刀を収めた。
その事象をファジマールは見ることすら叶わなかった。
突如、ファジマールの肩口から腹にかけて一本の線が出現し、そこからおびただしい量の血が噴き出した。
意識が飛ぶようなことは無かったが、流石のファジマールも攻撃しようとしていた手が止まり、二本の剣を落とした。
普通ならばそこにうずくまるか倒れ込むのだろうが、ファジマールの姿は一瞬で消え、先程までいた場所で、片膝をついていた。
「……何故殺さない。絶好のチャンスでは無いのか?」
息の上がった声で、構えを解いた政宗にファジマールはそう質問した。
命のやり取りをした以上、当然ファジマールにも殺される覚悟はあった。
今こうやって離れているのは、攻撃を避けなければと思って座標変換を使用したからだが、個有能力を使ってなお避けれなかった以上、自分の敗北は確定だとファジマールも理解していた。
理解していたからこそ疑問だった。
相手は間違いなくあの場で自分を一刀両断に出来ただろう。それにもかかわらず、死なぬであろうぎりぎりのところで剣を収めている。
運よく個有能力が間に合ったと考えることもできたが、自分に息のあるこの状況でとどめを刺さずに構えを解いている以上、それは無いとすぐにわかった。
わかると同時に羞恥を感じる自分がいた。
「私に……生き恥でも晒させたいのか? それとも命を取りたくないとか甘ったれたことを言いたいのか? どちらにしても甘いことだ」
「祖父が言っていたでござる」
「は?」
その返しにファジマールは素っ頓狂な声を上げてしまうが、政宗は気にすることなく続けた。
「この世において、無駄に奪っていい命など無い。この世は弱肉強食の世界であると同時に助け合う世界。それを胸に刻み生きよ、と。だから拙者は、食物以外の命は奪わぬことにしているのでござるよ」
あまりにも予想外な答えだったが、ファジマールの見た政宗の表情には一片の迷いもなく、それが本心から出たものであることはすぐにわかった。
それがわかるのと同時に、ファジマールは小さく笑い、穏やかな表情で政宗の方を見た。
「フッ、私をここで殺さねば、近い将来リベンジしに来るかもしれぬぞ?」
「その時はいつでも勝負するでござるよ」
「……そうかい」
心から楽しそうな顔で言われ、ファジマールは少し呆れつつも、穏やかに笑い、そして指を鳴らした。
すると、政宗の姿は一瞬で消え、代わりに椅子が一脚現れた。
その光景を見てから、ファジマールは仰向けに倒れた。
だが、その表情はどこか気持ち良さそうな顔だった。
「……面白い男だ。私もあの馬鹿男爵の家に拾われていなければあんな気持ちのいい人間になれただろうか? いや、私には無理だっただろうな……まったく、あんな剣士は初めてだ……」
そんな言葉を呟き、ファジマールは目を閉じるのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。




