第8話:魔法だろうがなんだろうがかかってこいや!!(2)
前回のあらすじ。
エルロッド男爵を追う恭弥の前に立ちはだかる無数の魔法によるトラップの数々。
シャルフィーラを傷つけられ、ブチギレる遥斗。
彼らはノエルとロイドを無事に救い出すことができるのか!!
苛立った様子を微塵も隠そうとすらしないエルロッド・ディルマーレは、私室の椅子に座ると顔を顰めながら頬杖をついた。
「まったくファジマールの奴、この俺様に逃げろと言うとはな」
座り心地の良さそうなソファーに腰を落ち着かせ、エルロッド男爵は机の引き出しに入れていた葉巻き入れを取り出した。
そして、火を点けずに咥え、そのまま背もたれに背中を預けた。
「しょうがないっすよ」
そう言いながら、ローブの青年が指を鳴らす。
すると、エルロッド男爵の咥えていた葉巻きに火が点き、エルロッド男爵はその行為に驚くことなく煙を吐きだした。
「先輩は一応あんたの身を護る為に忠告したんすから。まっ、自分も遊べなくてつまんないっすけどね〜」
「ふん、貴様の気持ちなどどうでもいいわ。それよりガキ共の方はどうなんだ? フェルネの馬鹿がしくじった以上、監禁場所は移さねばならん。準備は捗ってるんだろうな!」
「ずっとあんたの傍にいた自分が進捗なんて知る訳無いじゃないっすか~。まっ、フェルネも特殊とはいえ一応は自分と同じAランクの冒険者。どうせ今頃は戦闘が終わるの待ってんじゃないっすか?」
「ふん! だったらさっさとお前も行って終わらせてこい! この騒ぎが長く続いて衛兵に勘付かれてはたまらんからな!」
「え〜嫌っすよ。あんたの指示で今廊下はトラップだらけなんすから。解除しても良いってんなら行ってもいいっすけど?」
「良い訳あるか!」
激昂したエルロッド男爵が火の点いた葉巻きをバジルに向かって投げた。
しかし、その葉巻きはバジルに当たる直前、空中でなにかに当たり、そのまま床に敷かれた絨毯へと落ちた。
そして、その直後、葉巻きに水の玉が落ちる。
「危ないっすよ。屋敷を証拠ごと燃やすつもりっすか〜?」
露骨な煽りにエルロッド男爵の顔が茹でダコのように真っ赤になるが、彼は大きく舌打ちをして、そっぽを向いた。
「まったく……ファジマールの紹介で雇ってやったというのに。一人はヘマして居場所を知られるわ、一人は雇い主である俺様に生意気な口をきくわで使えないったら無いな!!」
「何言ってんすか。フェルネがいなかったらそもそもの計画すら破綻してたじゃないっすか〜」
「ふん、それがなければとっくにクビにしとる!! バジル!! 貴様もちゃんと働くんだぞ!! 俺様の身は貴様の命より重いと思え!!」
「あははっ。まぁ、ここは金払い良いっすからね。ちゃんと働いて――」
バジルが喋っている途中で、廊下の方から爆発音が響いた。
その音でバジルの表情から笑みが消え、廊下の方に視線を向ける。
「ありゃ? 爆弾の魔法は一個しか仕掛けて無いんだけどな〜。もしかしてそこまで突破したってことかな?」
バジルの独り言はエルロッド男爵にも聞こえる大きさだった為か、その表情は青ざめていた。
「お……おい! 大丈夫なんだろうな!」
「大丈夫っすよ〜。アトミック・ボムは下級ではあるっすけど威力は人一人くらい容易に殺せるレベルっすからね。どうせ今頃は燃えカスになって廊下で永遠のお寝んねを楽しんでる最中っすよ。てか、案外かかったの味方の連中だったりして〜」
「ふん! それならそれで別に構わん!」
エルロッド男爵はバジルの言葉に満足いったのか、立っていた自分の体を再びソファーに落ち着かせる。
「だいたいあんな雑魚共に俺の仕掛けたトラップ達が突破できる訳ないじゃないっすか〜。まぁ? 万が一にもここまで来れたんなら頭丸めたっていいっすけどね?」
その言葉を告げ終えた瞬間、背後にある両開きの扉が勢いよく開かれた。
「やっぱり道は間違ってなかったようだな」
嫌な予感を感じ取ったバジルがゆっくり振り向くと、そこにはフューイを背負った海原恭弥が立っていた。
恭弥はどうやら蹴りで扉を開けたようで、片方の足をバジル達の方へと向けている。その所作が気にいらないからなのか、それとも自身の部下が役に立たなかったからなのか、その真意は不明だが、エルロッド男爵の額に筋が浮かんでいく。
恭弥は上げていた足を下ろし、バジルを見たまましゃがんでフューイを下ろした。
すると、エルロッド男爵が大きな舌打ちを鳴らす。
「……おいバジル、突破されたら丸刈りと言っていたな?」
「あはは、勘弁してくださいよ〜」
エルロッド男爵の言葉にバジルは苦笑いで応じる。
バジルは体ごとエルロッド男爵のいる方を向いており、恭弥の視界にはその隙だらけな背中が映っていた。しかし、その隙だらけな状況を、恭弥は手を出さずにただただ見守っていた。
そんな恭弥を疑問に思ってか、バジルが恭弥の方を向いた。
「手ぇ出さないの? 君にとってはすっごいチャンスだったと思うけど?」
「戦意の無い相手はもう殴らないと親友に誓ったからな。闘るんならさっさと構えな」
「結構面白いこと言うね? まぁ、その身体つきを見ればわかるよ。きっと君は相当に強いんだろうね。でも……」
そこまで告げると、バジルは指を鳴らした。
その瞬間、恭弥の上半身が突如として爆発した。
「腕っぷしだけ鍛えたって俺の魔法は防げないよ」
その爆発は唐突に起き、フューイの視界には黒煙にまとわりつかれた恭弥の姿が鮮明に映った。
「キョウヤさん!!」
フューイは叫んだ。
その両目からは涙が滲んでおり、すぐにでも近寄らんとしていた。しかし、その行動はすぐに止まる。
「ケホッケホッ」
咳の音が聞こえ、泣いていたフューイの顔が驚いたと言わんばかりに口を開けた。
「ったく、この服新品なんだぞ? 遥斗に怒られるじゃねぇか」
フューイの視線の先には、上着がボロボロになってはいるものの、ほぼ無傷と言っても過言ではない状態の恭弥が苛立たしげに立っていた。
その状態には流石のバジルも動揺した様子で、少したじろいだ。
「な……な〜る? 防御力が異常に高い感じなのね? だから廊下とかに設置した魔法も防がれたって訳ね?」
「馬鹿かお前?」
動揺が顔に顕となりながらも推論を繰り広げてなんとか平常を保とうとするバジルだったが、その推論を聞いた瞬間、恭弥は耳の穴を右手の小指でほじりながらそれを否定した。
「あんなすっとろい攻撃に俺が当たる訳ねぇだろ。寝惚けてんのか?」
「す……すっとろい?」
バジルの額に筋が浮かぶ。
「とろい? この俺の攻撃が……とろい? はは、面白い冗談っすね〜。それ、これを受けてもおんなじこと言えるっすか?」
バジルはどこから取り出したのか一本の杖を握っていた。
それは特殊な加工がされた木の杖で、その先端には紅色の水晶玉が取り付けられており、バジルはその杖を恭弥に向けた。
「ねぇねぇエルロッド男爵〜」
「……なんだ?」
自分の名前がいきなり呼ばれて戸惑った様子を見せるエルロッド男爵ではあったが、彼は咳払いをしてから落ち着いた声で彼に質問を促した。
「こいつら倒せば丸刈りの件は白紙でいいっすよね?」
「……好きにしろ」
エルロッド男爵の表情は、そんなもんどうでもいいから早くそいつら殺せよ、と言いたげな表情ではあったが、その言葉を彼は口にしなかった。
その回答に満足したのか、バジルの目は恭弥にのみ向けられた。
そして、バジルの持つ杖に着けられた水晶玉がきらびやかな光を発する。
「雑魚如きに本気を出すのも癪っすが、ここまで言われた以上、俺も後には引けないんすよ。だから、恨むんならこんなところまで来た自分の愚かさを恨むといいっすよ。それじゃあバイバイ、曲炎の魔法!」
バジルの見せた笑みは背筋が凍る程の威圧感を放っており、平然としている恭弥の横でフューイは青白い様相を見せていた。
そんな彼の肩が横から押された。
あまりにも予想外なところから出された手に、フューイは抗うことができず、その勢いのまま書棚に叩きつけられた。
背中から全身へと痛みが走る中、フューイは目を開け、その光景を目の当たりにした。
バジルの杖から巨大なうねる炎の渦が放出され、それは先程まで自分がいた位置に向けられていた。
人なんて容易に燃やし尽くさんとするその炎は、未だにそこにいる恭弥を飲み込まんと迫っていく。
しかし、それを見た恭弥の反応は恐怖と言うにはあまりにも楽しそうなものだった。
絶対に回避が不可能な間合いだと、バジルは直感した。
だが、次の瞬間、恭弥の姿がバジルの視界から消えた。
炎が当たって見えなくなったからでは無い。
ものの一瞬で視界にいたはずの恭弥が姿を消してしまったのだった。
直後、バジルの直感は確かにそれを感じ取った。
かつて自分を冒険者引退へと追い込んだ男、ファルベレッザ王国が世界に誇る騎士団長が出していたのと同等クラスの殺気を、バジルは左横から感じ取っていた。
「ア……氷礫の魔法!」
慌てて繰り出した氷の礫を、恭弥はいくつか吹き飛ばすが、その余波のせいでバジルに距離を取られてしまう。
未だに飛ばされてくる氷の礫を見て、恭弥も大きく距離を取った。
「なるほど、魔法とやらは意図も容易く連続攻撃を可能とするのか。だったら、さっさと終わらせた方が良さそうだな」
恭弥がチラリと扉の方を見た。
扉は炎で覆われ、燃え広がらんと辺りの書物に燃え移っていた。
「馬鹿たれ! 屋敷が燃えたらどうするつもりじゃ!」
「うっさいな〜」
悪態をつきながらも、バジルは指を鳴らして炎を水で鎮火させた。
「はは、魔法を避けつつ、下級とはいえ俺が設置してた防御壁まで紙みたいに一瞬で破るとか……あんた、本当に下級冒険者なんすか? 魔法も無しにそんなことするとかマジバケモンすぎっしょ」
そんなことを乾いた笑みで言うバジルの目前まで、恭弥は迫る。
そして、恭弥が左のブローを隙だらけの腰に打とうとした瞬間、バジルの口角が釣り上がった。
「まっ、それだけで俺に勝てる訳無いんすけどね?」
恭弥がブローを放とうとした瞬間、鈍い音が部屋全体に響いた。
「ぐぅっ」
背中を見ているだけのフューイには何が起こったのか全くわからなかった。
完全に間合いを詰め、今にも強烈なパンチを叩きこもうとしていたはずの恭弥が、何故か途中で手を止め、その場に膝から崩れ落ちてしまったのだ。
痛そうに左手を抑えているようで、その先には勝ち誇ったように笑うバジルの姿があった。
そして、バジルは笑うのをやめ、にやついた表情で恭弥を見下した。
「説対防御壁。言葉に魔力を宿し、相手が知覚した頃にはさっきのバリアの防御力を遥かに上回るバリアを展開する俺オリジナルの上級魔法。悪いっすけど、魔法を使えないあんたじゃ絶対に壊せないっすよ」
バジルは笑う。
勝ち誇ったように、相手を見下すように、目の前で左手の甲を抑えている恭弥を、嘲笑い続けた。
血が恭弥の左の拳から滴り落ちる。
絶対に破れないと豪語する防御壁。
出血する左の拳は強く握りしめることすら困難で、今すぐ使うのが無理であると、恭弥自身が一番わかっていた。
それでも、恭弥の口元は何故か口角を吊り上げていた。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。
次回はもうちょい早く投稿できるように頑張ります。




