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第8話:魔法だろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)


 前回のあらすじ。

 誘拐を指示したエルロッド・ディルマーレ男爵を殴り飛ばすべく動き出した恭弥達。

 そんな恭弥達を迎え討つは、エルロッド男爵の手駒達。

 恭弥達は見事子ども達を助け出すことができるのか!!!


 海原恭弥(かいばら きょうや)はフューイを連れて、エルロッド・ディルマーレ男爵がいると思しき部屋に向かって屋敷の中を走っていた。

 だが、その足取りは普段の恭弥が出している速度よりも格段に遅く、周囲へと警戒を張り巡らている様子が見て取れた。

 そんな恭弥の足元が一瞬だけ光を発した。

 その瞬間、恭弥の表情に苛立ちが浮かび、その足を止めた。

 変化はすぐに現れる。

 突風が突如として発生し、恭弥達の体を押し返さんと吹きすさぶ。

 窓が閉まっているにもかかわらず発生した風に、恭弥は顔を顰めた。そして、恭弥が声を上げる。


「右に大きく飛べ!!」


 その指示は風に邪魔されはしたものの、元々の位置が近かったのもあり、フューイへと正確に伝わったようで、彼は指示通り右に飛んだ。

 吹きすさぶ風のせいで着地がうまくいかずにこけはしたものの、お陰で命を刈りとる風の刃に当たらずに済んだ。


「大丈夫か?」


 そう言いながら手を差し出してくる恭弥の手をフューイは掴み、申し訳なさそうな顔を向ける。


「すみません。俺が無理についてきたせいで……」

「気にすんな。それより次に警戒しろよ。足元が一瞬でも光ったら即座に報告。いいな?」


 その言葉にフューイが首肯(うなず)くと、二人は再び目的地に向かって歩みを始めた。


(それにしてもなんだ、さっきから? 氷の礫に放水、おまけにさっきの風といい、いったいどうやって飛ばしてるんだ?)


 恭弥は見えない何かを見つけるべく周りを探るが、これといって怪しいものは見当たらなかった。

 一見してなんの変哲もない木製の廊下、壁には高そうな絵などが入っているだけで目立った仕掛けは見当たらない。

 それでも何かがあるはずだと恭弥は周囲を探る。


(せめて殺意でも発してくれりゃあわかるんだが、兆候が光だけじゃ避けることしか出きやしねぇ……最初の時みたいに手当たり次第に壁を殴ってもいいが、それじゃ時間がかかりすぎるしな……)

「これが魔法ってやつなんですね〜、俺、初めて見ましたけどこんなに凄いなんて思いもしませんでした!」


 恭弥が悩んでいると、フューイが興奮したような声で、恭弥に話しかけてきた。

 その内容の中に、恭弥は一つの引っかかりを覚えた。


「おい、今、魔法って言ったか? こっちにも魔法があんのか!」

「え……? キョウヤさん、冒険者ですよね? それなら俺なんかより詳しいんじゃ……」

「いいから答えろ! こっちには魔法があるんだな!」


 その言葉に、フューイは驚いたままの様子で一応首肯いた。

 それを見た恭弥は納得したような素振りで口角を釣り上げた。


「なるほど、魔法がある世界か、てっきり杖を使ってなんちゃららーとか言うのが魔法だと思っていたが、罠のように扱うこともできるって訳か……だったら、近くに奴らがいる可能性は低い。いや、むしろ魔法が放たれる方向に敵はいるんだろうな。よし!」


 恭弥は唐突に左腕をフューイの腰に巻いて持ち上げた。


「ちょっ、キョウヤさん!?」

「一気に行くぞ。魔法が追いつかないスピードで行くからぜってぇ暴れんじゃねぇぞ!」


 そう告げると、恭弥はフューイの返事も聞かず、さっきまでのスピードとは段違いの速さで罠が張り巡らされた廊下を突破した。


 ◆ ◆ ◆


 エルロッド・ディルマーレ男爵の指示はたった一つのシンプルなもの。

 自分を苛立たせる七人の侵入者を誰一人として逃がすことなく、死体を自分の前に並べろという狂気じみたオーダーだった。

 最初は元Aランク冒険者であるファジマールがBランク相当の冒険者だと太鼓判を押す程の実力者が五十人もいるのだから、名も知らぬ程の七人を相手するには過剰戦力だろうと誰もが思っていた。

 だからこそ、今回もいつものように、さっさと切り上げて酒を呷ろうという手筈になっていたのだ。

 だが、それがどうだ?

 敵の中でも取り立てて厄介そうな妙剣使い須賀政宗(すが まさむね)は、自分達が心より尊敬の念を抱く双剣使いファジマールが抑えている。

 更には、敵のトップと思しき拳使いはエルロッド男爵の首を取るべく先に進み、今や自分達が相手にしているのは四人しかいない。

 人間の体力には限界があるというのは、誰もが知っている常識だ。

 だからこそ、四人ではこの人数差を覆すのは不可能であると、仲間の誰もが高を括っていた。

 だが、その考えを未だに持っている者は誰一人としていない。

 いや、より明確に言うのであれば、そこに立っている人相が悪い十人の男達は、その考えを既に捨てていた。

 彼ら十人の中に、敵を名も知らぬ弱者と侮り、無謀な突撃を仕掛ける者はもういない。

 何故ならそれが無意味であり自滅的な行為であると知っているから。

 彼らの視点が揃う。

 そこに映るのは髪を黄色と黒色の二色で虎の紋様を模した奇抜な髪色の青年。

 一見、年相応の実力しかなさそうな青年を見た瞬間、一人の体がバイブのように震えた。そして、青年の怒りをはらんだ鋭い目が震える男の体を竦ませる。

 横で何かが倒れる音が聞こえ、人相の悪い男達は横目でチラリと音がした方向を見る。

 そこには白くたくましい髭を自慢していた仲間が白目を向けて倒れていた。


 これで残り九人。


 止まっている者よりも、常に動き続けている者の方が疲れるのは自然の理。ましてや、一方的に攻撃を仕掛け続け、一発も攻撃が当たることなく、逆に返り討ちにあえば、体力が先に尽きるのは当然と言えた。

 だからこそ、異常と言わざるを得なかった。

 たった一人で二十人近くの屈強な男達を地面に伏せさせたにもかかわらず、倒れるどころか息一つ上がっていない。

 それどころか、後ろには三人の仲間を庇っている。 

 予定通りに事が進まず、焦りの色が九人に浮かぶ。


「くそっ……なんなんだよ、あいつ……」

「あいつだけでもこんなに倒れちまったってのにまだ二人も残ってんのかよ……」


 九人の男達が、その言葉で山川太一(やまかわ たいち)と、その横で欠伸しながら座っている雷堂修(らいどう しゅう)を見た。

 あからさまに余裕ありありといった様子を見せる二人を見て、自分達の勝ち目が零に等しいことを悟った九人が、再びその前に立つ青年を見た。

 先程からどす黒いオーラを放ち続けたまま、不動で立ち続けている伊佐敷遥斗(いさしき はると)を見て、動悸が早くなっていくような感覚が九人を襲う。

 呼吸の感覚が短くなり、額には汗が浮かんでくる。


「だ〜から言ったのに、()()()()()遥斗君に攻撃しない方がいいって」


 欠伸を終えて涙目になった修が、嘲笑うかのようにそう告げた。

 その言葉に怒りを覚えた者もいたが、それに反論する勇気のある者はいなかった。


 そもそも、遥斗がこの状態になったのは十分程前、未だに三十人近くの敵が残っていた頃だった。


 ◆ ◆ ◆


 遥斗は恭弥とフューイがいなくなると、全体の様子を見て、切札である太一の投入を決意した。

 

「頃合いだな。タイチ、シャルフィーラさんは僕に任せて暴れまわってこい」

「は〜い」


 危機感を一切感じさせない呑気な声で返事をすると、太一はゆっくりとした動きで、戦場の最前線に出た。

 その一見して弱そうな見た目に、案の定、敵の男達は獲物を見つけたハイエナが如く太一の方へと突っ込んでいった。

 だが、その内の一人が一瞬で反対側の壁にめり込んだ瞬間、太一に向けられていた視線は恐怖を帯びたものに変わった。


「は? え? なんだ? 今、何が起こった? ガキじゃねぇんだぞ? 人ってあんなに飛ぶのかよ?」

「おいっ、サーレの奴、白目剥いてんぞ!」

「バカヤロウ! 他人の心配してる場合かよ! 次は俺達かもしれねぇんだぞ!」

「あ……あんな化け物に俺なんかが勝てんのかよ?」

「だども、こいづらやんねぇと、おいらだぢが始末されるど」

「チクショウ。なんなんだよこいつら! 下級の冒険者程度じゃなかったのかよ……。ク……クソがぁあああ!!」

「やめろディマーレ! 不用意に突っ込んだら――」


 敵の一人が剣を高々と振り上げ、太一へと無謀にも突っ込んでいく。

 だが、その顔に浮かぶのは先程までの強者としての余裕などではなく、圧倒的絶望を体現したかのような表情だった。

 そして、ディマーレは目をつぶって剣を振り下ろそうとした。

 だが、剣は途中で止まり、ディマーレは微動だにしない剣先を見た。

 そこには、剣先を太い二本の指で止めた太一の姿があった。


「こんなの振り回したりしたら危ないんだよ〜?」

「ふぇ?」


 あまりにも予想外だったのだろう。

 呑気な声で注意され、ディマーレの表情に驚きの色が混ざる。

 直後、太一はまるで木の枝を折るかの如く、ぽっきりと剣先を折った。

 その剣は業物とまではいかないが、そう簡単に折れてしまうような代物では決してない。だからこそ、ディマーレの表情が完全に驚き一色で染め上げられた。

 その直後、ディマーレの体は衝撃に耐えきれず、その勢いのまま宙を舞い、サーレと同じ結末を辿った。


「ディマーレぇえええええ!!」

「よくもディマーレを!! ぜってぇに許せねぇ!」

「んだんだ!」


 敵の男達が太一に怯えを感じるのと同時に、遥斗は愉悦の快感に浸っていた。

 圧倒的力量差で敵を圧倒する太一。敵の主力を完全に抑えきっている政宗。ボスを仕留めに向かった恭弥。

 全てが自分の頭の中で思い描いた通りに進んでいるこの状況こそが、遥斗にとって愉悦そのものだった。

 敵の戦力はだいたい把握し、後は時間の問題だろうと、遥斗は高を括っていた。

 だからこそ、遥斗は反応が遅れてしまった。

 次の瞬間、キャッという短い悲鳴が遥斗の後ろから聞こえてきた。

 しまったと思った遥斗が振り向いた時には時既に遅し、シャルフィーラは左目に傷のある男に捕まっていた。


「動くな! この女がどうなってもいいのか!」


 勝ち誇ったように高々と声を上げた男の手にはナイフが握られており、シャルフィーラの首筋に当たっている。

 その白い首筋から血が滴り落ちるのを見た遥斗の顔が、何故か俯いた。


「あ〜ぁ、やっちゃった。それ、悪手以外の何物でも無いんだよね〜」


 シャルフィーラを人質に取った敵の行動を見た修は、モンキーレンチで近付いてきた相手を殴ってから、楽しそうな表情でそう告げた。


「おらっ! 聞こえなかったのか! そこのデカブツも絶対に動くんじゃねぇぞ! 動いたら――」


 こちらを見ようとすらしない太一に男が苛立った次の瞬間、勝ち誇っていたその男の目に手刀が入った。

 それは、文字通りの意味だった。


「あぁあああ!! 目がぁああああああ!!」


 赤い涙を流しながら、男は霞んだ視界で目の前を見た。

 そこに辛うじて映ったのは瞳孔が開いた青年の姿だった。

 直後、体に一発の拳が叩きこまれ、呻いた男の手からナイフが離される。

 それと同時に、男の腕からシャルフィーラの感触がなくなってしまう。

 急いで取り戻そうにも男の視界は真っ暗で前すらまともにわからなかった。

 そして、男は体が引っ張られるような感覚に抵抗できず、背中を床に叩きつけられた。

 目の痛みや腹の痛みに背中の痛みが加えられ、男は声にならない叫び声を上げる。

 その直後、首にさらなる衝撃が加わる。


「その汚れた手で、シャルフィーラさんに触れるな」


 憎悪に満ち満ちた声が、男に恐怖という感情を呼び起こさせる。

 首を足蹴にされた男は、その言葉を耳にした瞬間、痛みで気を失ってしまった。

 その光景を見て、遥斗は握っていたナイフを適当に捨てた。

 右手から握った際に出来た血が滴り落ちる。

 

「大丈夫ですか?」


 焦ったように、心配したように、シャルフィーラは遥斗の背中にそう訊いた。

 怒りに満ちた雰囲気を漂わせていた遥斗は、振り向くと同時にその雰囲気を一瞬で消し、大丈夫ですよと優しく笑顔で告げた。


「それよりシャルフィーラさんは大丈夫ですか?」

「はい、私の方は少し血が出た程度なので。私なんかよりハルトさん、手が……」


 遥斗の目が血の滴る右手に向けられる。

 男に手刀を食らわせた際にシャルフィーラが傷つかないようにと握った際にできた傷。それは決して軽症と言えるレベルの傷ではなかったが、遥斗はそれを一切感じさせない笑顔をシャルフィーラに向けた。


「これこそたいしたものじゃありません。貴方が負ってしまった心や体の痛みに比べればこんなものかすり傷です。それよりすみませんでした。自分の不甲斐なさから貴方のお美しい首に傷をつけてしまいました」

「いえ、我儘言って付いて行きたいと言ったのですから、このくらいは覚悟の上です」


 気丈に振る舞うシャルフィーラの足は微かにだが、震えていた。

 それが何を意味するかを理解できない遥斗ではなかった。

 シャルフィーラに背中を向けると同時に、遥斗の表情から笑顔が消えた。


「シュウ、タイチ、二人とも下がっていてくれ。絶対にシャルフィーラさんを守りきれ。後は全員、僕が殺す」


 そう言うと、遥斗は修羅が如き様相で、敵が多く集まる場所へと単独で突っ込んでいった。


 ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

 この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。

 その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。

 こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。

 もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。 


 遥斗のブチギレ回でしたね。正直、遥斗は考えていると無意識に強いって感じにしようかとも思ったんですが、正直『女性が傷付くとキレて、異常に強くなる』という設定の方が個人的には好みだったのでこっちにしました。

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