第7話:誘拐事件だろうがなんだろうがかかってこいや!!(1)
前回のあらすじ
突如として、ノエルとロイドの二人が、兄であるフューイの前から忽然と姿を消したのだった。
(なんだか外が騒がしいな……)
ベッドに寝転がっていた海原恭弥は、上体を起こしながら、不自然に騒がしい外の様子が気になり、窓の方を見た。
見えるのは雨の止んだ外の景色だけで、ベッドからではその騒がしさの正体はわからなかった。
騒がしいことが鬱陶しいのか、その目はいつもより細く、苛立つ心情が浮き彫りになっている。
そして、恭弥が窓から様子を見るべく立ち上がろうとすると、突然部屋の前の廊下を駆ける足音が彼の耳に届いた。
恭弥の視線が自然とそちらへ向くと同時に、突然、部屋の扉がノックも無しに開け放たれた。
そこに立っていたのは恭弥の幼馴染であり、彼が全幅の信頼を寄せるチーム『ステラバルダーナ』の参謀、伊佐敷遥斗だった。
彼の様相を見れば、例え恭弥で無かろうと、ただ事ではないことがわかるだろう。
恭弥は真剣な眼差しで遥斗に問う。
「なにかあったのか?」
「来てくれ!! 大変なんだ!!」
遥斗は慌てたように早口で喋る。
その言葉に、恭弥は説明を求めることなく、わかったと首肯き、先を歩く遥斗の背中を追って、宿屋の裏手へと向かった。
恭弥が宿泊で使っている部屋は二階にあり、着くまでの時間はそうかからなかった。
そして、異変はすぐにわかった。
宿屋の裏手、そこに数えるのも億劫になりそうな程の人が集まっており、二つのグループを囲んでいた。
一つは、天然の芝生に膝を着きながら泣き崩れるフューイとそんなフューイの肩を支える母親のシャルフィーラ。だが、こちらのグループを囲む人の数は少なく、囲む者達の様相も心配や同情の毛色が強い。
問題はもう一方。
多くの村人達が取り囲んでいたのは、恭弥がリーダーを務めるチーム『ステラバルダーナ』のメンバーである須賀政宗、雷堂修、山川太一の三人だった。
三人の中で目立つのは修で、彼は自分達を取り囲む村人達の言いがかりに対して苛立ちを隠そうともせずに怒鳴り散らかしている。
だが、他の二人は何も喋っていない。
普段口数が少ない政宗が喋らず相手の反応を待っているのは特に違和感を感じなかったのだが、問題は太一だった。
いつもであれば、のほほんとした様子で首を傾げる彼が、今日に限っては俯いたまま喋ろうともしていない。
(腹でも減ってんのか?)
太一の不審な様子を見て恭弥がそんなことを思っていると、村人達に取り囲まれていた修が、遥斗と恭弥の存在に気付いた。
「ちょっと恭弥君、こいつらに言ってやってよ。俺っち達はなんもしてないってさ〜。俺っちが言っても全然話聞いてくれないんだよ」
「は? なんの話?」
全く状況がわからない恭弥に、村人達からの敵意のこもった視線が向けられる。
だが、そんな村人達の敵意に対し、恭弥は興味が全く無さそうで、その表情に怒りの様相は見受けられなかった。
「つか、これどういう状況?」
「なんか、ノエルちゃんとロイド君の二人が例の人攫いに攫われちゃったらしい」
「あの二人が?」
恭弥が後ろに控えていた遥斗に尋ねると、遥斗は彼の耳に声を潜めて状況を説明した。
その説明を聞いた恭弥は納得した様子を見せる。
「なるほど、それでこいつらはまた俺達を疑ってるって訳か」
その言葉に、遥斗は厳しそうな表情で首肯いた。
今回の誘拐事件はこれまで起こった過去五件の事件と状況が酷似しており、村人達はその事件の犯人が同一犯であることを疑っていない。
だからこそ、本来であれば、彼ら五人の疑いはすぐにでも晴れるものだった。
何故ならば、恭弥達『ステラバルダーナ』の面々は、事件が起こったとされる二ヶ月前には、日本という別の世界にある国に居たからだ。
だが、状況の全てを唯一チーム内で理解している遥斗は、そのことを言えずにいた。
何故なら遥斗達五人は、昨日このファルベレッザ王国の国王を半殺しにしているからであった。
突然連れてこられ、大切な仲間を処刑すると言われた以上、自分達の行動を悔いるつもりはない。だが、それでも国家反逆罪に問われ、死刑もあり得る状況。自分達のアリバイを証明することは即ち、自分達が犯した罪を明かすことに他ならない。
だからこそ、遥斗は事態の打破に頭を費し、弁明が出来ずにいた。
「まただ……また、村の子どもが減った……」
人混みの中から声が上がる。
「しかも今度は宿屋んところの双子だ」
「あの子達かよ。てか、昨日も起こってたよな……」
「そうそう、確かガディウスさんところの一人娘だったよな」
「あぁ、こんな立て続けに起こるなんて……」
「前に起こったのだって確か十日間は間が空いてたぜ?」
「あの五人が来てからだよな?」
「あぁ、あの五人が来てから三人も攫われちまった」
「もう確定だろ。今日なんて攫われた子達はあの五人が泊まってたシャルフィーラさんとこの子どもだぜ?」
「いったいどうやってあいつら連れさってんだか」
「そんなん魔法の類いで姿でも消してたんだろ。それより早く王都の衛兵呼んでこいつら捕まえようぜ」
「そうだそうだ。子ども達がこいつらのアジトかなんかから見つかりゃ確定だろ? 早く見つけてやらねぇと子ども達が……」
その言葉で、村人達が恭弥達に向ける敵意が一段と深く強まった。
そして、村人達が恭弥達ににじり寄った瞬間――
「やめてください!!!!」
張り上げた声が静寂を引き裂いた。
その声をあげたのは、芝生の上で膝をついたまま涙を流すフューイだった。
彼は涙を流しながら村人達を睨むと、ゆっくりと立ち上がった。
「彼らはそんなことしない!!! 彼らはただ、偶然事件に巻き込まれただけのただの冒険者だ!! 確たる証拠も無いのに彼らを責めるのはっ……俺が許さない!!」
その鬼気迫る迫力に、村人達はでもと言えなかった。
フューイが前へと歩む。
ゆっくりとした足取りで、恭弥のいる場所へと向かう。
そこにあった人垣は、道を譲るように横へと避けた。
そして、フューイが恭弥の前に立つ。
「お客様にすべき行いじゃないことは重々承知しています。ですが……」
そう言いながら、彼は芝生に膝をつき、額を地面にこすりつける程の低さまで持っていき、涙声になりながらも声を高々に告げた。
「お願いします!! ロイドとノエルを見つけるのに協力してはくれないでしょうか? 報酬なら、俺の貯金を全部出します。足りないなら、これから先、必死に働いて金を工面します。だからどうか!!! 俺の大切な弟と妹を……っっ!! どうか……っっ!!」
必死に頼みこむフューイの肩に手が置かれる。
フューイは涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげ、そちらを見た。
そこには、フューイと同じ目線にまでしゃがんだ恭弥が真剣な表情を浮かべていた。
「馬鹿野郎。土下座なんてしなくたって、俺達の力くらいいつだって貸してやるよ。だって俺たちゃ友達だろう? 報酬なんていらねぇ。友達が泣いてんだ。黙って力を貸してやるのが友達ってもんだ」
そう告げた恭弥の顔は、安堵をもたらす程の頼もしさを持っており、フューイは嬉しさから涙が止まっていた。
そして、そんなフューイの前で、恭弥が立ち上がる。
「聞いたな、お前ら!! これから俺達『ステラバルダーナ』はノエルとロイドの二人を探す!! 村人共に疑われていようが、それでここに居辛くなろぉが、んなもん関係ねぇ!!! 『ステラバルダーナ』の名において、絶対に二人を見つけ出すぞ!!」
辺り一帯に響き渡る大声で、恭弥は集まる村人達の前で高々と宣言した。
その瞬間、チームどころか彼らを疑っていたはずの村人達まで士気が上がり、雄叫びを上げた。
一切の嘘を感じさせない恭弥の言葉に、村人達は心を動かされたのだろう。
村人達は、子ども達を絶対に見つけ出すという確固たる意志で完全に結束していた。
そんな空気の中で、太一は何故か鼻をすんすんとさせており、辺りをうろちょろし始めた。
そんないつもどおりとも言える太一をこの状況では不審に思ったのか、政宗が声をかけた。
「太一殿? どうかしたのでござるか?」
「……飴の匂いがする……」
「雨? ……あぁ、飴でござるか? 甘そうな匂いなどわからぬが……」
食料を嗅ぎ分ける能力に長けた太一だからこその能力だろうと、政宗は特段気にしたような素振りを最初は見せなかったが、飴の匂いがするという不可解な状況が気になったのか、太一同様周囲の匂いをかいでみることにした。だが、雨やおっさん共の匂いはすれど、飴のような甘そうな匂いは全く感じ取れなかった。
そんな不審な行動を取り始めた政宗を見て、今度は修が不自然なものでも見るかのような視線を政宗に向けた。
「政宗君まで一緒になってなにやってんのさ」
「いやなに、太一殿が飴の匂いがすると言うのでな。拙者も気になったので探してみることにしたのでござる」
「いやいや、そんな状況じゃないっしょ。俺っち達は今から全然痕跡を掴ませない連中を探すんだぜ? そういった連中はかなり厄介だってジジイも言ってたし、先ずはこっちに集中しなよ。飴ぐらい後でいくらでも食えんだろ?」
「あっ、そこからだ!」
「聞きなよ!! って……ん? そこに飴なんてなくね?」
修は聞く耳をまったく持たない太一に文句を言うが、太一が指差した先を見て首を傾げた。
しゃがんでまで飴の匂いを探る太一に呆れそうになるが、太一が指差した場所が村人の足元である以上、その違和感を聞かずにはいられなかった。
太一もまた、匂いはするのに何もない地面を見て、首を傾げる。
「おかしいな〜。確かにノエルちゃんからもらった飴の匂いがしたんだけどな〜」
そう言いながらのそのそと歩く太一がしゃがんで村人の足元に手を伸ばした。その瞬間、そこに立っていた村人が慌てたように飛び退いた。
「な……なにか?」
慌てた様子で太一にそう聞いてきたのは白髪の青年で、他の村人同様、特段変わったところは見受けられなかった。
そんな青年を見て、修の口元がニヤリと歪む。
「あれ〜?」
足元の地面に手を伸ばした太一が首を傾げた。
「どうかした?」
ポケットに手を突っ込みながら、ゆっくりとした足取りで修は太一の傍らに立った。
そして、そんな修に太一はぼやくように告げる。
「なんかね、こっから匂いしてたのにね、匂いがあっちに行っちゃった」
太一の指が再び先程の村人の足元に向けられる。
その瞬間、村人の表情には明らかな動揺が浮かんだ。
それを見て、修は再び太一に声をかける。
「あの人のズボンか靴についてるだけじゃね?」
その言葉に、太一はしっかりと首を横に振った。
その解答は、修にとって確固たる根拠となった。
「なぁ、お兄さん。そんな焦ってどうしたのかな?」
「い……いや、別に焦っちゃいねぇさ!」
「じゃあなんで飛び退く必要があるんだい?」
「そ……そりゃあ……そんなでっかい奴が足を掴んでこようとしたんだ! そりゃびっくりくらいすんだろ!」
「本当にそんだけ?」
「なっ……何が言いたい!!」
その怒号により、今まで恭弥の方を見ていた村人達が、なんだなんだと白髪の青年に視線を向けた。
「いやさ、俺っちジジイがバイク屋潰すって脅すからジジイの仕事をたまに手伝うんだけどさ〜。そんでたまにシマ荒らす連中の事務所潰しに行くんだけど、そこにいる連中って大概隠したいものが見つかりそうになると、脂汗かいたり挙動が不自然になったりするんだよね〜。今のあんたみたいに」
その言葉を聞いた瞬間、村人の男は修を睨みつけて歯を軋らせた。
そして、体を反転させて、どけと大声を上げながら邪魔な村人達を押しのけて一目散に走り始めた。
その一部始終を見ていた修がその後を追っていく。
「政宗君、手掛かり発見だ。とりあえず追ってって場所吐かせるからいつでも出れるように準備させといて!!」
そう言いながら、修は政宗達を置いて一人で怪しき男を追っていくのだった。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
この小説の作者は基本的にやりたい事をやってみたい性格であるため、今回は出来たら次の日には投稿というアホみたいな事をしています。
その為、書きだめは無く、次話のアイデアも殆ど無いという実質ノープラン状態。結果、不定期更新となります。
こんな馬鹿な作者ですが、読者の皆様方には暖かい目で見守っていただけると幸いです。
もし続きが気になるって方がいれば、応援メッセージに「続きまだですか?」とでも送ってください。




