総評
あとは総評を書いて終わります。
私はパラレルワールド的な要素はいらないいらなかった、と先に言いました。リアリズムで貫徹すべきだったと。
アーティストを描いた名作と言えばアンジェイ・ワイダの「残像」やヴィスコンティの「ヴェニスに死す」のような名作があります。そうした作品に近づこうとするなら、リアリズムの貫徹は欠かせないでしょう。私がリアリズムの貫徹と言った事は、友人が言っていた「芸術=現実描写」と重なる部分があります。
「ルックバック」は、少年ジャンプの漫画家というイメージからかなりかけ離れた真面目な、芸術的な作品に成っています。それは意外な事でしょうが、それだけ切迫した現実を若い世代が感じているという事でもあります。これは今の社会を考える上で重要なポイントの気がします。
ただ、そこには願望成就的な、エンタメ的な要素が入り込んでしまいました。これが良くないと私が感じてしまうのは、リアリズムではないものの介入によって、最後の主人公の決意の感動が弱められてしまうからです。現実に起こりうる死という問題と向き合うという要素が薄れるからです。だから微妙な終わり方だと感じると共に、ラスト、藤野の暗い後ろ姿で終わるのは最初から作者の計算でもあり、この計算ーー藤野の後ろ姿を象徴的に使い、最後の希望をこの背中に託すという終わり方は見事であるとも思います。
全体としてはそうした、不思議に芸術とエンタメが混合された作品であると私は思いました。最近の漫画作品としては、漫画は詳しくないですが、かなりの秀作と言えるんじゃないかと思います。
「芸術は抵抗に生き、自由に死ぬ」と饗庭孝男が言っていましたが、これから先はもっと厳しい現実がやってくるでしょう。しかし、高度経済成長、バブル期を通じて、享楽的な自由の中で一度は死んだ芸術が、厳しい現実と出会い、抵抗や葛藤を手にして再び蘇る可能性があります。これからの若い世代はそうした事と向き合っていかなければならないでしょう。「ルックバック」という作品は私にとってはそんな、これからの希望と絶望を感じさせる特異な作品でした。




