46 お一人様は夢を叶える (終)
「ここは全く変わらんな」
「神殿がコロコロ変わってはしょうがないでしょう?」
久しぶりに皆で大神殿にやってきた。木々は色濃く生茂り、セミの声が賑やかだ。
噂に聞いていたとおり、大神殿は8人もの孤児を預かっていて、早速ケンとマイはかつて自分がしてもらっていたように、優しく、辛抱強く、世話をする。
ミトは、神殿には彼女に複雑な思いを抱える神官も数人いるのでお留守番してもらった。カルーア様も、夏にここまでの移動は体に負担がかかるということで欠席。結果的にミトがカルーア様とリッカを見守ってくれて助かる。
ということで、大神官室には主のテリー様とコリン、そしてデュラン様とルクスと私、限りなく懐かしいいつものメンバーだ。
私はいつものように、ゲンマイ茶に氷を浮かべて皆に回す。
「デュラン様……よくぞ御無事で」
サジーク相手に苦労したもの同士だからか?テリー様はデュラン様へ労わるような表情を浮かべる。戦友が帰ってきたような。
「いや……最後にここに来たときは、ルクスをひどい目に合わせたしな……正直居心地が悪い」
デュラン様は苦笑いする。私たちは事情を知っているのだから、そんな顔しないでいいのに。
「確かにあのときは……しかし、こうして、健やかに成長したルクスを連れてきてくださった。もう会えないと覚悟してました」
コリンがルクスの頭を撫でながら笑う。可愛くてたまらないという表情で。
結局私の付き人であるコリンが、私の次にルクスの世話をしていたのだ。
「デュラン様、お話しできる部分だけでも、お教え願えますか?一切他言しませんことを、神と巫女に誓います」
理解できるかわからないけれど、ルクスに聞かせたくない話に違いない。
「ルクス、子ども部屋でお兄ちゃんお姉ちゃんが待ってるわ。遊んでおいで?いろんなオモチャがあるのよ」
「うん!」
ルクスもどこかに記憶が残っているのか、大神殿ではデュラン様から離れていられるようだ。
ルクスを知る、昔馴染みの神官が目尻を下げて手を繋いで連れていってくれた。ドアが閉まり、私もソファーに深く腰掛ける。
「だいたいは想像どおりだと思うぞ?ルクスはサジークに帰ったあと……放置された。泣きっぱなしで、自分に懐かぬ子どもなど、可愛くもないのだろう。『巫女!』と叫べば、裏切りものと叩かれた」
両のこめかみを抑える。耳を塞ぎたくなる話……。
そしてそんなルクスをあなたが身を挺して庇っていたことも知っている。サジーク王自身が言っていたもの。
「私は宰相補佐として、使うしか能のない奴らの国庫がじわじわと尽きるのを眺めつつ、次はいつ他国を攻めるのか見極め、王都が空になったときにトリアを招き入れようと画策していた。密かに商人として名を売って、トリアから流れてきたものを買い取り、本国に戻したり……」
「まあそういった諸々や、トリア本国の沈黙やらがどこかで不審に思われて、俺を切り時だと思ったのだろう。ルクスの祝賀儀式と呼び出され、剣を預けた瞬間、腹を刺されて殺された」
「ええ、確かに、あなたの金の目を確認し、サジーク神殿のものが葬儀をしたと、確かな情報がありました」
テリー様が、その後、皆殺しにされたとされるサジークの神官たちに祈りを捧げる。
「……その骸はずっと私に付き従ってくれた乳兄弟だ。十代のうちに私に忠誠を誓い、私の血の杯を飲んでくれた。マールとコリンと同じだ」
金の目のお方は身代わりで、デュラン様の乳兄弟だったのか……
そっと、安らかな眠りをと祈る。
「意識なく虫の息のところを部下に助けられ、私はまだトリアに必要な人間だからと……あいつが私の代わりに死んでしまった。数週間後、熱が下がり意識が戻り、あいつが死んだのを聞いたときには既にトリア王子デュラン・トリアは完全に亡き者になっていた」
国を出てからも、ずっとそばにいてくれた乳兄弟、大切な人だったろう。私にとってのローズのように。デュラン様の手をぎゅっと掴むと、握り返してくれた。
「俺は仕込んでいた商人の身分そのものになり、サジークの転覆を図りつつ、疎まれて、命の危ういルクスの救出のタイミングをはかっていた。俺は自分の経験を活かして、ルクスに似た容姿の遺体が手に入ったときに、ルクスと取り替えた」
「そんな……こともなげに、おっしゃって……」
コリンの言う通りだ。子どもの遺体を手に入れる?ルクスの監禁されていた離宮に忍び込む?遺体を運んでルクスとすり替える?全部命懸けだ。
「遺体が、ルクスに似ていたことを、神とその子に感謝したよ。上手く運んだ勝因はそれがほとんどだ。ルクスは悲しいことに、その遺体よりも痩せて、傷だらけで、汚れていて、何も喋らなかった」
つい想像し、嗚咽を漏らしそうになる。話の腰を折ってはダメだ。耐えろ!耐えろ!
「ルクスの死亡が公表されるまで、大人しく城下から少し離れた商人街に潜伏することになった。俺は商人のデューク、そして息子のルーク。二人はこの戦乱で大好きなミコ母さんと、他の兄姉と離れ離れ。強面だが子煩悩の親父は商談でもルークをそばに置く。髪の色も一緒にした。その設定で、部下に情報収集させつつ、地味な商売に見せかけて、トリアに資金をガンガン送ってた。俺たちが少し親子らしくなったときに、サジークの上層部だけに内内にルクス・サジーク第一王子の病死が発表された」
ふうと、デュラン様はお茶を飲む。
「ルクスは俺を覚えていてくれて、俺だけには返事をした。元気になって巫女に抱っこしてもらおう。双子と遊ぼう。コリンと大神官に会いに行こうと言うと、こくこくと頷いた。それをこの四年ずっと続けて、ようやく話すように、表情が出るようになった」
デュラン様の愛が、ルクスの傷を癒したのだ。
「……夕暮れ、雷光が何百発も城に落ちたとき、いよいよサジークに天誅が落ちたのだとわかった。外に出れば下町の俺の家にも一気に雷雲が集まった。俺はルクスを抱きしめ身構えたが……雷雲は突然霧散した。マールが、ルクスの命乞いをしたのだとわかった」
覚えていないけれど、神は温情をかけてくださった?
いや、その身代わりの子供がルクスの名を背負って旅立ってくれたからだ。既にうちの子はサジークと関わりのないルークだもの。名も知らぬ恩人に祈る。
「その後マールは瀕死だと聞いた。すぐにも会いに行きたかったが大混乱中のサジークとの国境はどの国も封鎖してしまい、ルクスを連れて危険な密入国などできない。ポラリアに入ったとしても、瀕死のマールを見せるなどあってはならない。私は神殿が総力をあげてマールを復活させるのを信じて、トリアとサジークを往復し、トリアの再興に努めてきた。そして戦後二年経ち、マールの意識が戻ったと知り、ルクスも大人を見てパニックを起こすことが減った。母国で国王に俺たちの新しい戸籍を作らせ、身分証を作り、ようやく、正面からポラリアに来た。で今に至る」
「もう王籍ではないと?」
テリー様が尋ねる。
「ああ、ただのデュークだ。デュランが生きているのは混乱のもとだ。マール、平民ではダメか?」
覗き込むデュランさ……デュークに私は泣き顔を誤魔化して呆れた顔を作る。
「何言ってるんですか?これまでよりもうんとスッキリしてますよ!」
デュークはデュラン様よりもきっと自由だ。
たくさんのものを失った引き換えだとしたら、単純に喜ぶことなどできないけれど。
「確かに!今までデューク、ややこしすぎでしたもんね〜!」
「おいコリン、早速フランクだな?」
「いや、デュークこそ、すっかり庶民の言葉使い」
「もうお上品な話し方なんか忘れたな!」
デュークもあっさりタメ口を受け入れて、コリンと三人で笑った。
そんな私たちを見つめながら、テリー大神官様は眼を潤ませて祈りを捧げていた。
「神よ……」
◇◇◇
日々のお務めが終わり、帰宅すると、物音がしない。
そっとカルーア様のお部屋を覗くと、ベッドの上でカルーア様の両脇にルクスとリッカがひっついて、三人でお昼寝中だった。足元に本が落ちているから、読み聞かせ中に寝落ちしたようだ。
そっとドアを閉め、お茶を沸かし、窓辺の椅子に座って一服する。昨日焼いたけれど評判イマイチだったジンジャークッキーを齧る。子ども向けではなかったか。
こういった時間は、一体いつぶりだろうか?と苦笑する
今日も朝から賑やかだった。
優雅なお一人様を目指していたのに、気づけば子沢山の母。せっかくオシャレなアパートを建てたのに、部屋には靴下や、本や、積み木が転がっていて、もはや原型ゼロ。
寝坊した双子を大声で叱ると『鬼だ逃げろ〜』とふざけられ、カルーア様になだめられ。
とどめはルクスに眼鏡を踏まれて壊されて、床に置いてた自分が悪いと落ち込んで……ルクスが『ゴメンなさいー』とギャン泣きするのを抱きしめて……。
もう銀目ではないから、眼鏡で隠す必要もないのだけれど、金は金で目立つのだ。
夢に見た生活の真逆にいる。キチンと化粧して趣味のいいドレスを纏い、バルコニーでローズとワイングラスを傾け、カナッペをつまみながら流行りの本の話をするなんて別の次元の話。思わず遠くの山を見つめる。
でも、これは、叶いっこないから諦めていた未来。
まさか、こんなほっかほかに温かい、大好きな家族に囲まれて、生きていくことができるなんて、ひとりぼっちで神殿に入ったときには、夢にも思わなかった。
「人生は転がってみないとわからないものね」
まあ、それも今だけだ。いずれ子供たちは巣立ち、大人も順に旅立ち、望む望まざるにかかわらず、静かな生活になる……。
コンコンと控え目なノックがした。
そっと覗き窓を見て、ちょっと驚いてドアを開ける。
「ただいま」
デュラン様だ。結局二人の時はデュラン様と呼んでしまう。さっと顔を傾けキスされた。傷だらけになった顔にご近所さんは怯えているけれど、私にとってはあの若い頃のまま。
髪はルクスとお揃いでいるために栗色に染めている。繊細な優しさで、ルクスを守る人。
デュラン様は残虐王が実の親だとルクスに伝えるつもりはない。戸籍上も私たちの実子だ。異存などない。
デュラン様はやり手の商人としてトリアと世界中を飛び回っていて、一年の半分は家にいない。でも子どもたちが喜ぶ小さなお土産を買って、必ず帰ってきてくれる。今回は私のアパートをいよいよトリアにも立てることになり、色々と下準備をしてくれたために今日は約一か月ぶりの帰宅だ。
「おかえり。土地の名義変更がもたついてるって手紙に書いてたから、もっと遅くなるかと思ってた」
デュラン様は王子名義で母国にそこそこ土地を持っているのだ。
「そりゃ急ぐよ。双子が学校から帰る前じゃないと、俺たち二人の時間が取れないだろ?」
「は?時間帯の話?双子いなくても、ルクスもみんなもいるでしょ?」
「大丈夫。俺たちはしばらくトリア部屋に籠るから。ミトには声かけた」
そう言って私を自室から引っ張り出す。
「トリア部屋って……まさか、あの部屋を整えてくれたのって……」
「俺に決まってるだろ?」
「えええ?じゃあ留学生来ないの?」
「もう来てる。他に部屋借りて住まわせてるから。ここでの受け入れは、まあ追々な?」
手を引かれトリア部屋に押し込まれると、デュラン様はカチャリと鍵をかけ、私をドアに押し付けた。
「ちょっとだけでいいから二人だけで一緒に過ごしたいって思ってるの俺だけ?」
突然そんな、甘い言葉をかけられて、顔に血が集まる。
「そんなこと、な……」
言葉が終わるまえに頭を押さえられてついばむようなキスをされ、ほうっと息継ぎすると、腰を引き寄せられ今度は胸に顔を押し付けられる。少し太って胸が厚くなった?よかった……
ぎゅっと抱きついていると、
「これじゃ全然足りない。みんなが帰ってくるまでに急ぐぞ?」
急ぐ?
ヒョイっと抱き上げられ、ポンと新品のシングルベッドに寝かされる。
「ちょ、あわただしすぎない?」
「生きてるって感じ、するだろ?」
デュラン様はニヤッと笑って上着を脱ぎ、床に放り投げ、私の上に覆いかぶさった。
確かに。私たちは一度死んでるから……この忙しさこそ、生なのだと知っている。
私は声を上げて笑って、抱き合って小さなベッドの上をコロコロ転がった。
ああ……なんてことのない……
「幸せ……」
全てを知る人の前だから、飾ることなく、ポロリと目尻から涙が落ちる。デュラン様が指紋を消した親指で、それを拭う。
「なぜ泣く?」
「……嬉しさと……罪悪感?」
姉が、デュラン様の乳兄弟が、数々の犠牲が脳裏によぎる。私ばかり幸せになっていいの?
デュラン様が額を合わせる。
「その不安、俺も一緒だ、安心しろ」
不安を安心しろってなんか変なのに、でも本当に安心した。あなたの想いも一緒なら、ともに背負って生きるのみ。
「愛してる。マール」
デュラン様は出会った時から言葉を惜しまない。私もそうありたい。
「愛してる。私も。デュラン様だけを」
二度と離れぬように抱きしめあって、互いを労わるような、ひたすら優しいキスをする。
生涯たった一人の愛する人が一緒にいる。
最も難しいと知っている、夢が叶った。
18時、番外編更新し、完結となります。
感想、誤字報告再開しました。




