43 お一人様は自力で戦う
コリンを筆頭に、テリー大神官様他、武闘派の神官数人が四阿に走ってやってきた。
荒れ狂う天候、地面に倒れる王太子、ケンを膝に抱き上げ介抱する私を見て、息を飲む。
「巫女!一体?」
コリンが王太子から目を離さずに、私を後ろから支える。
後ろから少し遅れて駆けつけた姉を見て、少し心が揺れるけれど……真実を話す。
「王太子殿下が御乱心されました。私を無理矢理城に連れて帰り、妃にして、私のものではない……恐れ多くも神力を手にいれようとした」
王太子の手には未だ、巫女以外触れることの許されていない聖剣が握り込まれている。
「そ、そんな……」
姉がふらりとよろめき膝をつく。
「……地下牢へ連れて行け。すぐに城に連絡せよ」
テリー様が冷たく言い放つ。
神官が手早く意識のない王太子殿下を縛り上げ、肩に担いで連れていく。
「そう……天罰が下ったの……もう何も心配いらない。巫女であるマールを崇め、感謝して過ごせば、ポラリアはあっという間に豊かになると……よかったねと昨夜話しあったのに……」
姉は呆然と天から降り注ぐ霰から変わった雨に、全身打たれた。
「ケン!!!」
マイが泣きじゃくりながら私の……ケンの元に駆け寄り、自分の片割れを抱きしめる。
私の双子、いつも泣かせてばっかりで、ダメな巫女でごめんね。油断した大人の失態だ。大禍は過ぎたと慢心し、真っ昼間敷地内だからと私と双子だけで動いた。
でも、自国の王太子、すっかり信頼しきった姉の夫が、こんなことするなんて、予想できるわけがない。
私はケンとマイを交互に頭を撫でて、
「マイ、心配かけてごめんなさい。ケンは頭を柱に打ちつけたの。あまり揺すってはダメよ。すぐ中に連れていき、おじいちゃん先生に診てもらおうね」
ケンマイと歳が近く、仲の良いアニキ分の神官がそっとケンを抱き上げ、連れていく。マイもついていく。
「巫女……またしても、私は守れなかった。情けないよ」
コリンが後ろから私の首元に顔を埋める。
「ちゃんと、コリンとミトが育て上げてくれたケンマイが私を守ってくれたわ。コリンの仕事はこれから発生するめんどくさい些事から私を守ること。ちなみに私、腰が抜けているから」
「……ハイハイ」
私はまるで定位置のような、コリンの腕に縦抱きされる。
テリー大神官様が静かにやってきて、私に取り返した聖剣を渡す。それを受け取り、腰の鞘に戻す。
「……見事な嵐です。巫女様」
お師匠様であるテリー様が切なげに微笑んだ。
「テリー様との感情コントロール特訓、厳しかったもの。心を一旦凪に持っていくこと、難しかった……」
あの鬼の修行の成果がようやく出た。
「巫女はご自身で身を守られた……本当に、あなたは最強で最高だ……」
テリー様は私の濡れた頭をよしよしと撫でた。
「さあ、急いで湯に浸かってお休みください。夕刻の御祈祷は今日はお休みです。そして……ルビー様には迎えが来たら、一旦、城に戻っていただきます」
姉はまだ、降り注ぐ雨空を見上げている。
「どうかくれぐれも……よろしくお願いします」
私がテリー様に頭を下げると、コリンはすぐさま、早足で神殿のなかに向かった。
◇◇◇
体調不完全なまま極度の緊張を強いられ、雨に打たれた私は高熱を出し、三日寝込んだ。ヤワだ。
その日のうちに宰相がやってきて、事のあらましを聞くと真っ青になって、王太子と王太子妃を連れ帰り、翌日、王自ら、大神殿に出向いてきた。
王太子は、城で目覚めたのちも、自分の主張を繰り返したらしい。
「我々の祈りの場は別にポラリアでなくてもよいのです。もっと話のわかる国に巫女様を連れて行きましょうか?おそらく多くの国が歓迎してくれることでしょう」
テリー大神官様の非情な宣告に、王は平伏し、
「今日の穏やかな時をもたらしてくれた、まさしく平和の象徴たる巫女様への非礼、誠に申し訳ない。巫女様の命懸けの御力を、私有しようなど、断じて当然ポラリア王国の総意ではございません。巫女様に、神殿に刃を向けた罰は甘んじてお受けいたします。ただ、国土に、天罰を下すことだけはご容赦ください!全てはラファエルと、監督の行き届かなかった私の罪でございます」
王が形式上同位の大神官に頭を下げた。それは、神殿が国よりも尊ばれる存在になってしまったということに他ならない。ラファエル殿下一人の失態のせいで、国は大きなものを失った。テリー様はもちろんこの好機を活かし、国へのこれまでの不満を一気に解消するだろう。
ただし、テリー様はじめ神殿サイドはその権力を民に振りかざしたりはしない。
「ラファエルは……王子としてアベル山の離宮に蟄居させます。これで……ご勘弁ください」
「巫女ルビー様は?」
「帯同し、ラファエルの罪を、半分背負うと」
「……甘いことよ。しかし敬愛する巫女ルビー様に免じて、それで手を打とう」
王太子をおろさなくとも⁉︎と一瞬思ったけれど、冷静に考えれば当然。世界の不可侵的存在である巫女を誘拐しようとしたのだ。民にバレれば即刻世論は死刑を望むだろう。
神殿はきっと姉への罪滅ぼしのために、内内に穏便に済ませるのだ。当然次などないけれど。
「次の王太子はどうなる」
「姉の息子、ミブ公爵嫡男ミリウスを立てます」
「そうですか。では至急立太子の儀を行いますので、大神殿へお越しいただいてください」
「はっ」
そういえば、ミリウス様も初等教育で同級生だった。賢いくせにとってもめんどくさがりだったから、今頃頭を抱えているだろうな。チャールズが力になるだろう。
「今回のことで、巫女を狙う不届きな輩がわいてでることがよくわかった。今後巫女は姿を隠される。このような目に合わないように。二度と民の前に姿を出すことはない。それは王族の前でも同じこと。巫女には見目を変えて、ひっそりと生きていただく」
「そんな……」
「異論がおありか?」
「いえ……ただ、信じてくれずとも……私と妃は……かわいいマールの幸せを祈っていると……」
◇◇◇
「と、いうことになったから」
そう言いながらコリンがウサギに剥いたリンゴを私に渡してくれる。
「おいしそ!ありがとう」
もぐもぐとよく噛みしめながら、寝ている間の出来事をもう一度、考える。
つまり、元気になり次第、速攻で還俗らしい。
「それで、コリンとケンとマイはいいの?」
「私は久しぶりの俗世にワクワクしてます。ケンマイは、テリー様に神官試験を合格しないと、ついていってはダメだと言われ、目の色を変えて勉強してますよ」
ケンは後頭部に大きなタンコブが出来たものの、体調は戻ったようだ。若いって素晴らしい!
「ミトは納得してる?準備はないの?」
「ミトは、双子が学校に行っているあいだ、巫女を独り占めだと守る気まんまんです。最近監禁部屋で筋トレやシャドウトレーニングはじめて、監視役がビビってます。モノは引越しおえてから、あれこれ揃えればいいかと」
「わーお」
そうね、ゆっくり仲良く好みのものを揃えていけばいい。焦る必要はない。二人には未来がある。
もちろん私は嫉妬したりしない。ミトは娘。ミトにしろ、双子にしろ、それ以外の神殿の子供たちにしろ、子どもとは親元から巣立つものなのだ。
私はただ、ドーンとアパートか、神殿に座っていればいい。みんなが帰ってこれる場所を用意して、「おかえり!」と言うのが母ちゃんの役割だ。
「日々の祈りは第二都市パニーノの神殿で、秋口から年始までは大神殿に戻り重要祭祀を行う感じでいいですか?」
「コリンの考えたベストなら、それでいいよ」
「何そのプレッシャー?OK、巫女に負担が少ない移動をもうちょっと考えるよ」
コリンはぶつぶつと呟きつつ、カレンダーとにらめっこしている。
私はいよいよ還俗する。
窓の外を眺め、姉を思う。
孤独の中、10年以上もラファエル様と生きてきたのだ。当然彼を愛しているだろう。
己の手のひらを見つめる。
世界を破壊しうる力は有しても、姉を救うこともできない。これまでも愛する人を助けることができなかった。
巫女はただ……祈るだけ。




