42 お一人様は決別する
前回に引き続き、またもや世迷言を!私は表情を消す。
「……殿下は姉と既にご結婚していますでしょう?姉と純愛を貫かれたと思っておりましたが?」
「もちろんルビーのことも大好きだ。ただ、私は王族。聖女の血を取り入れるための政略結婚であることははじめからわかっているだろう?」
「……ええ。私とはそうでした。でも姉との真実の愛を知ったから、その政略結婚を破棄したはずです」
「だって、マールは聖女の血はひいていたけれど、巫女じゃなかったもの。あの時はルビーが巫女だった」
ラファエル王太子は困った顔をしてみせる。
「アルス王がね、私に連絡してきたんだ。『巫女を抱けば神力が宿る。今なら簡単に落ちるだろう。ためしてみるがいい』とね。それを聞いて神殿に赴くと、ルビーがいつになく頼りなさげで可愛くて、誘ったらすぐに想いを返してくれた。ただの聖女の末裔のマールよりも現役巫女のほうが力ありそうだろう?だからすぐに結婚した。まあ婚前交渉がバレてしまったときは気まずい思いをしたけれど、結果的に反対するものを納得させてすぐに結婚できてよかったよ」
「アルス王と……連絡?」
「ああ、国の代表としてサジークに行ったときに、あちらでいつももてなしてもらったからね。いい情報源だよ。立場が似てるから話が合った。もちろん平和な停戦中の話だよ」
っ!どんなもてなしだよ!!
停戦中であれポラリアをしゃぶり尽くした男と個人的に親交があったと?その日、姉の前に現れたのは偶然ではなかった?サジーク王に懐柔され、唆されて……姉を抱いたと?
その行為は姉と利害が一致し、無理矢理ではなかっただろう。しかし、あなたは同じ国に住むものとして、巫女がどれだけつましく厳しい祈りの日々を送っているかを、純潔を大事にしているか知っていたのだ!しかも姉は婚約者の家族ということで顔見知り。そんな女を、私欲のために引き摺りこんだの?
婚約者の姉が、自国で育ったものが、汚されたのに、何故サジーク王に報復しない!!
いや、私欲と思っていない分厄介だ。自分こそが公であり正しいと信じ込んでいる。アルスと同じ。ラファエル様、ここまで傲慢だったとは。
「しかしルビーは結局何の能力も私にもたらしてはくれなかった。やはり二番手だったからなのだろうね。アルス王が全部持っていったのだろう。そしてまさかマールが巫女に繰り上がるなど思ってもみなかった。……まあでも、少し遅れただけだ。今度こそ私が一番手。私がマールの瞳を変えた時に、きっとあの素晴らしい無敵の力を手に入れることができるのだ」
ラファエル様がうっとりと笑う。
私と姉への温かい声がけも、優しい微笑みも、全て、巫女の能力に向けられたものだったとは……見抜けなかった私が愚かだったようだ。
巫女の能力を得るためならば愛を囁き、ベッドをともにすることができる男。
「あの天罰!城の窓から見ていた。力強い光の束はただただ美しかったよ。その下で押し寄せるサジークの兵をやっつけたなんて、本当に痛快だ」
「あの力を発動するために、私が死を覚悟したことも、当然ご存じなのですよね?」
「もちろん。さすが巫女、あっぱれだ」
この人は、私が二年半も死線を彷徨い続けたことを……いや、死んだとしても、何とも思わないのだ。
「でもマール、君は巫女だがポラリアの市民でもある。君との結婚は国政の一つ。義務だ。受け入れてくれるよね?」
とうとう私は声を荒げた!
「だからあなたは姉と結婚してるでしょ!」
「離縁するさ。結婚して十年以上も子をなさないのだ。皆反対しない」
なんて男なの?
経緯はどうあれ、姉と結婚するために、周囲を巻き込んで、私を捨てたくせに。
そうまでして得た女をまた捨てる?
あんたがそんなことしたから、私は巫女になった!だというのに今度は私を欲しがるの?
私の青春をかけて愛した男は、こんな男だったんだ。
本当になんて……見る目がないのだろう。
彼は王家に、自分に都合のいい人間がとことん欲しいのだ。よくよく考えればそれが普通?
私がここでも前世の小説の記憶のせいで、恋愛風味があると思い込みすぎた?
愛に幻想を持ちすぎたのは、ロマンチストだったのはむしろ私なのだ。
「残念ですが、私は入信した瞬間にポラリアの国籍を失くしております。そしてかつてはお慕いしておりましたが、先に私を、今度は姉を、不要となればすぐ捨てるようなお方とわかり、恋心が醒めるばかりか、虫酸が走ります。今すぐにお帰りくださいませ!」
私は出口に向かって指を指した。それにしても、コリン遅い。マイは何をしてるの?思わず顔をしかめる。
私の気持ちが一瞬他所に行った時に、突然殿下が私に前から抱きついた!
「きゃっ!な、何を!」
声を上げたらすぐに引いてくれたけれど、その手に……私の腰に挿していた、聖剣。
この男がこんなことをするなんて……
全て、私の油断だ。
「ルビーによれば、この聖剣を君の首に刺せば、あの奇跡がもう一度起こるそうだね。発動条件のうちの一つが手に入った。これで私のタイミングで力を行使出来て、君は私に天罰を下せない!」
別に首である必要はないけどね。と冷静に心で言い返す。
「マール、君はまだ体力が全く戻っていないと聞いている。さあ、この剣とともに、私と城へ帰ろうか?」
私の手首をグイッとにぎる。
「マイーーーー!急げーーーー!」
ケンが叫びながら、殿下の腰に腕を巻きつけ、引き離そうとする。
それを殿下は無情にも抜身の聖剣を握ったまま、肘を回し振り払う。
「くっ……」
ケンは四阿の柱に打ち付けられた。ケンがどれだけ鍛えたとしても所詮11歳。成人男性には敵わないのだ。
「ケン!コリンー!」
「ああ、あの銀眼の付き人なら、ルビーに今足止めさせてるから来ないよ?マール復活の祝いの会の説明をペラペラと話してるころかな?久しぶりに仕事を与えられて王太子妃の役目を果たそうと、ルビー張り切っていたからね。さすがにあの付き人も王太子妃を無碍にはできないだろう。ルビーは君の命を救った恩人だもの?私は馬車に酔って神殿の庭で休憩していたところ、マールに出会い、君にすぐにも還俗したいとお願いされて、城に連れ帰るところだ」
ニコニコと笑いながら、私の手を引っ張り、四阿から引き摺りだした。
◇◇◇
……愚かな人。私があなたを好きだった幼い少女のままと、言いくるめられると思っている。
聖剣さえなければ、非力だとたかをくくっている。
そもそも私を手に入れたところで、力など手に入れられるはずがないのに。
あの力は歴代の巫女に連なる私に蓄積されたものだもの。巫女でもない卑劣な男が使える力ではない!
私は足踏ん張り、歩みを止める。
「王子であるあなたを、尊敬してた……でも計算ずくだったんですね。騙されました。あなたのような……人の情の分からぬ人に、一国を治めさせるわけにはいかないわ」
私はたくさんの幸せを手放して後悔してきた。今、自分の手の中に残ったほんのわずかな宝物を、たった一つであってもポロリとこぼすつもりなどない。奪わせて、たまるものか!
思い出せ!テリー様に教わったことを!
数回深呼吸して心の中を空っぽにする。そして、私のかわいいケンが、気を失いぐったり地面にうつ伏せるのを見つめる。
ケンは……私の息子……息子だから、傷ついているのを見たら……当然泣く!私は親だもの。涙がドンドン溢れてくる。空が暗くなり、ポツポツと私の涙とともに、雨が地面に落ちる。
そして、最愛の我が子を倒した男に視線を合わせ、怒る!
ルクスもミトも守れなかった。今度こそ私は我が子を守る!
今日はね、怒りを、抑えるつもりはない。だから簡単。心のままに吐き出すのみ。怒れ怒れ怒れ!!
「天よ!我の嘆きを聞け!荒れ狂えーー!!」
私は大声で叫び、泣きながら天を睨みつけた!
頭上に豪風が集まる!一瞬で渦を巻き雲を呼ぶドス黒い竜の巣ができる!
「なっ!」
パラパラパラと、氷の礫が空から降り出した。ドンドンと礫は大きくなり、拳大になったところで殿下の身体に降り注ぐ!
「う、うわああ!」
殿下は私を掴んでいた手を離し、頭を両手で庇いだした。私はふらふらと後退りし、ケンに霰が当たらぬように、覆いかぶさる。
ケンを確保し、殿下をギンッと睨みつけた!
それに呼応したように、天から真っすぐに稲光が爆音とともに落ち、雷光が殿下の頭から足に突き抜ける!!
「ぎゃあああああ!!」
殿下は感電したのか?その大きな衝撃に口から泡を吹き、目を大きく見開いて、その瞳にようやく、恐怖を浮かべた。
「ば……バケモノ……」
「……ええ、バケモノで結構。自己愛しか知らない殿下の相手などできないわ」
殿下は膝から崩れ落ち、バタリと前につんのめった。




