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41 お一人様は奇襲を受ける

 森奥の大神殿は慌ただしい復興の最中である世界の喧騒からは遠く離れ、静かに季節が移っていく。


 目が覚めて二カ月ほど過ぎて、冬が始まった。雪はないものの、霜がビッシリと地表を覆い、広葉樹の葉は落ちてしまった。残るはとんがった針葉樹のみで……もみの木に似ている。

 前世のクリスマスを思い出し、ケンとマイのために、一本飾り付けをしてもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、ゆっくりゆっくり散歩して、四阿にたどり着き、そっと座る。

「巫女様、寒くないか?」

「ケン、ありがとう」

 付き添いのケンが私を持参した毛布で包む。マイは私の目の端に潜んでいる。今日は二人が私の付き添い。どちらが表サイドかは、交代制とのこと。ケンは私の横にトスンと座った。おや?目の高さがほぼ一緒?やばい、直に身長追い抜かれちゃう。


「ねえねえ巫女様、本当に俺たちも学校に行けるの?」

 二人は神殿にやってくる前も学校に通った経験がない。集団生活が不安な様子だ。


「できれば行ってほしいわ。神殿は私も好きだけれど、やはり知識が偏ってしまう。いろんな人々と出会って、体験して、最後にやはり神官になりたい、と思ったらそうすればいいのよ」


「友達とか……作っていいの?」

「もちろんよ。私とローズとチャールズみたいな、生涯の友が学校にいるかもよ?でもね、無理しないの。友達は無理してできるものじゃない。私とローズだって最初っから親友だったわけじゃない。なん回も喧嘩したわ」

「えー!どんなことで?」

「はっきり言えば、嫉妬ね。ローズは子どもの頃からケンやマイとおんなじくらい、美しかった。だからつい嫌味を言って、返り討ちにあって、今に至る」

 私は幼いながらも、貴族らしく丁寧語を駆使してお上品にバトルしあった、可愛い少女時代を思い出す。

「えー巫女なのに?」

「そう。でもそのお陰で時によって私がガサツにもイヤミな女にもなること、ぜーんぶバレてるからローズ相手に見栄を張らなくていいの。さらけだしても寄り添ってくれる。私には勿体無い友達よ」


「そっか……でも俺たち、途中から入学だろう?ついていけるかな?」

「ついていけないのならば、努力しないとね。ケンとマイが勉強頑張って帰ってきたら、私が美味しい夕ご飯作ってアパートで待ってるよ」


 そうは言ったが、授業で遅れをとる心配などないだろう。私も神官たちも将来双子の身を守れるように、熱心に知識を教え込み、ミトが心身を鍛えてくれた。そのおかげでほら、マイがどこにいるか、すぐわからなくなる。


 そのミトの処遇は色々と微妙だ。そもそも彼女は理不尽な奴隷であり、私は彼女に罪があるとは露ほども思っていないけれど、敵国のスパイで、これまで何人もの人を殺し、サジークを神殿に誘導したのは事実。私一人の判断で無罪を言い渡すことはできない。たった今もテリー様をはじめとした幹部たちが協議中だ。コリンもそちらに顔を出している。


 ミトは自分の罪を認めており、いかなる処分も受け入れると言っている。私のアパートに住まわせて、コリンに生涯監視させ、日々、アパートの護衛やら、子供たちの送迎やら、私がおばあさんになった時の介護やら、ボランティア活動に従事させる……そのあたりの落とし所で何とかならないだろうか?テリー大神官様にオフレコでそう言うと、


「巫女、それはご褒美ですよ?」

 と苦笑した。

「何言ってるの?労働に対する対価を与えないのよ?立派な罰じゃん」

「労働と思えば対価も必要ですが、愛するひとのために喜んでいそいそと励むのであれば、やっぱりご褒美ですよ」


 ミトを保護するためにも、早く元気になり、還俗せねば。巫女は通勤して働こう。いつまでもあの牢のような部屋に住まわせるのは、こっちがつらい。


 そんなことをぼんやりと考えていると、ケンが不意に立ち上がり、私の前に立ち塞がった。

 ケンの肩越しに四阿に背の高い金髪の男が近づくのが見えた。

 何故……?


「ケン、下がりなさい。王太子殿下、お久しぶりです」

 聞いてない。何故ラファエル殿下はここへ?って言うかよりによってここに顔を出されたことに腹が立つ。ここは知らなかった事情があれこれあったとはいえ、やはり、姉と殿下の逢引現場なのだ。せっかくデュラン様とルクスのおかげで楽しい思い出に上書きされていたものを。


「マール……体調はどう?」

 ラファエル殿下は前回お会いした時とさほど変わっていないように見える。正直もう忘れた。


「ご心配おかけしましたが、この通り。王太子殿下には、長いこと王太子妃様に私のために、時間を割いていただいたので、ご不自由をおかけしたと思います。申し訳ありませんでした」


「いや、姉としても王族としても当たり前のことだ。マールのポラリアへの、世界への貢献は計り知れない。それにルビーも巫女であるのだから」


 久しぶりにあったラファエル様が、どこかかんに触る。何故この人は私をマールと呼び捨てにするのだろう。私はもう婚約者ではないし、子供でもない。馴れ馴れしく感じてしまう。自分が捨てた女なのだから、もう少し距離をとってほしい。それに偉ぶるつもりはないけれど、私は巫女なのだ。


「私はもう下がるところですが、何かご用事でも?」

「いや、マールに感謝の言葉をかけたくて……凄いなマールは。ポラリアに侵攻した兵や、間者をほんの一瞬で稲光を落とし、やっつけてしまった」


 この、次代の王にも、私が大量殺戮者に見えるようだ。心臓がギュッと握り潰されたように痛い。

「……私は見ての通り病み上がり。下がらせてもらいます。今後は面会の要請をキチンと出してからお越しください」

 私は一礼してそっと立ち去ろうとすると、グッと手首を掴まれた。


 私は下から見上げて、敢えてわかりやすく眉間にシワをよせた。

「お放しください」

「もうすぐ還俗するのだろう?いつだ?」


 私だって還俗にあれこれ期待も希望も持っている。でもまだ体調は元どおりではなく、世間の興奮も冷めていない状態。今ではない。しかし何故それがラファエル様に関係ある?


「お放しください、と申し上げています」

 残念ながら、ここで彼を振り切る体力はない。しかし不愉快でしかない。だとしても、まだ腕を掴まれているだけ、次期王に対し騒ぎたてるのも、躊躇する。

 私は視線を走らせ、マイを見つける。マイは微かに頷き、消えた。早くコリンを、誰かを呼んできて!ケンは相手が王太子という権力者であることに、戸惑っている。とりあえずジッとしていればいいからね。私はケンにも小さく頷く。ケンは私にピッタリと寄り添う。


「ルビーに探りを入れたら、マールは静かに市井に入り込むと言っていた。それでは困るから、説得しにきたんだ」

「……巫女の威光を王家が使いたいとおっしゃるのですか?それはちょっと問題ですね。今日の御用向き国王はご存知ですか?」


 政教分離って知ってる?そして形式上国王よりも私が偉いって知ってる?

「私は十分に働きました。一人静かに生きていきたいという、今回の勝利の功労者の意思を無視されますの?」


 既にポラリア王には()()している。お伺いではない。


 ラファエル殿下はキラキラと笑った。

「あれだけの力を見せつけておいてよく言うよ。その力が欲しいと思うのは為政者ならば当たり前だろう?君の威光で、我がポラリアは未来永劫平和を手に入れる」

「それ、私の威光でなくて、私の持つ暴力で民を支配すると言っているのと同じです」

「でも、結婚してしまえば、それは不自然ではなく自然だ。たまたま王妃が神の力を持ち、それがたまたま抑止力になる」


「王妃?」

「そう。マール。私が間違っていた。私が愛するのは君だけだ。結婚してほしい」


 ……何このデジャブ。腐ってるの?




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