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38 お一人様は現状を知る

いつもお読みいただきありがとうございます!

本日より毎日17時、ノンストップ更新です。


完結14日(土)まで、是非お付き合いください。

 姉はひとまず城に帰った。この二年半、王公認とはいえ全ての公務を投げて、私に付き添っていてくれたとのこと。二度と頭が上がらない。


 私はコリンに毛布でグルグル巻きにされたあと、縦抱きされて、神殿に向かう。


 神域から建物に一歩踏み入れると、

「「「「巫女様!!!」」」」


 知った顔、知らない顔、全ての神官が号泣しながら跪いていた。

 そして正面に、テリー様。


 コリンが私を腕からゆっくりと下ろし、

「巫女、テリー()()()()だよ」


 思わず目を見張る。時の流れを痛感する。


「巫女……よくお目覚めになられた……」

 テリー様が私をそっと抱きしめ、額にキスをしてくれた。それは乳児への洗礼式で行われる祝福のようで、生まれ変わった気分になる。


「テリー大神官様、ご心配をおかけしました」

 目尻や眉間に深いシワが刻まれたテリー様。謝ることしかできない。


「巫女は何一つ悪くないことは、神の立証済みです。さあ、行きましょう」


 再びコリンに抱き上げられ、まず奥祭壇に連れて行かれる。あの日、あんな事件が起こったことなどつゆほども感じさせない厳かな空気に包まれ、何一つ変わらぬ様子。小さな神像が両手を広げて見下ろしている。

 私はコリンの腕から降りて、よろよろと両膝をつき、生への感謝の祈りを捧げる。

 そして神官のプライベート空間へ。


 パティオに面した、真ん中の小さな部屋に案内される。中にはカルーア様の副官が付いていて、私を見て、泣き崩れ落ちた。

 優しい秋の日差しの差し込むベッドに、カルーア様が横たわっていた。


「っ!」

 息を飲む。あの堂々とした体躯は見る影も失せ、ひとまわりもふたまわりもしぼみ、あまりの軽さにベッドは全く窪んでもいない。

 テリー様が椅子を枕元に寄せ、コリンがその上に私を座らせる。


「カルーアさま……」

 そっと呼びかけると、静かに両のまぶたが上がる。ゆっくりと顔がこちらに向く。銀眼だ!コリンの言ったとおり。


「……起きたの?マール」

「はい……カルーア様!」

「随分と……お寝坊だったねえ」

 私は布団の中に手を入れて、カルーア様の手を探し、こちらも弱々しく握る。

「こんなに痩せてしまって……」

「それ、お互い様ですからね!」

「巫女……我々を見捨てず……戻ってきてくれて、ありがとう……」

「……どういたしまして」

 私はポロリと涙を落として、笑った。


「カルーア様、こうして巫女の意識も戻りました。明日からはお二人揃ってリハビリですよ!……あ……」


 せっかくテリー様が元気づけようとにこやかにそうおっしゃったけれど、カルーア様は既に目を瞑られていた。


「常に……このような感じなの?」

「ええ、1日のほとんどをお休みになられています。意識も混濁していることが多くて」

「そう」


 神殿のために、命を差し出した私。その私のために、命を差し出したカルーア様。

 互いに必要だから、愛しているから決断したの。自分で決めたのだ。後悔しない!


 でも、私の体は、カルーア様の生命の気で充満している。

 愛する人の、弱り果てた姿を見て、胸が痛むのは、どうにもできない……



 ◇◇◇



 大神官室のソファーに落ち着く。コリンが私の様子に変化がないか目を離さない。


「巫女様、ようやく目を覚まされて、神官一同ほっといたしました。そして……肝心なときにお守りすることができず、そもそも敵の侵入を許し、巫女を危険にさらし、誠に申し訳ありません!私は偽情報をまんまと掴まされて、もぬけの殻であるサジークの国境にいたのです。大神殿と、サジーク王都方向に天罰が落ちたのは遠くからでも確認できて、急いで引き返したのですが……全て私の責任です」


 テリー大神官様が深々と頭を下げる。私は首を振る。


「失態をおかした私が大神官などという要職につき、なんと申し上げればよいか……とにかく巫女様の復活で神殿も完全に回復します。そうしましたら速やかに次代に引き継ぎますので」


 私は敢えて大袈裟にため息をつき、

「……コリン、テリー様、何バカなこと言ってんの?」

「ですねえ」

 コリンもまた大袈裟に肩を竦める。


「テリー様。大神官なんてめんどくさい仕事、やりたがる物好きいると思う?私の予想ではテリー様、この先二十年は大神官から逃げられないと思いまーす!」

「巫女に同意しまーす」


 テリー様だからこそ、巫女と大神官が倒れるという神殿の未曾有の危機を切り抜けたのだろうに。


「テリー様、お忙しいとは思いますが、私も早く元気になって、テリー様のお手伝いしますから、どうぞよろしくお願いします」

「お手伝い?巫女はご迷惑おかけします、だろ?」

「コーリーンー!!!」


 プッと三人揃って吹き出した。

「ああ、この部屋で再び笑える日が戻ろうとは……神よ……ありがとうございます……」

 テリー様が涙声で祈った。


 三人で話し合い、私は起きている時間の半分は泉に漬かり、残り半分でリハビリ、という体力回復メインの生活をしばらく送ることになった。


 そして、明日の私の様子を見て、バニスター伯爵家に連絡。

 その後、伯爵である兄の了解も取って、世界に私の意識が戻ったことを発布することになった。

「それ、いる?」

「「要ります!!!」」

 何故か二人に睨まれた。恐い恐いと思いつつ、あくびが出る。

「巫女、眠いの?」

「うん、でも寝るの怖い……」

 また目を覚まさなかったら……皆に迷惑がかかる……。


「大丈夫!朝のお務めの時間に叩き起こすから」

「でも、まだ聞いてないこといっぱい……」

「巫女様、一歩一歩ですよ」

 テリー様が優しく微笑む。

「ありがとう……テリー様、コリン」

 私はコリンに寄りかかる……




 ◇◇◇



「コリン、本当に……あの日から片時も離れることなく……お疲れ様でした」

「……大神官様こそたったお一人で、全ての重要な局面を乗り切り、ポラリア神殿の全てを守られました。私は何もお手伝いできなかった」

「それぞれの持ち場で……全力を尽くした、ということだね」

 そっとコリンは自分の肩に寄りかかる巫女の呼吸を確認する。異常ない。その様子をテリーも見守る。

「皆のその努力が……報われました」

「ああ、そうだ。ありがとう、巫女……ありがとう」




 ◇◇◇



 翌日、ちゃんと今世で目が覚めた。

 コリンに今日は一日休憩を取るように言ったけれど、却下された。

「私を休ませたいのなら、とっとと体力をつけてください」

 私は大人しく、泉に連れていってもらい、一連の朝のお勤めをゆっくりと果たした。


 そして、朝食のあと、

「コリン、ミトのところに連れていってちょうだい」

 コリンは私を静かに抱き上げた。


 使用人の私室の区域の一番奥の部屋。外から南京錠がかかり、ドアの前には見張りが一人。

「どうしてこういう扱いなの?」

「……ミトはサジークのスパイでした。ミトの手引きで、サジーク王は神殿に入り込んだ。こうでもせねば、納得できない仲間も多いのです」

 何も言い返せない。


 そっとドアを開けると、痩せてなお美しく、はかなげになったミトが窓辺の椅子に腰掛けていた。猿轡をされていた。

「自殺防止です」


 人の気配にノロノロと顔を向けるミト。私が目に映ったとたん、目に光りが宿り、顔を歪め、ぼろぼろと涙をこぼした。私はコリンに支えられて、ゆっくり前まで歩く。


「ミト、あなたは自殺すると思われているわ。そんな愚かな真似しないわよね?私に誓いなさい」


 ミトは震えながら、小さく頷いた。私は複雑な結び目を解き戒めを解く。

「巫女様……生きてる……」

「そうよ。巫女は生きてて怒ってます。無茶をやらかす娘にね!」

「あ……」

「ミト、立ちなさい!」

 命令すると、ミトはヨロヨロと立つ。

 私は手を振り上げ、ミトのお尻を叩いた。ぽふん、と音がして、私がよろける。

「あれ?もう一回!」

 やはりぽふん、と終了。全く力が入らない。


「えっと……?」

 ミトに不思議そうに見つめられる。

「ったく、何やってんですか!」

 コリンが私をひょいと抱き上げベッドに座らせる。ミトに視線で促し隣に座らせる。

「何って……心配をかけた娘に、親はお尻を叩くって相場が決まってるでしょう!」


「むすめ?」

「娘でしょうが!私がミトとケンとマイのお母ちゃんでしょう?忘れたの?」


「……巫女を危険に晒したのに?」

「年頃の娘にありがちな反抗よ!母ちゃんをなめんなよ!ミト……苦しくて辛くて……もがいていたのに、一番そばにいたのに、巫女なのに、気がついてあげられなくて、ごめんね」


「み、みこさま、巫女さまー!」

 ミトも私に抱きついてきた!コリンがさっと私の背中に入り、双子に続き再び衝撃を吸収した。ミトは私の胸で泣きじゃくり、私は自分よりもたくましい娘を抱きしめ、背中をいい子いい子とさすり続けた。


「巫女……ありがとう」

 後ろから耳元に聞こえたコリンの声はかすれていた。






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