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30 お一人様は祝福を授ける

 停戦が破棄され、サジークとの国境では度々両国が激しくぶつかっている。しかし今のところ市街地も、この森深くの神殿も、真っ白な雪が美しく積もり、血なまぐさい様子はない。


 ただ、見えないだけでサジークの兵はあちこちに入り込んでいるのだろうけれど。でもそれは同じこと。きっとポラリアの兵もサジークの懐深くにきっと入り込み……入り込んでるよね?そのくらいの能力、ポラリアも持ってるよね?


 取り敢えず私はあいも変わらず祈りの日々。そして、赤ちゃんの産着をチクチク縫う。懐かしい。

 そう、昨日、ローズが珠のような赤ちゃんを産んだのだ!

 私はもちろん行けなかったけれど、大神官様にお願いして神殿の医官を派遣してもらった。私の大親友ローズは私の弱点の一つ。実際先日狙われた。やたらな人間を私たちのアパートに入れたくない。

 私に忠誠を誓っているおじいちゃん先生は、優しくローズを励まして、丸1日の陣痛に付き合い、赤ちゃんを取り上げてくれた。ローズそっくりな美人の女の子。


 産声を聞き、リビングで祈っていたチャールズとナターシャは泣いて抱き合い、リスナー元子爵は涙を浮かべ「マリス子爵……孫だぞ!」と喜び、夫人は張り切ってローズと赤ちゃんのお世話をしているらしい。

「巫女様の安産の祈りがガッチリかかっておりましたので、スムーズなお産でした」

 おじいちゃん先生が報告してくれた。


「ローズ様は巫女様が神殿に入られてすぐから面会に来ましたよね……少女だったのに、お母さんになっちゃいましたねえ」

 コリンが感慨深げに微笑む。


「コリン、私たちが同い年よ?完全に出遅れてるよ?」

「いいんです。私は巫女と一緒に新築アパートでお一人様満喫するんです。たまにお父さん気分を味わいたいときは双子に頼ります」

「……私たち双子頼みね……老後迷惑かけないようにしようね……って、コリンにはミトがいるでしょう?」

 ミトはしばらく前に神官長様の御使いで出張に行ってしまい、現在不在。


 コリンが一瞬顔を歪めた。

「……ミトにも事情がありますよ」


 コリンがそういうならば、そうなのだろうけど、もったいない。お似合いなのに。

 いつまでも一緒に居られる保証なんて、どこにもないのよ……




 ◇◇◇




 ナターシャが打ち合わせにやってきた。


「な、ナターシャ、何この神々しい赤ちゃんは!で、何このあなたの画力!」

「ふふふ、対象がいいからつい力が入っちゃったわ!」


 ナターシャは直にお見舞いに行けない私のために、赤ちゃんを描いてきてくれた。いつもデザイン画をサラサラっと描いてくれるから、上手いのは想像できた。でも、人物画をここまで描けるとは!柔らかなタッチで線を書き、薄い絵の具を重ねて優しい色を纏っている。愛が溢れてる……


「素晴らしいわ……ありがとうナターシャ!これからもお願いね、私もこの子の成長に立ち会いたいわ」

「喜んでもらえてよかった。任せてちょうだい!巫女様、裏見て裏!」


「裏?」

 紙をそっとひっくり返すと、手紙で見慣れたローズの文字。


『マール!マールの祈りとみんなのおかげで、とっても可愛い赤ちゃんが産まれたよ!母子ともに健康です。で、私は当代巫女様に、この子の名前をつけて欲しいのです。そうすればこの子最強でしょ?厚かましくてゴメンね。でもこの子のためならいくらでも厚かましくもなるし、頭も下げるわ。この子が健やかに成長するように、一生ものの祝福を授けてください。お願い!

 一つ先行くあなたの友、ローズより』


「ええええ?」


 私の声にコリンも覗き込む。

「巫女に名付け?ローズ様なんてチャレンジャーなんだ……絶対ナターシャの方がセンスあるぞ?」

「私もそう思うけど、オネエじゃ祝福授けられないもの」


 二人とも当代巫女様にとっても失礼なんですけど?


「わわわ、どうしよう。責任重大!そうだ!ナターシャがいい名前3つ考えて、その中から私が選ぶってのはどう?」


「それじゃ私が考えたのと同じでしょ」

「うー」

「巫女、ローズ様は巫女に頭を捻ってもらいたいのです。採用不採用は私とナターシャが審査しますから!ほら、考えて!ローズ様早く名前で呼びたいはずですよ!」



 うーん、うーん、ローズは薔薇。お花繋がりがいいかなあ。


「リリーは?」

「私、ユリの匂いキツすぎて嫌いなのよね〜」

「じゃ、じゃあ、デイジーは?」

「巫女、無難すぎてクソ面白くない!」

「えええ〜……」


 審査、通る気がしない……。

 思わず窓の外を見上げる。今日もしんしんと雪が天から降りてくる。



 この子をお腹に抱いて、ローズが涙を堪えてここにやってきた日も雪だった。

 新年の行事で、お腹のこの子と一緒に大きく手を振ってくれた日も雪が舞っていた。

 赤ちゃんの絵をあらためて見つめる。


 この子は雪とともに私たちの元へ舞い降りた、天使だ。


六花(りっか)……」


「リッカ?不思議な響きですね?」


「……遠い異国で雪のことをそう呼ぶの。雪の結晶は花びらが六枚あるでしょう?雪であり、花なの」


「リッカ!素敵じゃない!巫女の完全オリジナル!真っさらなリッカにピッタリよ!」

「そう?」

「ええ、ローズ様も絶対にお喜びになりますよ」


 ナターシャの交わした第二都市パニーノの土地の売買契約書を確認し、新たに測量した正確な図面を指差しながら、新しいアパートの計画を詰める。次にいつ打ち合わせできるかわからない。曖昧なところは全てナターシャの設計にまかせ、兄とローズがその監査をするように一筆入れる。……もし私がいなくなっても、滞りなく建設、経営が進むように。


 同時進行で昨夜出来上がった産着に『リッカ』とピンクの糸で刺繍し、私の印、梅の花も添える。私が守護している証。皆、巫女に敬意をはらい、現代梅の刺繍を使えるのは私だけ。マールおばさんに出来るのはこんなことだけだけど……あなたがローズの腕の中でのびのびと成長しますように。


「3DKを六部屋、それぞれにキッチン付き。インテリアはセミオーダー。小さめの子供が安全に遊べる庭を作って……共用の馬車、そして馬車寄せねえ」

 ナターシャがペンを耳に掛けて図面を睨む。


「子供はすぐ病気になるわ。そういうときすぐにお医者様を呼びに行ったりとか……とにかく機動力が必要よ!あとバリアフリー!玄関にスロープつける!だって私の終の住処になるんだもの」


「馬車ねえ。維持費かかるけど……パニーノならなんとかなるか。王都よりも一律に物価が低いからね」

 戦争が長引かなければ……ね。


「今のところ入居者は私、ローズ、ナターシャはどうする?」

「魅力的だけど、王都の仕事が多いからパス。ローズがそこに引っ越したら今のローズの部屋に入るわ。いい?」

 私はもちろん頷いた。


「巫女、私も入居する」

 コリンがお茶を飲みながら断言した。

「コリン……神官基本家族持ちしか外に住めないでしょ?それにパニーノからここには通えないわ」

「巫女、還俗と言っても、祭祀はこれまで同様巫女が通いで生涯行うのです。神殿におらずとも巫女は巫女なのです。私がそばにいないとわからないことだらけでしょ?通勤の件は私が第二都市に配置換えすれば済むことです。重要祭祀の時だけ二人で大神殿に前乗りすればいい」

「え?そうなの?」

「どれだけ時間と金割いて巫女を教育したと思ってますか!来年以降もキッチリ神殿の広報官として頑張ってもらいますから!」

「なんと⁉︎」


「巫女に、経営に子育て、マールの夢のお一人様生活も大忙しねえ」

 ナターシャが優雅に大きな足を組んで、ふふふと笑いながらお茶を飲んだ。



 還俗は目標であり、私の生きる希望だった。でも、目の前のそれが迫った今、完全に神殿と縁が切れないことにどこかホッとしている私がいる。私はたまにここに里帰りできるのだ。よかった。


 そういえば、コリンってばミトの希望は聞かなくていいのかな?




 ◇◇◇




 コリンにお願いして、リッカの似顔絵を額装してもらい、私室の壁にかける。今頃優しい人々に囲まれて、ローズの胸でねんねしてるかしら?


「ふふふ」

 口から笑いが漏れるのに、涙が溢れる。この絵で、このふくふくしたほっぺを見て、思い浮かぶのは……


 ルクス……私とデュラン様の短い幸福の象徴……私たちの宝……

 あなたは今、幸せですか……ルクス……





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― 新着の感想 ―
[一言] 週末休出なんかで追いついていなかったのですが、マール自爆しててびっくりしました。 生き残れてて、本当によかった…。 当時の状況やいろんな事実は今週末に見えてくるんでしょうか。 ルクスやリッカ…
[気になる点] 厚かましくてゴメンね。でもこの子なためならいくらでも厚かましくもなるし、 ※でもこの子なため    この子のため
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