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25 お一人様はまたも失う

 いよいよ年末になり、新年を迎える準備をしている矢先、テリー様からお呼びがかかった。何故かミトも一緒に。


 応接室に入ると、テリー様が神妙な顔で座っており、ミトにも私の横に座るように促す。コリンは私たちの後ろに立った。私がテリー様の大好きなゲンマイ茶を入れようと中腰になると、テリー様がそれを手で制止したので、もう一度腰掛ける。


 テリー様は息を吸い込み、私の目を見て一気に話した。

「巫女様、確認を取るのに手間を取りましたが……サジークで、デュラン様が……殺害された、という情報が入りました、大神官様は今、国と意見の交換中です」


「え?」

 私は咄嗟にミトを見る。ミトはブンブンと首を横に振る。ミトの顔がどんどん青くなる。


「……どのような状況下で?」


「何か、サジーク王を激昂させて、牢に入れられ、その中で折檻されて、亡くなられたと」

「……信憑性は、あるのですか?」

「最期の祈りのために呼ばれたサジークの神官が、黒髪と、トリア王族の持つ金眼を確認したそうです」


 サジークであれ、神官は信頼できる。

 サジークにいる金目など……デュラン様のみ……


 じわじわと、テリー様の言葉を脳が理解する。私は、デュラン様の瞳そっくりの石のはまった、薬指を見つめた。


 その間にテリー様は話をミトに向ける。

「ミト、あなたはトリアの者でも、サジークの者でもなく、ただデュラン様の手の者なのですよね?」

「っ!は、はい!」

 涙ぐむミトが、オロオロと答える。


「どうしますか?ミトは成人している。雇用主が死んだ場合、雇用契約は消滅です。我々は、巫女の信頼厚いあなたにこのままここで働いてほしいと思っています。もしよければきちんと雇用契約を神殿と結びましょう。とりあえずこれまでと同じ生活をしていい。ゆっくりと考えなさい」


「はい……」


 私は指輪を見つめたまま、

「テリー様、デュラン様の亡骸は?」

「トリアは海洋国。王族は亡くなって祈りを捧げられたのち、海に帰る習わしだそうで、トリア神殿の作法通り、サジーク神殿が見送ったと」


 もう……どこにもいらっしゃらない、ということだ。

 私がこの話を現実だと肌で感じる機会は一生来ない。


「よろしいですか巫女様。デュラン様がサジークのトリアへの侵攻を止め、トリアもデュラン様を人質にとられていたからこそ大人しくサジークに従っておりましたが、その枷が外れました。トリアの民衆は優秀な、自分たちの尊敬する、今後道標となるはずだった王子が殺されたことに怒り狂い、トリアのサジークの施設を襲い、その勢いは国を飲み込むほど。王家ももはや戦うしかない、と腹を括ったようです。現在の王はデュラン様の弟君。仲の良い兄弟だったそうで、嘆き悲しんでいると」


 どこか信じていない心のせいで、落ち着いて、第三者のようにテリー様と会話できる。

「いよいよ戦争が始まり、我々も火の粉を被る、ということね」

「はい。おそらく我が国に両国から接触があり、それぞれの神殿からもそれは同様。そして、巫女も発言を求められる場面が今後出てきます。くれぐれも、慎重に。絶対に即答しないと、この私に約束してください!」

「……よくわかりました。必ず、持ち帰って相談する。テリー様に誓います」


「では、まだ煩わしいことが残っておりますので、これにて」

 テリー様は一瞬目を細め、私の横に来て膝をつき、そっと抱擁して、忙しなく出て行った。


「ミト……しばらく休んでいいわ。コリン、奥祭壇へ」

「……はい」

「はい」




 ◇◇◇




 ミトは奥祭壇には入れない。

 逆にコリンは私の行くところにはどこへでも、巫女の神事中であっても入る許可を最近テリー様が出した。例え神域であっても。

 私の身を守るため、なのだろう。きっかけはアパートの放火だと思う。


 私は奥祭壇に火を灯し、供物を上げ、唯一持つ黒のドレスを纏った。私はこれまでポラリア王太后と、双子の両親の二度しか使ったことのない弔いの詞を朗々と唱いあげ、コリンが私の節に重ねて悲しげなメロディーが響き渡る。


 それを終えると、片手に聖笏、片手に鈴を持ち、コリンの横笛に合わせ、故人へ感謝を舞い表す。

 私は日が暮れるまで、クルクルとまわり続けた。




 ◇◇◇




 眠れるわけがなく、そっと窓辺に座り、冴え冴えとした月を見上げる。


 デュラン様は唐突に現れた。小説同様姉を請いにきたかと思えば私に興味を示して、そして二度目にして私のファーストキスを奪った。


『俺には自由な時間がない』

 短い時間で正解を嗅ぎ分けて生きていた人。


 でも、私にしてみれば、全然時間が足りなくて、戸惑うばかり。

『間違いない。一番、好きだ。誰よりも』

 死んだと聞いて、初めて現実味を帯びる。決して冗談ではなかったのだと。


 国の思惑で押し付けられた婚約者ではなくて、自発的に愛してると言われたのは初めてで、未来を共にと求められ、私とのキスを欲してくれた。

 私の巫女とアパート、両方の仕事を認めてくれて、ルクスに甘く、部下のミトに優しく……

 私だって好意を持った。

 合わせた唇は生まれて初めて胸をドクドクと高鳴らせ、力が抜けてデュラン様にしがみつき、抱き寄せられた体は頼もしくて、あなたの全てが欲しくなった。


 この誠実で力強く、私を熱烈に求めてくれる人が私だけのものであれば、どんなにか……


 でも、姉の瞳の問題で動揺した。

 そしてたった二、三度会っただけでなびくのはおかしい?としょうもないプライドが邪魔をした。

 くだらない見栄のせいで返事をしなかった。


「あと三年、猶予があると思ったの……」


『もう俺には機会がないんだ』

 チャンスは待ってくれないのに。愚かな私。


 ルクスを奪われる私を、あなたは無言で見下ろした。

 あなたの肩にはトリアの民の命がかかっていて、軽率な行動などできないと、頭では理解していても、私はあなたを睨みつけた。あなたは静かに受け流した。私に恨まれることなど、想定内なのだ。

 私とあなたのあいだには高い壁。私は静かに諦めた……つもりでいた。


 それでも、デュラン様はこと色恋沙汰に関しては私を裏切らなかったと思う。根拠の一つは彼の性格。二つは単純に他の女に割く時間がない。


「私たちって、暇人じゃないもの」


 まともに話したのはたった3回。そして素っ気ない手紙だけなのに、彼の心に住む女は私だけだったと、信じられた。

 会わない間に、知らず知らず想いは募っていた。


 トリアの民に返さねば、と指輪を抜こうとした。でも節に引っかかって抜けない。心情的にも……手放せない。

 この指輪を嵌められた瞬間から、私の恋がそっとスタートしていたのだ。


「だって、薬指に指輪をはめることなんて、一生ないと思ってた……」


 指輪の石が、デュラン様の目と重なる。この目の主人は……海の底。

「うっ……くっ…………ううう………」


 涙が止めどなく流れ落ちる。

「デュラン様……」


 あの、命令調の、私が泣くと途端に甘くなる声はもう聞くことはない。

 あの胸の暖かさも、柑橘系のふわっとした香りを纏うこともない。

 ざらりとしたヒゲが、頰に当たることも、唇を甘噛みされることも、二度と、ない。


 儚い夢を見た。


「結局……好きでした……」


 月に雲がかかり、雪が静かに降りしきる。

 ダメだ!今日は、これ以上泣いちゃダメ。

 ここで雪を降らせてしまったら、私の怒りの矛先のサジークは猛吹雪になってしまう。

 彼を、せめて、暖かい海流に乗せて、故郷トリアの海に返してあげないと!


 歯をくいしばる。目に力を入れる。そして上を向いて涙を押し留める。九九を唱える。素数を読み上げる。

 泣くな!泣くな!!泣くな!!!


 数十分そうしていると、雪が止んだ。再び月が出た。


 月は静かに、黄金に輝く。

「……デュラン様。指輪、取れないし、もらっちゃうね。この指輪で、未亡人設定で、還俗後は生きていくよ。夫は私と双子を残して出稼ぎ先で死んだの。ひどい男」


 一人の人間だけを、愛し愛されて生きる。結局私にも不可能だった。


「私の瞳……金に変わらなかったね。嘘つき」

 今となれば、金に変わった自分を見たかった。デュラン様に愛されたかった。


 姉は瞳の色を変えた。それはどんな体験だったのだろう。

 あれだけ非難したくせに、今となれば、羨ましいと思う私は、浅ましい。


「私に叶えられないことを、何でも手に入れているのね。お姉様はやっぱりズルイわ……」


 虚空を見つめ、腹立ちを鎮め、もう一度、月に向かってデュラン様を想い、安らかに……でも私を置いて死んだことは許さない……と祈る。




 ◇◇◇



 何度も何度も隙をついて襲ってくる気持ちの高ぶりを、くちびるを噛んで、鎮める。


 私は、天候を統べるコツを、少しだけ理解した。




次回更新は週末予定です。

明日は短編を投稿します。

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