24 お一人様は友情に頼る
ココンっとノックして、スタスタ大神官室に入るとテリー様はソファーに座ってお茶を飲み、カルーア様は窓辺で雪を眺めていた。
「巫女よ……これはまた……大雪を降らせなさったなあ……」
やっぱり、私のせいのようだ。
「……仕方なくないですか?大親友がクズに騙され、世間にまた冷たくなじられ、挙句サジークのせいで命を狙われた!怒りしかないですよ!」
ゴウッ!っと音を立て、風の威力が増した!
「「「おおおーう…………」」」
「か、神様!ここまで吹雪かせないで!お願いします!!!」
とりあえず謝ってみたけれど、一向に威力は治らない。
「はあ……巫女、巫女の心が真に凪に戻らぬ限り、吹雪は続くだろうよ」
やれやれと言いながら、大神官様もテリー様の横に座られた。
……そんなの、いつになるかわからない。
「正直、身重のローズを苦しめる偽証男とサジークなんて天罰が下れ!って思ってます。でも、何の罪もないサジークの善良な民を思うと……きっとそっちの方が多いでしょう?彼らを苦しめたくはない。早く気持ちを納めなくては……」
私は深呼吸を繰り返す。
「巫女はヒト。ヒトである以上怒り悲しむのは当たり前。もう、天候をコントロールする術を身につけた方がいいかもしれません。そんな術など身につけさせずに済む生活を保障したかったのですが……我々は巫女に心穏やかに過ごしていただきたかった」
テリー様がさみしげに微笑んだ。
そんな、天気を操るなんて、出来るの?
「テリー様、その精度は?」
「これまでのところ、巫女の発動条件は激しい怒りと悲しみです。そのどん底の心境で、いかに自分をコントロールできるか、にかかってます」
「いや……無理でしょ?」
コントロール出来ないからこそ激しい感情に呑まれているのだ。
「まあ、ちょっとだけ、明日からトレーニングしてみましょう。気休めと思って」
私が深いため息をつき、テリー様に慰められていると、ノックの音がして、コリンが入ってきた。一枚ずつ渡された紙には、ローズの元カレの身元と、私のアパートの放火の詳細、その前後のサジークとの国境の様子がざっくり書かれていた。コリンも私の隣に座り、皆資料をしばらく読みふける。
「ダンガー伯爵家にピノア男爵家。お妃教育で名前は知ってるけれど接点ないわ。コナー・ダンガー、結婚してコナー・ピノア30才、ひと世代上かあ。兄なら知ってるかしら」
「ここ数年両家とも目立った功績はないので、兄上様もご存知ないかと。で、劇作家エトワールとしての活動はボチボチ売れっ子ですね。不遇な立場の女性が金持ちに見初められハッピーエンド、という定番話が得意のようです。見かけは優男なので、やはり言葉を操ることに長けているのでしょう」
いや、優男に惹かれる女性も多いよコリン。頼り甲斐のある男ばかりがモテると決まったわけではない。頑張ってる女はパートナーに力ではなく安らぎを求めるのだ。
「コリン、随分詳しいな?観劇を趣味にしたのかい?」
カルーア様が口を挟む。
「ミトに聞きました。ミトは我が国に来てから、ローズ様の舞台は全て見ているそうです」
「「「なーる……」」」
「で、主演女優にちょっかいをかけるのも有名で、男爵よりも作家のほうの収入で生活できているところもあり、これまで妻は有名税だと黙認してきたと。でも今回の相手、ベルローズは妊娠、自分よりもウンと若く美しい。そして後ろ盾が何もない。これまでの不満を一気にローズに爆発させた……ということのようです。そして夫は自分の不実を棚に上げて、妻の背中に隠れている、と」
「後ろ盾がない……ね」
平民となり、裸一貫でのし上がってきたローズには確かに後ろ盾はない。でも、一生を共にすると誓いあった重たーい親友がいるのよ。
「潰しますか?」
「コリン、物騒なこと言うのやめてよ。私はただ兄とリスナー子爵にダンガー伯爵家とピノア男爵家とのお付き合いを止めてもらって、その色男の耳に「知ってる?ベルローズと神殿のあの『ウソをつくと天罰を下す』銀の巫女は初等教育一年からの大親友なんだぜ」と囁いてもらうだけよ?」
「うわー次期王妃と巫女の生家、飛ぶ鳥落とす勢いと巷で勘違いされてるバニスターと、建国以来の忠臣と評されるリスナーを動かすんだ。エゲツなー!それを潰すっていうんですよ!」
「あと、芸能界で発言力のあるナターシャにもなんとなく伝えとこう!」
「そして鉄拳……さらに仕事干すのか……」
「何よコリン、文句あるの?」
「いえ全く。むしろ足りないかと。おそらくミトも数日中に休みを取り、ナターシャと連携すると思います。私は喜んで神殿のミトの業務の穴埋めしまーす」
「おほん、そのあたりは神殿は関与いたしませんので。では、放火の件に移りましょう」
カルーア様が本題に戻す。
資料に再び目を落とす。放火は二度とも外塀をくぐり抜け、裏側の外壁。当然私のアパートは木造。初期消火してもらえて助かった。
一度目の前日に、国境をサジークのスパイが通過。二度目は不明。この辺りは、胡散臭いけれど何の証拠にもならない。
まあ証拠を残さない仕事っぷりが逆にプロの仕業という証拠でもある……
「ちょっと、今の警備体制では心許ないわ……」
「神殿の腕の立つものをアパートに配置しましょうか?」
とうとう……テリー神官長が神殿に「腕の立つもの」がいることをお認めになった……。
しかし、
「神官がアパート守るってやっぱりおかしいと思うのです。神殿が手薄になるのは本末転倒ですし、慌ただしく配置してサジークに乗ってやるのも腹立たしいし……」
「だとすれば外部ですね。外部に頼むとすれば王都の警備隊、近衛、軍……」
「あ、巫女、そういえばいつでも駆けつけるって最近言った人いましたよね?」
……そういえば!
◇◇◇
「マール!マールから手紙なんて驚いた!嬉しかったけど……へへ、用事ってなんだ?」
「え、マール?どういうこと?ん?……あ、チャールズ・ヤック伯爵令息?」
「んんん……お前、その声に黒髪、ローズ・マリス子爵令嬢か?うわあ、めちゃくちゃ美人になったな!」
翌日、神殿にチャールズを呼び出した。大雪の中どうやってかたどり着いてくれた。
そして、初等教育同級生三人が、神殿の応接室で顔を合わせた。
「ローズ、チャールズってね、今、軍の高官なのよ。で、放火の件を相談することにした。ローズも知ってる通り、チャールズは裏表のない性格だし、口止めすれば口堅いから、ローズのことも話していい?」
「……いいよ。この子の安全のためだもの」
私はチャールズに、私のアパートがサジークに放火されたこと、そこには人気女優となったローズが住んでいること。そのローズは妊娠中の一人暮らしでとにかく心配なこと。
必要なことを全て話した。
「ローズ……そのクソ男、殺してきていいか?」
直情男チャールズはやっぱり激怒した。
「気持ちだけで、嬉しい!あ、ありがとう、チャールズ」
「……同じ王都にいる幼なじみだ。マール、お前の報復内容後で教えろ。俺も乗る。許せねえ」
昔から友達としてなら、頼りになる男だ。曲がったことが大嫌いなのは家風。私のローズ親衛隊リストにチャールズのヤック伯爵家を追加した。
「誰か、アパートを守ってくださる方に心当たりない?お給料は相場出すわ」
「いるいる。今年定年退官したおっさんたちに声かけるよ。俺より強い。百戦錬磨だ。その広さなら二人かな?交代含め四人。安心しろ。マールとローズの夢のアパート、絶対守ってやる」
私とローズは顔を見合わせた。友達が逞しくなっていて、その友達に頼ってみる。気持ちよく引き受けてくれる。何てこそばゆいのだろう。嬉しくて、笑ってしまう!
「「チャールズ、ありがとう!」」
「それにしてもマール、アパートのオーナーとかすげえな!流石だ!しっかり勉強してたもんなあ。で、ローズは女優なのかあ。ごめん、疎くて知らなかった。でもちっちゃな頃から綺麗だったもんなあ。歌も天使みたいに上手かったし、納得だ。二人と友達だなんてマジで自慢だわ!で、赤ちゃんお腹にいるのかあ。ローズの赤ちゃんならきっとかわいいなあ。俺生まれたら遊んでもいい?男だったら俺がバリバリ鍛えてやるよ!あ、妊婦ってふつうに歩いて大丈夫なの?俺非番の時は買い物でもなんでも付き合うぞ?おんぶの方がいいよな、きっと」
ローズは淡々と、親が自殺し、貴族から爪弾きされている事実も、今回の醜聞もチャールズに話して聞かせた。だが、チャールズは二人で買い物に行こうと誘う。友人が困っていることしか念頭にない。
チャールズは己の知る学友時代のローズと、目の前のローズだけを相手にする。自分の判断だけを信じる男。バカだけど、これがチャールズの強さだ。
「え、えっと、あの、あのね?」
ローズが久しぶりにど直球の好意にあてられて、あたふたする。
チャールズは……善意の塊、人たらしだった。
私とローズはチャールズという、力仕事を頼める幼馴染友達をゲットした。二人に妊婦にも優しいゲンマイ茶を出しながら、気が緩んでついボヤく。
「はあ……それにしても先日の殿下といい、クソ劇作家といい、どうして一人を愛することできないのかな。そんなに難しいこと?もうチャールズという頼れる男友達もできたし、やっぱり一人で生きていくほうが絶対に楽だわ!」
「うん、私も激しく同意するわ!」
「お前ら、ホンットに男運ないんだな……まともな奴も、ちゃんといるから……な?」
チャールズが私の後ろのコリンに同意を求める。コリンも頷く。
「私はミト一筋ですよ?」
「マジかー!」
「いいなー!」
「惚気かよー!」
聞けばチャールズもこれまで女性とまともな付き合いをしたことがなかった。
我ら同級生三人は恋愛運がすこぶる悪いらしい。
日が高いうちに、チャールズがローズの絶対の安全を宣言して、街道に置いてきた馬車まで大事に縦抱きして帰っていった。
見上げると、晴れ間が出ていた。




