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23 お一人様は怒りに震える

 雪がちらつく晩秋の午後、ローズが面会に来てくれた。

 女優は人前では痩せ我慢してでも美しいドレスを着る!と豪語するローズが、雪だるまのように着込んでいる。神殿底冷えするからね。


「コリン、悪いんだけど、もうちょっと部屋温めてくれる?」

「では暖炉の火を強くしましょう」

 ローズは力なくコリンにありがとうと言い、コリンはおや?という顔をする。


「どうしたの?ローズ。顔色悪いよ?」

「マール……私、マールのアパート、出て行く……」


 ……聞き捨てならない。あのアパートは私とローズ、二人の執念なのだから。


「ローズ……全部話そっか?包み隠さず。私が納得するように。じゃなきゃ、神殿に縛り付けるよ」

「わかってる。マールに隠し事するつもりなんてない。でも、きっと私を軽蔑するわ」


 苦しげに笑うローズに、私はフンっと鼻を鳴らした。軽蔑?するわけない。ローズだけが、あの苦しい婚約者時代を支えてくれて、私のアパート計画を小娘の夢物語とバカにせず、まだ駆け出し女優だったのに進んで大金を出したのだ。


 ローズがノロノロと分厚いショールを取る。

 ローズのお腹は……ポッコリふくれていた。


「っ!コリン!もっとジャンジャン薪焚べて!」

「はいはいはーいぃ!」


 私はローズの隣に移り、そっとお腹に手を当てる。

「何ヶ月?」

「……七ヶ月」

 まじか……ちっとも気がつかなかった。自分のことばっかりで親友のこの大きな変化にも気がつかんだったとは……凹む。


 私は目を閉じてローズのお腹に安産の祈りを捧げる。

「何も聞かないで……祝福してくれるの?」

「当たり前じゃない。ローズの子供は私の子供みたいなもんよ」

「ううう……マール、マールーーーー!!!」


 ローズが私の胸で苦しげに泣く。ご両親が自殺して以来、どんなに辛いことがあっても、歯を食いしばって耐えてきたのに……。


「今年の初めに出会った舞台作家に、うっかり恋してしまったの。一生君を支えたい、愛してるとかいう言葉に浮かれちゃった!恋なんていいこと何もないってマール見ててわかってたくせに。で、舞台が一区切りついて、妊娠に気がついたときは既に5カ月だった。でも嬉しくて意気揚々と妊娠したこと伝えたら、なんと既婚者だった。私の知ってた名前は作家用のペンネームで、本当は伯爵家の次男坊で、男爵家の婿だった。女優との火遊びだったのよ」


 天井からパラリとホコリが落ちる。ミトが怒っている。美しく気さくなローズはミトの憧れだ。


「あの男、バカだからすぐに奥様に相談して、怒り狂った奥様がのりこんできたわ。私、男を誑かす女狐なのですって」

 ホロホロと涙を零しながら口の端を上げるローズ。


 ……落ち着け……とりあえずローズの慰留が先!

「なおのこと、うちのアパートにいた方がいいじゃない。執事たちがそんなバカな奴らからローズを守ってくれるわ」


「でも、でも、今月に入って二度もアパートに火を点けられたの!もちろん執事や警備がすぐに消し止めてくれたけれど」


「聞いてないわよーー!!!」

 兄ってば、私に心配かけまいと情報止めたな!こういう大問題はきちんと伝えてよ!


「きっと、奥様か、デマを信じた私のアンチファンが、放火してるのよ!私がいるばかりに!あのアパートはマールの命なのに……。私、出ていく。出て行くから許して……ああああ………」


 泣き叫ぶローズを抱きしめ背中をさすりながら、私は即座に別の結論にたどり着く。

 違う。絶対違う。素人の貴族のご婦人や、アンチファンの放火をウチのアパートの護衛が捕え損ねるわけがない!


 サジークだ。


 神殿のガードは固い。それ以外の私の急所であるアパートを攻撃されたのだ。地味に報復が始まった。

 私が頷くと、コリンが一礼して下がる。テリー様、今神殿にいたっけな。

 コリンと入れ違いにミトが一礼して入ってきた。


「まずね、放火の件は理由が何であれ犯罪だから、大家として責任持って捕まえる。そしてアパートを出て行くのは反対よ。知らない土地の知らない部屋で、ローズが陣痛で苦しんでると思ったら、私、神殿飛び出して駆けつけるよ!」


「だ、ダメよ!マールは神殿から出ては!ごめんね。マールも大変なときなのに、こんな報告……」

「隠されるほうがよっぽど辛いよ!ねえ、この子とどうやって暮らしていきたい?」

「この子と?……私、二人で……仲良く、のんびり、安全に過ごせたら……あんな男の子供なのに……もうこの子を愛してるの……この子だけを愛して、生きていきたい……」


「ちょうどね、ファミリー向けのアパートを設計してるんだよ。土地もすでにナターシャが見つけてくれた。私もそこにケンとマイと住む予定なの」

「え……」

「いよいよ私たち、計画どおりお隣さんよ。ケンとマイは赤ちゃんのいい兄弟になるわ。何とね、血まみれの幽霊も付いてくるのよ?」

「マールってば……」


「ねえ、子育てに必要なものって何?私たちの経験上?」

「……たっぷりのお金。そしてたっぷりの愛」

「私たち、どっちも充分持ってるよね。そして、私たちは自分の頭と身体が資本だから、これからも貪欲に儲けられると思わない?」

「マール……」

「私たち、必ず幸せになれる!私をローズの赤ちゃんの、おばちゃんにしてちょうだい」

「……じゃあ、私はケンとマイのおばちゃんね。美人双子が身内なんて、嬉しい」

 ローズが今日初めて、キレイに笑った。


 私は寒い時期は遠征を控えて常駐しているおじいちゃん医官を呼び、すぐにローズを診てもらう。極度のストレスでローズは衰弱しているけれど、赤ちゃんの発育は順調だった。


 外が突然吹雪になったので、ローズは有無を言わさず神殿泊まりになり、一緒にご飯を食べて、一緒にお祈りをして、一緒に私のベッドで寝た。


「私ね、お姉様にドンドン傾倒する殿下を愛し続けるマールのこと、正直理解できなくて、バカだなあって思ってた」

「その通りです。返す言葉もないわ」

 暗闇で苦笑いする私。


「でも、恋してわかった。理屈じゃないのね。最後は蟻地獄のようだった。もがけばもがくほど、深みにハマって……食い尽くされた」

 一生懸命生き抜いてきたローズの遅い初恋だったのに。私は横向きに寝るローズの背中を後ろから抱きしめる。

「ふふ、マール、男運ないね、私たち」


 ローズに合わせる。

「うん。私たちには、お一人様があってるみたい。もう可愛い、何も知らなかった少女に戻れないもの。再び恋なんて……無理ね、きっと」


「マールってば!……でも、私にはこの子がいる。私、ずーっと甘えんぼのルクスを抱いてるマールが羨ましかった。マールとルクスとデュラン様に無意識に憧れたのね……それでガードが緩んで……」

「…………」


 ローズはルクスが友好的に母の元に戻ったと思っている。デュラン様とも進展はなくとも後退もないと思っている。他意はない。


 ローズから柔らかな寝息が聞こえてきたところで私は起き上がる。ガウンを羽織り、あとはミトに任せて大神官室に向かった。






いつもお読みいただきありがとうございます!

今回は金土日投稿です。

月の休日は新作短編投稿予定です。



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