22 お一人様は初恋を思い出す
「それを聞いて、いかがされるのです」
王太子殿下、何言ってるんだろ?世紀のウエディングをした姉はどうすんだ?
「いや……もしマールが、まだ私のことを好きでいてくれるのならば、君を私の手で保護したい。戦争から少しでも遠ざけたいのだ。今は神殿が君を守っている。だが還俗したあとは?マール、君は私の後宮に入るのが一番安全だと思うんだ」
「ちょ、ちょっと待て、マール、お前還俗すんのか?いつだ?」
なぜか食いつき気味のチャールズに私は笑ってごまかした。
殿下、還俗のことご存知か。当然といえば当然。そして何と、殿下は私を妾にしようと言ってる。私の安全のために。
この、一応、国の最高位に立つ、巫女を、妾に!
殿下を好きならば、喜んで引き受けるとでも思ったのか?
そう思わせるほどに、若き日の私が殿下を好きだったとバレバレだったことも恥ずかしい。
「待て、還俗するのなら、俺が守る。俺はお前を守るだけの強さを身につけたし……その、独身だ!」
チャールズが体を乗り出してきた!情けをくれるらしい。友達だったことを思い出したってところ?
「還俗は巫女の権利。つまり、別にしなくても良いのです。私どもとしては、巫女にいつまでも神殿に残っていてほしいと願っております。ゆえに、我らが最愛の巫女を妾にされて、お守りいただかずとも結構です!」
いつもはぬるい雰囲気を装うコリンが、とうとうコメカミをピクピクさせだした。
「め、妾などではない!私は、私はマールが好きだったよ。頑張りやの可愛い妹のように思っていて、穏やかな愛情に育っていくところだった。だが、ルビーに出会い、あっという間に激しい恋に落ちた。でもやはりマールも大事だったんだ」
「どれだけ酷いこと言ってるか、ご自分でわかってます?」
それを世間では二股という。
「ああ、最悪だろうね。でも、今も変わらず君が好きで、可愛がっていた君が戦争で傷つくことなど耐えられない。王も王妃も君に心酔している。君が城に来るのに何の障害もない!どうか、私に守らせてほしい!」
私には障害だらけだってわからないんだろうか?
リスナー子爵にお聞きした言葉を思い出す。私と復縁させ、子供を授からせようと画策する話があるとか?私も愛して、妾にして、子供を産ませようということ?
「姉の気持ちはどうなるのですか?」
「ルビーは君を愛している。いつも君と一緒に暮らしたいと言っているよ」
……私を裏切った二人から望まれる私。これ、変だよね?なんか自分がおかしい気がしてきた。洗脳?ダメだ!マール!気をしっかり持て!
私は、お情けで可愛がってもらいたいわけじゃない。もう20過ぎた大人の女だと、まあまあ神殿で働きあげている、そこそこ自立した一人前の女だとなぜわからない?
なぜ、上から目線?憐れまれてる?
二人の罪悪感解消運動に乗せられてはダメだ!
「相変わらずお優しい御心遣い、ありがとうございます。ただ、心配は無用です。私、もしも戦争になったとしても、守ってもらわなくていいのです。私はとうに守られることは諦めておりますし、巫女として子供たちや老人など弱きものを守る立場にありますので」
「いや、巫女であればなおさら君は国の希望。君が傷つくことを民が許すわけがない!後宮といい方がまずかったね。賓客として来てくれ。頼むよ、マール!」
私はすでに、充分すぎるほど、傷ついている。私を傷つけた元凶のもとに飛び込むほど、私が愚かだと思われてるの?
どうすれば、とっとと、穏便に帰ってくれる?殿下はかつて愛した人。論破できる話であっても聞けば聞くほどゴリゴリと精神力が削られる。
ここは常套文句しかないかな?
「私、還俗後に自分の身を預ける方、共に生きていく方、決めていますの。ですので、余計なお世話ですわ。お義兄さま」
引きつった笑顔でそう言った。
「それはこの……神官か?」
なぜコリンを睨む?私を捨てたあなたにそんな権利ないでしょう。
そしてコリンも何故か思わせぶりに口の端を上げるのみ。煽ってどうするの。
「私は今、神に仕える身、今はまだ想いは心に秘めております。ただ、お義兄さまではないことは確かです。人のものを好きになる趣味はありません」
「…………」
「その指輪は関係あるの?」
チャールズが、率直に聞く。
視線を指に落とし、指輪にキスされたことを思い出す。デュラン様は……楽しい方だった。でも未来がない。あの最後の凍えるような表情が頭をよぎる。
運命に翻弄される気の毒仲間として、ひっそりと応援するだけだ。
「今は関係ないわ」
「俺のことなんて、忘れていたと思うけど……還俗後の生活には俺も混ぜてくれ。マールとまた、同じ時間に自分を高め合って、切磋琢磨して、笑いたい」
チャールズが膝の上で拳を握りしめて言い募る。
「チャールズ様、ありがとうございます。私の傷、そんな気にされなくていいんですよ?私、所詮引きこもり生活予定ですもの」
「違う!傷に同情してアプローチしてるわけじゃない!昔から結構好きなんだよ!」
トントン、とドアが鳴る。
「巫女様、夕べの祈祷のお時間です」
いつも遅いよ!声かけるのが!
全員スクっと立ち上がり、コリンがサッとドアを開ける。それに続く私に殿下が声をかける。
「マール、また来る」
「このような政治の話でしたら、大神官様がお会いになるでしょう」
またもや唐突に、ガチッと剣だこだらけの大きい手に握手された。
「こないだは、ごめん。俺、いつでも駆けつけて、力になるから。幼馴染みとしてならいいだろ?」
昔から、すぐカッとなって、すぐ反省して、すぐ謝る人だった。
「ありがとう。チャールズ」
少し笑ってそう言うと、チャールズは目を大きく見張った。間近で見ると、思ったよりも傷が酷かったのかな。
私は一礼して応接室を出た。
◇◇◇
「女の子にあんな傷……許せない……」
チャールズが唇を噛む。するとラファエルが、
「傷があれど、やはり愛らしい。本当に、マールが可愛かったのだ。私のために一生懸命に学ぶ、真面目なマール。外で女遊びはしたが、それはどこか神聖なマールに触れることができなかったからだ……ルビーを見て、急速にルビーに惹かれはしたが……。成長したマールを見て、愛しさは募るばかり。でもあの時はルビーを抱きしめるのが正しいと……」
「殿下……不敬を承知で言いますが、その言い方は妃殿下が報われない。殿下が選ばれたのでしょう?マールではなく、妃殿下を!」
「そうだ。そうなんだ……だが……」
コリンは残された主従の会話を鼻で笑った。
「恐れながら殿下の発言は一から十まで巫女を傷つけ悩ませるものでした。二度とこちらにお出向きになりませんように」
恐れを知らぬ一神官の発言に、チャールズは戸惑いつつも諌めた。
「おい、ただの神官風情が無礼であるぞ!」
コリンは小道具のメガネを外し、二人を睨みつける。コリンの瞳が何故か銀に輝く!
「私は巫女の『魂分の神官』。巫女を害するものは全て排除する権限を有し、この神殿の中で巫女以外で唯一刃物を持つ資格を神より与えられている。神官の信頼を勝ち得なかった前代の巫女やタダの巫女付きと我ら主従を比べるな!」
「その瞳……巫女の血を……その身に入れているのか!」
「主君の血の盃を賜わり……生涯の忠誠を誓う、騎士の最も誉れ高き儀式……それと同義か……」
「俺はな、今代巫女を至高の存在と崇拝し、巫女のためだけに死ぬと魂を捧げ、巫女の魂を分けていただいた男なんだよ。あなた方の中途半端な保護者意識など……邪魔だ」
コリンはメガネを掛け直し、ドア元の神官に後を任せ、巫女の後を追う。
◇◇◇
「あー疲れた!」
祈祷を終えた私がそう言って首を回すと、コリンが肩を揉み、ミトがお茶を入れる。窓の外ではケンとマイが普段着に戻ってクルクル側転をしている。寒くないの?若いっていいなあ。
「巫女様、先ほどの『自分の身を預けるかた』と、『共に生きていくかた』って誰ですか?」
ミト、やっぱりどこかで聞いてたね?守ってくれてありがとう。頼もしい。
「前者は自分よ自分!もうだーれも期待しない!自分のことは自分で何とかしまーす。で、共に生きるのはローズ。でもミトも同じアパートに住むなら一緒に生きようよ?」
「よかった……コリンじゃないんだ……はい!はい是非に!」
「わ!巫女!私も!私も入れて!」
「えー!コリン、じいさんになったら口うるさくなりそう」
「ガーン!」
懐かしの殿下は、一般的に最高のイケメンに成長していた。でも、十代の、どこか頼りない、線の細い、優しさが前面に押し出されたお顔の方が好みだったな、とベッドの中で目を瞑って考える。
今日、模範的な青年王族となった殿下に少女のころのようにトキメクことはなかった。
ああ、私はキチンと、少年だった殿下に失恋し葬い終えていたのだ。よかった。
次回は週末更新予定です。




